伝説のツインターボ [メディア]
1投稿者:777  投稿日:2009年03月15日(日) 14時19分12秒


旧稿 伝説のツインターボ
http://www.amezor.to/shiso/080915115350.html

伝説のツインターボ
http://www.amezor.to/gamb/090103124402.html

から引っ越して来ました.
2投稿者:777  投稿日:2009年04月25日(土) 13時16分47秒

You tube−競馬動画まとめ−
http://blog.livedoor.jp/digital6/archives/cat_50011899.html
3投稿者:777  投稿日:2009年05月31日(日) 10時01分16秒

2009年 第69回 桜花賞(G1) ブエナビスタ HD
http://www.youtube.com/watch?v=HiGTEto3U4M

2009年 第69回 皐月賞(G1) アンライバルド HD
http://www.youtube.com/watch?v=UXU-PKN7mH8

2009年 第139回 天皇賞(春) / マイネルキッツ
http://www.youtube.com/watch?v=vbGwYWd7L5Y

2009/05/17(日) 東京 11R ヴィクトリアマイル(G1) ウオッカ LONG Ver
http://www.youtube.com/watch?v=Q--cpnDO2Ow

2009/05/10(日) 東京 11R NHKマイルC(G1) ジョーカプチーノ CX系
http://www.youtube.com/watch?v=53SznEtqA5E

2009 第70回オークス ブエナビスタ-レッドディザイア
http://www.youtube.com/watch?v=uyeCoyB-uPo
4投稿者:ダートと芝  投稿日:2009年06月05日(金) 23時21分28秒

競馬を始められたばかりの方は、コースにダートと芝というものがあることに気が付くでしょう。現在の中央競馬ではダートコースを取り囲む形で外側に芝コースが作られています(地方競馬の盛岡競馬場ではこれが逆になっています)。

日本の競馬の主流は芝のレースと言われますが、これは重要なレースで芝が多いため。レースの数だけでいえば、ダートレースの方が圧倒的に多いです。

単純にメンテナンスの問題でしょう。芝は傷んだら張り替えなくてはなりませんが、ダートは基本的に毎回車(ちなみにベンツ製)で均す(ならす)だけでいいわけですから簡単。

かつては、ダートレースは芝よりも「格下」と見られる傾向があり、芝のレースでイマイチ活躍できなくなった馬がダートに転向するケースがよくありました。しかし、ダート競馬しかない(盛岡除く)地方競馬との交流が活発化して、95年を交流元年とした地方中央競馬の相互開放が進むと、中央競馬でもダートレース体系が見直され、ダート路線の整備が進みレベルも向上。現在では、簡単には芝で実績を残しているからといって、ダートでも活躍できるという甘いレベルではなくなっています。喜ばしいことです。

また、カネヒキリ、サクセスブロッケンなど3歳の早い段階からダート路線に専念する馬も現れはじめ、消極的な選択肢としてのダートではなく、積極的にダートを選ぶ陣営も増えています。分業が進んでいるということですね。

さて、競走馬には当然ダート、芝に得手不得手があります。アグネスデジタル、イーグルカフェのように芝でもダートでも不問という馬もいますが…。その違いは何でしょうか。

ダートと芝のコースとの違いは、まず時計がかかることです。砂に脚を取られますので、走るのにはパワーが必要となるわけです。単純に競馬は速い馬が勝つのではなく、パワーが強い馬が勝つのも競馬。それが、このダート競馬ということです。

ダートで活躍する馬には、共通点があります。全体的に馬体重のある馬が多く、体型も筋肉隆々の馬が多いと思います。(ちなみにスプリンターにも馬体重が大きい馬が多いのですが、これはスピードだけではなく、短い距離で素早く脚を前後に動かす「パワー」が必要だからかなと思っています…。)

あと、気をつけていただきたいのはダートの場合は基本的に馬場状態が悪くなるほど、時計が早くなるという点です。距離がギリギリと言われたメイショウボーラーが不良馬場でフェブラリーSを逃げ切ったことがあります。スピードが生きる馬場となりました。基本的にはパワー重視ですがスピードが問われる場合もあるということですね。

あとはダートと言っても海外と日本の芝が違うように、ダートの質も違う点に注意したいところです。アメリカは土のようなダートコースなのに対して、日本では砂のコース。ダートの本場アメリカの馬がなかなかジャパンカップダートで活躍していないのもこの違いがあるようです。日本の競馬場でも実は違います。中央競馬の場合は、現在青森の六ヶ所村から全ての競馬場、トレセンの砂を買い付けているということですので質にそれほど違いは無いでしょうが、地方ではそれぞれにバラバラに砂の確保、メンテを行っていますので、必然違いが出ます。例えば、私の手元には、中山競馬場とかつて開催されていた地方競馬の宇都宮競馬場の砂がありますが、中山の砂は粒が固めでそれぞれの粒がしっかりとしています。一方、宇都宮のそれは時間が大分経ったこともあるのでしょうが、柔らかめ。雨が降った場合、前者は水はけがいいのでしょうが、後者はドロドロに溶けそうです。また大井競馬場の砂は深い等といわれます。文字通りの「深さ」つまり砂の層の高さは中央競馬では大体8cm。ただ、砂質の違いによってもその深さの印象も違うのでしょう。当然、深いと形容される馬場はパワーがより一層必要となるわけです。
5投稿者:ダートと芝  投稿日:2009年06月05日(金) 23時22分21秒

ダートのレースの時に、コースの設計上、芝の部分からスタートして徐々に内側のダートコースに切れ込んでいくというレースがあります。中山競馬場のダート1200m戦は典型的。実は、ここで注意したいところがあります。イメージして頂くか、JRAのHPで中山のコース図を参照頂くとよいのですが、ちょうど楕円形のトラックが二重にあるとします。内側がダート、外側が芝です。1200m戦を行おうとするとき、ダートコースだけでゴールから逆算してスタート地点を設定すると1コーナーと2コーナーの間になってしまいます。スタートしてすぐコーナーというのは非常に危険です。少しでもいい位置を、ということで各馬がドッと内側に集まり事故の原因となります。そこで、バックストレッチをそのまま直線的にひいて、外側の輪である芝コースの上にスタート地点を設けています。さて、ここでスタートした場合、何が問題でしょうか。答えは枠順です。芝のコースを横断してダートに行くのですが、この時芝の輪のカーブの部分(2コーナー)を横切っていく形となります。ここで実は外側の馬の方が長く芝の部分を走れることがわかりますでしょうか。自分がスタート地点にいてコースを眺めますとちょうど右手前から左側の向こうへ「斜めに」芝コースが伸びていく感じ。内側の馬はすぐにダートに入るのに対して、外側の馬は長く芝を走れることでスピードを得られ、楽にいい位置に付けられるとされています。ただ、逆に芝が苦手な馬ですと、これがマイナスになることもあるようですのでご注意を。ともかく、ダート適性だけではなく、こういうコース設計も大きなヒントとなることを覚えて置いてください。

http://www.2n3.jp/i/class/3
6投稿者:ダートと芝  投稿日:2009年06月05日(金) 23時24分15秒

芝コース(ダートと比較して、と思って下さい)

基本的には何でもアリな傾向
逃げや追い込みといった極端な脚質でもハマる傾向が大きい
雨が降ると途端に駄目になる馬も中にはいるが、そんなの気にしないで予想をするのが吉かも?(来る時は来る、雨が降っていようとも)
ハンデ戦も同様に気にしないのが吉?
直感が頼り



ダートコース(比芝だと思って下さい)

実績馬が強い
実績馬と過去の古豪になっている馬の見極めが肝要
年齢はそんなに気にしない方が吉?
つまり若くても年取ってても強い馬は一味違う(パワー優先だからかなぁ?)
やはり一般論通り、逃げ・先行脚質が安定しているかも?不良馬場だとなおさら顕著かなぁ?
http://bogakikaku.hp.infoseek.co.jp/uma/uma13.html
7投稿者:777  投稿日:2009年06月14日(日) 13時47分17秒

257 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/12(金) 02:34:23 ID:lKS7gpv40

いやあ牡馬だと中途半端な活躍では種牡馬にもなれないし,なってもいい繁殖が集まらない.
乗馬になれればいいが,気性に難があるやつはそれも難しい.
結局用途変更で生死不明(≒肉)になるだけ.

短中距離馬であれば,種牡馬になり易いんだけどね.あのウインガーでさえとりあえずは種牡馬になれた.
中長距離馬は敬遠される.ポップロックもコスモバルクもデルタブルースもみんな引退後の道が無い馬ばかりなんだよ.
だから少しでも延命させるために,走らせるわけ.



258 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/12(金) 02:43:51 ID:LFhTtECi0
おれその辺は詳しく知らないんだが・・・そうなの!?
確かに金はかかるけど・・・種牡馬なりきれないG3クラスとかはみんな肉!?


259 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/12(金) 05:13:17 ID:3zir+CkD0

重賞取ってれば乗馬になれる可能性が高い



269 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/12(金) 20:21:50 ID:M8c7V4OM0
>>258
ウィキペディアその他で、微妙な成績の種牡馬の没年を調べるとわかる。
「用途変更」とか「廃用」と書いてあるのはたいてい殺処分されてる。
上手く引き取り手がいた馬にはちゃんと「現在は乗馬」とか「○○牧場で功労馬として
余生を送っている」とか書かれている。どんな馬にもファンはいるから生きてれば近況がわかるんだよ。
下の馬達はいずれも殺処分になったと思われる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%81%E3%82%AB%E3%83%8D%E3%82%A4%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%82%BA

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AC%E3%83%BC
8投稿者:777  投稿日:2009年06月14日(日) 13時57分05秒

現代日本の馬肉は、牛肉が高かった時代の増量材、ニューコンミートに代表される加工食品等に使用されていた冷凍トリミング(主に南米産)、熊本県、長野県伊那地方、福島県会津地方、青森県南部地方などの郷土料理として供されることで知られている馬刺しや桜鍋用の生鮮肉(現在はほとんど北米産、若干欧州産)と用途も分かれている。現代では流通している馬肉のほとんどはカナダやアメリカからのものとされているが、廃用となった競走馬の一部も食用に回されている。

競馬雑誌の競走馬の異動欄には、現役を引退する馬の異動先が記されている。地方競馬への移籍や種牡馬・繁殖入りの他に乗馬になる馬がいる。それが全て乗馬になるわけではない。それ以外にも「用途変更」という名称で姿を消す馬が相当数おり、その「用途」の中には食用もあるといわれている。実際に、廃止された上山競馬場や中津競馬場に在籍していた競走馬の末路は食肉処分だった。

また、北海道で行われているばんえい競馬では、競走に出るための能力試験(または能力検定ともいう。入厩馬に課せられる模擬競走、地方競馬のみの制度)を突破できなかったり、あるいは満足な競走成績が残せなかったりした競走馬が食肉向けに転用されており、公式サイトでも包み隠すことなくそのことが解説されている。通常、平地競馬の能力試験は、一定の制限時間をクリアすれば良いため、力一杯走る必要がなく、「馬なり」で能試を走らせることもあるが、ばんえいの場合は能試の結果がいわば「生死を分ける」ため、実戦さながらに行われる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E8%82%89
9投稿者:777  投稿日:2009年06月14日(日) 14時02分30秒

週刊競馬ブックなどの雑誌の抹消馬コーナーなどで乗馬となっている馬の一部は実際には屠殺業者に卸されています。乗馬用として使用された馬も行く末は同じです。また、繁殖牝馬も仔出しが悪くなったり、成績の振るわないものは用途変更(食用)となります。運良く成績や血統が良く種牡馬になれた馬も成績次第では同じ末路です。最近の例ではセイウンスカイの父シェリフズスターの話が有名ですね。輸入種牡馬である当馬は日本にやってきて成績が振るわなかったため用途変更となってしまいました。その後セイウンスカイの活躍によってこの事は少し話題になったのですがJRAは行方不明として取り扱い、結局事実は雲の中という見解でしたが、真実は周知の通りです。


7、8年くらい前に報道番組の特集でやってたんですが、
内容は、前のpearl-postpetさんが言っている中の「乗馬」になる馬の一部が
食肉用になっているというものでした。

種牡馬や繁殖牝馬は行き先がある程度はっきりしてるので足取りも追えますが、
乗馬は、業者が引き取ればその後はJRAも関知していないようです。
「食肉用」と発表するのは余りにも生々しいのですべて「乗馬」として
扱われてるのでしょうね。


しかし、競走馬の場合、
馬刺しとかダイレクト?に馬のお肉を楽しむものにはならないようです。
だいたい加工肉用であったり、飼料であったり。。。。
まあ、競走馬の場合、筋肉質で食べられたものではないでしょうけども。。。。
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa48167.html
10投稿者:777  投稿日:2009年06月14日(日) 14時14分28秒

45 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。[]:2008/02/12(火) 23:42:18 ID:xodS7zLc
馬は屠殺馬に送られてもおとなしく最後の時を待っているらしい。
これから起こることを理解していないのか、さもなくば悟りきっているのか・・・
彼らにとっては怖い思い辛い思いをするよりもひと思いにやってもらったほうが
どれだけ幸せか・・・
天寿を全うするとか、死後に埋葬して供養してもらうとかいうのは
人間の感覚
サラブレッドに生まれてきた以上、精一杯生き、苦しまずに死ぬのが
最高の生涯だと思う。


21 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。[]:2008/02/01(金) 21:36:51 ID:0mpXqvo1

廃用になった競走馬・繁殖馬は、馬肉にするにしても人間が食べるには不向きなので、肉食動物のエサにされるだけよ。


97 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。[]:2008/03/19(水) 23:24:35 ID:7UM4JIEh
競走馬は現役を終えたら、そのほとんどが動物園の肉食動物らの格好のタンパク源になる 
競走馬ってホント無駄がないねえ。 資源は有効活用しなきゃwww


107 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。[]:2008/03/25(火) 19:42:20 ID:iIV+7gA4
重賞勝ちどころかケンタッキーダービーとBCクラシックを勝ったファーディナンドですら、いとも簡単に馬肉にされるのだから、たがが重賞勝ちくらいで天命をまっとうできると思ったら大間違いだよ!


11投稿者:777  投稿日:2009年06月14日(日) 14時17分47秒

輸入種牡馬の老後
       海外では功労馬、名馬と呼ばれるような実績を持つ馬が

       日本に種牡馬として買われてくるようになって久しい。

       だが、彼らの将来の保障は全くないのである。

       今有るJRAの制度では日本で走ったことの無い仔は蚊帳の外である。

       種牡馬として見切りをつけられた場合や歳を取って仕事が

       出来なくなった場合は用途変更と言う名目で肉にされる。

       彼らは海外での栄光を背に日本に肉になりに来たようなものである。

       JRAには幸いなことに彼らの栄光は海外でのことなので

       彼らの殆どは日本の競馬ファンには馴染みが薄い為、愛着が希薄である。

       例えば、日本の名馬と言われる仔達が外国に種牡馬として売られていき

       もう要らないからと肉にされてしまったら皆さんはどんな気がするだろう。

       かのナリタブライアンのような盛大な追悼式をしてもらえる程の

       人気のある馬がである。それこそ、その国民に向かって「野蛮人」と抗議の

       声を上げるのではないだろうか。

       日本の種牡馬とて安泰ではない。JRAの制度に該当する馬は別だが

       それ以外は同じ様な運命である。もし誰か引き取り手が有った場合でも

       預託先の確保が難しい。

       殆どの養老牧場は牡馬お断りなのである。セン馬か牝馬のみしか

       受け入れてくれない。これは牡馬は気性の面で荒いので世話が大変なのと

       他の馬を傷つけたりすることを配慮したことらしい。

       しかし、種牡馬を高齢により引退した馬には去勢は手後れとなってしまう。
12投稿者:777  投稿日:2009年06月14日(日) 14時18分01秒

       若い頃は人々の人気を背負って頑張って走り、

       引退後は種牡馬として人間を儲けさす為に次々と種付けに励み、

       歳を取って気がつけば行き場がなくなっているのである.

       今迄、人間に丁重に扱われ彼らとしても鼻高々で生きてきたはずである。

       それが手のひらを返したように廃用の烙印を押され

       家さえ失うとは余りにも哀れである。

http://tokyo.cool.ne.jp/lucca/kyousouba-1.html
13投稿者:777  投稿日:2009年06月14日(日) 14時22分40秒

馬を食用として解体する際には様々な検査があります。
食品衛生上の観点からも、さっきまでレースに出ていた馬をいきなり食肉(人用)にする事はありません。
薬殺をしていればなおさらです。

ただし、サラブレッドの食肉は存在します。
まず競争能力が無いと判断された1歳程度までの若馬の場合は穀物飼育に切り替えられ、半年〜1年間かけて食用に改良します。
しかし、それでもサラブレッドは肉質が硬く、味も良くないので非常に安値で取引されます。
実際に熊本でサラブレッドを食べた事がありますが、臭くてまずかったです。

レースに使った2歳以上の馬になると、肉質が硬くなり、色も悪くなって人間の食用には向かなくなります。
各種加工品(ドックフードなどペットのエサ)にするか、動物園で野獣のエサになるでしょう。

競走馬かどうかはわかりませんが、白クマは馬肉が好物だそうです。

基本的に市場に出回る馬肉は北海道の生産者が食肉専用に生産している重種馬の肉で、競争専用に改良されたサラブレッドとは別の物です。
インコとニワトリのような物です。

ただ、私はこのようなサラブレッドが特別不幸だとは思いません。

14投稿者:777  投稿日:2009年06月14日(日) 14時22分59秒

牛も乳が出なくなれば殺されますし、鳥も卵を産まなくなれば肉に用途変更されます。
そして牛や豚、鳥は初めから肉にされる事が決まっています。
どんなに人になついても、頑張っても期日が来れば殺されます。

馬は頑張れば種牡馬や乗馬になる可能性があるだけ幸せかもしれません。
勝てなくても一度はレースという表舞台に立つ事が出来るでしょうし、そうなれば応援してくれる人もいます。

暗い檻の中で誰からも応援されず、肉になるためだけに一生を終える家畜から比べると幸せな気がします。
http://naruhodo.television.co.jp/qa998371.html
15投稿者:テイエムオペラオーの強さの秘密  投稿日:2009年06月15日(月) 08時29分32秒

サラブレッド競走馬は約60kgの人を乗せ、1000mを60秒以内で走る、高い運動能力
をもつ動物です。サラブレッド競走馬の資質は、血統が重要であると言われますが、さら
にその能力を開花、向上させるためにはより効率的、科学的なトレーニング手法を導入す
る必要があります。そのため、競走馬総合研究所では競走馬の体力測定システムを確立す
るプロジェクト研究を展開しており、その一環として、トップクラスの競走馬の運動生理
学的データを精力的に収集しています。昨年、関係者の協力を得てテイエムオペラオーの
データを得ることができたので、ここに紹介します。
 
テイエムオペラオーの競走成績とデータ測定
 テイエムオペラオーは2001年の競馬に、7回出走しました。現役通算では22戦13勝
(春の天皇賞をはじめG1レースを7勝)、獲得賞金歴代No.1の競走馬として多くのファン
に愛された2000年最強のサラブレッドです。 データ測定は、出走の一週間前、当該週
の追い切り時にハートレイトモニターの装着・採血を行いました。測定項目は、走速度・
安静時心拍数・運動時心拍数・運動回復時の心拍数が100bpm(拍/分)を切るまでの
時間および運動終了後10分の血液中の乳酸値でした。また心拍変動解析および心エコー
検査は春シーズンの終了後に行いました。テイエムオペラオーと併走したトップジョリー
(4歳500万下、通算成績1勝)についても比較のため同様な検査を行いました。
 
心機能の評価
 心臓はトレーニングが進むにつれて左心室壁が厚くなり、一回の拍動で押し出される血
液の量が増え、筋肉への酸素供給量を増大させます。このような心臓をスポーツ心臓とい
います。スポーツ心臓になると安静時心拍数は低下し、これは効率よい酸素運搬能力を獲
得している証拠と言えます。
 
テイエムオペラオーの安静時心拍数
 調教前に馬の胸部にハートレートモニター(心拍数測定装置)を装着した後、20分程度
安静にさせ、その最も低い安静時心拍数を観察したところ、その平均はおよそ25bpmでし
た。
 これは現役競走馬の中でもトップクラスの低い数値でした。また、運動中のピーク心拍数
は併走馬トップジョリーの234bpmに対してテイエムオペラオーのそれは219bpmと低く、
テイエムオペラオーは併走馬より強めの運動を行いながらもより低い心拍数でトレーニング
をこなしたことが分かります。
 
 また、トレーニング終了後、心拍数が100bpmを切るまでの時間を見ると、テイエムオペ
ラオーは490秒で、トップジョリーのそれは1230秒でした。このことからもテイエムオペ
ラオーはトレーニング後の回復が速やかに行なわれたことを知ることができます。
16投稿者:テイエムオペラオーの強さの秘密  投稿日:2009年06月15日(月) 08時30分44秒

さらに、他の方法によっても心機能を評価することができます。心電図のR-R間隔の微
妙な違いから自律神経の活動を評価する手法(安静時心拍変動解析)を用いて調べると、
交感神経活動が活発であるか、副交感神経活動が活発であるかを知ることが出来ます。こ
の方法でもテイエムオペラオーは、これまで調べた競走馬の中でも飛び抜けて副交感神経
優位であることが分かりました。これは、一流の競走馬に見られる所見で、トレーニング
効果による迷走神経の緊張の結果であると考えられます。


心臓の大きさ
 超音波でテイエムオペラオーの心臓を調べてみると、心臓が収縮した状態の左心室壁の厚
さは49.5mmで、これは実験馬のそれの1.3倍以上でした。また、この画像から一回の収縮
で送りだされる血液の量(一回拍出量)もおよそ知ることが出来ます。推定されるテイエム
オペラオーの一回拍出量は 1447.67 ml で、この値は実験馬のそれの1.8倍に相当しま
す。
 それだけ少ない心拍数で強い運動に必要な酸素を筋肉に供給できることを示すもので、調
教中の低い心拍数や調教後の心拍数の回復(いわゆる息の入り)も一般の競走馬より早いと
される理由がここにあります。


血中乳酸値の意味するもの
 走運動は走行に必要な筋肉を速やかに収縮させ、それを持続していくことに他なりませ
ん。
 そのために必要なエネルギー、ATP(アデノシン3リン酸)は糖(グリコーゲン)や脂
肪が、体内で分解されてできる過程で産生されます。このエネルギー代謝回路には、有酸
素性と無酸素性の二つの回路があります。無酸素性のエネルギー代謝を行ったときは、代
謝産物として乳酸が産生されます。
 
 平均的なサラブレッド競走馬の場合、およそ速度800m/分(ハロン/15秒)で走った場合
の血中乳酸濃度は4mmol/l程度になります。この速度を境として有酸素性のエネルギー代
謝に無酸素性のエネルギー代謝が加わるようになります。すなわち、ハロン/15秒より遅い
スピードでは有酸素運動が主体となり、それ以上の早いスピードでは無酸素運動も関与し、
急激に乳酸が蓄積します。
 
 したがって、運動後の血中乳酸濃度を計ればその馬の有酸素性エネルギー産生能力(持久
力)が予測でき、同じ運動をしたのにその値が低ければ低いほど、持久力があると言えます。
前述の調教終了10分後のテイエムオペラオーの血中乳酸濃度は15.35 mmol/lで、併走馬
トップジョリーの19.22mmol/lを大きく上回るものでした。これによってもテイエムオペ
ラオーは傑出した持久力を持った競走馬であることが証明されました。
 
(総研 江藤大介 2002.07.01)
 http://www.equinst.go.jp/JP/topics/eto.html
17投稿者:テイエムオペラオー  投稿日:2009年06月15日(月) 11時24分11秒

1999年 皐月賞
http://www.youtube.com/watch?v=MxQPqSBlp0c&feature=related

1999年 東京優駿 日本ダービー 
http://www.youtube.com/watch?v=CFObzEWWHZI

1999年 有馬記念
http://www.youtube.com/watch?v=dq0hXHC3YBg

2000年 天皇賞(春)
http://jp.youtube.com/watch?v=i4-tkZczQCM

2000年 宝塚記念
http://www.youtube.com/watch?v=MspFz5FvyNA&feature=PlayList&p=71A3360675C81672&playnext=1&playnext_from=PL&index=2

2000年 天皇賞(秋)
http://jp.youtube.com/watch?v=CUA5oNYOhQ4

2000年 ジャパンカップ
http://jp.youtube.com/watch?v=mKy65dVq5SQ

2000年 有馬記念
http://www.youtube.com/watch?v=ZF6_U_WmPZE

2001年 天皇賞・春
http://www.youtube.com/watch?v=f4AQNb-ml90&feature=related

2001年 宝塚記念
http://www.youtube.com/watch?v=c85Q3NL8-mU&feature=related

2001年 京都大賞典
http://www.youtube.com/watch?v=LaLIkaVKfV4

2001年 天皇賞(秋)
http://www.youtube.com/watch?v=UaiFqX5oBaw

2001年 有馬記念
http://www.youtube.com/watch?v=I5P78gx6B2E
18投稿者:テイエムオペラオー  投稿日:2009年06月15日(月) 12時52分25秒

528 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2008/09/08(月) 18:33:12 ID:a9zLcI9l

日本競馬最強馬ならテイエムオペラオーでいいじゃん
年間無敗で秋古馬三冠
古馬G1 6勝
キャリアのピークが過ぎても出走
騎手が若すぎてもG1 7勝
ルドルフが岡部 ナリブが南井 ディープが武 オペラオーが和田W
オペラオーは和田には正直、荷が重すぎた馬だった
武あたりが乗ってれば、クラシック3冠も取れたと思う


530 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2008/09/08(月) 22:13:12 ID:a9zLcI9l

オペラオーは生涯26戦しているが
一度も5着以下になったことがない
これは主戦騎手を考えるととんでもないことで
和田が乗ってるにも関わらず掲示板を外さない
オペラオーの実力は歴代最強と言ってもいい
騎手さえ上手ならば、その実力通りの成績になったはずだ
つまりシンザンもルドルフもナリブーもディープも到達できない高みに上れたはず


533 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2008/09/09(火) 01:00:05 ID:BKnPb0IM

和田はオペ以外ではG1取れてないからな
ダービー初騎乗が皐月賞馬、その後の騎乗ミス多数
菊花賞後にオーナーもさすがに激怒して主戦交替を調教師に直訴
その後年間無敗の秋古馬3冠達成
3歳で皐月賞勝ち5歳で負け続けたから決して晩成馬ではない
実力のある騎手が乗ればクラシック3冠と秋古馬3冠を取れた馬だった
19投稿者:テイエムオペラオー  投稿日:2009年06月15日(月) 13時00分06秒

540 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2008/09/09(火) 05:46:01 ID:BKnPb0IM

正直、デビュー3年目で地方周りが主戦場の騎手が
オペラオーのような馬の主戦騎手になって周りのやっかみは相当なものだったろう
レースでの徹底マークやパドックでのヤジなど相当、精神的にダメージを負う
これが岡部や武なら周りの騎手も遠慮するし進路をふさぐような邪魔もないだろう

オペの辛勝はみんな3年目の和田が影響している
皐月勝利後の3着3着2着2着3着は和田の未熟さゆえ
4歳時の8連勝はオペが和田を引っ張って勝利したもの

有馬のピンチも騎手が和田だから他の騎手のプレッシャーも厳しい
その中あの末脚を繰り出し他馬をごぼう抜きにしたのはオペの実力

5歳時でも有馬以外G1全てに連対して能力の持続をアピールした
和田じゃなければダービー3着菊2着はともに1着だったと確信する


541 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2008/09/09(火) 06:10:00 ID:CWHvRtM3

ドトウには的場と河内、トプロには的場が乗って
オペと対戦してるんだよな


546 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2008/09/09(火) 08:41:00 ID:Fa2kvZWF

和田の弊害は下手というわけじゃない
むしろブライアンの南井とかの方が激しくアレだろう
真の弊害は、周りになめられていたから、包囲網とか食らった事だな


547 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2008/09/09(火) 08:49:24 ID:CWHvRtM3

シャーにイラっとした騎手がたくさん居たんだろうな


548 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2008/09/09(火) 10:26:32 ID:BKnPb0IM

ディープにデビュー3、4年のマイナー騎手がのってたら
あの脚質と周りのプレッシャーで、あの成績を残せなかったろう
オペがあの成績(いい意味ではない)なのもしょうがない

20投稿者:テイエムオペラオー  投稿日:2009年06月15日(月) 13時52分19秒

638 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/02/08(日) 12:02:17 ID:1mG3RM6m
オペの相手は決してレベル低くないだろ。
ドトウなんてオペさえいなけりゃ六冠馬だし。
トプロは芝3,000mの世界レコード出してる。
アドベも故障とかなければもっとやれたと思う。
3歳有馬で僅差だったグラスペが強かったのは言うまでもないし。
あと4歳有馬で顕著だったように嫌がらせともとれるマークもひどかった。
それであの成績なんだからケチのつけようがないだろ。



646 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/02/15(日) 20:25:10 ID:+1HVCNwf

オペ3歳時・・・ダービーと菊をヘボ騎乗で落とし、ステイヤーズSから有馬直行でグラスペと差のない3着

4歳時・・・・・王道G1の5連勝含む重賞8戦全勝→さすがに勤続疲労が出る

5歳時・・・・・春天勝つも、秋は力尽きる。それでも秋天とJCは僅差でしかない

酷使されて集中マーク受けて和田に足引っ張られてやっと強い対戦相手と互角なんだから
普通に過保護で名手を背に戦ったディープより強いでしょw

つかディープ恵まれすぎ



649 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/02/16(月) 11:51:49 ID:82zGjJbG

オペの最後の3戦はピーク過ぎたのもあるが騎手の差だな

宝塚で脚を余して負けたのが悔しかったんだろうが早めに先頭に立ちすぎだ

オペは他の馬と馬体併せながら仕掛けるのが良い
両方ともゴール寸前でとらえられたからな


753 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/09(火) 14:19:06 ID:oCAOQ86i

単純に競馬の強さを比較するならやはりオペラオーだろうな。
あれほど「どうやっても勝てない」という絶望感を周囲に与えた馬もいないだろう。

日本最強どころか世界最強候補の1頭だと思う。
離して逃げるような馬にどう対処したか見てみたかったが
そういう機会が無かったことが唯一残念だね。
21投稿者:テイエムオペラオー  投稿日:2009年06月15日(月) 14時49分38秒

29 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 13:55:33 ID:sCyOtRlPO

オペは負け方がかっこよすぎるよな
特に01JCで抜け出す所は鳥肌級


30 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 13:59:15 ID:9Q7SOget0

オペラオーのレースは全てのレースを固唾を呑んで見入ってしまう。

馬同士の密着度に表れている通り、どのレースも緊迫感が半端ないし、
オペラオーが出て来るというだけでレースがそういう空気になるのだろう。

このように自身の勝ち負け以外の部分でまで、その偉大さを表現してしまうのが
テイエムオペラオーという孤高の史上最強馬なのだと思うな。
もう、こんな馬は二度と現れないのではないだろうか?


31 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 14:08:03 ID:9Q7SOget0
>>29
それはおそらく肉体的に衰えてからも王者の走りに拘った和田の手柄だと思う。
(ていうか、和田は小細工できるほど上手くない)

例えば、スペシャルウィークの変節などを例にすると分かり易いけれど、
一般的なチャンピオンホースというのは衰えたり、自身の戦法が通用しなくなると
しばしば奇襲的な試みで体裁を取り繕う。スペの引退レースである99有馬なども
入線順位こそ2番目だがまさにそういった趣であろう。

単純に和田が下手だったという側面もあるが、テイエムオペラオーが最後まで
そうのような姑息な手段に走らなかったことは史上最強馬としての同馬の価値を高めていると思うね。


35 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 14:15:33 ID:9Q7SOget0

オペラオーは額面7勝でも実質GI10勝級なんだよ。

和田が上手くなかったという側面もあるがテイエムオペラオーという馬は
けして星を拾う的な惰性な競馬はやらなかったし、
常に王者としてのプライドに拘って引退まで走り抜いた。

そういうプライドに拘らなければ01年も全部勝てた競馬だとすら思うね。
ていうか、01有馬のマンカフェは酷いな。普通に斜行してるだろ、これ。
といっても、和田という騎手はこういう普通の騎手なら訴え出るようなことでも
グッと黙ってるんだよな。まあ、このあたりは彼の性格なんだろ。
終ってからツベコベ言うのが嫌いなのか、男らしいっちゃ男らしい。
22投稿者:テイエムオペラオー  投稿日:2009年06月15日(月) 14時58分46秒

46 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 15:24:13 ID:SU6NRVtuP

伊藤雄二のオペ評


’01宝塚 「和田君は岡部君に競馬は甘くないという事を見せ付けられたのではないでしょうか。オペラオーは負けて強し、
       競馬で勝って勝負に負けたという事。ドトウの安田君は一か八かの勝負をした、見事だった。
       ただ、あの手は2度とオペラオーには通用しないだろう。次もやったら負けます」


’01JC  「ぺリエ騎手の好騎乗の勝利。今後ぺリエ騎手が乗らない事を考えると、ジャングルポケットの今後や次に乗る騎手の事が心配です。
       オペラオーに関しては和田君の仕掛けが早かった。東京は坂を上った後に少し下り坂になる分加速するんです。
       それでラスト1Fを12.0かかっているんだから、後ろの馬でも楽に届きますよ。最近の和田君の騎乗の迷いを
       オペラオーは感じていて、勝負に対する執念がなくなっているように思います」


80 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 18:43:15 ID:9RP/WR7l0

01年のJCは伊藤雄二は和田の早仕掛けが敗因と見ているけど、それだけではないと思うんだよな。
もちろん競馬次第で勝てたレースだったとは思うんだけど、
本来のオペラオーならあそこで並びかけられた所でもう一伸びできるから、あの仕掛けで十分勝てたはず。

例えば00年のJCも、ラスト1Fが12.0と時計がかかっているけど、
直線でファンタが並んできた所で、オペラオー自ら首をぐっと下げてもう一度伸びて競り勝っている。
ところが01年のオペラオーは、直線に入った所で既に制御がきかず、
和田も何度も手前を変えようとしてるんだけど言うことを聞かず、ポケが並んできても全く競おうとしなかった。

和田自身も、オペのDVD「世紀を駆けた7冠馬」の中で、
01年JCに関しては全く本来のオペラオーではなかった、と首をかしげながら回顧していたように、
オペラオーのピークが既に過ぎていたんだと思う。


81 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 18:48:58 ID:kkThJb0M0
後藤武岡部にエグイことされて競馬嫌になってたんだろ


82 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 19:15:18 ID:U25V7jccP
舎弟のトプロが目の前で落馬したりな

23投稿者:テイエムオペラオー  投稿日:2009年06月15日(月) 15時07分52秒

83 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 19:55:23 ID:9Q7SOget0
>>81
競馬だから個別に勝負を挑むのは構わないと思うんだけど、
01宝塚の岡部ラインの行動がねぇ・・・

ルドルフの記録が更新され、自身の名誉が過去のものにされそうだったとはいえ
岡部ラインで連携して代わる代わるオペラオーに競りかけていた。

ああいうプレイを許すと競馬という競技が成り立たない。
名人と囃し奉られている岡部がそういう競馬に唾するようなことをして
また何も咎められないのだから競馬サークルというのは滅法腐ってると感じたな。

そのくせ馬頭観音に手を合わせたりするのだから滑稽だよ。


84 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 19:57:06 ID:9Q7SOget0
>>81
競馬だから個別に勝負を挑むのは構わないと思うんだけど、
01宝塚の岡部ラインの行動がねぇ・・・

ルドルフの記録が更新され、自身の名誉が過去のものにされそうだったとはいえ
岡部ラインで連携して代わる代わるオペラオーに競りかけていた。

ああいうプレイを許してしまうと競馬という競技が成り立たないと思うのだけれど、
普段名人と囃し奉られている岡部がそういう競馬に唾するようなことをして
また何も咎められないのだから競馬サークルというのは滅法腐ってると感じたな。

そのくせ馬頭観音に手を合わせたりするのだから全く滑稽だよ。


85 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 22:11:18 ID:DcgCoQly0

関係者や競馬に詳しい人ほど、オペのありえない欠点の無さ、
完璧さに驚嘆してるはずだよ。正に奇跡の産物。

日本だけなら数十年に一頭のレベルってのも大げさじゃないよ。


86 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 22:17:41 ID:9Q7SOget0

しかし、オペラオーをあれだけ貶しておいて出てきたのが
ディープインパクト程度なのだから日本の競馬社会にもガッカリさせられるよ。

所詮、ギャンブルの駒扱いというか本当にオペラオーほどの馬が
日本に生まれて良かったのか疑問になってしまうね。
貧しい日本で競馬は文化には成り得ないということかも知れないな。
24投稿者:テイエムオペラオー  投稿日:2009年06月15日(月) 15時10分36秒

87 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 22:19:39 ID:DcgCoQly0
>>84
01宝塚は、あそこまでしなかったら100%オペに勝たれてたね。
あの時のオペは生涯最高といっていいくらいのデキで、
負ける要素は何一つ無かった。

最後の末脚は今までに見たことが無いほど凄まじいものだった。
あれで皮肉にも、日本はアメリカ・欧州と違って文化と言えるレベルには程遠く、
”所詮賭博である”ということと、オペの強さをこれ以上ない形で証明してしまった。


88 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 22:43:28 ID:NtGNoHVE0
>>82
 01天皇賞直前の記事で、「外から来られるとイヤイヤをするようになった」と有った。

01京都大章典のあたりでオペの精神は参っていた気がする。
馬は神経が繊細とか言われているだけに。
身体能力的には衰えは無かったようだけど。


91 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/14(日) 00:01:02 ID:AUDgIgZF0

オペラオー時代は一流半の馬たちで香港Cデーをほぼ独占したり、
それはもう目覚しい活躍だったのだけど。

例えばステイゴールドがドバイ遠征したときなども、やはり現地のプレスは
ステイゴールドなんかよりオペラオーが来てくれないことを残念がったらしいけど、
その日本の一流半と軽く馬鹿にしたステイゴールドに圧勝されて
下手なことは言えないと沈黙してしまったからな。

そういえばドバイ勢のJC遠征ってオペラオーの強さに自信を無くして以降、
未だに再開されていないのかい?
25投稿者:テイエムオペラオー  投稿日:2009年06月15日(月) 15時25分23秒

129 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/14(日) 16:40:52 ID:AUDgIgZF0

01宝塚の岡部ラインは明らかにチームプレーだが・・・
しかも散々レースを荒らした上に勝ち負けにすら絡めないというアホっぷりw

あそこまで攻められればルドルフですら惨敗するという計算だったのだろうか?
岡部が身をもってオペ>ルドルフを証明してくれたレースだった。


141 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/14(日) 17:01:41 ID:KWwZei7Y0

岡部ラインとは

岡部が逃げたら基本的に絡んではいけないことになってます
また岡部がインを突いてきたら絶対に塞いではいけません
もしやったら後からとんでもないことになります
直線で「どけ」というと道が開きます

構成員 蛯名 後藤 ヨシトミ カツハル 他

同義語 小島ライン
26投稿者:テイエムオペラオー  投稿日:2009年06月15日(月) 15時33分07秒

210 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/14(日) 19:07:10 ID:SXjKYnul0

オペ 非社台、ジョッキー2流半の和田、厩舎2流


ディープ 社台、武豊、厩舎1流、JRAが現役中なのに像まで作る、薬も有馬までOK、特別な蹄鉄も認める


いやーこの差はすごいね



28 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/13(土) 13:45:22 ID:9Q7SOget0

ディープインパクトなどのマスコミ仕立ての最強馬が
如何にショボいかがよく分かる。

やはり、真の最強馬はレース振りで己を証明するということだろうな。


216 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/06/14(日) 19:22:00 ID:AUDgIgZF0

まあ、GIとは思えないようなお遊戯レースばかりだったディープ時代と
日本競馬史上最も苛烈なGI戦線が繰り広げられたオペの時代を比較しようってのにそもそも無理があると思う。

馬鹿にするわけではないがディープがオペラオー時代のレースに出走したら
レース途中で泣いて帰っちゃうんじゃないか?

まあ、なぜああまでディープ時代の競馬がダレてしまっていたのかは知らんけどな。

オペラオーの時代、日本馬といえば世界中で恐れられるほど強かったのにな・・・
27投稿者:ドリームジャーニー  投稿日:2009年07月04日(土) 09時49分04秒

2006年 朝日杯フューチュリティーS
http://www.youtube.com/watch?v=7NriuSJJiMM&feature=related

2007年 弥生賞
http://www.youtube.com/watch?v=cV_swNLSmic

2007年 神戸新聞杯
http://www.youtube.com/watch?v=7dDKvxj8YeU&feature=related

2008年 小倉記念
http://www.youtube.com/watch?v=MzYZ_-0_a9E&feature=related

2008年 朝日チャレンジカップ
http://www.youtube.com/watch?v=oxVHygZA-pA&feature=related

2009年 中山記念
http://www.youtube.com/watch?v=wnWuWerKu8M

2009年 産経大阪杯
http://www.youtube.com/watch?v=k9VzyQoPIkI

2009年 天皇賞(春)
http://www.youtube.com/watch?v=vbGwYWd7L5Y&feature=related

2009年 宝塚記念
http://www.youtube.com/watch?v=AqSMsPSYb34&feature=related
28投稿者:ステイゴールド  投稿日:2009年07月04日(土) 17時39分37秒
黄金旅程

http://www.youtube.com/watch?v=vYPPjykH1wk
http://www.youtube.com/watch?v=bRxjy3UZP3c
http://www.youtube.com/watch?v=1spNutEGwXk

http://www.youtube.com/watch?v=v5kbbqWMvlE
http://www.youtube.com/watch?v=1I0t2vdq_o4
http://www.youtube.com/watch?v=02kjmEdwS9g

http://www.youtube.com/watch?v=2zjfYiq4ei4
http://www.youtube.com/watch?v=kFhb1KrgvM0
http://www.youtube.com/watch?v=5J_BoP22P1c

http://www.youtube.com/watch?v=aZo-TUvZWYE
http://www.youtube.com/watch?v=CHCIoqwaCuM
http://www.youtube.com/watch?v=RurnTEvjrOU
29投稿者:777  投稿日:2009年07月05日(日) 11時54分14秒

(夕刊フジ・細江純子のコラム)

宝塚記念のレース後、ドリームジャーニー担当の山下助手の目には涙が・・・。
母オリエンタルアートも担当していただけに、格別な思いがあった様子。

とにかく気の強いジャーニー。人間をも威嚇するほどで、過去には食事をつけにきた厩務員さんに鋭い目つきで迫り、
馬房の隅に追いやってしまったそう。その厩務員さんは隙を見てソ〜ッと抜け出そうとしたものの、今度はお尻を向けて蹴る格好を・・・。
あまりの恐さに馬房の端で直立し、30分以上動けずにいたそうです。それ以来、どんな時も山下助手が食事をつけているとこのこと。

そんな強い気性だからこそG1を勝つことができるのでしょうが、毎日携わる人は、それはそれは必死。
山下助手も「殺される〜」と思ったことが度々あったそうです。とにかく、これからの活躍が楽しみ。注目していこうと思います。


30投稿者:777  投稿日:2009年07月05日(日) 11時57分26秒

241 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/07/02(木) 21:06:21 ID:Jq093J6t
かつて池江寿助手がステゴで味わった恐怖じゃないか


243 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/07/02(木) 22:24:10 ID:bkdAsNuQ
生産牧場の中の人もステゴっ仔って
性格的に育てるのが難儀するのでいやだって。


244 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/07/02(木) 22:50:13 ID:ltPhMEjU
ちっこいのに凶暴なのかー。益々かわええのぉ。


245 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/07/02(木) 23:00:20 ID:cIqwW+Hz
>>243
そんなやんちゃな馬を手塩に掛けて育て上げる事こそが生産者の醍醐味なんじゃ?
…っていうのは素人だから言える事なんだろうねぇ


246 :ウイポジャンキー:2009/07/02(木) 23:09:21 ID:rgmSyf2p
 狂犬レスラーの競走馬版みたいなものか。


247 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/07/02(木) 23:09:33 ID:xZAoaWq/
おとうさんにそっくりだ…


251 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/07/03(金) 00:21:59 ID:/FJ7cp+g
>>238
オリエンタルアートも気が強いというか元気な馬らしいからな
この一家怖いw
31投稿者:馬体重  投稿日:2009年07月12日(日) 00時45分51秒

血統を馬体重で見てみると、意外ですが、日本牝系の馬体重はかなり重いことが分かります。大体が500キロ前後です。ただ、アストニシメントがそれほど大きくないかなというのはありました。それでも多くの馬の馬体重は私達が考えるよりも、大きいのです。

しかし、これは何を意味しているのかというのを考えると、そもそも馬体というのは、もっと大きかった可能性があるということなのではないかと思います。今世界で一番幅を利かせているのが、ノーザンダンサーですが、それが平均馬体重を下げているのではないでしょうか。

ノーザンダンサーは、優秀な競走馬としても有名ですが、体の小さい馬でした。410キロぐらいしかなかったというのをどこかで読んだことがあります。ただ、世界中にその血統は広がりましたが、産駒がそれほど小さいという話はあまり聞いたことはありません。

しかし、この間ジャパンカップにきたヨーロッパの馬はほとんどが日本の馬よりも、馬体重は軽かったのです。460から480キロぐらいだったと思います。日本の今の馬は、480から490キロぐらいが普通だと思うので、見た目ではなかなか分からないのですが、明らかに日本の馬の方が大きいと言うことになります。

それでも、私が競馬を始めた頃というのは、もう少し小さかったような気がします。私は、日本の馬がパワーがなくて小さいのかなと思っていたのですが、と言うよりは、ノーザンテーストが力を持っていたときだったので、その影響があったというふうに考えることもできるのかもしれないなと思います。

当時は、500キロの馬というのは、ほとんどいませんでした。今の日本の競馬では、500キロを越える馬というのは、どのレースにもいます。3割から4割ぐらいは、500キロ前後かそれ以上なのではないかと思います。有馬記念に出走する馬は14頭いますが、490キロ以上の馬は、その中に9頭います。有馬記念は、トップクラスの馬ばかりで多少馬体に恵まれた馬が多いにしても、他のレースでもそれほどの違いはありません。

先週の日曜日の中山の10Rを見ると、16頭中、9頭が490キロ以上で走っています。これは条件レースですが、それでもこれだけ多くの馬が以前と比べると、段違いに大きいのです。理由は、やはり、ノーザンテーストだと思いますが、それ以外では、芝が深くなったために、多少パワーが付いたとか、坂路を取り入れているためとも考えられるかもしれません。

サンデーサイレンスに関して言えば、元々、細身で雄大な馬体という特徴があります。そのサンデーサイレンスの馬体重に今の日本の馬は近づいているのだと思いますが、こういったことも覇権争いには関係してくるのではないかと思うのですが、ただ、ヨーロッパやアメリカの馬の馬体重というのは、なかなか手に入らないと言うか、競馬新聞を見ても、載っていません。日本のようには、計らないようです。

それで血統別に見るのですが、やはりどちらかというと、ノーザンダンサーは、小さくて、サンデーサイレンスや日本牝系の馬は大きいという感じでは見てきました。ただ、はっきり数値をとったわけでもなく、ミスタープロスペクターやナスルーラに関してもはっきりは分かりません。目分量というのもあるし、それにノーザンダンサーでも大きい馬はいます。母系とかの影響もありますから、ばらつきはあります。もちろん、きちんと結論をつけるには、血統別にある程度数値を出すというのと、地域別に数値を出すというのが必要になると思います。

もしかしたら、ヨーロッパの芝は深いので、あまり大きな馬よりも小さな馬の方が走ると言うこともなくはないかもしれません。それによって、小さくて、パワーのある馬体を持ったノーザンダンサーが活躍しているということも考えられますが、しかし、普通に考えれば、芝が深いなら、その逆だと思います。それでもハイペリオンなども小さかったので、このあたりはもっと調べないと分かりませんね。

先週の朝日杯に出ていた日本牝系の馬は、セイウンワンダーとホッコータキオンですが、この2頭も馬体は大きいですね。それに2頭とも、ヘイルトゥリーズンで、サンデーサイレンスの血が入っています。こういった血統の馬は、今日本では増えていますから、それが覇権争いとどういった関係にあるのかは、見ていきたいと思います

http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/550986/535515/48818156
32投稿者:777  投稿日:2009年07月12日(日) 02時18分09秒

ハマノパレードは日本の競走馬。1973年の宝塚記念を制したが、その次走高松宮杯で骨折・予後不良となり、翌日屠殺されるという最期が物議を醸した。日本における競走馬の安楽死システムが整備される契機を作った馬とされている。

宝塚記念に出走。得意の中距離戦ながら4番人気という評価だったが、スタートからハイペースで後続を引き離し、最後の直線では2番手につけたタイテエムに一瞬馬体を併せられるが、先頭で粘り切り、芝2200メートル2分12秒7の日本レコードタイムで優勝した。

続いてハマノパレードは高松宮杯に進んだ。このレースでも1番人気の天皇賞馬・ベルワイドを相手に、宝塚記念と同様のレース運びで先頭を進んでいた。しかし最後の直線に入り、2番手のタケデンバードを突き放し逃げ切り勝利を収めるかと思われた瞬間、ハマノパレードは前のめりに転倒した。前脚を骨折しており、馬運車に収容されたその場で予後不良の診断が下る致命傷であった。

現在であれば予後不良の診断が下された馬は、薬物投与による安楽死の処置を執られることが原則となっているが、ハマノパレードにそうした対応は行われず、痛みでもがき苦しむ状態のまま食肉業者に売却され、翌朝になって屠殺された[3]。

その馬肉が中京競馬場に近い名古屋地区の食肉市場に「さくら肉『本日絞め』400キログラム」という品目で売りに出されていたことが食肉業者の間で噂として拡がり、やがてこの事実がスポーツニッポンで記事として取り上げられ、大きな反響を呼んだ[4]。

その後、時代の変遷に伴う動物愛護意識の浸透と共に、重度の故障を発症した競走馬については屠殺が原則的に行われなくなり、予後不良の診断が下ってその後の必要な諸手続きが完了次第、即刻薬殺されるシステムが整備されていった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%9E%E3%83%8E%E3%83%91%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%89
33投稿者:777  投稿日:2009年07月12日(日) 02時31分49秒

日本の競馬界においては、すべてのGl馬が幸福な死を迎えているわけではない。

種牡馬失格の烙印を押された後、観光用の馬車を引く使役馬として酷使され、熱射病で死んだとされる皐月賞馬ハードバージ、

やはり種牡馬として失敗し、その行方を知る者もないまま消えていった宝塚記念馬オサイチジョージのような例も、容易に見出すことができる。

それに加えて、近年の馬産地の構造不況と種牡馬の供給過剰は、競馬ファンなら誰もが知っている。
http://www.retsuden.com/vol72-11a.html
34投稿者:ハードバージ  投稿日:2009年07月12日(日) 10時39分01秒

この年の四歳クラシック戦線は最強との評価を得ていたマルゼンスキーが持ち込み馬であるためにクラシックには出走権がなく、前哨戦の勝ち馬がコロコロと変わる混戦状態を呈していた。ハードバージは8番人気と低評価であった。

しかしテン乗り福永洋一騎手の天才的感覚で忍者のように直線のインを強襲、逃げるラッキールーラを捉えて優勝した。福永騎手はその後落馬事故により騎手生命を絶たれるのだが、この皐月賞での騎乗は彼の最高の騎乗の一つに数えられている。

「(スピードが)速くて(仕上がりが)早い馬が勝つ」と言われる皐月賞にあって、未勝利脱出に7戦を要したのも珍しく、また毎日杯の勝ち馬が皐月賞に勝つのは史上初めてであり、その後も1999年のテイエムオペラオーまで待たねばならなかった。

 ダービーでは福永騎手が先約があったために、武邦彦騎手に乗り替り1番人気に支持された。武騎手は巧みにハードバージを操り直線中ばで先頭に立った。しかしながら二冠達成かと思わせた瞬間に失速しラッキールーラーにアタマ差差され雪辱された。その後、屈腱炎が発症し復帰が試みられたが、結局ダービーから2年後に引退した。

 シンジケートが組まれ、1981年門別スタリオンセンターにて種牡馬生活に入ったハードバージは初年度48頭の種付けをこなす順調なスタート。しかし期待していた程産駒は走らず、1986年シンジケートは解散し、種牡馬を引退。家畜業者に買い取られ、乗馬に用途変更された。

その後石狩乗馬クラブに引き取られ去勢された。競走馬というのは闘争心が表に出てしまいやすく、乗馬としては扱いにくいといわれている。だから引退後の競走馬が乗馬として余生を全うできる例は少ない。

こうしたそれなりに名の通った馬を預かるのは牧場なり乗馬クラブなりの善意の発露といえるものだろう。しかし経済的な限界というのがある。仕方なく福井市に本社がある貿易九谷園に売却された。

ここでの生活は過酷を極めた。観光用の馬車の曳き馬として、またある時は装身具込みで90キロもの人間を乗せてのアトラクションに出演と、およそ栄光の皐月賞馬の扱いではなかった。やがて心身ともに疲れ果てたハードバージは同園乗馬クラブの牧場で他界した。栄光の皐月賞から10年目、1987年7月のことで、死因は日射病だという。

 現在は旧八大競走及びジャパンカップの優勝馬は、繁殖や乗馬に従事しない場合、ファンに展示できる施設に繋養されていることを条件に、JRAより助成金を受け取れることになっている。しかしハードバージの頃は制度はなかったので、過酷な運命を受け入れざるを得なかった。ここまで悲惨でなくとも失意のうちに世を去った名馬は数多い。ハードバージは名馬とまではいえないだろうが、皐月賞での福永洋一騎手の天才的騎乗とともに後世まで語り継がねばならないだろう。
http://umayado.hp.infoseek.co.jp/uma/hard_berge.htm
35投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時22分25秒

ステイゴールド女 第一話
テーマ:小説(競馬)

注)馬年齢は全て新表記(満年齢)に統一しています。


第一話「また2着」

「うっしし〜。また取っちゃったよぉ。」

「うししってマチコさん、まさかステイゴールド買ってたの?」

「うんっ!複勝だけどね〜。」


‘98年の宝塚記念(GT)は、破竹の勢いで中距離重賞を連勝していたサイレンススズカが1番人気に応え、この日も得意の逃げをキメて勝利した。2着には猛然と追い込んだ9番人気のステイゴールド。2.8倍の単勝では物足りないと、スズカを軸に馬連でエアグルーヴとメジロブライトに流していたショータの買い目は結果1着3着、見事にこの穴馬に邪魔された格好でハズれていた。

このショータという男、自称理論派馬券師で、昨年は120%の回収率を誇った腕前の持ち主。このレースこそハズしたが、重賞レースばかりの馬券成績は今年もまだ勝ち越しである。22歳で中肉中背、社会人2年生だ。会社での評判はもっぱら「おとなしいコ」、悪く言えば典型的な「見た目、無気力な若者」だった。オシャレへの興味の無さも手伝って、彼女イナイ歴22年(本人は15年だと主張している)。しかし見た目の無気力さとは裏腹に実は凝り性で、高校生の頃に競馬ゲームにハマったのを皮切りにやがて本競馬の魅力に目覚めた。それ以来この熱を冷ますものは、去年就職してからすぐ上司にドヤされる日々が始まるまで何もなく、馬券を買いに行く機会が減っても重賞レースだけは毎週チェックしていた。好きな馬はトウカイテイオー。常識を覆した’93年有馬記念の走りに大泣きしたというから、実はロマンチストなのかもしれない。そうは言っても予想に関しては理系人間らしくドライで、表計算ソフトを駆使したペース分析という彼独自の秘密兵器が好成績を産み出していた。
36投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時22分45秒

「ステイゴールド、こいつはステイヤー(長距離適正の馬)ですよ。中距離のGTでくるわけがないんです。ほら前走の天皇賞のペースが・・・・。」

レース前に長々と講釈をタレていたショータの言葉が空しい。ただでさえGT当日ということもあって、開催日でもない府中競馬場に多くの人が押し寄せてきている。そんななか、彼女はその資料付きの説明を一部始終しっかり「うんうん」と聞いてくれたというのに、彼女が買った馬券はその裏を行き、あろうことか的中してしまったのである。聞けば前々走の天皇賞・春(GT)でも、10番人気のステイゴールドの複勝を当てたのだという。

「この馬、またGTで2着にくるよ、って、ビビッときたのね。」

「そんなぁ・・・。」

また2着って滅茶苦茶いうなよ、とは鋭い突っ込みだが続けての言葉として出せない。自信満々に披露した予想を台無しにされ、ショータはそのプライドを打ちひしがれていたからだ。しかも彼にとって記念すべき生涯初めてのデートの場において(このことは他の誰にも内緒である)。

マチコは彼の予想のことは全く気に留める様子もなく、ちょっと自慢げにニヤリとして、当たり馬券をヒラヒラさせながらこう切り出した。

「ほら、この馬券換えてきなさいよ。今日はあたしのオ・ゴ・リ。」

彼女がかもしだす存在感に圧倒され、もはやこの命令にショータは全く抵抗できなくなっていた。今日からショータはマチコの飼い犬、それが決定付けられた瞬間でもあった。

「はぁ・・・」うなだれたまま彼は、複勝馬券を受け取り、既に長くなっている換金所の行列の最後尾へトボトボと向かわされた。

マチコは今年25歳。ショータと同じ会社で庶務を勤めて8年めになるというから、もはやベテランだ。仕事ぶりもテキパキとしてて誰もから評判がいい。150cmそこそこと小柄で、体つきもほっそりとして目立たないが、持ち前の明るさとぱっちりとした目がかもし出す可愛らしさ、小粋なギャグセンス、そして楽しそうにしているときだけに見せる、カリスマ性と言ってもいいその存在感。彼女の魅力は、ショータには知れば知るほど光り輝いて見えるのだった。しかしオトコがいるというハナシは不思議と耳にしない。

ある日の昼休み、彼女が3つ向こうの部署のショータになぜか声をかけてきた。

「あたしねー、お馬さん好きなのよ。実は『オダギラー』なんだ、エヘヘ〜。」


突然憧れの女性に声をかけられ、5秒間カタまるショータ。その隙に彼の手にある週刊の競馬雑誌をすっと奪い取り、易々とその真意を果たすマチコ。


「ふーん、またステイゴールド出るんだ。」

たまたま目に付いたページで今度のGTレースに興味を示す彼女に、心拍数が収まらないままショータが発してしまった言葉が、

「に、日曜日いきませんか?府中・・・。」

これが彼の初デートの経緯だった。

そう、ふたりはまだ付き合っているというわけではなかった。いや客観的にはっきり言ってしまえば、マチコはショータの手にはまだ遥か届かない、「近くて遠い」存在である。

「すっかりパシリだよもぅ。」

ショータは独り言をつぶやきながら換金所をあとにしたが、内心は幸せそのものだった。月に一度程度とはいえ、彼女の競馬観戦に、これからの、自分だけの役回りができたのだから。初デートの成果としては、彼にしては上々と言えた。

「しかし、何だヨこの馬は。重賞未勝利のクセに・・・。」

ショータは、去年デビューしてしばらく初勝利をあげられなかったこのステイゴールドという馬をまだよく知らなかった。そしてこの馬に秘められた「力」に、そして自分の中で芽生え始めたその馬への親近感にも、まだ気が付いていない。
37投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時23分25秒

「ステイゴールド女」 プロローグ
テーマ:小説(競馬)

プロローグ 〜ステイゴールド その戦跡とあらましについて〜





馬名ステイゴールド、1994年北海道白老ファーム産。父サンデーサイレンス、母ゴールデンサッシュ(母の父ディクタス)。1996年12月競走馬デビュー、2001年12月引退、生涯成績50戦7勝。

この彼の紹介文でまず目に付くのは、今は亡き偉大なる父の名と、50戦という一線級の中央馬としては類い稀なるレース数である。父は日本競馬界空前の大種牡馬で、この馬もその素質を3歳(新表記、満年齢)のクラシック戦線で開花させるものと期待されて育ったが、平均馬体重430kg弱(他の一線級の馬は概ね470〜510kg程度)という数字が示すようにいたって小柄。五十数kgの、騎手という名の「おもり」を背負って走るレース「競馬」においては明らかに不利な体格だった。さらに加えて持ち前の激しい気性が扱いを難しくしていた。3歳時は阿寒湖特別を勝ち、クラシック最後の菊花賞になんとか出走を果たすも結果は8着。既に発揮されていた長距離馬としての適性に古馬としての後半生の活躍をわずかながら期待するしかない、そうとも思われた当時の成績であった。





なお4歳になって以降、50戦めのレース「香港ヴァーズ(国際G1)」までの彼の主な戦績は、本編を参照されたい。


38投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時24分21秒

「ステイゴールド女」 第二話
テーマ:小説(競馬)

第二話「府中競馬場」


それからというもの、ショータには毎月のように「おトモ」の指示が下った。彼はただついていく、もちろん一度も断ることなく。隣を並んで歩くことはかなっても、手を握りにいくシチュエーションにはまだとても持ち込めない。貯めこむしかなかった口座に手をつけて服を上下買い揃えなおし、朝ブローもキチンとやるようになった彼だが、その努力の成果が表れる日は来るのだろうか。


マチコの「主戦場」は府中競馬場か、立川ウインズだったが、どちらかといえば前者のほうが多かった。というよりむしろ、特に問題がなければ開催が無くとも府中競馬場のほうを選ぶとのこと。理由は2回目のデートで早くもわかった。


「ショータ、第六レース当たったでしょ、焼きそば買ってきなよ。」


指示通りとはいえわざわざ、遠くの第1コーナー側の売店まで行く。最初はその真意もわからず、自分の分も含めて「やきそば二つ、ショーガ抜きで」と注文した。すると普通盛りのはずなのに出てきた量がすごい!両方の手にそれぞれ皿を乗せ、こぼさぬよう持ち帰るのは難儀で、帰りは行きの倍の時間がかかった。


「あら、2つ買ってきたの、大丈夫?ふふふ。」


彼女が心配したのは、持ち帰りの大変さへの気遣いではない。彼女はいとも簡単にその一皿を平らげたが、ショータは食べてみて実感、とても軽食といえる量ではなかった。食に関しては健全な彼も、なんとか7割を詰め込んだところでギブアップ。午前中、彼女のペースにあわせてジャンクフードをつまんでいたのがアダになった。そう、マチコはその小柄な体に反して、とんでもない大食女だったのだ。座り込んで食べながらの観戦となると、たしかにウインズ構内というわけにはいかないよな・・・。






 やがて秋が訪れ、その府中競馬場でGTが開催された。第一弾は天皇賞・秋。この日はデートに邪魔が入った。マチコの後輩ムツミ、サイレンススズカの大ファンだという。とにかくキャッキャとうるさい、ミーハーらしい。マチコいわく「ムツミ、とてもかわいいよ」とのことだったが、ショータにとってはふたりきりの時間を奪う乱暴者でしかなかった。


 本番のレースでは、単勝オッズ1.2倍と圧倒的一番人気のサイレンススズカが途中まで快調な大逃げを演じて見せたが、4コーナー手前で躓いたような仕草を見せると徐々にスローダウン。異変に気付き始めた場内は重低音で騒然となりはじめ、「ちょっとおかしくなった」のアナウンスとともに1オクターブ上の悲鳴が重なって、スタンドはいつもと違う大音響を奏でた。「えっ、何〜、うそ〜!」ムツミの金切り声をさすがのマチコも止められない。ターフビジョンが映し出す、壮絶な直線の叩きあいを観る者はいつもの半分しか居なかった。4コーナーはずれで武豊騎手が下馬したスズカが群集の視点のもうひとつの焦点だった。


39投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時25分04秒
「飛ばしとったから、予後不良やないか?」


無神経なオヤジの言葉が耳に入ったため、ムツミの暴走はもう止まらない。奇声をあげて泣きじゃくるムツミを二人で両側から支えてスタンド裏のベンチへ退避する。「大丈夫、だいじょうぶだからねっ!」サイレンススズカが死ぬことはないと、根拠をもたないはずのマチコが必死にそうなぐさめる。それがようやく効きはじめたのは、もう表彰式が始まった頃。レース結果を確認することなく、三人は競馬場をあとにした。そしてその夜遅くのスポーツニュースでは、スズカの薬殺処分の報が流れた。


 レースは7歳馬の伏兵オフサイドトラップが勝利していた。ステイゴールドはまたも2着だったが、大変な逸機であった。最後の直線で鋭く伸びたのも束の間、大きく斜行し内ラチにモタれてしまうという問題レースだった。これがなければ勝利していたのではとの声もあった。


宝塚記念のデータを加えたショータの事前の分析は、このハイペースになるであろうレースでは、たとえ距離が不向きでもステイゴールドが有力であることを教えていた。実際そのようになり、ショータの馬券はスズカからの流しであったためハズレとなったが、マチコの3たびの複勝はまたも的中していた。馬券の換金は一ヶ月後のジャパンカップ、そのときステイゴールドは着外に敗れるのだが、さらに一ヵ月後、年末の有馬記念ではグラスワンダー、メジロブライトに次ぐ3着と健闘、馬もマチコもきっちり借りを返すのだった。






スズカの悲劇の後、二人のデートを邪魔するものは二度と現れることはなかった。徐々にファッションにも感心を向け、時には冗談もいうようになったショータを横目に、ぴったりの相手とニラんだムツミを紹介するつもり、つまりいらぬ気遣いをしたのだということは、後にも先にも、マチコはオクビにも出すことはなかった。


 競馬界ではこの頃から、若者を中心にしたステイゴールド人気が巻き起こり始めた。「イマイチ君」。「善戦マン」。勝ちきれない悲しさをパロったものでしかなかったこれらの形容が、その魅力を表すものとして適切でないことが明らかになるのはしかし随分後のことである。ただ、ショータはその秘めたる能力の一端に早くも気付き始めただけでなく、「なかなか勝ちきれない」その様を自分にダブらせ、近いうちにくるであろう彼の勝利を期待するようになっていた。
http://ameblo.jp/gekka-no-shirabe/page-2.html#main

40投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時25分40秒

「ステイゴールド女」 第三話
テーマ:小説(競馬)

第三話「いつか」


‘99年になり、長期放牧もなく2月の京都記念からステイゴールドは始動。この年は実に11戦をこなすハードスケジュール振りであった。間隔がちょうど月一回程度ということもあり、二人のデートもぴったりこれに合わせて重ねられた。いつしかステイのレースに照準を合わせるようになっていたのは暗黙の了解である。


この年前半のステイのレースは、その出走振りでタフさをアピールする一方で、荒れた内容であった。京都記念(GU)で出負け、他馬との接触もあり7着。日経賞(GU)も出遅れがたたり3着。春の天皇賞(GT)でまたも接触があり5着。その後宝塚記念の前までになんと中二戦もして連続3着であった。頻繁に見せる出遅れ、必死の追い出しに対する反応の鈍さ、そして直線コースでたびたび見せる斜行。主戦の熊沢騎手はこの馬を手に負えないでいるようにファンの目には映ったが、不思議と誰も彼を責めようとするものはいなかった。






マチコは複勝を毎回のように購入してはたびたび的中させるのだが、なぜかこの時期は機嫌がよくなかった。


「ちょっともう、休ませてあげようよ〜。」


ショータが勇気を出したタイミングは絶妙かに見えた。そんなマチコをなだめるべく、


「大丈夫ですよ、ステイあんなに元気だし。」


そう言いながら、右腕をマチコの背後から奥の肩のほうへと伸ばす。


「またやってくれますって・・・」


その手が目的地点へ到達しそうなまさにその時、彼女はバン!と立ち上がり、知ってか知らずか、ちょうどその腕を跳ね飛ばす形になった。


「もう帰るよっ!」


きっ、と睨んだその視線に、下心の後ろめたさもあって、けして太くはないショータの勇気は力もなく萎縮してしまった。彼は当分手を出せそうにない・・・。


41投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時26分09秒

マチコの機嫌が晴れたのは、宝塚記念(GT)のとき。レースは直線でまぶしいばかりの豪脚を披露したグラスワンダー、敗れたとはいえ他馬とは圧倒的な差を見せつけたスペシャルウィーク、この両スターホースに次いで、7馬身離されながらもステイゴールドは3着にすべりこんだ。


「やっと休めるね〜」


この日は二人とも馬券が当たり、帰り路は途中の焼肉店へ。相変わらずの彼女の食べっぷりには舌を巻いたが、ショータにとっては彼女の笑顔を正面から満喫できたひとときだった。この状況に満足しそうになっている自分に気付き、ショータはつい、いましめの言葉を発してしまう。


「ステイ、このままじゃいけませんよね、勝たないと。」


「ウフフ、そう思う?勝てるかな・・・?あっさり勝っちゃうと面白くなくない?」


「いつかきますよ。きっと。いつかね。」


言葉では「いつか」と言ったが、こんなに使い込まれて、もう5歳のステイは結果を出せないまま今年中に引退してしまうのではないか。そんな不安が自分の胸の中で大きくなっていたことに、ショータははじめて気がついた。


GTでこんなに好走する馬なのに、重賞のひとつも勝てずにいる。しかしそんな「イマイチ君」のまま終わってもらっては困る理由が2つ、ショータの胸の中にあった。ステイの引退は、今はまだ見えない、しかし遠くない将来にやって来るであろう彼女との楽しいステイ観戦の日々の終わりでもある。それはそのまま、観戦デートの終焉ではないかという気がしているのがひとつの理由、はっきりした根拠はない。そしてまた、ステイゴールドが勝つとき、「その時」こそが彼女に想いを打ち明けて、願いを果たす絶好のチャンスだと、ショータは男の本能でそう感じているのがもうひとつの理由だった。


ともあれ、「その時」は、少なくとも秋以降におあずけである。





42投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時26分51秒

「ステイゴールド女」 第四話
テーマ:小説(競馬)

第四話「あたし見たもん」


ステイゴールドが勝てない原因のひとつがその「ジリ脚」にあることは、関係者の間だけでなく、すでにファンの間でも有名な話になっていた。自身が小柄だったからであろうか、ラストスパート時の一時的な最高スピード(つまり瞬発力)がない馬であり、スローペースからの直線勝負のレースともなると他馬との差が歴然としていたのだ。一流馬の魅力が、直線で発揮されるその豪脚にあるとしたら、確かにステイは逆に「イマイチ」であった。それゆえ、彼が勝つには、ハイペースが必須条件とも言われていた。


‘99年秋を一戦、京都大賞典(GU)で叩いたステイゴールドは、そのまま天皇賞・秋(GT)に向かった。他の一流馬たちと同じ、本番のGTで力を発揮しやすいローテーションである。


本番の天皇賞のメンバーには、強力な逃げ馬が多かった。かつて大逃げでターフを沸かせた1番人気のセイウンスカイこそ差し馬に転向していたが、それでもハイペースは必至だとショータは予想した。なにより、最有力のはずのスペシャルウィークが前走からおかしく、調教も絶不調だという。これは、ひょっとすると・・・。






「今日のショータ、なんかカッコいいね?」


「いつも、って言って下さいよ。」


ショータは前日に特に綿密な分析を済ませてから、マチコと府中競馬場に乗り込んだ。彼の分析結果が大きな「チャンス」を示しており、膨らんだ期待が彼をさっそうと歩かせ、いつもと逆にマチコをリードするかのようだった。


「チャンス」とは、パソコンがハジき出したステイゴールドの勝率がこれまでのGTより倍以上高いことだった。12番人気と人気落ちしているということもあって、自称馬券師のショータにとってはこの上なくおいしいレース。迷わずステイの単勝馬券につぎ込んだ。


しかしこの場合は馬券のことはニの次、ステイが勝ったときにどうキメるかが重要なのだ。ゴールの瞬間に手を取り合って、いやいっそどさくさにまぎれて抱き合って、それから見つめあって・・・そうだ、観戦場所は重要だな。ショータはターフビジョンとゴールの瞬間を一望できる絶好のオープンスペースとして、スタンド3階の通路階段の一段を、マチコと並んで占領しスタートを待った。


 ファンファーレ、そしてちょっとした事件が起こる。1番人気のセイウンスカイがゲートインを嫌がったのだ。3分、5分・・・古馬GTのスタートがこれほど手間取った例もないほど遅れたが、イライラするどころかショータはむしろ、内心ほくそ笑んでいた。ライバルのトラブルでステイゴールドの勝利の要素がさらに高まったと解釈したからだ。当のステイはゲートの中でおとなしく待ってくれている。


43投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時27分47秒

ようやくスタート、逃げ馬は単騎で競り合いにならないが、やはりハイペースだ。タテに長い展開のまま一分ほど過ぎるのを、スタンドはじっと見守っている。昨年のような悲劇もなく、各馬無事に4コーナーを迎えたのを確認すると、群集はそれぞれが握り締めたものを叫びだし、スタンドはフェアな活気に包まれた。

ステイゴールドの小さな馬体が目立って見える。熊沢騎手が直線早めに追い出すのはいつものことだが、このときばかりは反応と勢いが違って、輝いてすら見えた。そのまま外に持ち出し、府中自慢の長い直線。これならいける!

ジリ脚、お前は今回もそうか。一跳びずつ、前脚を投げ出すたびに、確かに先頭との差を詰めてくるのだが、ショータはヤキモキさせられて仕方がない。このままいけば、ゴールで先頭に立つと信じるしかない。坂にさしかかってからもなお、とてつもなく長い20秒間。

不意に、忘れかけていた黒い馬体がステイの外から襲い掛かり、勢いが違うその瞬発力から目をそらしたい気分で一杯になる。ステイだけを注視、もうかわしそう!そして、遂に先頭に立った!すぐに外からステイよりも一回り大きな馬体が覆いかぶさり、思わず心の中で叫ぶ。「スペシャル邪魔するな!」


 明らかに、かわされたと判るところでゴールした。歓声で聞き取りにくい実況を確認するまでもない。ステイは最後のひと伸びが足りなかった。鞍上の熊沢騎手が、スペシャルウィークの武騎手と健闘を称えあってかハイタッチする。


ショータは予定の行動を実行に移せず、悲しい目だけをマチコに向けると、彼女は青い馬蹄形のゴール板を見つめたまま、いつになく真剣な表情。視線に気づくと彼女はこう切り出した。


「ねね、いま、すごいの見ちゃった。」


同時にショータの背中をバンと叩いてくる。初めてのことだ。


「えっ?負けちゃいましたよね。」


「違うの。今ね、ステイ。一着を『譲った』のよ。あたし見たもん。」


「そんな・・・」


こんなに笑える話なのに、彼にとっては強烈な追い討ちだった。悔しさで涙が出そうになるのをぐっとこらえ、かわりに「11月は小遣いナシですよぉ」と単勝馬券がハズれたことに転嫁して、作った苦笑いでごまかした。






後日発行の競馬雑誌に熊沢騎手のコメントが載った。


「決め手の差としかいいようがない。」


そんなこと言うな。GTだから、相手がスペシャルだから勝てなかったと言うのか。それにあのハイタッチはなんだ。お前はそれで満足なのか・・・。熊沢騎手が苦労して乗っているらしい情報は、雑誌の中にこれまで何度も書かれていた。なんとかして勝たせてやりたい、そう一番強く想っているのはおそらく熊沢騎手なのだろう。それだけに、このコメントにはやりきれないものを感じた。そして、またとないチャンスが去ってしまったという想いを、否定したくて、ぬぐい切れなくて、ショータはしかたがなかった。

 ‘99年、ステイにはその後ハイペースのレースは訪れず、ジャパンカップ(GT)が6着、有馬記念(GT)が10着となり、この年のスケジュールが終わった。ジャパンカップは、スペシャルウィークが、有馬記念はそのスペシャルをわずか4cm差で制したグラスワンダーが、それぞれ勝利した。世界の舞台へとまさに羽ばたいていったエルコンドルパサーを除けば、この2頭が主役の1年と言えたが、サラブレッドの年月は早いもの。スペシャルは引退を表明する一方で、「来年はこの馬の年になる」と囁かれた成長途上の3歳馬が、もう有馬記念の時点では主役からクビ差の3着までと迫ってきていた。
44投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時28分28秒

「ステイゴールド女」 第五話
テーマ:小説(競馬)

第五話「拍手」


2000年が明けても、ステイゴールドは休むことなく毎月レースをこなした。AJCC、京都記念、日経賞と3つのGUレースを2着、3着、2着。着順は相変わらずに見えるが、レースを観た者には、それまでとのレース内容の違いがハッキリと見て取れた。タイミングぴったりのスタート。差しにこだわらない積極的な位置取り。たとえスローペースであっても、早めの追い出しに鋭く反応して先頭をうかがう。瞬発力と結果さえ伴えば、最強馬の横綱相撲、そのものであった。


「強かったですね、今日のステイゴールド。」


「あはは、それで2着ってのがいいでしょ。でも、もう卒業かな?」


出遅れの克服、道中での反応の改善、斜行癖の回避。熊沢騎手の3年に渡る必死の取り組みが、ようやく結実しようとしていた。






迎えた本番、天皇賞・春(GT)に、本物の横綱が出馬してきた。皐月賞馬、テイエムオペラオーである。しかしこの皐月賞馬という肩書きは、未熟な3歳時の結果を表した一時的なものでしかなかった。新聞の予想紙面は、この馬とナリタトップロード、ラスカルスズカで「3強」と一斉に報じた。


果たして、その評価は正しく、オペラオー、ラスカル、トップロードの順に、3/4馬身ずつの差でゴールになだれ込んだ。ステイゴールドの4番手という評価も結果的には正しく、スローペースに決め手を欠いたステイはトップロードからさらに3馬身離された。ただ、レースへの集中力は、それまでとは違い、抜群に高かったようにも見えた。






「土曜日はダメなの。日曜日だったら行けたんだけど。」


天皇賞・春から2週間半後、驚きのニュースを伝えようと慌てて電話したマチコからの返答は、ショータをさらに落胆させた。


「その日は大事な用事があるんだぁ。だからね、あたしの代わりにちゃんと応援してくるのよっ。立川じゃダメだからね、いい?」


驚きのニュースとは、ステイゴールドが土曜日のメインレース目黒記念(GU)に急遽出走することになったことだけではない。騎手が武豊に変わったというのだ。まさか、熊沢騎手が主戦から下ろされたというのか?熊沢騎手をもいつしか応援するようになっていたショータは、一時的なものであって欲しいと内心思ったが、真相はわからなかった。


45投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時30分10秒

レース当日は雨。悲しいくらいにしとしとと降る初夏の雨。ショータは午後一番には府中競馬場に乗り込んでいたが、もはや眼中にない前座のレースで遊ぶこともなく、ただ本番を待つ。午前中に分析してきたのも、この目黒記念だけだ。

 ショータの分析結果は、ハイペースならステイゴールド1番手、そうでなければ2番手の評価だった。強力な逃げ馬がいるのでハイペースは期待できるのだが、雨による重馬場という条件は不安要素だった。落ち着かずに部屋を飛び出してきてしまったショータは、到着してからはしかし何もすることができず、3時半のスタートをじっと待った。3時になると応援の垂れ幕に囲まれたパドックへ。それから地下馬道へもぐったステイを追いかけて、芝生の見えるスタンドへ。会話の相手がいない今日のショータは、透明のビニール傘を片手に、ただ黙ってステイを見守る。

 ターフビジョンがスターターの旗振りをアップで映し出し、ファンファーレのあと間もなく、スタンド前に設置されたゲートが、カシャ、と乾いた音を響かせて開く。出遅れの波乱も、GTレースのような一周目の大きな歓声もない。変わったことと言えば、2500mという長距離のレースなのにすぐに先行争いが始まり、競り合った2頭がぐんぐん伸びて他馬を置き去りにしていったことだ。時計と距離標識を見比べなくてもわかる明らかなハイペースで、まずは第一条件クリア。ステイは後方待機している。

 レースが第3コーナーに差し掛かり、馬群に、スタンドに、そしてショータの胸に、いつもの緊張が高まり始める。後続のペースも上がり、いつもなら熊沢騎手が反応の鈍いステイを必死に追い出しにかかるところ、武騎手はまだ強くは追い出さないでいた。逃げ馬の1頭がさらに抜け出し、そのまま第4コーナーへと突入する。先頭からはまだ10馬身以上、重馬場の直線で伸び切れるのか?残ったもう一方の条件、その不安が消せないまま、耳を傾けていた場内アナウンスは歓声で徐々にかき消されていった。

 武騎手は仕掛けの瞬間を大きく見せない。いつの間にかステイに勢いがついていて、前の馬群のカベを大きく避けてその姿を見せたときには他のどの馬よりも脚色がよく、そこへさらにムチが入って本格的なスパートに入った。残り200mで先頭に立つと、力の残っていない2線級の他馬たちは従うしかなく、ステイは2着に1馬身1/4の差をつけて勝利した。溜めて、爆発させる。熊沢騎手とは違う発想の、確かに武騎手の好騎乗が光ったレースだった。「さすが武騎手」とアナウンスまでもが称えたが、ショータは熊沢騎手でも勝てたのだと信じたかった。

レース直後、前代未聞の珍事が起きた。スタンドから拍手が起こったのだ。暖かく、優しく包み込むような、マラソンで最終ランナーがゴールするときのあの拍手と同じものだった。おめでとう、やっと勝てたね、小さい体でよく一生懸命走りとおした、そしてお疲れ様・・・ファンたちの様々な想いが込められているのが感じ取れた。もはや、ステイゴールドはGUなら勝って当然の馬と受け取られていたとも言えた。

悔しさがこみ上げてきたのは、ショータ自身でも予期せぬことだった。この拍手は、この拍手だけは許せないという気持ちに駆られた。彼に対してのものではないのに、こんな同情は受けたくねぇよという怒りさえも覚えた。この勝利を心から祝福するという群集の行為に違和感を覚えたのは、けして騎手のことがあったからではない。

これで終わって欲しくない、ステイはこんな勝利で満足して終わる馬じゃないんだ、これはゴールなんかじゃない!かねてから抱いていた気持ちが、消えるはずだったこの勝利で、逆に膨らんでくるのがわかった。実に2年9ヶ月ぶりの感動的な勝利という絶好のチャンスであったはずだが、それを活かせなかった不運に対しての悔しさは、逆にもうこみあげてこることはなかった。いや、彼女の不在は不運ではなかったのだ。

GUではない、GTというこの馬にふさわしい勝利が達成されたその時こそ、初めて心から「やった!」と言える、そしてあの人にも・・・。自分の気持ちをはっきりできたこの瞬間を胸に刻み込み、人だかりができた表彰式に背を向けて、ショータはひとり帰途についた。

 帰宅するとすぐ、部屋の電話が鳴った。夕方には珍しいことで、やはりマチコからだった。


「テレビで観たよ〜。」

レースシーンを振り返り、余韻に浸ったのは少しだけだった。武騎手の騎乗ぶりも話題には出さなかったし、拍手のことにも触れなかった。


「それでね。あたし、会社辞めることにしたんだ。」

切り替えられた話題の、突然の衝撃に動揺する。今日はそのことで家族、つまり単身赴任の父親と実家を守る母親、妹を交えた4人で話し合っていたのだという。なるほど、大事な用事だ。

「これからはあたし、自分の好きなことをやって生きてくの。」

まずは、以前からやってみたかった、温泉旅館の仲居という仕事にチャレンジするのだという。また、当面熱海に住み込みになるので、競馬観戦にはあまり行けなくなるというのだ。

「ステイのGTだけ、行こうよ。あたし、府中まで行くからさっ。」

間をおかずマチコはこう続けてくれたので、ショータの不安はすぐに消えた。しかし、「ステイの引退」=「観戦デートの終焉」というただの予感であった図式が、近い将来確かに成立してしまうのだと通告された瞬間でもあった。一瞬訪れた悲しい気持ちを悟られないよう、しかしけして強がりでなく、彼もすぐさま言葉を返す。

「ええ。ステイ、このままじゃ終わりませんから。」

「そうよ、じゃまたね。」

ふたり、それぞれの決意を伝え合った電話は終わった。最後にあっさり同意されたのがちょっと意外で、少し拍子抜けした。
46投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時30分51秒

「ステイゴールド女」 第六話
テーマ:小説(競馬)

第六話「不遇」


2000年の中長距離のGTレースは、次なるステップとしてGT勝利を目論むステイゴールド陣営にとっては、不遇なものであった。結果を言ってしまえば、「横綱」テイエムオペラオーの独壇場。春の天皇賞以降、その年の2000m以上の芝GTレース5つ全てを勝利してみせた。この馬の全盛期の走りは、着差こそさほどではなかったが、先行、差しと自在な位置取りから、直線ではライバルに並びかけては必ず競り落とすという、勝負に徹した強い内容であった。圧巻だったのは有馬記念で、最後の直線で前が壁になった大ピンチの状況で、オペラオー自身が壁のわずかな隙間を見つけて割って入り、そして抜け出すのを、全国の観戦者が目撃した。その「賢さ」を見せつけたレースは、オペラオーの安定性、隙の無さを大いにアピールし、引退するまで無敵なのではないかとも思われた。また、同じ世代のレベルの高さから、この馬こそ史上最強馬との声さえも多く聞かれた。


メイショウドトウ、ナリタトップロードの「大関」らも横綱に準じた結果を毎回出した。オペラオーさえいなければ栄光は彼らのものであり、世代が違えば時の最強馬になり得たと多くのホースマンが認め、臍を噛んだ。彼らもまた、不遇の辛さを味わったのだ。






「今日のステイどうしちゃったんでしょうね?」


「きっと、おっきいのが邪魔したのよ、いじわる・・・」


2000mと中距離の秋の天皇賞は、長距離馬ステイゴールドにとって過去‘98年、’99年連続2着となぜか相性のいいレース。2000年のレースも再度武豊騎乗とあって一部で期待されたが、当時有名だった「魔の第ニコーナー」で不利を受けてしまい、見せ場なく7着と敗れた。府中競馬場の2000mのレースはスタート地点が第一コーナー付近にあり、スタート直後に第二コーナーの左カーブに入るという構造的な問題があり、第二コーナーのインコース争いがいつも激しくなるのは当然のことであった。その2年後には数ヶ月間開催を無くして改修・改善されたほどかつての悪名は高く、「秋天は一番人気が勝てない」というジンクスの一因とも言われた。ともあれ、結果的には新しいライバルたちの後塵を拝し、ステイは馬券に絡むことすらできずにその年を終えた。


鞍上のほうはというと、秋の天皇賞以外は後藤騎手が担当したが、やはりなかなか手に負えないでいる様子で、満足な結果を出せなかった。そして、春の天皇賞以来8ヶ月というブランクは、熊沢騎手にはもうステイに乗る機会が二度と来ないことを示していた。


ステイゴールド陣営は、有馬記念の前に来年も現役続行することを既に表明していた。彼らの思いもまた、このままで終わって欲しくない、ということのようだ。


47投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時31分30秒

2000年末最後のレースが終わり、ショータは馬券が当たったのにまったく喜ぶことができなかった。ステイが出走するGTレースは数ヶ月先のことになるからだ。しばらく会えませんねと、「素直」に寂しがることができるようになったのは、しかし駆け引きの上達でもあった。


「また来年があるから、ね?元気出しなって。」


そう言って、マチコはまたバン、と左手で背中を叩いてくれる。その時の距離が毎回近くなってきているのが密かに楽しみで、ここまでは作戦通りだったのだが、今回は彼の右腕を抱え込んで強く寄り添ってきたので、激しく動揺した。予定外の状況には弱いのだ。抱き寄せ返すどころか、言葉すらも発することができない。


マチコはむしろ判らないようにしていたのだが、実は彼女が買った馬券の変化を目ざとく彼は見つけていた。いつからなのか、復勝ではなく単勝馬券。2着や3着でない、ステイの勝利こそを、彼女期待するようになっているのだ。勝利の喜びは、確かに共有できるものなのだ。そして、確かに近づきつつある距離・・・。彼は「その時」の妄想を、彼女の側面の感触を味わいながら描いたが、傍から見るとただ固まったままの彼を、上目使いでちらと確認する彼女の視線は見逃してしまっていた。


ともあれ、馬券がハズれた彼女が当たった彼を励ますのは、競馬場においては異例の光景だった。






2001年、明けてステイはもう7歳。競争馬としてはもはや高齢であり、同期の馬たちのほとんどが引退してしまっていた。しかし当のステイは衰えを見せず、鬼の居ぬ間とばかりに1月の日経新春杯(GU)を、格の違いを見せつけて勝利した。陣営が発表した次走のプランが、なんとUAEドバイへの海外遠征。その異例さと自信の程に、競馬界が大いに驚愕したのは言うまでもない。


48投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時32分10秒

「ステイゴールド女」 第七話
テーマ:小説(競馬)

第七話「砂漠の夜の夢」


UAE(アラブ首長国連邦)の一つの首長国であるドバイ。その頭首であるモハメド殿下は競馬界に対しての巨額の支援を続けていることで有名であり、その一環として企画されてきた競馬の祭典「ドバイワールドカップデー」が遂に1996年に創設された。それ以降毎年3月に、「砂漠の中の人工オアシス」ナド・アルシバ競馬場で開催されているこの祭典は、プログラムが7つの高額賞金レースで構成されており、特にメインレースでもある「ドバイワールドカップ(国際GT、ダート2000m)」は一着賞金360万ドルという、世界最高クラスの額を誇っている。ステイゴールドが出走する「ドバイシーマクラシック(国際GU、芝2400m)」も、賞金は日本のGTと同じレベルだ。レースは現地時間の夜に行われる。日本時間で言えば、土曜日の深夜になる。






 その、「ドバイシーマクラシック」で、ステイゴールドが勝利したという。ショータはもちろん期待はしていたのだが、日曜日のテレビでの結果速報にはさすがに驚いた。快挙だということは判っている。どのくらい凄いことをやってのけたのか、その詳細を知りたい、すぐにでも。今週末のテレビで詳しく放映されるだろうが、待ち遠しくて落ち着かない。






月曜日出社すると、たまたま出張で来ていた名古屋支店の同期、ワタナベに出くわした。入社当時は新入社員研修で一緒に合宿した、文字通り「同じカマのメシを食った」仲である。競馬の話題で花が咲き、合宿先から近い横浜のウインズにも一緒に行った。サニーブライアンが逃げ勝ったレースに一緒に呆れ、そのまま引退されて「勝ち逃げされた」とまた一緒に苦笑した、そんな思い出が懐かしい。


「おう、元気そうやん。『お馬さん』はやっとんの?」


「ケーブルテレビとPATに入っとんねん。毎週ウチでやっとる。」


どこの方言かわからないイントネーションは放っておく。もしかして、とショータは早速その「ケーブルテレビ」という言葉に飛びついた。驚きを顔で表現しながら、


「ステイゴールドは・・・」


と切り出すと、質問の内容も確認しないまま、ワタナベはふふんと得意げになって言った。


「ドバイのレースなら、全部ビデオに撮っとるで。」
49投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時32分41秒

頼んだダビングのテープが宅配便で届いたのは、水曜日のことだった。名古屋に戻ってすぐに送ってくれたらしい。早速梱包を解いてデッキにかける。


 スタジオのつまらない解説と座興をはさみながら、数十分おきに現地の1つひとつのレースが繰り広げられる。3つめのレースがシーマクラシック。ダリアプールやカイタノ、インディジェナスといった耳にしたことのある強力なメンバーのなかに、去年のジャパンカップにも出馬していたファンタスティックライトもいるではないか。昨年はジャパンカップこそ3着と破れたが、エミレーツWRCで総合優勝、世界最強の一頭との呼び声もあった。鞍上は世界の第一人者との呼び声高いL.デットーリ騎手で、文字通り世界最強コンビである。前評判は一番手、納得のいく評価だ。






 数日前の海の向こうのレースが、ショータの部屋で今まさに始まる。ステイはスタートも悪くなく、間もなく堂々と自分のポジションを馬群後方で主張する。馬群は固まった一団であったが、けしてスローペースではない。それぞれの馬のベストポジションが近いことがそうさせているのであろう。世界のトップジョッキーたちのレベルが感じ取れるような光景だ。ステイの武豊騎手もまた、その一人である。


 向こう正面で馬群と平行して走る中継車がアップで映し出す迫力満点の光景では、しかし何も目立った動きが映らない。やがて周回内側の中継車が離れ、一団の形が崩れないまま第四コーナーへと差しかかる。カーブを曲がり切るところで、馬群から早めに抜け出しを図った馬を追いかけて、脚色のいい馬が一頭、ファンタスティックライトだ。実況はまだ600mの直線という「期待」が残っていることを教えてくれる。


次の瞬間、馬群に隠れていたステイも顔を出す。またもや武豊騎手の仕掛けの瞬間がわからない。手綱追いだけで、勢いを徐々に増しつつ最後の300m。すでに先頭に立っていたファンタスティックライトと、追いかけるステイゴールド、2頭の一騎討ちの様相を呈してきた。ジリジリと、しかしステイの加速はまだ終わらない。デットーリ騎手が大きなアクションでしきりにムチを入れ、手綱で一体となったままのステイと武騎手が静かに追いすがる。1馬身、半馬身、徐々に馬体が重なって、届く・・・?かわしたとは思えない、並びかかったところでゴールした。何度か巻き戻して見返すと、2頭が並んだところで、首の上げ下げでステイが勝っていたのがようやく判別できた。


確かに素晴らしいステイのレース振りだったが、先着できたこと自体は幸運そのものだった。そしてこの結果はそのまま額面どおり、「世界最強馬」を負かした、としてよいものなのか?ファンタスティックライトはこの年の緒戦であり、本番前の前哨戦かもしれないし、去年ほどの力はもはや残っていないのかもしれない。ひょっとしたら、相手を甘く見ていたかもしれないし、負けてもいいと軽く考えていたのかも知れない。そんなことが頭の中を駆け巡り始める。レースシーンを巻き戻しては、同じことを考え、また巻き戻しては、ぐるぐるぐるぐる・・・・。


いつの間にか、テープを再生にしたまま上の空。ショータはこのレースが、どうしてGUなのか、どうしてGTじゃないのか、もう納得がいかなくなってしまっていた。メインの「ドバイワールドカップ」で4歳牝馬トゥザビクトリーが2着の快挙を成し遂げ、奇跡の度合いとしてはこちらが上なのかも知れないが、もう気にも留まらない。こうして、中東の砂漠の夜の夢の祭典は、部屋の中の砂嵐へと埋もれて、やがて消えていった。






翌日夜になって、マチコに電話。ビデオを宅配便で泊り込み先の旅館へ送った旨を伝えた。


「最後は届き切れないかと思ったら、首の上げ下げで勝ってやがった。」


「あはは、さすがあたしのステイね。ごほうびしてあげたくなっちゃった。」


彼女は何かプレゼントでも思いついたようだが、詳細は「うふふ、ないしょ」と教えてくれなかった。仲居の彼女にとっては、夜は仕事の時間。合間の電話は長くできず、次は宝塚記念だよ、と再会の見通しを確認し合ってすぐに終えた。






ちなみにこの「ドバイシーマクラシック」というレース、賞金はそのまま、翌年から国際GTに昇格されたことは、全くの余談である。
50投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時33分20秒

「ステイゴールド女」 第八話
テーマ:小説(競馬)

第八話「ムチ」


「今度ね、群馬の乗馬クラブで働くことになったんだ。」


半年振りの再会の冒頭、いきなり、そして楽しそうにマチコはこんなことを告げた。温泉旅館の仲居はもう辞めたのだという。


「やっぱりあたし、お馬さん好きだし。」


この人の動機はいつも単純だ。素直というべきなのか、直感に正直とでもいうのか。深く考え込んでいるところはとても想像もできないが、その割には行動力のあることをやらかす。そういや、まだ会社にいた頃、夏休みに自転車で北海道の牧場巡りをしたこともあるって言ってたっけ。いちいち、どうしてと聞く気にもなれず、ショータはただ感心するばかりだ。


ステイゴールドの帰国第一戦、宝塚記念では、先行から会心の抜け出しを成功させたメイショウドトウが、仕掛けにもたついたテイエムオペラオーを出し抜いて、遂に念願のGT勝利を達成した。直線勝負になったこともあり、ステイゴールドは4着。遠征帰りはまあこんなものかと、いきなり世界最強馬へ変貌したわけではないステイを確認して、ショータは秋の本格的なローテーションに期待しなおした。






2001年秋、ステイゴールド最後の秋。緒戦はいつもどおり京都大賞典(GU)からだった。休養明けのレースはいつもどおりだろうと、テイエムオペラオーやナリタトップロードらの載っている出馬表を見てから、3着あたりに滑り込む様子をイメージして、一人で競馬場にきているショータは何も心配していなかった。


だから、異変に気がつくのが遅れた。ふと京都を実況中継している場内テレビを見上げると、もう直線に入ったあとで、ナリタトップロードをかわしてステイゴールドが先頭に立っている。オペラ、トップの2頭が巻き返してくるはずだという期待が、そのとおりになっても、頑として先頭を譲らないステイに、また徐々に裏切られていく。後藤騎手が最後の右ムチを入れ、さらに少しだけ伸びて、まさかを確信にさせたのは、しかしその瞬間だけだった。伸びた方向が左にヨレて、1馬身未満の差で追いかけていたトップロードの正面に踊り出てしまった。接触・・・?明らかな進路妨害に審議の心配をする間もなく、脚が絡まったのかトップロードがひどく前のめりになり、渡辺騎手が大きく投げ出された。大丈夫だろうか・・・。そのままゴール。気まずそうに、ステイ、オペラの順にゴール。


やってくれた、これは伝説になるだろう。あの2頭を直線でねじ伏せるというフェアな栄光を犠牲にしてまで、ステイが「伝説」を勝ち取った瞬間だった。やがてレース結果が発表され、ステイゴールド失格。ショータは、伝説にふさわしい結果だと正義感からそう考え、一番手に入線したという記録に残らなくなった結果を見つめていた自分を誇りに思った。諦めたのではない、いつも以上にもどかしく感じながら、そう思ったのだった。


51投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時34分00秒

次走は本番、秋の天皇賞。騎手は武豊になっていた。「お手馬がいないもんだから、『ボク、どの馬に乗ればいいんですかね?』とか言ったんだよ、きっと。」と熊沢騎手のこともあって、去年のマチコはイヤミっぽく冗談を言ったものだが、今年はそんなことはない。もうこの天才騎手しか「残っていない」のだ。そして今年もこのレースをショータは狙っている。


2年前と同じ3階席の階段で、去年のような不利がないことを二人は並んで見守る。ステイはスタートも第二コーナーでも問題がなかったが、逃げるはずの1頭が出遅れ。メイショウドトウがかわりにスローペースで馬群を引っ張る格好となった。ステイが2〜3番手を内側で走ってくれるので今回はその姿をずっとターフビジョンで追いかけることができる。大きな動きがないまま、第四コーナーへ。一瞬他馬に隠れたその姿が直線に入って、ぐい、と伸びるのが見えた。


「あっ、ステイがいくよ!」


マチコの言葉だ。ショータはレースの最中に言葉を出すことはまずない。ただ今度ばかりは「いけえっ!」という心の中の言葉が、右手の握りこぶしとなって、彼女の言葉と同時に二人の間に突き上げられた。それをマチコが小さな両手で包んでくる。彼女なりの握力で、ちからいっぱい。彼がもう一方の手を添えようとしたその瞬間、しかしステイの勢いが衰えたのがわかった。左にヨレる悪い癖が出て、内側のラチにモタれかかってしまい、いくら武豊騎手が左ムチを入れてもダメ。まともに走れないステイは徐々に後退、前のほうにはドトウとオペラオー。二人の両手は力を失って下のほうへと解け、ステイのレースは終わった。結果7着。


1着争いのほうは、直線抜け出すかに見えたオペラオーを、目一杯の大外から一気に追い込んだアグネスデジタルが勝利。朝からの小雨で重くなった馬場を逆手にとり、誰も走らない脚抜きのいい馬場を確保したのが勝因だった。






4週間後、国内ラストラン、なぜか苦手のジャパンカップ。前走の教訓から、ステイに左眼だけにブリンカーが装着されたという。最後の直線コースこそブリンカー効果もあってか、ラチを避けた外を回っての武騎手の必死のムチ追いに応えてまっすぐ走ったのだが、やや早いペースにもかかわらずオペラオーやジャングルポケットの末脚に屈服。4着というそこそこの結果に終った。第四コーナーでは見せ場もあって、特に欠点もみあたらないレース振りに、ショータは逆にステイゴールドの限界を見せられたような気がした。もう7歳も末、ここまでか。ステイの次走、ラストランは香港遠征なのだというが、相手強化、遠征、ハードスケジュールとさらに悪くなる条件に、勝利の見込みはもうないもの。ショータはそう信じ、波乱万丈の数々のレースの思い出で、自分を満足させようとした。いつものもどかしさがこの日はもうこみ上げてこなかった。


「ステイ、とうとうGT勝てませんでしたね。」


「そうね。でもよく走ったわ。」


さすがのマチコも、ステイの姿を見るのが最後と思うと感慨深そう。ただ、少し悲しそうな目は、心残りを訴えていた。


「有馬記念も行くよ。ステイは出ないけど。いい?」


彼女はもう分かっているかのようにそう告げ、彼も頷くだけでOKを返答した。ラストチャンスが有馬記念。失敗すれば、最後のデートだ。


そのときは、そう思った。そして、マチコへの告白のことだけで満ちた彼の心の中から、ステイはもはや分離されてしまっていた。
52投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時35分30秒

「ステイゴールド女」 第九話
テーマ:小説(競馬)

第九話「決戦前夜」


 ジャパンカップの着順だけで判断したショータは早計だった。日経新春杯以降、海外やトラブルのレースばかりでステイのデータ分析ができなかったのだが、このジャパンカップは久々のまともなデータを残してくれたレース。これを振り返って分析しておけば、非常にレベルの高いレースであり、ステイは衰えてなどいないことがわかったはずだ。メイショウドトウに先着していることだけからも、うかがえたはずだ。

 ステイが勝ってしまうなんて!最後の最後に香港のGTで勝ってしまうなんて!日曜日の夜に速報を知らされ、ショータはガク然とした。当日は現地に数百人からの日本人ファンが詰め掛けていたというではないか。それに、観ようと思えば、例え現地でなくても、ケーブルテレビを放映する飲食店なんかでできたはずだ。ステイへの思い入れは人一倍だと思っていたショータは、諦めてしまっていた自分が恥ずかしくなった。

香港国際レース。毎年12月に香港の沙田(シャティン)競馬場の芝コースを舞台に繰り広げられるシーズン最後の競馬の祭典。「香港スプリント」「香港マイル」「香港カップ」「香港ヴァーズ」という4つの国際GTレースが同日開催され、世界のトップホースが集まることで有名である。ステイゴールドが出走したのは、一番距離の長い「香港ヴァーズ(芝2400m))」。当日のレースの詳細はまだわからない。

しかし、ショータの立ち直りは、意外なくらい早かった。いい作戦を思いついたからだ。

彼女を部屋に呼ぼう。好きだったステイゴールドの最後のレースを一緒に観て、共に感動しよう。そうしておいてから、彼女に自分の想いを打ち明けよう。そうだ、ついにその時、まさに「その時」がきたのだ。

ワタナベに頼んで、ビデオを取り寄せることにする。

月曜日になると、彼が勤務している名古屋支店に電話。出張中だという。

「どうしても連絡取りたいんですけど」「携帯持っていっていませんか?」「えっ、忘れていってる?」

電話先の反応の鈍い庶務のおばさんを急かして、なんとか出張先の電話番号を聞き出した。客先の工場に納品に行っているのだという。切るが早いか続けてその工場に電話、「急用なんです!大至急!」と身内の不幸かと思わせる勢いをわざとみせつけて、工場の中にアナウンスをしてもらってまで呼び出しをした。

「なんや、お前か。えっ、ビデオ?」

タイミングが悪かったようで、次の言葉で機嫌を損ねたのがわかった。
53投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時37分06秒

「今、立て混んでんねん。こんなとこまで電話してこんでくれるか。」

弁護の余地もなく、一方的に電話が切れた。まずかった。夜にでも謝っておこうと思い、あらためて彼の自宅の電話番号を調べたが、帰宅していてもよさそうな時間になっても繋がらない。どうも「ハシゴ」の出張で不在のようだ。けして深くはない付き合い。絆がこわれてしまったかも知れない。

しかし深夜になって、ショータの電話番号を知らないはずのワタナベのほうから電話がきた。実は昼間のこと気になって、電話番号を彼のほうが調べてかけてきてくれたのだという。

「今日はどうしたん。あんなゴリ押し、お前らしくないで。何かあったんやろ。」

彼は見抜いてる。そして、わかってくれるはずだ。

「実はな・・・」

正直に、下心に満ちた計画も、偽らざる心の中までも全て白状したことで、奇跡が成った。よっしゃ、と言いながら、ワタナベはショータへの労力を買って出る返答をしてくれたのだ。

「持つべきものは友だな、あはは。」

こう表面はおちゃらけながら、しかし心底そう思いながら、頼んだぞと念押しして電話を切った。翌日、まだ出先を渡り歩く彼からメールが届き、香港のレースを収録したビデオを金曜日に到着できるよう、宅配便で発送してくれるという。

肝心のところへの根回しがまだだ。次のステップが本番、マチコ本人に来てもらわなくては。

「ショータです。金曜日なんですけど、会えませんか。」

「夜よね。時間作るけど、どこにする?」

相変わらず、察しがいい。そして一番話したいところをダイレクトに聞いてくる。

「オレの部屋・・・ステイのビデオ、一緒に観ましょう。」

「うん。場所教えて。」

あっさり承諾された。渋られたら、こう言って押そう、と思って準備していた言葉を、マンションの場所の説明のあとに続けた。

「その日は、お話したいこともあるんです。」

「あたしもなんだ。」

マチコも、有馬記念観戦のあとで話そうと思っていたことなので、ステイのいない競馬観戦はキャンセルしてそのときに話したいという。

「願いは通じる」「信じ続ければ成功する」のだと、何かの本に書いてあったことを思い出した。さらなる奇跡の予感は高まる一方だった。何も疑うものはない。初めてのことに際して、ショータは「その時」のイメージトレーニングを開始して、テープと彼女がやってくる金曜日までの残り少ない日々を、ずっと緊張感を消せないまま過ごした。
54投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時37分56秒

ステイゴールド女」 第十話
テーマ:小説(競馬)

第十話「奇跡の末脚」


決戦の金曜日は、遂に幕を開けた。


場所がわからなかったら電話して、という言葉は結局必要なかった。時間通りにチャイムが鳴る。こういうところはいつも几帳面だ。「よっ」と軽く言って入ってきた彼女は、しかしいつもより言葉少なげだった。ただ、質感のいい上着に、赤紫の鮮やかなロングスカートの格好はそれだけで、この部屋のじっとりとした雰囲気をかき消してしまうほどの眩さを放った。あらためて見とれている場合ではない。早速ワイドテレビ正面のS席にご案内する。彼女は左側を空けてちょこんと座り、そのスペースをショータがのそりと埋める。競馬場からショータの部屋へと場所は変わっても、レースを観戦するときの二人の位置取りはいつもと同じだ。






届いたばかりのビデオは事前再生でチェックできていない。「友」が親切にも同封してくれていたメモをこっそりカンニングして、つまらないであろう前振り、そして興味のない他のレースを頭出しでどんどん飛ばした。今日はこんなものを見るのに費やしている時間はない。デッキのカウンタが「ここから」とメモに書いてある時間になり、再生モードへ。華やかなプレ・セレモニーのあと、香港ヴァーズのゲートイン。ステイゴールドの9番のゼッケンには、日本の国旗マークとともに「黄金旅程」と香港名での記載があった。


「へぇ、こういう訳しかたをするんだぁ。」


馬名フリークのマチコは、香港名にも注目していたらしい。けして好みの可笑しいネーミングではないのに、本人は感心している様子。そのステイもゲートに収まり、最後のレースが、画面を見つめる二人の目の前で、今、始まる。






 穏やかにスタート。前の2、3頭で先行争いがはじまり、馬群がやや縦に伸びるがそれほどでもない。少し速めのペースを察してか、武豊騎手のステイは後方で待機した。日本語実況が読みあげる強豪のなかに、UAEからの刺客エクラールもいた。鞍上はまたもあのデットーリ。こちらはやや前めでレースを進める。


第三コーナーを曲がるラスト800mあたりでエクラールが先頭に立つ。そのまま巧みなコーナーワークを利して徐々に差を広げ始める。ここで動くかどうかは騎手同士の心理戦、ステイはまだ動かない。ラスト600m。気がついたときには世界のデットーリが自信満々の抜け出し。5馬身差をつけている。デットーリ得意の戦術だ。ステイも第四コーナーを迎えてようやく先団グループへと取り付くが、こいつらが邪魔で外を廻らざるを得ない。ラスト400mで直線へ。先頭と後続の差はもう7馬身ほど。ステイが動き、馬混みを捌いて3番手から2番手へ上がってくる。なぜか武騎手は手綱追いだけでムチを入れない。ついにラスト200m、5馬身差までつめよるが、勢いの伸びが止まったかのように見える。これでは届かない!言葉にしてしまいそうになるのを、レース結果を知っている理性がなんとか抑える。


55投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時40分56秒

すると突然、ムチが入ったわけでもないのに、ステイがギアチェンジしたかのようにぐいぐいと加速を始めた。何が起こったというのだ?武騎手は確かに手綱追いのままだ。ラスト100mを切るあたりで3馬身あまりの差、しかしもはやセイフティーリードか。速度を増しつつ2馬身、1馬身と詰め寄るが、ゴール板はその姿を現すのを待ってくれなかった。

「届かねぇじゃん!」

今度はほんとに言葉にしてしまったときに、ステイがさらにもうひと伸びを見せ、一気にエクラールをかわしてゴールした。ギアチェンジしてからの走りは、ステイがこれまで見せてくれたことのない、持ちあわせていないはずの、豪脚そのもの。最後の最後で発揮された「奇跡の末脚」だ。

「やったーっ!」

彼女がバチン、と背中を叩いてくる。くるのはわかっていたのだが、今日は上着がないからか、彼女の力がこもっていたせいか、少々痛くて、涙がにじんでくるのを止められなくなったように感じた。

「こんな末脚、今まで隠し持ってやがって。」

ごまかすように理性的に言うつもりだった言葉に感情がこもり、少し目からこぼれた。予め用意されていた新品のカシミヤのボックスティッシュが、予定外にショータ自身のためにまず役に立った。

「うふふ、『見たか!』って顔してるよ、ステイ。」

スタンド前に戻ってきて祝福されるステイを見て、そう指摘しつつ、マチコもティッシュをむしりとる。この人はそんなところまで観察していたのか。そう言えば、レース後のステイの様子なんて、見つめたことなかったな。関係者に囲まれた小さな体のステイは、まだ闘志の火がくすぶっているのか、力強い視線とやや神経質な仕草で、確かに誇らしげにその威厳を放っていた。

表彰式が終わり、ビデオを止め、画面の暗くなったテレビの電源も切る。

「あのね、ショータ」

マチコが切り出そうとするのを、もう心のゲートインが完了したショータが制する。

「待ってください、ボクからお話します。」

正面から向き合って、彼女の両腕を外側から掴み込み、視線でそう訴えかけるとわかったわと彼女は頷いた。荒くなっていた鼻息が彼女の顔に直接かかりそうになったが、この姿勢のまま顔の距離を遠くできないことに気がついて、顎の角度を少し低いものへと修正した。

「入社したときから、ずっとマチコさんのことを見てました。」

スムーズにスタート成功。予定のコースを最初はゆっくりのペースで流す。

「一緒に馬観にいけるようになったのがとても嬉しくて、」

「いつの間にか追いかけるようになったステイゴールドが勝った時、」

「マチコさんに気持ちを伝えようと、ずっと」

「ずっとそう思って、今日という日が来ました。」

少しづつ息を入れながら、徐々に心拍数のペースが上がって、用意していた言葉が第四コーナーを曲がり終えた。最後の直線を前にして、こんなに苦しくなるとは思っていなかった。きっと彼女が正面から見つめているからだ。


「マチコさんがちょっと遠くに行ったりして、」


ここにきて、用意していたはずの言葉が続かない。喉元にそれがあっても、出そうとするときの苦しみがなかなかそれを許さない。
56投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時43分24秒

「ステイゴールドもなかなか勝てなくって、えへへ、辛かったけど、」

咄嗟に思いついたアドリブと、照れ笑いで間をおいて、体勢を立て直す。

マチコとあらためてしっかり視線を合わせる。彼女が逸らすことはない。「今のショータなら、言える」と無言のメッセージを受けたように感じて、勢いを増した勇気を全開にしてラストの言葉を放った。

「好きです。だから、もうどこにも行かないでください。」

ついに見せることができた、彼の奇跡の末脚だ。ゴールは目前、彼女の反応を見る。


「あのね、あたし」

今度はあたしの番よね、とキラリと瞳が光って、今度は彼女が彼の両腕を外から握り返す。ショータが全身で、勝っても負けてもゴールのはずの、次の言葉を受け止めようとしていた。

「あたし、目がパッチリした人じゃないとダメなの。」
「へ?」

あまりにも唐突な発言で、一気に夢が覚めた。例によって対応の苦手なショータは、裏返った、情けない発声のあとの言葉が無い。細目のショータを気遣って、彼女はあたかも誤解を解くときのように続ける。

「あたしね、うまく言えないけど、強くて、輝いてる人に惹かれるの。そんなヒトからパッチリした目で見つめられると、もうダメ、落ちちゃうの。お馬さん好きなのも、パッチリした瞳がきれいだから。」

ショータは対象外なの、とは言葉に出さない。恋愛とはそういうものよと、その大きな瞳が真正面から発してくる光だけでそう諭してくる。経験の薄い彼は黙ったまま見つめ返して、ただ受け入れるしかない。

「会社辞めてからね、3人のオトコと付き合ったけど、もうこの人じゃないとダメってヒトに出会ったの。付き合って半年になるけど、そのヒトが来年から外国に行くことになって。あたしついて行くことに決めたの。ついこないだ、もう決めたの。」

次々と入ってくる新しい情報を処理できないまま、言葉そのものだけが耳に残る。もはや、相手とどこで知り合ったのか、何をやってるどんな人なのかなんて聞く気にもなれない。

「ショータの気持ちにはね、気がついていたのよ。でも楽しかったから、ほんっとに楽しかったから。」

その言葉を聞きたくなかったからではない。あまりの辛さに耐えられなくなって、やめてください、という声がすでにぐじゅぐじゅになって完結しなかった。


「ショータのことが可愛かったのよ!だから弄んじゃいけないって。今日はちゃんとお別れを言いにきたの。」


とめどなく涙が溢れてくる。ただそこにあったという理由だけで、彼女の腰元にしがみついて、スカートに顔を伏せて彼は泣いた。その間のことは何も覚えていない。マチコの太ももの感触も、体の温かみも、そして彼女が声をかけてくれたのかそうでないのかさえも。わかっているのは、醜い声を押し殺せなかったことと、彼女の赤紫のロングスカートを少々汚してしまったらしいことだけ。

 どのくらいたったろう、記憶が戻り、顔を上げる。彼女がいやな顔をすることもなく、ずっと起き上がるのを待ってくれていたのだと気がついて、ショータはこれ以上ないほど照れた。彼女がボックスティッシュを2、3むしり、彼の顔の汚れを拭き取った。


ショータの奇跡の末脚は、しかし彼に栄光をもたらさなかった。「これからはボクがマチコさんだけのステイゴールドになりますっ!」勝利者のものとして用意されていたこの言葉も日の目を見ることなく、ショータの胸の内ですでに消滅していた。


「じゃ、もうあたし帰るね。お腹空いちゃった。あはは。」

57投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時43分46秒

ショータの体を離れ、彼女は立ち上がった。玄関で背を向け、靴を履くのに手間取っているかのようだった。言葉がしばらく間をおいて、それだけがらしくないように感じた。やがてドアノブに手をかけて、振り返ってじゃあねというかわりに、

「あたしの前で泣いたオコトは、あなたで5人目よ、えへへっ。」


と最後の微笑みをプレゼントし、音もなく生じたドアのわずかな隙間にすっと消えていった。最後のも、いたずらっぽい、やはり魅力的なものだった。

やられた、今日は全てのものに裏切られた。全身の力が抜けたショータは、彼女を外へ見送ることもできないままぐったりとカーペットの上に横たわり、翌早朝の5時まで8時間、ずっと起き上がることができなかった。
58投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時44分38秒

ステイゴールド女」 最終話
テーマ:小説(競馬)

最終話「気まま」


2001年暮れの有馬記念(GT)は、その年の菊花賞馬マンハッタンカフェが完勝、世代交代を印象付けて5歳のテイエムオペラオーに引導を渡した。その頃になると、ショータの後遺症はようやく癒えてきたが、「奇跡の末脚」の謎がわからないままだ。仕事納めも終えたある日、ふと思い立って、手元の香港レースのビデオを見返しはじめた。何かを忘れるかのように、一心に。何度も、何度も。





注目したのは「奇跡の末脚」にギアチェンジする瞬間。残り200mでエクラールまで5馬身差に追い詰めたところ、ここまではいい。最後の11秒間、ここからステイが見せた次元の違う加速は何だったのか。武騎手はステイに何を指示し、そしてステイの脚に何が起きたというのか。


 あれっ?おかしい。加速する直前の地点ではステイは内側のラチ沿いを走っている。右回りを終えてラスト400mの直線に入ったときは確かにラチから離れたところを走っていた。もう一度見てみる。ややっ、こいつまた斜行して内ラチにもたれてしまっている!ラスト200mという大事な場面にきて、ステイが進行方向右側にヨレて、同じラチ沿いを走るエクラールの真後ろに潜りこんでしまうというハプニングが起こっていたことにショータは気がついた。


 秋の天皇賞の記憶が蘇る。内ラチにへばりついて減速していくステイの姿。‘98年もそうだったというではないか。当時は左側だったが、ここに来て右側にモタれるなんて。ステイの悪い癖。エクラールの真後ろでなくても一見致命的だ。


武騎手は持ったままだから、手綱で左側に向け直したはず。確かに左方向へ進路変更している。もう一度見てみると、確かにこの左に向いた頃から加速がはじまっているではないか。なぜだ?今度はもう一度、少し視線を落としてこの進路変更の瞬間を見てみる。もう一度、もう一度見てみる・・・。もしや!


59投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時44分59秒

手前、つまり馬が走るときの左右の脚の順番、これがキーワードになった。手前が変わっているのだ。スローで見てみるとよくわかる。手綱で左側へ行くよう指示されたため、それまで道中ほとんど右手前ばかりだった走りが、ここで左手前に変わっている。左に向いたのだから自然なことだ。そう言えば、よく左にモタれたし、左回りの府中競馬場のレースが得意だった馬だから、利き脚は左脚だったのだろう。ラスト200mの走路で見せた加速は、フレッシュな左脚とステイの気ままさが偶然産み出した、まさに「奇跡の末脚」だったのだ。


「ヤロウ、大事なレースで好き勝手に走りやがって。」


ゴール前のさらなるひと伸びも、捕らえるべきライバルに並んだことで闘争心に火がついたのだろう、と理解できた。武騎手がムチを使わなかったのも、ステイが嫌いだったとしたら───きっとそうなのだろう───むしろ好結果に繋がったのかもしれない。


流したままのビデオから誇らしげなステイの姿があらためて映し出されたのを見て、調子に乗るなコラ、とショータはこづくフリをした。





2002年が明けると、感動のラストランで締めくくられたステイゴールドの競争生涯がマスコミ界を中心に異例のセンセーションを呼んでいたのが明らかになった。書籍やビデオが続々と発売されはじめ、JRA賞は特別賞を捧げて、彼の海外2勝という偉業を称えた。ドバイで破ったファンタスティックライトが昨年は6戦4勝2着2回と絶頂期であったことも、ステイゴールドの評価を大いに押し上げた。そして香港のGT勝利は、この馬の持て余さんばかりの能力を証明する揺るぎない記録となったばかりでなく、その奇跡がステイゴールドをこれまでの競馬史上有数のスターホースの座に到達させた。負け続けた苦しく長い日々が「黄金旅程」の香港名と重なって、ラストランで昇華する物語に多くの人々が涙した。


あの目黒記念の頃だったか、JRAのキャッチコピーで使われた「愛さずにいられない」。ステイを正面から写した、こう白い文字で書いてあるポスターのフレーズが今、この馬の感動の物語のテーマとして再度大きく採り上げられている。当時も今も、確かにふさわしいとショータは感じた。これこそ、まさにステイの魅力を表した形容だと。しかし、今はこういう思いも重ねて、あらためて受け入れることができる。


着順も、レースの距離もグレードも関係ない。向けられたほうに走り、せかされたらその気になってから走り、走りやすい方向に傾いてみたり、嫌いなムチを入れられたらヨロけて、ライバルへの闘争心の分だけ全力で走る。この馬は、人間たちの冷ややかな笑いや賞賛、切ない思い入れや愛情さえもよそに、その青春をただ、ただ気ままに走って過ごしていただけなのだと。





60投稿者:777  投稿日:2009年07月20日(月) 18時45分32秒

2002年もすっかり春になり、マンハッタンカフェが天皇賞・春で3つめのGT勝利を収めたゴールデンウィークのさなか、不意にマチコからのメールがショータのパソコンに届いた。表題は「結婚しました」。現在はロンドンに住んでいるのだという。本文は短く、年末からの経緯にも触れられていない。


彼女が真っ赤な乗馬服と黒い帽子姿で、鬣(たてがみ)の長い白馬に跨っている写真が添付されている。ペンキの真新しいコテージと曇り空がバックで、休日の風景なのか、新婚旅行で立ち寄ったところなのか。カッコよくキメたつもりが、彼女ひとりのニヤけ過ぎた笑顔で台無しになっている。馬の脇で手綱を持っている日本人男性がダンナだという。優しく笑っていて目がパッチリしているヒトなのかどうかはよくわからないが、その穏やかさから包み込むような雰囲気がにじみ出ていて、あの彼女に「ついて行く」と言わしめたことを納得させられる。


どんな言葉が交わされているのだろう、何がそんなに可笑しいのだろう・・・写真を見れば見るほど、彼女の満ち足りた様子だけが間近に伝わってきて、逆にイギリスよりもさらに遠くの存在に思えてくる。わずかばかりの未練に気が付いて、ショータは写真から目をそらした。


メールの一番下に一言「種付け済み」って、デキちゃった結婚かよオイ、しかたねぇなぁ・・・。「最後は笑うところですよね。」と一言だけ書いてメールを返信し、同時に彼女からのメールも閉じた。


「見せつけてくれて、まったく。」


正直、うらやましかった。彼女もまた、ステイと同じように気ままに生きて、そして幸せを掴んでみせたのだ。


・・・そうか。





そうだ、あの人は見抜いてたんだ!そんなステイがいとおしく、また憧れでもあったのだ。





彼女の言葉たちが蘇る。目黒記念の時の電話も、いや最初に声をかけてくれたときにはすでに、もしかするともっともっと前からなのかも知れない。スペシャルウイークに敗れた天皇賞・秋での幻影は、そんな彼女にだけに見えたステイの輝きだったろう。ホースマンたちと多くのファンを翻弄させ続けたステイの内なるものこそに魅力を見出し、さまよえる時の生き方さえにも明かりを照らし、長い迷走のゴールを天高く差し出す。彼女はそうやってステイとともに走っていたに違いない。ショータはそう考えると、あの馬を追いかけた日々から、もどかしく、悔しかった想いだけを、全て忘れていけそうな気がした。








その後、あの、ステイゴールド女からの連絡はない。





〜終〜
http://ameblo.jp/gekka-no-shirabe/page-1.html#main
61投稿者:ステイゴールド  投稿日:2009年07月22日(水) 11時43分00秒

香港ヴァーズ(国際G1、芝2400m)を勝ったのは、ステイゴールド。日本でG1を勝ったことのない馬がラストランとなった海外でついにG1制覇を成し遂げた。

大外枠からスタートしたステイゴールドは、中団のやや後ろで流れに乗り、 3コーナーからスパートして直線入り口で先団に取り付いた。そのとき既にデットーリ騎手のエーカーが直線で後続を一気に離した状態。2番手集団から抜け出してきたのはステイゴールドだけで直線で逃げるユーカーを追った。ラスト200m で前との差はまだ5馬身。誰もが駄目だと思った瞬間、ラチまでよれていたステイゴールドが再度加速していく。一歩一歩逃げるユーカーに迫ってきて交わしたところがゴールだった。

「最後は羽が生えていた」という武豊騎手のコメントが全てだろう。VTRを何度も見たが、最後の伸びは神がかり的だ。こんな脚を見たことはない。これを書いていても鳥肌が立つくらい凄まじいレース、一生忘れることはないだろう。ステイゴールドのベストレース、そして武豊騎手の名騎乗に拍手を贈りたい。

レースを見ていてひとつ感じたことがある。ステイゴールドはよれてラチまで行ったときに武豊騎手は馬と喧嘩せずにフワッ〜とした感じで手綱をくれてやった。そうしたらステイゴールドの闘志が再点火して、騎手に追われるからではなく、自分から前を捕えに行ったのだ。ステイゴールドのこの性格を武豊騎手は見抜いていたのだろう。これまでステイゴールドに騎乗した騎手がみな格闘していたが、もしかするとステイゴールドはそういう騎手をあざ笑っていたのかもしれない。

最後まで研ぎ澄まされた馬体で出走したステイゴールドの強靭な馬体には本当に恐れ入る。430キロの馬体で1回も怪我をせずにこれだけ走った馬はいないだろう。通算50戦目、G1-20回目の挑戦で遂にG1制覇を成し遂げた。獲得賞金も10億円を超え、名実ともに名馬となり、堂々と種牡馬入りする。

<レース結果>
1着 ステイゴールド
武豊 2:27.8 日本
2着 エーカー
デットーリ 頭 UAE
3着 インディジェナス
ホワイト 6-3/4 香港

<ステイゴールド>
父サンデーサイレンス
母ゴールデンサッシュ
母の父ディクタス
黒鹿毛
牡7歳
栗東・池江泰郎厩舎
白老ファーム生産
(有)社台レース
戦績50戦7勝
00年G2目黒記念
01年G2日経新春杯
01年G2ドバイシーマクラシック
01年G1香港ヴァーズ
総収得賞金 約10億4300万円
http://www.keiba-dojo.com/i/so04/8.shtml
62投稿者:ステイゴールド  投稿日:2009年07月22日(水) 14時26分43秒

95 名前: 名無しさん@お馬で人生アウト 投稿日: 02/10/12 03:46 ID:DWGXQyi+

ステイの競争人生は、本当に波乱に満ち満ちていた。
周囲の期待を反映したかの様に、華々しきは鞍上ペリエのデビュー戦も惨敗。

  天皇賞(春) 2着
  宝塚記念 2着
  天皇賞(秋) 2着2回

「シルバー・コレクター」と見切られたこともあった。

  新馬  16着
  菊花賞 8着
  ジャパンカップ 10着
  有馬記念 10着
  京都大賞典 失格

「お笑い馬」のレッテルも甘んじて受け入れた。

  「あと少しが届かなかった」
  「顔を上げれば、いつも誰かがそこにいた」

"期待されないこと"に、いつしか馴れていった。

我慢できなかった。周りの嘲笑に
何よりも自分自身の不甲斐無さに。
愛してくれた人々と、自分の生きている証のために
走って走って 駆け抜けた 遠い見知らぬ異国のゴール。
ラストラン


49 名前: 名無しさん@お馬で人生アウト 投稿日: 02/10/10 19:45 ID:0KsRCJNm

結局、すごい賞金かせいで、すごい人気者になって、世界で有名になって、
初年度177頭という人気種牡馬になった。
4年間追いかけたけど、最後の1年は痛快だった。
63投稿者:ステイゴールド  投稿日:2009年07月22日(水) 15時09分45秒

88 名前: 名無しさん@お馬で人生アウト 投稿日: 02/10/12 02:21 ID:DWGXQyi+

年寄りどもが昔話で盛り上がってるのと、俺らがステイの話をして盛り上
がるのは殆ど一緒の感覚だろ。
つか、あんなドラマチックな馬って他に居ないだろ。
年寄りの昔話にだって、あれほど感動的に競争生命を全うした馬はいない。
俺らはもっと、ステイをリアルタイムで見たことを誇って良いと思う。
64投稿者:【検証】マツリダゴッホの有馬記念は何だったのか  投稿日:2009年09月28日(月) 21時27分17秒

23 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/09/27(日) 16:01:51 ID:D2PM2iv00

有馬のスクリーンの騎乗は酷かったよな
パトロールビデオ見てもらえば一目瞭然だけどマツリダ潰しの為だけに出走してきた感じ
特に最初のコーナーから正面スタンド前のスクリーンの動きに注目してほしいんだけど
わざと膨らんでマツリダを外に押しやってる
これでマツリダは一気に後方まで置かれ完全にアウト
その後もスクリーンは終始、マツリダに併走して妨害
社台恫喝競馬の真骨頂だったね
どうしても勝たせたい馬が居たんだろうねぇ

http://jra.jp/JRADB/asx/2008/06/200805060810a.asx

>一方、最大の強敵と目されていたマツリダゴッホが、外に膨らんだスクリーンヒーロー
>のあおりを受け、終始後手後手の競馬をするハメになった。レース後、国枝調教師が
>「ウチの馬だけ2600メートルの競馬をしたみたいだ」とコメント

(注)
スクリーンヒーロー(馬主:吉田照哉)※鞍上デムーロの身元引受人:吉田千津(照哉の嫁)
ダイワスカーレット(馬主:徐海注、共同馬主:吉田照哉)

ヤフー最強ヒストリーも認めた社台恫喝競馬の一部始終


去年はこんなことされちゃったから


65投稿者::【検証】マツリダゴッホの有馬記念は何だったのか  投稿日:2009年09月28日(月) 21時28分29秒

26 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/09/27(日) 16:02:26 ID:+9czKdrk0
中山
3歳500万下 1着
冬至S(1600万下) 2着
クリスマスC(1600万下) 1着
アメリカジョッキーC(G2) 1着
日経賞(G2) 3着
産経賞オールカマー(G2)  1着
有馬記念(G1) 1着
日経賞(G2) 1着
産経賞オールカマー(G2) 1着
有馬記念(G1) 12着!    ←なんだったのか
産経賞オールカマー(G2) 1着
66投稿者:【検証】マツリダゴッホの有馬記念は何だったのか  投稿日:2009年09月28日(月) 21時30分55秒

28 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/09/27(日) 16:04:11 ID:JnAP2QP/O
どう考えてもデムーロの嫌がらせ
蛯名を責めるのは酷だよ


37 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/09/27(日) 16:07:23 ID:UflqJSQdO
ダスカ勝たせるための有馬だったって噂が真実味を帯びてきたな


41 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/09/27(日) 16:10:20 ID:9ft8/JCj0
去年の有馬の社台恫喝は確かに酷かった
スクリーンも終始マツリダに併走して妨害していたが
もう一頭、アルナスライン(ペリエ)も一緒にマツリダを内に入れないようにブロックしてるんだよね
社台恐いわ


67投稿者:【検証】マツリダゴッホの有馬記念は何だったのか  投稿日:2009年09月28日(月) 21時34分03秒

42 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/09/27(日) 16:10:41 ID:K8IvzhkEO
4角先頭じゃないと勝てないからダスカより前に出なければならない
前半ペース速すぎてこれが無理だから外回されて負けたんだよ


45 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/09/27(日) 16:12:04 ID:ejktR3/50
マツリダゴッホがなぜ中山で強いのか?
・小回りが上手く、内ラチ沿いでうまく走って脚を残せる
・直線短いから他の競馬場より追い込みが厳しい

内ラチ走れれば強いけど、去年の有馬はそれをさせて貰えなかったから負けた
今日は内ラチ走れたし、ペースも緩かったから勝てた
それだけ


53 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/09/27(日) 16:15:28 ID:bifuXNp+0
道中緩ませて3〜4コーナーにかけて一気にペースアップ、そのまま押し切りという競馬がこの馬の競馬。
昨年の有馬記念は前半に11秒台が続くなどの乱ペース、且つスクリーンの異常なマーク、この2つに尽きる。
この馬の競馬ができれば今年の有馬記念も十分にチャンスはあると思う。
68投稿者:777  投稿日:2009年10月10日(土) 21時14分05秒

JRA、「イプラトロピウムは競走能力に影響を与える」と断言

ディープインパクトが凱旋門賞失格となる原因になったイプラトロピウムが、日本の禁止薬物リストに追加されることが17日、明らかになった。

現在は全国の 競馬主催者による「禁止薬物に関する連絡協議会」で協議中だが、早ければ2月中にも決定し、08年1月1日から実施される。

JRA、NAR(地方競馬全国協会)と全国の競馬主催者で構成される
「禁止薬物に関する連絡協議会」で、禁止薬物リストに加える方向で協議が進められており2月中にも決定する。

JRA馬事部の伊藤幹(もとき)副長は

「イプラトロピウムは競走能力に影響を与える。明らかな禁止薬物。
これまで日本では使われていなかったが、今後使用される可能性が非常に高い。 1、2カ月の間に決めたい」と早急な決定の必要性を認めた。

主にぜんそく治療に用いられるイプラトロピウムは昨年の凱旋門賞後に
ディープインパクトの体内から検出され、それが原因で失格処分が下された。 日本国内では、動物用としては流通していなかったため禁止薬物リストに 入っていなかったが、失格騒動で認知度が高まり、全国の主催者が対応を迫られた。

すでにJRAの薬物検査機関である理化学研究所では検査法確立へ準備を進めており、獣医師へも今後の使用に関して注意を呼び掛けている。

あくまで競走能力向上を目的とする使用を禁じるもので、治療目的であれば使用可能。体内に残留していない状態でレースに出走する限りは、何ら問題はない。

連絡協議会では昨年8月、現在禁止されている65品目に、
新たに19品目を追加して 84品目とした。さらにイプラトロピウムが加わる。今後は正式決定を受けて競馬施行規程が改定され、08年から実施される。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070118-00000000-nks-horse
69投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時08分05秒

954 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/09/18(金) 09:39:33 ID:62k0bATX

ディープとか最近の大牧場の馬は治療と称してドーピングやり放題と田原の本に書いてあったから
俺的には今世紀の馬は認めたくない
いつの間にか認められているスパイク鉄の存在もあるから論外かなぁ


94 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/10/08(木) 03:42:27 ID:lInKLxdb0
まあ、しかしあれだけ騒がれて日本遠征馬として史上最低の結果だったからな。
当初からチンチクリンの馬体でチョコマカ走ってたからマキバオー的なギャグ感が漂ってたけど、
やはりギャグ系だったw

帰国緒戦のジャパンカップでは「これでもかっ!!」と
酷く鞭打たれていたけど武豊による公開お仕置だったのだろうか?
あるいは渦中の身でイプラを自粛していたのか?


95 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/10/08(木) 04:03:06 ID:AxFqk7qEO
>>94
やってたでしょ?
日本では禁止されてなかったんだから


97 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/10/08(木) 04:24:06 ID:lInKLxdb0
>>95
まあね。
凱旋門賞でのドーピングが出走することへの責任感から已む無くとかなら、
ちゃんとそういう説明が為されていただろうし、俺も常用していたのは間違いないと見てる。

それにディープのドーピング発覚と時を同じくして、
なぜかハーツ陣営が突然喉鳴り持ちであることをカミングアウトして逃げるように引退させた。
ダメジャーが同じく喉鳴りで手術を受けたのは周知の事実だし、
加えて元JRA騎手が著書の中で「治療と称してドーピングを行っている大牧場」について告発。

日本の競馬関係者の間では半ば公然の秘密だったんだと思うよ。


98 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/10/08(木) 04:36:22 ID:lInKLxdb0
それにサンデー産駒には注目すべき傾向があって、
良血馬が多数海外の馬主に購入され、輸出されたのにこれらは全くと言って良いほど活躍せず、
国内に限った話でも活躍馬の9割以上は社台生産馬で、他の牧場で生産されたサンデー産駒は
同じく全くと言って良いほど活躍していない。(日高太陽生産のスペシャルウィークも実は社台で育成)


99 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/10/08(木) 08:21:20 ID:z0aAphyG0
黒いなぁw


100 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/10/08(木) 10:05:00 ID:kybe7sWGO
社台馬だけに処方されるお薬。
70投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時18分07秒

101 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/10/08(木) 10:28:14 ID:bku1vFdeO
え?ハーツもやってたの?確かに突如ノド鳴りってのはヘンだよね。
ダイワメジャーはやってたんだろうけど


102 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/10/08(木) 11:45:37 ID:CoClPMR10
>>98
育成の仕方という見方も出来る
サンデー産駒特有のやり方というのを社台がおさえていた
と見れないこともない

欧州であれだけ猛威を振るったサドラーズ産駒にも同じことがいえて
強い調教を始める時期というのがあるらしい
71投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時18分30秒

1 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 01:33:57 ID:h+prqYT40
http://img215.imageshack.us/img215/2859/deep.jpg
まずは上のサラブレの記事を見てほしい。

「VHRmax」(単位はm/s・メートル毎秒)てのは、最大心拍数に達するまでのスピードを現してる訳だ。
んで、ゴール直後から心拍数が100を切るまでの時間を「HR100」という訳、
つまりは「VHRmax」は持久力、わかりにくいなら、スピードの持続力と言ってもいい。
「HR100」は回復力、わかりにくいなら息が元に戻るまでの時間と思えばいい、つまり「VHRmax」は数値が大きいほど、「HR100」は数値が少ないほど良いって事になる
このどちらの数値も長距離でより効果を発揮する事は言うまでもない。
んで問題は3歳以上の馬のVHRmaxの平均は14前後であるのに対し、ディープインパクトはデビュー前の時点で16.3だった事、その一ヶ月前は13.8だった事…
HR100も大抵の3歳馬は早くても5〜6分以上であるが、ディープインパクトは皐月賞の段階で3分を切っていた。しかしデビュー前は9分台だったと…
問題は普通レベルであった馬が一ヶ月で理論上ありえない急成長した事。
両方とも凱旋門賞で発覚したイプラの効果で上げられる事。心臓が丈夫になったのではなく酸素の取り入れが楽になった結果な訳だ。
俺には競馬人気を回復する為に利用された、哀れなサンプルに見えてしまう。
72投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時20分38秒

7 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 01:39:16 ID:CHtQFimZO
そもそもイプラは常用不可じゃなくて検査時の残留不可の薬物じゃなかったけ?

8 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/08/24(月) 01:39:54 ID:TnNsGS9Y0
デビュー前からイプラ投与で強くなると判断した
陣営ならびにJRAは凄いですね

こうなってくると、競馬=スポーツエンターテイメントだと思わざるをえませんね
ずっと昔からこういう八百長に踊らされていたんでしょうね、私達は


11 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/08/24(月) 01:41:37 ID:TnNsGS9Y0

そうなるとナリタブライアンはドーピングだった可能性が高いですね
つまり94年には既にこのような「スターホース作り」が行われていたことになりますね
恐ろしいことです
12 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 01:43:55 ID:R218eoY5O
引退したら手のひら返して明らかな禁止薬物って
JRA(笑)
73投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時22分40秒

20 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/08/24(月) 03:51:01 ID:C0ukXrBxO
ノーザンファーム生産の幼駒達が突然稽古で走るようになったのがディープ世代からで
それに疑惑の目を向けてる人がドーピング失格騒ぎの頃に何人かいた記憶がある

確かノーザンが全天候型の走路が出来た事を自慢していたころなんだけど
たかが屋根付き走路一つで見た目にも体のつくりが違ってくるなんて
そんな露骨なまでの変化ありえないとかなんとか
74投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時24分08秒

31 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 06:18:57 ID:QOjPcUNhO
成長ホルモン剤との併用使用だね
32 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 06:25:17 ID:QOjPcUNhO
これでノーザンF生産馬が引退後種馬として大成しない理由の何%か解明されたな
33 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 06:37:54 ID:zGel7i59O
>>28
馬は缶コーヒー飲ませただけで興奮して能力以上の力を出す。
ちなみに人間が風邪薬飲んでオリンピック出たら失格になる。
34 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 06:42:18 ID:SiV6jq/EO
これでディープが早死にしたら社台全体に疑惑がかかるな
35 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 06:42:55 ID:QOjPcUNhO
ディープと同時期の馬でディープだけがやっていたと確認できるモノ(他の馬は不明)
・イプラ
・スパイク鉄
・エクイロックス
36 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/08/24(月) 07:08:56 ID:98WicuUyO
イプラがどうだとか引退した後もまだ寒いことやってるのか
37 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 07:12:46 ID:QOjPcUNhO
疑惑は深まるばかり
75投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時27分09秒

51 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 13:04:20 ID:8I9NzJiw0
馬鹿だろ、そんなに効果あるなら池江厩舎の馬が全部ぶっちぎるわ


53 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 13:41:03 ID:hxKPEMAVO
非難されるのはディープじゃなしに池江のオッサンやオーナーやJRAじゃ無いの?後、凱旋門の時イプラを処方したのはフランスの獣医でしょ?と言う事は欧州でも治療の為には使って良いんだよね?レースまでに薬が抜けてればの話しだけど
それとも池江のオッサンがフランスの獣医にイプラ処方してくれって頼んだのかねぇ?


54 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 13:57:48 ID:hxKPEMAVO
ディープの全成績がイプラによるものだとしたら 池江のオッサンとオーナーは何故ブラックタイドにイプラを使わなかったんだろね?血統 馬主 調教師と全くディープと同じなのにね(笑)


55 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/08/24(月) 13:59:27 ID:lhDwWd/tO
全馬に使ったら疑惑を持たれるだろ
そんなあからさまな馬鹿なことはしないよ

56 :グスタフ ◆xj4NWwuNNY []:2009/08/24(月) 14:02:42 ID:N//3dTek0
Jが担いでる馬しか使っちゃいけないとかねw

57 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/24(月) 14:02:46 ID:PP8nDOVkO
ホープフルSのニュービギは間違なくイプラ使っていた。しかし、その後のニュービギの成績は酷いもんだ。
76投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時29分42秒

61 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/25(火) 18:44:55 ID:uGMNxaa50
ディープのスピードは天性
持久力がイプラ


63 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/25(火) 18:53:57 ID:FPTgtcH0O
スピードはスパイク鉄
ウオッカが証明している


65 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/26(水) 05:03:01 ID:YzmAPi2UO
ここ数年ずっと売上下がってるしスターホースを作りたかったんだろうな

全馬に使ってたらスターホース作れないからな
ディープインパクトが一世一代の勝負だったんだろ
だから本当にディープは日本近代競馬の結晶なんだよ


67 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/26(水) 06:50:30 ID:pBw4J88K0
イプラは100の能力が病気で95に落ちたのを97とかに戻す薬
100の能力を105とかに能力以上に発揮できる物ではない
ステロイドとかと勘違いしてねえか
もちろん違法なんだから悪いに決まってるんだが。
もともと大したことない馬、能力80の馬が喉ナリで75になったとしても、
その馬に使ったところで、80以上にはならない
77投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時32分47秒

88 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/08/26(水) 13:13:19 ID:ada4JJEb0
JRAがスターホース作り(笑)するんだったら、権力のある社台の馬にすると思うけどな。


90 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/26(水) 13:20:30 ID:KbKDVmChO
調教師は、馬が暴れて薬が撒き散らされた。と話せない馬のせいに
していたな。

91 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/26(水) 13:31:45 ID:58jVRbMs0
最初は、身に覚えがない。と言っていたな。

92 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/08/26(水) 13:56:45 ID:cOCyq51+0
「今回の遠征には池江泰郎調教師の子息である池江泰寿調教師も
管理馬のピカレスクコート号とともに帯同しています。彼の薬物の知識は
ケイバ界でも相当なものと聞いています。ディープは気管が弱かったので、
薬を常用していたとしても不思議はない。海外に出たことで引っかかって
しまった、ということはありえますね」

池江泰寿調教師は約2年間、欧米で修行してきた経験を持ち、
「(薬物の知識は)そのときに得た」(前出のターフライター)といわれている。
週刊文春は記事中で、泰寿調教師に過去、薬物疑惑があったことも記している。
http://www.j-cast.com/2006/11/21003928.html

週刊文春2006年11月2日号は
「ベンチプルミンシロップ投与についての池江泰寿調教師に対する事情聴取」
と称するJRA内部文書の存在と、その概要を報じている。
文春の報道によれば(以下、カッコつき文章はすべて文春から引用)
ディープインパクトを管理する池江泰郎調教師の長男、池江泰寿調教師が
禁止薬物を含むベンチプルミンシロップを投与した疑惑があり
2年前の2004年10月10日夕方、JRAから事情聴取を受けたことを示す文書がある、
というのがおおまかな内容。
http://blog.livedoor.jp/dope_impact/archives/50176410.html
78投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時35分01秒

・実際にイプラトロピウムで失格になった馬の使用時とその近走の成績
 
 France Gallopのページでipratropiumを検索したら、2007年にイプラで捕まった
 馬の記事があった。
 PASCALOという馬で6月5日のPRIX JEAN VICTORで3位入線。
 これに対する処分会議が開かれたのは9月7日で結果が出たのは9月末。
 http://www.france-galop.com/uploads/tx_smiledocutheque/AUTEUIL_JEAN_VICTOR_5_06_07_PASCALO.pdf
 イプラは医者が処方したものでレース6日前に処方停止した。
 結果は失格で馬主罰金3000ユーロ
 
 http://209.85.175.104/search?q=cache:YkilCFiWBqcJ:www.turf-fr.com/cgi-bin/arr/cheval.pl%3Fnom%3DPASCALO+PASCALO&hl=ja&ct=clnk&cd=6&gl=jp
 パスカロの出走記録サイトを見ると、5ヶ月後の11月4日には次のレースに出ている。
 パスカロの2007年の成績:
 4月10日 PRIX HYERES 3700m  16頭立て着外(8着以下)
 6月5日 PRIX JEAN VICTOR 4300m 17頭立て3着入線 (イプラ使用)
 11月4日 PRIX CACAO 4300m 15等立て着外(イプラ当然不使用)
 12月2日 PRIX JEAN LAUMAIN 4300m 17頭立て着外(イプラ当然不使用)

オーストラリアの今年のイプラトロピウム事件
 http://www.thoroughbrednews.co.nz/spring-racing/?id=34743
 http://www.puntersparadise.com.au/news/?ContentID=1079&ContentTitle=Stokes+fined+over+positive+swab
 2008年3月8日 Zobel Handicap (1100m)で1着入線のHow Discreet失格決定。
 調教師が罪を認めて罰金AUS$5500。
 馬は3月22日のマレーシア航空ハンディキャップ出走辞退。
 
 How Discreetのレース成績(2歳馬で2月27日デビュー)
 2月27日 The Risdon Hotel / Sabis 2YO Maiden Plate(1050m)10頭立て6着
 3月8日 Zobel Handicap (1100m) 9頭以上立て5番人気1着 (イプラ使用)
 3月22日 Malaysia Air Line Handicap (1000m) 出走辞退
 
 
※ これらより、気管支に問題がある馬がレース時に体内に残留していれば、競争能力に影響はあるのは間違いないと思われる。
79投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時40分18秒

113 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/26(水) 15:42:50 ID:thEv8iHT0
タキオンも早死にしたけど、薬つかってたのかな?


116 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/26(水) 15:47:04 ID:+TtSmAfTO
>>113
サンデー産はほとんど使ってたんじゃね?
喉に病気の出やすいサンデー産の異常な活躍も説明つくしな
田原も大手牧場はほとんど薬使ってるて書いてたし


135 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/27(木) 10:59:58 ID:9/SsvtDY0

ノーザンの馬ばかり活躍している昨今だが、
イプラ疑惑が常につきまとっているからな。

これはノーザンへの警告と同時に、
他の馬主からの依頼でもあったと聞いている。
あまりにもおかしすぎないかと。
80投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時47分37秒

◆池江調教師は 関わっていたか?知っていたのか?

池江調教師は 実はあんまり調教実務に関わっていなかったようだ。スタッフや息子の助言に任せていたため、「咳き込んでいた」「薬を与えている」のような以上の詳しいことは関知していなかった。

だから騒動の当初では 「スタッフを信じている」と大見得を切っていたのである。フランスの禁止薬物の事情も知らない 不勉強なお爺さんであったようだ。


◆馬主は・・・
とにかくディープインパクトの相場が下がる事件だけに、世間に発覚するまえに 引退後のシンジケートを固めた。それが突如としての引退宣言となった。

乱暴な例えをすると、インサイダー取引で暴落株の売りぬけを図った形に近い。
http://meuple.blog3.fc2.com/blog-entry-500.html
81投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 11時50分27秒

155 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/28(金) 22:38:02 ID:l5/+LRG+0
なんだ まだイプラは喉の薬だと思ってるのか
イプラは血管に注射して心拍数を増大させる薬だとあれほど
水割り一杯分と同じだけの量の焼酎を、飲むのではなく、血管に注射するとどうなるかわかるかな?
同じ薬でも用法・用量の違いで効き目が大きく変わってくるのは常識だろ


156 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/28(金) 22:48:16 ID:zXuUOBiuO
馬に覚醒剤使ったらどのくらい速く走るだろう???

157 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/08/28(金) 23:07:55 ID:cnQe3pLe0
ご、合法ドラッグでしょ?

158 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/08/28(金) 23:36:37 ID:Lo+tdzvy0
コーヒー飲ませるだけでウマが走るようになんだからな
82投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時03分54秒

212 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/02(水) 00:31:05 ID:m0LRnCJa0
心臓が大きかったテイエムオペラオーですら心拍数が100を切るのに
8分掛かってる
ディープの2分台がいかに異常かわかるな
http://www.equinst.go.jp/JP/topics/eto.html


心臓の大きさ
 超音波でテイエムオペラオーの心臓を調べてみると、心臓が収縮した状態の左心室壁の厚
さは49.5mmで、これは実験馬のそれの1.3倍以上でした。また、この画像から一回の収縮
で送りだされる血液の量(一回拍出量)もおよそ知ることが出来ます。推定されるテイエムオペラオーの一回拍出量は 1447.67 ml で、この値は実験馬のそれの1.8倍に相当します。
 それだけ少ない心拍数で強い運動に必要な酸素を筋肉に供給できることを示すもので、調教中の低い心拍数や調教後の心拍数の回復(いわゆる息の入り)も一般の競走馬より早いとされる理由がここにあります。

http://www.equinst.go.jp/JP/topics/eto.html


心臓が他馬と変わらなかったディープがオペより速いなんてありえなねーw


215 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/09/02(水) 01:02:48 ID:Vqqn9mQw0
スポーツの世界でも普通にドーピングなんだけど、現行犯以外での立証が困難なので実質的に野放し状態なんだよね・・・
ましてや、禁止もされていない競馬の世界。
池江寿師が薬物について詳しかったおかげで、ディープは色々とメリットを受ける事ができた。

でも、これは馬のせいではないからね。
それにドーピングがバリバリの時代だったセクレタリアトがストロイド+興奮剤かませすぎて暴走したベルモントステークスよりなんか見ちゃうと、ディープなんかかわいいもんだよw
83投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時07分36秒

230 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/02(水) 15:49:49 ID:X+mqkaz8O

薬物を使用してた馬の末路は大体故障して早期引退 引退しなくても怪物級が只の駄馬に成り下がる 種牡馬として大成しない(親に似ない糞駄馬しか出てこない)
原因不明な急死で長生き出来ない
ディープはどぅかね?来年以降分かるな!?
シンザン(ミホシンザン) ルドルフ(テイオー)のように代表産駒を出せるのか楽しみだね!


257 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/03(木) 00:11:11 ID:OXuXyHnXO
イプラ禁止で馬主成績急落の金子w


259 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/03(木) 06:47:53 ID:cusuAPjvO

車に例えれば、エンジン(心臓)がそのままでターボ付けたのと同じっしょ。
排気量が同じならターボカーのが速いっしょ。
上のも書いてあったけど、オーストラリアでどうにも勝てない馬がイプラ使ったら勝ちまくりなんだしょ。失格になったけど。
そのくらい強烈な薬ってことだしょ。
おいらがイプラ使ったら、きっとウサインボルトより速く走れるよ。
84投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時11分30秒

288 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/04(金) 12:56:04 ID:dT1HRj+o0

ハーツやダメジャーが喉鳴りだったからディープも喉鳴りで使用したってレスに対して
イプラで直るんだったらダメジャは手術してないし、ディープが喉鳴りだった情報は無かったって言ってるの
実際、当時風邪の治療で使用したって言ってたはず
もし、凱旋門あたりから症状が出始めたのだったらジャパンカップや有馬の
パフォーマンスはおかしいってこと
別の目的で使用してた可能性が高いってこと
289 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/09/04(金) 13:02:25 ID:FCh0imIQ0
池江郎師、吸入治療「時々していた」…ディープ薬物騒動語る

http://b.hatena.ne.jp/entry/hochi.yomiuri.co.jp/horserace/news/20061022-OHT1T00077.htm
85投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時13分54秒

310 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/09/05(土) 10:46:37 ID:+JMc/UPW0

調教師だけでやってるわけないだろ。
どう考えても馬主が絡んでる。
凱旋門直後にシンジケート組んだりとか、
失格前の絶妙すぎるタイミングだぞ。
池江もアレな過去があるが、金子馬が一番怪しいと言わざるを得ない。


311 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/09/05(土) 11:30:59 ID:ctIXCPsb0
薬まみれの寝藁を取り替えずに凱旋門賞で失格なんて失態を犯した調教師にそれ以降も馬を預けちゃうんだから不思議ですよねー
あのメチャクチャな言い訳が本当だとしたらの話ですけどw
86投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時18分55秒

334 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/09/06(日) 08:23:43 ID:rRzuBuR1O
三冠馬って定期的に出現するのは、こういう裏があるからなのかもね。
ディープで明るみに出たけで、以前から使われてたんだろうし。
薬で勝ちまくる改造馬、どうりで三冠馬の産駒って走らないわけだ。


343 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/06(日) 21:55:56 ID:0MHyOEYpO
ほんと数年前と比べて金子の馬は走らなくなったな〜


349 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/09/07(月) 13:48:15 ID:R2ImB6lm0

おれの考えでは社台とサンデー産とイプラがセットだったんだと思う
そしてそれは日本の競馬界で暗黙の了解だった
サンデー産は社台生産の馬しか走んなかったし
喉に病気が出やすいと言われてた、
そんな高額な産駒に喉の病気が出たら馬主に失礼だしね
海外にもあんま出したがらなかったしね
87投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時23分21秒

373 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/09/09(水) 12:45:48 ID:NLOoBxdLO

イプラトロピウム使用

気管支拡張作用

呼吸がしやすくなる

空気の流動性がよくなり、肺に流れる酸素の量が増える

血中酸素濃度向上

遅筋の持続力向上。疲労しにくくなる。

他馬より早めにスパートできる上、終いまでバテない走りが出来る



374 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/09(水) 16:55:34 ID:RprCbgysO
ディープの特性や戦績ってイプラの効能ドンピシャだもんな。
例えばバクシンオーからイプラ出たって何も感じないが「息の長い末脚が自慢」の「成績の安定した」馬からイプラが出てきたら、あーイプラで強くなったんだなって思えちゃう
88投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時28分06秒

107 名無しさん@実況で競馬板アウト mail:sage  2009/07/18(土) 03:04:45 ID:+pCGGarA0

標題
アトロピンの反復投与がサラブレッド種の心拍変動に及ぼす影響
著者
大村一,他4名
所属
JRA日高育成牧場生産育成研究室
内容
アトロピン反復投与時におけるサラブレッド種の心拍変動の応答について検討した。
0.2mg/kgのプロプラノロール静注後,2μg/kgのアトロピンを6 分毎に総量8μg/kgまで繰り返し静注した。
段階的な副交感神経活動減少の影響はLFパワー,HFパワー,心拍数の順に現れ,これらの変化はそれぞれアトロピンの用量依存性であった。
これらの結果はサラブレッド種の自律神経活動を評価する上で有用である。

  質問
「(塩瀬友樹氏の第2講演によると、)ディープインパクト号のVHRmax数値が良好だとのことですが、古馬のVHRmaxと比較してみても優位な数値だといえるのでしょうか。
同馬は次走予定の有馬記念(GI)で古馬と初対決するとのことですし、もしもデータがあるのならば興味深いので、お答えいただけますでしょうか。」(TOKYO FM記者)
  回答
「VHRmax数値のサンプリングは今年から始まった研究ということもあって、採取対象馬の頭数が極めて少なく、古馬のVHRmax数値のサンプルをまだ用意できていないのです。
従って、古馬のVHRmax数値との比較については、現時点ではデータがありません。」(塩瀬友樹氏)


410 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/16(水) 17:47:43 ID:GV2y7aAb0

3歳以上の平均より2歳の時点で圧倒的に高い
テイエムオペラオーの7冠とった時より皐月賞前の時点で圧倒的に回復が早い

出遅れて脚が上がったシンボリクリスエス(ジャパンカップ)、ジャングルポケット(皐月賞)
サクラプレジデント(朝日杯)、サイレンススズカ(弥生賞)
スペシャルウィーク(皐月賞)も外回して最後脚があがってる

直線勝負に賭けるとタニノギムレット、テイエムオペラオー、ナリタタイシンみたいに
ぎりぎりの勝負になる

出遅れて外回すとそれに脚を使うから最後脚が上がるんだけどディープは
最後まで加速してる

当時はすごい持久力だなと思ったけどよく考えて見るとイプラによって得た
オペラオーの3倍の持久力のお陰なんだって凱旋門の時に気づかせてくれた
89投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時30分02秒

413 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/16(水) 19:57:34 ID:e5sSGTb8O

菊花賞で、あれほど引っ掛かっても上がり33秒の脚使った時点でおかしいと思ったけどな。
薬物の力って凄いよな。


414 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/16(水) 20:01:07 ID:Cvaow/cYO
>>413
おれはかかって前いったのに
周りの騎手が腫れ物を扱うかのように内にいれてやり
まるでそこに大本命の馬がいないかのように何もしなかったのが気になった


415 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/16(水) 20:07:51 ID:ILpjB84CO
普通あそこはつつくよな


416 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/16(水) 20:32:19 ID:e5sSGTb8O
>>415
的場均も同じことを言ってた。
なぜ誰も擦らないんだ?と。
90投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時34分51秒

439 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/09/18(金) 16:48:18 ID:mMTwp3yWO
正直、ダイワメジャーも喉鳴り前のレースしか評価できない。
病気だから悪意のあるドーピングではないけど。

440 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/18(金) 17:41:36 ID:DResC8qHO
>>439
それを言ったらハーツクライもだ。イプラ騒動直後に逃げるように引退させたし、真っ黒だ。

441 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/09/18(金) 17:47:28 ID:uk6Qfltg0
サンデー産と社台は怪しいということで
走ってたのが社台産ばかりだったしな

442 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/18(金) 17:58:37 ID:c1hP0j2HO
社台のサンデー産駒の見分けは怪しいを通り越すレベル

443 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/18(金) 18:09:54 ID:o37/HPlF0
ダイワメジャーもハーツクライも海外で走っても失格にならなかったね。
ディープは海外で走って失格なったけど。

444 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/18(金) 18:24:26 ID:wM2oEzWeO
>>440
ハーツはアレだ。最終年、実はアレしてる


446 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/09/19(土) 10:03:27 ID:/Dm4dnp70
ハーツのJCも謎だらけだよな

調教ではすごい動いてたし
イプラ使ったらよかったんだし
わざわざ公表する必要があったのかも謎だし
凡走するの分かってたなら何か理由つけて出走させなければ良かったし


447 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/19(土) 10:53:55 ID:jORZdT31O
ドープ⇒イプラがばれて凱旋門失格。

橋口調教師『これはまずい、池江師のとこはばれてるからいいが、うちの馬までイプラがばれたら大変な事になる。JCはイプラ無しで行こう』⇒結果惨敗。

『やっぱり薬無しじゃ話にならんな。ばれないうちに引退させよう』


448 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/19(土) 11:05:10 ID:48CP5yTn0
社台のサンデー産から薬を取ったらなんも残らんからな
91投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時40分51秒

470 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/26(土) 07:26:52 ID:SvG6Q2DmO
ドープの全兄のブラックタイドは全く走らなかったし、ナリブの全弟のビワタケヒデも全く走らなかった。
ハーツクライはドープ事件直後に逃亡引退させるし、武幸四郎のデビュー週にクソ馬が激走して重賞勝つは、松永幹夫の引退レースもクソ馬が激走して重賞勝った。裏で何やってるかわからんぜ。ドープのイプラで失格も普通なら記者会見するのが当たり前。
うやむやにしてごまかしたのはやましいからだ。
地方競馬ではドーピング事件がたまに報道される(川崎競馬では逮捕者も出た)、中央は絶対に記事にならない。
JRAの言論統制は凄いよな。


457 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/23(水) 09:24:22 ID:7gPv9qOF0
薬もそうだが、ドープのレースはほぼ八百長。
応援してたが菊花賞で確信した。他の馬が走ってない


462 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/09/23(水) 13:13:43 ID:sa2bYWq20
>>457
同感。他馬が煽るどころか、必死でディープ避けて道空けてるように見えた。
「うっかり邪魔したらとんでもないことになる危険物」が走ってる感じ。

92投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時44分20秒

480 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/28(月) 05:02:54 ID:JDzTddrgO
当時、米国とフランスだけでしか禁止になってなかったのか。
呼吸器系弱い馬などにも処方されていたみたいだから、他にもドーピングしてた馬はいるんでしょうね。米国、フランスに遠征してないかぎりは全てに疑いがかかる。

481 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/28(月) 05:29:13 ID:A0nUl9goO
>>480
米国競馬は、日本や他のパート1国で使用不可能な鼻血止めの薬や歯鉄を普通に使ってる。
米国競馬はいんちきテンコ盛り。米国競馬は認めない。
同じくドープも認めない。
モラルの問題だ。



484 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/30(水) 10:07:15 ID:hinvu5NKO
薬つかいまくりの米国で禁止ってよっぽど効果があるって事だろ?
まぁこれで気管支の細さを薬でゴマカシてたSS産駒に最強の資格がない事が確定した
最強馬は非SSのグラスかエルコンだろう


485 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/30(水) 10:35:31 ID:+pXcmrafO
ディープって薬とかスパイク鉄とかに頼ったカスだったんですね


486 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/09/30(水) 10:47:48 ID:ZliDzZOlO
イプラはターボチャージャーみたいな物だろ。
F1でもターボは禁止だからな。
93投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時47分09秒

504 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/10/06(火) 00:41:58 ID:/hBeDqqzO
ん?ダイワメジャーが何か吸ってるところを取材された上原師は干された?

505 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/10/06(火) 07:30:19 ID:DI/jNQriO
ダメジャーは喉の疾患早くに公表してたろ
ディープは高額シンジケート組むまたは高く売るために最後まで喉の病気隠そうとした


506 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/10/06(火) 07:55:31 ID:jYvj6LJ2O
>>505
ドープが本当に喉疾患あったなら手術前のダメジャーみたいにメタメタな戦績になる。喘息持ちがマラソン走れないのと一緒だ。
治療目的ならイプラなんて国内に流通していない薬を使うはずもない。
ドーピングがばれたから池江が治療の為とか誰かが寝藁に撒いたとか言い訳しただけ。
ま、言うなれば、体質が弱いから治療の為にステロイド使いましたと言うのと同じだ。


507 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/10/06(火) 08:16:00 ID:qFjqmDlHO
米国とフランスでしか当時規制されていなかったのに。しかもフランスではイプラの使用そのものは認められてて、レース中にイプラ成分が検出されなければ問題ないはず。
欧州でも普通に使用されてたから、別に常用してようと何らおかしくはないけど、日本では当時流通してないよね。

508 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/10/06(火) 11:16:06 ID:trNkvLPD0
流通してないものを使ってたら相当なアドバンテージだよな
94投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時48分58秒

514 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/10/06(火) 14:11:22 ID:Jya9wTim0
後々は知らないけど、
若駒の時の尻っぱねとかの気性を見て、
ただの気性難じゃなくて、薬やってるって雑誌で語ってた獣医がいたよね

まぁ、ディープに限らず、
今の時代って単純な馬の資質以外のところで伸ばせるからね
昔はガラスの脚で走れなかった馬が活躍できてるとかね



516 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/10/06(火) 17:58:15 ID:jYvj6LJ2O
>>515
「薬がなくても充分強かった」
何を根拠に言える?
全兄のブラックタイドは強かったか?
馬は悪くないって?
オリンピックでドーピング失格された選手はみんな言うよ「専属トレーナーが勝手にやったことだと」
ドープはデビュー前からNHKで特集組んだ。
あの時から胡散臭い馬だと思った。そして掛かりまくったのに圧勝した菊花賞で確信した。
この馬は薬物やってるとな。
95投稿者:777  投稿日:2009年10月11日(日) 12時53分47秒

533 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/10/06(火) 20:16:26 ID:ulM9x9ci0
皐月賞ぐらいまでは目が血走っててキチガイ気味だったよな


526 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/10/06(火) 19:06:25 ID:la49zTkRO
だから喉に病気が出やすいと言われていたサンデー産駒の異常な成績見れば納得できるじゃん
そしてサンデー産は走る馬は社台産ばかりだった
高額なサンデー馬に喉に病気なんて出たらたまったもんじゃないからな
社台のサンデー産駒とイプラはセットで競馬界では暗黙の了解だったと考えるのが普通だろ
だからイプラがばれた時競馬界はあんな静かだったわけだ



568 :名無しさん@実況で競馬板アウト[]:2009/10/09(金) 04:20:01 ID:w+sNBiQNO
イプラやスパイク鉄がパフォーマンスを大きく向上させるのは間違いないみたいですね


569 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/10/09(金) 13:27:02 ID:mPDYQ9VS0
薬物天国のアメリカで禁止されているという事実がポイント
競走能力が飛躍的にアップするため公正な種馬選定ができないから禁止されてるんだろう
http://unkar.jp/read/dubai.2ch.net/keiba/1251045237
96投稿者:777  投稿日:2009年10月19日(月) 20時50分49秒

ブエナビスタはサンデーレーシング・社台系の馬。

このスターホースが海外の前哨戦を走るのに社台系の馬が邪魔をするはずがない。

穴人気のシェーンヴァルト・タスカータソルテは社台ホースレーシングの馬、刺し違えてでもブエナより前でゴールはしない。

さらに各厩舎・各ジョッキーのお手馬に社台系の馬はいるはず、下手にブエナに先着して関係悪化はしたくないだろう。

毎年200勝していたがアドマイヤの近藤夫妻の馬に乗れなくなっただけで武豊はリーディングトップを取るのがギリギリの状況。

社台に逆らえば日本の競馬会で生きていけない。

http://d.hatena.ne.jp/potentialnn/20090822#p2
97投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月01日(日) 23時18分00秒
http://www.youtube.com/watch?v=59LZgTUj1C0

8歳老雄、悲願のビッグタイトル! JRA秋の最強馬決定戦・第140回GI天皇賞・秋が1日、東京競馬場2000メートル芝で開催され、横山典弘騎乗の5番人気カンパニー(牡8=音無厩舎)が中団追走から直線鋭く抜け出すと、猛追する1番人気ウオッカ(牝5=角居厩舎)を寄せ付けず待望のGI初制覇。前哨戦のGII毎日王冠に続いてGI大舞台でも女王を破り、秋の最強馬の座に就いた。勝ちタイムは1分57秒2のレコードタイ。

 同馬はこれが通算34戦目、GIでは13戦目での悲願のビッグタイトル。また、8歳馬によるJRA平地GI勝利は史上初の快挙となった。

 一方、連覇の期待がかかっていた武豊騎乗のウオッカはインから猛然と追い込むも、3着に敗戦。史上2頭目の快挙、また史上最多タイとなるJRA・GI7勝目はならなかった。なお、1着から1馬身3/4差の2着には北村宏司騎乗の7番人気スクリーンヒーロー(牡5=鹿戸雄厩舎)が入った。

◇ ◇ ◇

 ついに届いたGIタイトル。大役を最高の形で務めた横山典が、笑顔満開で振り返った。

 「本当に馬が素晴らしいですね。また、これだけの仕上げをしてくれた音無先生や厩舎スタッフのみなさんが、カンパニーをここまで大事にしてきたからこそ、きょうの勝利があると思います。やっぱり、ここまで来る過程が大事ですから。その上で、自分もいい騎乗ができて、結果を残せて本当に良かったと思っています」

 カンパニーの全34戦中、昨年3月のGII中山記念1着からコンビを組み始め、今回が11戦目。

横山典は「初めて乗った時からGIを勝てる馬だと思っていました」と、同馬の素質を高く評価していた。そのとおり、GIIならば鮮やかな競馬で勝つことができる。それでも、最大目標であるGIとなると、どうしてもあと一歩が足りない。

 しかし、この日はその“あと一歩”を埋めるのにお釣りが来るくらい、過去最高の状態に仕上がっていたのだ。

 「毎日王冠よりも出来が良くて、自分が乗った中では一番いい状態でしたね。パドックでまたがった瞬間、それは分かりましたし、返し馬も弾むようだった。言うことないな、と思いましたね」
98投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月01日(日) 23時21分15秒

あとは不利なく自分の競馬をするだけ。そうカンパニーと自らに言い聞かせて挑んだ府中二千の戦い。3番枠から好発を決めると、道中はちょうど中団で折り合いはビタリ。

 「スタートも上手に切れたし、スムーズに流れに乗れました」

 対する最大のライバル・ウオッカは、毎日王冠とは前後を逆にするさらに後方集団での待機策。この女王の動きをどう見た? いや、まったく気にならなかった――横山典はキッパリと言いきっている。

 「ウオッカのことは気にせず、自分の競馬に徹しただけです。出来がとにかく良かったので、周りがどうこうよりも、カンパニーだけの走りをと思っていました。自分の馬のリズムに合わせる、それだけです」

 これまで府中のターフは女王ウオッカのための晴れ舞台だったが、この日の主役はカンパニーと横山典。この人馬ベテランコンビのためだけに用意された緑の絨毯であるようだった。

上がり3F32秒9の脚を爆発させ、直線ド真ん中を突き抜けてきたカンパニーは、それくらいに強烈な強さを見せつけたのだ。

 「1頭になるとソラを使う馬ですから、なるべく(前を行く)スクリーンヒーローを引き付けて、集中させながら追い出しました。弾けてくれましたね」

 ジョッキーは最後のシビれる手応えを振り返ってニッコリ。ウオッカを2馬身近く寄せ付けなかったゴールは、過去敗れたGI12戦のウップンをすべて晴らした瞬間だった。

 「この馬と付き合ってから、かれこれ6年ですか。この日を夢見ていましたし、言葉にならないくらいうれしいですね」

 時折り、言葉を詰まらせながら最高の喜びに浸ったのは同馬を管理する音無調教師だ。大きいところを獲れる、と信じ続けて鍛え上げた6年間。“13度目の正直”にして、GIレースの中でも最高の栄誉を誇る伝統の秋の盾でついに宿願がかなった。

 トレーナーもまた、最大の勝因として「毎日王冠より上積みがあったし、馬体もさらに良くなっていました」と、馬の出来の良さを一番にコメント。そして、「何の不利もなかったし、ノリちゃん(横山典)がカンパニーのことを知り尽くしているからこその騎乗でしたね」と、100点満点の騎乗を絶賛した。
99投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月06日(金) 22時36分05秒

カンパニー5

1 :かんぱち ◆vmm3Z4lvtM :2009/04/18(土) 11:51:19 ID:VqINCyc3
なんだかんだでもう8歳になってしまいましたが、まだまだ元気いっぱいです。
それでもG1制覇を諦めないカンパニー応援スレです。
G1出走するたびに今回がラストチャンスと言い続けてやります(`・ω・´)

多分今回がこの馬の最後のスレになると思います。
もう見飽きたとかジジイとかなんと言われようが、そんなこと気にせず引退するまで皆で応援していきましょう!!



59 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/06(土) 20:21:43 ID:mEzwePhw

追い込み一辺倒だった背中を譲り受けたのが昨年の中山記念。
2番手から抜け出す正攻法で、鮮やかな勝利を飾った。
続くマイラーズCでも勝利を収めたころには、安田記念制覇を強く意識した。

しかし好事魔多し-。目の外傷のためカンパニーは、その舞台に立つことさえできなかった。

「あのときはガッカリしたな…。でも、そのあとよく立ち直ってくれたよ」。

昨秋は勝ち星こそなかったものの、11番人気で臨んだ秋の天皇賞では、メンバー最速の上がり3F33秒5の末脚を駆使し、ウオッカ、ダイワスカーレット、ディープスカイの“3強”に続く4着。勝ったウオッカからの着差はわずか首差だった。

「人気はなかったけど周りには“勝てる”と言っていたし、自信があった。でも今回は…。この前(ヴィクトリアM)のウオッカの強さを見せられるとな」

と控えめな言葉が口をつく。しかし、もちろん望みを捨てたわけではない。

「前走でもオレがうまく乗っていれば勝てた。これまでもずっと本気で走ってなかったんだろうな。だから消耗していなくて馬が若いし、オレがちゃんと走らせれば今回も勝つチャンスはある。
この馬にとって残されたチャンスはわずか。なんとかタイトルを獲らせてやりたいよ」。

昨春の悔しさを晴らす舞台で、ダービージョッキーの手綱さばきがさえ渡る。
100投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月06日(金) 22時54分37秒

2009年 第59回 安田記念(G1)
http://www.youtube.com/watch?v=ZpuvNom7Lhw&feature=related

71 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/07(日) 15:43:00 ID:G29IETz6
また4着かよ!!!!!!


72 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/07(日) 15:45:48 ID:og2UuKC5
まあカンパニーらしいというか・・・


73 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/07(日) 15:48:57 ID:c0n0fpQy
若干距離が短いのかな。
1800から2000の方が良さそう。


74 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/07(日) 15:49:12 ID:QUQ5DK1C
カンパニーらしくていいレースでした
お疲れさん


75 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/07(日) 15:50:44 ID:a7Le+3uE
ワクワクした
これだからカンパニー大好き


76 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/07(日) 15:55:18 ID:og2UuKC5
全く衰えを感じないのが凄いw
秋も楽しめそうだな


77 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/07(日) 15:55:27 ID:G29IETz6
嫌い

4着じゃ意味ないよ・・・



78 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/07(日) 15:56:04 ID:WNP/F6Uw
しかも鼻差とか


81 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/07(日) 16:00:40 ID:kDiN57e8
やっぱ強いなー。直線夢を見たよ

けど、またハナ差4着…4着じゃあ意味がない…orz
101投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月06日(金) 23時00分11秒

85 :かんぱち ◆vmm3Z4lvtM :2009/06/07(日) 17:11:07 ID:zdbrbKNA
今回ばかりは燃え尽きました。
完敗だ…馬券もハナ差で逃すし…orz

直線向いた時には関屋記念の再来かと思いましたが…。
頑張ってくれましたが、これがGTの壁でしょうか。
お疲れ様でした。


106 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/09(火) 02:26:07 ID:5PaLvkMt
安田記念は惜しかったな
ノリの騎乗はほぼ完璧だと思ったんだが、そういう意見はあんまないのなw


98 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/08(月) 00:05:02 ID:2n3tVNKn
ウオッカ・ディープスカイがいるのに、それよりも大外に回してる時点で頭は無いよな・・・
4着になるんだったら、玉砕覚悟で内を突いてくれたほうがまだ良かった。


99 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/08(月) 00:08:05 ID:OgKWG2Ti
マイルCSで去年のブルーメンのような競馬できれば可能性はある
メンバー的にももうこのレースしかない
京都外回りでインが開く所へ突っ込んでいくくらいしないと永遠に入着するだけ

102投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月06日(金) 23時19分36秒

156 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/26(金) 14:49:28 ID:1Odyhdo2
騎手をナメるようになって本気で走ろうとしないカンパニーを、サル並みの頭の岩田が御せるわけがない
ゴリゴリ押して馬がイヤイヤして着外ってのがオチ
こういう馬はノリや武のような柔らかい騎手じゃないとダメ



206 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/06/30(火) 15:12:21 ID:IBuyhJSh
これだけ毎回G1の度にラストチャンスと言われ続ける馬も珍しいなw
確か一昨年のマイルCS位から言われ続けている気がする

それにしてもこの馬自体は全く衰えてる感じはしないね
周りの馬の顔ぶれや力関係が変わっているだけ


260 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/09/25(金) 14:20:02 ID:G44TDuEN
ノリか。一番カンパニーの事わかってるだろうし頑張って欲しい。
一線級とやるには先行じゃ通用しないし、ズバッと差して欲しいね。
103投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月06日(金) 23時26分24秒

2009年 第60回 毎日王冠(G2)
http://www.youtube.com/watch?v=Sa3eTKo5xBM


まさに会心! 笑顔の横山典が女王ウオッカ撃ちの達成感を語った。
 「天気も馬場も良かったし、今日はこの馬にとって一番いい条件。それに厩舎の方たちのおかげで馬の出来も去年とは違っていた。ウオッカを負かしてやろうと思っていたし、負かすなら今日だと思っていましたから」
 レースは昨年同様、ウオッカが押し出されるように逃げる展開。スタンドからはどよめきも起こったが、横山典は冷静だった。いや、名手はこの展開を読みきっていた。
 「このメンバーだったら、ウオッカが行くだろうなと思っていました。僕自身はスタートさえ決まればその後ろにつけていこうと思っていましたから」
 道中はインぴったりの4〜5番手。ゲートでやや遅れたために理想どおりの番手とはいかなかったが、それでも女王を射程圏内に入れる絶好ポジションだ。
 最後の直線では外へ出さずに、ウオッカの真後ろへ。押し切り態勢に入る女王目掛けて虎視眈々と牙を研いだ。横山典が振り返る。
 「この馬はちょっと不マジメなところがあって、ウオッカの後ろでエンジンを吹かして、気合を入れてから追い出そうと思っていました。周りに他の馬がいなかったし、ウオッカだけを見て、カンパニーを集中させてつかまえにいきました」

 前が止まらなかったら仕方ない、と腹をくくって追い出した直線坂。ウオッカが武豊のステッキに応え懸命の粘りを見せるものの、残り100メートルを切ってからは脚色が違っていた。
 「今日は僕の馬が強烈でしたね」
 ウオッカの上がり3F33秒8に対し、カンパニーはそれをはるかに上回る33秒0! この“鬼脚”で来られては今回ばかりは女王も白旗を上げるしかない。
 「展開もズバリ当たったし、とにかく今日は条件が一番そろっていました。馬の状態も良かったし、すべてがかみ合いましたね」
 現役最強のGI6勝馬を撃破しての前哨戦完勝。当然、次に狙うは秋のビッグタイトルGI天皇賞・秋になる。2006年から昨年まで3年連続で挑戦し、07年の3着が最高。昨年もウオッカからタイム差なしの4着に惜敗した。8歳という年齢を考慮しても、今年が最後のチャンスとなるかもしれない。
 「天皇賞は今回とは別物だと思っています。距離も2000メートルになるし、コースがトリッキーになる。頭数も増えますからね。今日のようなレースはそう望めないと思います。でも、8歳馬だし今さら課題もない馬。あとは、運があれば勝てると思います」
104投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月06日(金) 23時45分39秒

353 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/10/26(月) 21:50:08 ID:J6qlLtGf
勝ってほしいけど、冷静に考える・・。

・内枠
・460キロ台
・五分のスタート
・ロス無いコース取り
・ドンピシャの追い出し

全部揃って→天皇賞馬
1つ欠けて→馬券圏内
2つ欠けて→掲示板
3つ欠けて→着外

音無センセとノリの腕で、馬券圏内には持ってこれると思うが
やっぱり内枠欲しいなあ・・・。


356 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/10/27(火) 13:03:36 ID:Bf0N9Q6R
GIだとちょっと力が足りないからなー。
なにか展開の助けが欲しい。
先行じゃ負けるだろうから、やっぱりいちかばちかの追い込みしかないな。


357 :脱よんぱにー:2009/10/27(火) 23:13:21 ID:3JJhxE1L
内枠を引いて、毎日王冠のように先行気味に進めて内を回って直線の切れ味勝負しかないかなと。
去年の天皇賞みたいに後ろにつけすぎると内をついても届かないかもしれん。


360 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/10/28(水) 09:02:07 ID:O9RhQcJ1
内を突くのはリスクが大きすぎる
詰まったら即アウトだぞ
外を回してくれたほうが悔いが残らない
前回のような芸当ができるのは少数頭だからで
105投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月06日(金) 23時50分07秒

368 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/10/29(木) 22:05:25 ID:jkpvlmL+
道中は今年の安田のようになりそう
まず内は空かない
しかし内以外勝機はない




369 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/10/30(金) 01:43:11 ID:QpKGDpyk
力勝負にいって大外から勝負したら4着に決まってる!よく伸びては来てるが届かずって見飽きたわ。
内から強引に早め抜け出しぐらいのリスクを負わないと勝てない。G1で毎日王冠と同じことしてもウオッカは交わせないだろね。
G1でよくやるノリぽつんが怖い。


370 :かんぱち ◆vmm3Z4lvtM :2009/10/30(金) 07:11:55 ID:Sp7H9StL
自分も内枠歓迎派ですね。
やはりGT勝つにはそれなりのリスクを背負ってでも内で溜めていく競馬をして欲しいです。
安田記念の時も馬場が外差し傾向だったので、大外一気で勝てると当時は思っていましたが…。
この馬は脚の使いどころが難しいので、どれだけ直線まで溜められるかが勝負の分かれ目になります。
前述した安田記念では、直線包まれるのを懸念して早めに外に出して仕掛けた結果、最後に止まってしまいました。
この経験が毎日王冠の騎乗に繋がったと思っています。
自分が一番怖いと思っているのが、先行勢がバルク、エイシン、キングスとヨレに定評のある馬達が揃ったことです。
うーん…直線はある程度外に行った方がいいのかも。


372 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/10/30(金) 11:16:51 ID:QpKGDpyk
G1でG2で勝った時にのような先行したことあった?
先行で結果出してるのに、いざ本番になると後方集団で直線外からってのが定番な感じ。
理想はバルクか何かが飛ばして縦長になった先頭から5、6頭目の内にいて、4コーナー早め抜け出し残り200を押し切る。ウオッカよりワンテンポ早い仕掛けでいいと思う。
姑息な手段でもいいから、いつもの末に賭けた力勝負はやめてほしい。だったらG1は一生勝てない。


374 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/10/30(金) 13:44:13 ID:PwZ1kjDv
基本的に良い脚を400メートル使える馬


376 :こんな名無しでは、どうしようもないよ。:2009/10/30(金) 14:32:52 ID:w4hrspTg
先行したら必ず差される。
この馬には追い込みしかない。
G1では難しいよ。
馬体重+18kgって大丈夫なのか?
106投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月08日(日) 08時33分16秒

カンパニーが悲願のG1初制覇!ウオッカは3着/天皇賞・秋

 カンパニーでしたかぁ。しかも、上がり32秒9って。

戦績をザクっと眺めてみると、上がり32秒台は過去2回あって(04年京阪杯、05年毎日王冠)、前走の毎日王冠も上がり33秒0という脚を使ってはいましたが、どうしても私の中のカンパニーのイメージってそこまで切れる脚があるイメージじゃないんですよねぇ。

なので、中団よりやや後方気味のポジションから、4コーナーではまだ内ラチ沿いにいたのに、坂下では中ほどにスッと移動してスパッと抜けてきたときにはビックリしましたよ。

もう馬券はほぼ買ってないのでそれほどでもないですけど、もし1、2年前の自分がこのレースでカンパニーを強く推せてなかったら、3日は立ち直れなかったはずです(苦笑) そんなのはともかく、ノリさんおめでとう!

http://d.hatena.ne.jp/re-donald/20091101/p2
107投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月08日(日) 08時43分18秒

終わってみれば騎手の判断が、有力馬の明暗を大きく分ける結果になった印象を受けました。

まずは勝ったカンパニー。
振り返ってみれば、全ての面においてこれ以上無いと言うほど展開に恵まれました。
予想記事でも触れましたが、この馬が一番得意にしている競馬は前半スローでの上がりの速い競馬です。そういう形の競馬になると、ウオッカを差し切る程の末脚を持っていることは前走で証明済みですが、今回GTとは思えない1000m通過59秒8というスローな流れとなり、カンパニーにとって願っても無い展開となりました。

しかもマークすべきウオッカは、武豊騎手の誤った判断により同馬よりも後方の位置取り。ヨーイドンの瞬発力勝負に徹した場合、ウオッカを上回る末脚を持っているカンパニーにとってこの位置取りは願っても無いものだったでしょう。おそらく騎乗した横山典弘騎手は道中ほくそ笑んでいたのでは?

この位置取りのまま競馬は流れて、いよいよ最終コーナーから最後の直線へ。横山騎手にとって残された仕事は、馬場の良いところを進ませることと前がふさがらないようにすること。
幸いスクリーンヒーローの外側に馬1頭分のスペースが出来た為、あとはそこを突いて抜け出すのみ。
勝つときは全てが上手くいくと言う典型的な結果となりましたね。

レースの上がり時計が33秒7。そしてカンパニーの時計が32秒9となった今回の天皇賞。
ある意味、究極の上がりの競馬になったと言っても良いかもしれません。
この時計はおそらくサラブレッドとしては限界の数字。おそらく直線前が塞がる形にならなくても、ウオッカがカンパニーを差し切る事は無かったでしょう。

8歳で念願のGT初制覇を飾ったカンパニー。
ウオッカが同馬よりも後方を進み、ペースがこれ以上無いぐらい同馬向きになったという幸運は有ったものの、8歳の今日まで力を伸ばし続けた底力は賞賛に値すると思います。まさに最後まで勝負を諦めない陣営の執念が実った瞬間だったといえるでしょう。おめでとうございます。

そして何よりも光ったのが鞍上の横山典弘騎手の好判断。
大本命馬が自身よりも後方に居ると、その動向がどうしても気になり結果として追い出しが遅れるということが有るものですが、さすが百戦錬磨のベテラン・・・全く惑わされること無く、カンパニーの力を引き出すことのみに徹していましたね。
最後の直線であの追い出しの瞬間に動かなければ、流れとして前が塞がったことも有り得ただけに、目立たない部分ではありますけど最高のファインプレーだったといえると思います。

さすが当代随一の名手・横山典弘。40歳を超えてその騎乗振りには凄みが漂ってきました。
おそらくレースを作り出すことにかけては、現在日本最高の騎手と言っても良いでしょう。
今後も日本の競馬界を、そして若手騎手たちを引っ張る存在として長く頑張っていってほしいと思います。
http://blogs.yahoo.co.jp/nobuaki613/49688385.html
108投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月18日(水) 21時23分49秒

8歳カンパニー有終飾る

 「G1研究所」では急速に進む現役競走馬の高齢化を数字で洗い出した。今後は7歳や8歳のG1勝利は珍しくなくなると予測。秋の天皇賞馬カンパニー(牡8、栗東・音無)はまだまだ元気で、引退の花道になる今週のマイルCSも連勝が期待できる。

 8歳カンパニーの史上最高齢G1制覇には驚かされたが、ここ10年で競走寿命は確実に延びており、来るべき時がきただけと考えることもできる。

 20年前の89年、7歳以上の年間勝利数は、わずか21勝だった。91年は11勝にとどまっている。90年代までは20勝前後がアベレージ。ところが00年以降、急増した。06年80勝、07年98勝、08年75勝。調教コースの進歩や調教技術の向上、放牧施設の充実、栄養補助食品の多様化、不況による滞留馬の増加などの要因が複合し、かつて引退を余儀なくされた年齢でも、活躍できるようになってきた。その象徴がカンパニーなのだ。6歳までの4年間で稼いだ賞金は3億3170万円。7歳と8歳で、その1・5倍近い4億9170万円を加えた。天皇賞(秋)の前、音無秀孝師(55)は「8歳馬と思っていない」と話した。人間なら35〜40歳。なぜ衰えを知らないのだろうか。

 (1)少ない消耗度 デビューは3歳の1月。若い時は体質こそ強くなかったが、大きな故障による休養がない。数を使わず、狙いを定めてレースを使ってきた。「8歳だからと特別な調教をするわけでもないし、カイバだってほかの馬と一緒。本当ならもっと早くG1を勝たせてあげたかった」とあっさりしたものだが「オーナーが大事に使ってくれたということは大きい」と話す。前走が通算34戦目で年間平均すれば6戦。長い競走生活の割には消耗が少ない。

 (2)脚部不安と無縁 担当する沢助手は「あれもこれもケアすることが多くて、と言えればいいんですけどね(笑い)。本当に手がかからないんですよ。脚元の不安も出たことはないし、今でも脚を冷やす必要はない。気性面で成長してくれたし、うるさい面もないから」。カイバはほかの馬と同じものを食べる。内臓の強さも特筆できる。

 (3)遅咲きの一族 血統的にも晩成だ。半兄ニューベリーは8歳時に初めて重賞(京都金杯)で2着。9歳まで現役を続けた。同じく半兄レニングラードは5歳で初めて重賞(アルゼンチン共和国杯)を勝った。母の父は成長力に富み、馬が3度変わるといわれたノーザンテースト。祖母クラフティワイフはデビューした産駒13頭のうち未勝利に終わった馬が2頭しかいない名牝。産駒の中央での合計勝利が54を数える(オープン、重賞計10勝=障害含む)。生まれながらに高い素質を備えていた。

 栄養、鍛錬、休養のバランスが取れていることが、活躍できる要因だ。何よりも気性面で若い。天皇賞のレース後、地下馬道に引き揚げようとする横山典騎手に逆らって馬場を駆けだし、検量室前に戻る際も勢い余って通り過ぎてしまった。激戦の疲労どころか、元気が有り余っていた。快挙から中2週。2つ目のG1タイトルを奪取し、有終の美を飾る可能性は高い。【高橋悟史】

 [2009年11月17日7時39分 紙面から]
109投稿者:8歳カンパニー悲願のGI  投稿日:2009年11月22日(日) 22時37分03秒

カンパニー有終のGI連勝! 横山典「素晴らしい馬です」=マイルCS

引退レースのGIマイルCSを勝利で飾ったカンパニー、鞍上の横山典は観客の声援に答えガッツポーズ【スポーツナビ】

 JRA秋のマイル王決定戦・第26回GIマイルチャンピオンシップが22日、京都競馬場1600メートル芝で開催され、GI天皇賞・秋を制した横山典弘騎乗の1番人気カンパニー(牡8=音無厩舎)が優勝。中団インの追走から直線で鋭く突き抜ける文句なしの完勝を収め、秋の中距離&マイル二冠王に輝いた。同馬はこれが引退レースとなり、GI連勝で有終の美。最高の締めくくりに横山典は「本当に素晴らしい馬ですね。勝ててホッとしています」と大きな笑顔で愛馬を称えた。良馬場の勝ちタイムは1分33秒2。

 カンパニーは2004年1月のデビューから通算35戦12勝、うちGI2勝、重賞通算9勝はナリタブライアン、スペシャルウィークらに並ぶ史上7位タイ。来年から北海道勇払郡安平町早来の社台スタリオンステーションで種牡馬となる。

 なお、1馬身1/4差の2着には和田竜二騎乗の14番人気のマイネルファルケ(牡4=萱野厩舎)、さらにクビ差の3着には2番人気に支持されたオリビエ・ペリエ騎乗のフランス馬サプレザ(牝4=R・コレ厩舎)が入った。

 午後からあいにくの雨にぬれた淀。しかし、カンパニーの前には最高の花道が広がっていた。
 「ホッとしています。この後は種牡馬になる馬だし、馬場もけっこうボコボコしていましたからね。無事に回ってくるの大事ですから。ラストランを最高の形で飾れてうれしいですし、自分の役目も果たせてよかったです」
 大役を完ぺきな騎乗で終えた横山典が、安堵と喜びが混ざった最高の笑顔でゴール後の気持ちを語った。

 競走馬の8歳という年齢は若くはなく、人間で言うならオジサン世代。普通なら力は衰え、若い世代に飲まれて当然の年齢なのだが、カンパニーはアンチエイジングを体現するかのように、今年の秋になって能力のすべてを開花させた。秋初戦のGII毎日王冠、続く大一番のGI天皇賞・秋でウオッカを完ぺきに打ち負かし、そして、この日の勝利で3連勝。この驚くべき活力はどこから湧き上がったものなのだろうか?

 しかも、中2週続きの厳しいローテーションにも関わらず、この引退レースが秋3走の中で一番状態が良かった、というのだからなおさら驚かされる。横山典が振り返った。

 「秋初戦から言っていることなんですが、とにかくこの秋は僕が乗った中で出来が一番いい。これで3回続けて乗ったんですが、むしろ今回が一番良かったですね。生涯最高の出来だったと思います」

 天皇賞・秋から変わらぬ状態、いや、それ以上のコンディションにあることを返し馬で直に確認し、「安心して乗ることができました」と鞍上。春までは課題の1つとしてあったゲートも問題なく出ることに成功し、スッと中団よりやや前の位置をキープする。これが勝利に大きく貢献した、とは音無調教師だ。

 「内枠だったので出負けしたら悪い面に出るところでしたが、横山君が上手にゲートを出してくれた。それに少し行かせてあの位置をキープしてくれたのが大きな勝因だったと思いますね。この秋3走は横山君が完ぺきに乗ってくれました」

 内ラチぴったりのまま最短コースで3コーナーの下り、4コーナーと何の不利もなく運んで迎えた勝負の直線。ここでも眼前はバラけ、カンパニー&横山典の行く手をさえぎるものは何もない。見えるのはただ1つ、有終のビクトリーロードのみだ。

 「いい瞬発力を持っている馬ですからね。不利さえなければと思っていましたし、すごくいい脚を使ってくれました。ノーステッキでしたから」

 カンパニーの現役最後の末脚は、出走メンバー中で2番目に速い3F33秒5。横山典が明かしたようにステッキを一発も入れることなく、懸命に粘りこむマイネルファルケ、08年GI皐月賞馬キャプテントゥーレ、そして英国GIを勝利した仏GI馬サプレザを余裕たっぷりに差し切ってみせる。その勝利の走りには、もはや“伏兵の一発”などという風情は感じられない。王者の風格と貫禄が備わっていた。

 しぶい脇役ではなく、遅咲きの名優として1つの時代をつくったカンパニー。1つ勝つことすら難しい競馬の世界において、引退レースを勝利で飾ることほど幸せなことはない。いや、カンパニーは3連勝で締めくくったのだ。横山典が改めて相棒に賛辞の言葉を送った。

 「本当に素晴らしい馬です」
 6年もの長期間に及ぶ現役生活。あと一歩が足りなかった過去のビッグレースの数々を振り返っても、むしろ悔しい思いをさせられる方が多かったに違いない。しかし、すべてはこの秋のための糧となり、大きな3つの大輪の華を咲かせることにつながった。それだけにカンパニーに関わったすべての人たちの喜びもひとしおだろう。音無調教師が喜びを噛みしめながら、現役生活を終えたカンパニーに言葉を送った。
 「本当にありがとう。次は種牡馬として、強い2世を作ってくれることを願っています」
 自らの脚で魅せる仕事は、これで終わった。今はしばしの休息をとり、来年からは2世たちにさらなる大きな夢を託す第2の生活へと入る。

110投稿者:777  投稿日:2009年12月05日(土) 12時04分08秒

226 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/12/03(木) 19:19:00 ID:VR5OvyRh0
結論から言うとカンパニーよりウオッカほうが強いよ
なぜかと言うとウオッカのほうがカンパニーよりもG1の舞台で活躍しやすいから
JCで分かったよな、ウオッカが淀み無いペースを好むの

G1が開催されるコースは淀み無いペースになりやすいように設計されてる
ズブくて引っ掛かりずらい逃げ馬がハナに立つと速くはならないけど
カンパニーは行き脚が無いからペースが速くなると最後方からの
競馬になってしまう
で、差し届かない。これをカンパニーは繰り返してた

天皇賞は遅かったよな、だからある程度の位置につけることが出来た
ウオッカがペースの遅いレースを勝つには自らラビットをやるか
逃げて淀みないペースを作るしかない
どっちも現実的じゃないけどw


227 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/12/03(木) 19:20:23 ID:RrRJ0mXP0
>>226
8才秋にカンパニーが本格化してたとしたらどうすんだよ。


228 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2009/12/03(木) 19:26:09 ID:VR5OvyRh0
>>227
それは無い
現実的にありえないし
音無調教師も何も変わってないと言っていた
マイルCSは弱面&ノリの好騎乗で勝った
111投稿者:777  投稿日:2010年01月10日(日) 17時59分32秒

4 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/01/10(日) 12:20:24 ID:fXVuCR6O0
98宝塚秋天みても本気で走ったときのステゴは強かったけどな
武が乗ってたらもっと違ったんじゃない


5 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/01/10(日) 12:20:33 ID:77iu7avx0
ステゴは手を抜いて走り続けた
オペとトップロを潰したときはちょっと本気だした。


6 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/01/10(日) 17:02:27 ID:RfxtSUi40
覚醒なんて誰も言ってないし
海外実績抜いたらまんま前年までといっしょじゃんw

カンパニーはステゴみたいに実力劣った馬に本気で走らずに負けてたわけじゃなくて
チャンと勝つときは勝ち切ってた馬だったから覚醒じゃないだろw


8 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/01/10(日) 17:51:32 ID:sdOqUwitP
ステイゴールドはささると競馬をやめられると知っていたって池江父が言ってたな。
だから左右両方にささりまくる。


9 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/01/10(日) 17:52:44 ID:qcwmKC0W0
ステゴは2・3着が多いし馬格が小さいから一生懸命走ってると思ったら大間違い。
実際真面目に走ったのは数回でドバイではマジで走って優勝した。
レースの質もかなり高かったしな。
112投稿者:レッドディザイア  投稿日:2010年03月06日(土) 22時23分02秒

3歳新馬
http://www.youtube.com/watch?v=iexXMh7A7rg

桜花賞(G1)
http://www.youtube.com/watch?v=HiGTEto3U4M&feature=related

優駿牝馬(オークス)(GI)
http://www.youtube.com/watch?v=UlBMkcRW6lg

ローズステークス(GU) 
http://www.youtube.com/watch?v=LMHB8pKhiGI

秋華賞
http://www.youtube.com/watch?v=4Y8sFWDedc4

ジャパンカップ(G1)
http://www.youtube.com/watch?v=E3KcE45WmXM

UAE Al Maktoum Challenge R3 (G2)
http://www.youtube.com/watch?v=hsrg1EMvq-o
113投稿者:レッドディザイア  投稿日:2010年03月14日(日) 20時51分14秒
アルマクトゥームチャレンジR3
http://www.youtube.com/watch?v=g5dCDmyXD7g&feature=related
114投稿者:777  投稿日:2010年07月18日(日) 23時20分45秒
257 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/07/18(日) 22:49:10 ID:9XFAiYR30
『去年のスプリンターズSの前くらいから馬場入りを拒否したり、坂路の出かけに走るのを嫌がったり。だからわざとカッとさせる為に押していったりして走らせていた。それまでは栗東坂路で50秒台を楽に切っていた馬があの日を境に53秒で一杯一杯。
馬が走るのを嫌がっていたから引退も考えていた。でもレースになると一生懸命走ってしまう。競走馬だから。そして結果も出してくれる。強い馬だから。でも調教では相変わらず。「もう疲れたから牧場に戻してくれ」って訴えていたのかもしれない。』

多くの関係者は不慮の事態に直面した時、馬運車に乗せられた愛馬の傍らに寄り添い、鼻面を撫で、最後まで話し掛け「ありがとう、ごめんな、ありがとう」とお礼を言い、そして看取るのだそうです。

彼も泣いておりました。

彼の言葉を文字にしてしまうとなんともドライなものですが、話している言葉は言葉じゃなく、私もよく聞き取れないほどでした。

「平成の夏女」なのかそれとも「直線1000mの申し子」なのかそれとも…。

私ごときが彼女を形容する言葉をつけるわけにはいきませんが、それでもカノヤザクラという馬がいたことは覚えておいて欲しいものです。


115投稿者:777  投稿日:2010年07月18日(日) 23時22分50秒

103 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/07/18(日) 18:58:34 ID:TuA33THX0
予後不良級の怪我をして助かる確率ってどれくらいなんだろうな


123 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/07/18(日) 19:17:14 ID:Nh4bEU1k0
>>103
馬は自立出来なくなったら内臓の構造的に死ぬしか無いからなー
ミドリマキバオーみたいに吊るして治療なんて非現実的だし、怪我した足を庇っている内に
他の足に負担がかかって駄目になる。自由に動けないストレスで駄目になる
どうしようもない負の連鎖が続く。
諦め切れずに治療しようとした馬達はほぼ全て悲惨な最期を遂げてるし、こればっかりは難しいわ…
116投稿者:サンエイサンキュー  投稿日:2010年07月21日(水) 10時02分50秒

1991年7月13日、札幌の新馬戦(ダート1000 m)でデビュー(6頭立ての2着)し、翌週の新馬戦(芝1000 m・7月20日)で初勝利を挙げる。さらに3連闘で札幌3歳ステークスに出走するも13着に敗れる。5戦目の函館3歳ステークスでそれまでの徳吉孝士から東信二へ乗り替わり、12番人気ながら2着となる。6戦目のいちょうステークスで2勝目をあげ、阪神3歳牝馬ステークス(現在の阪神ジュベナイルフィリーズ)でニシノフラワーの2着。

明けて4歳(当時表記・現在の3歳)となった1992年も休むことなくレースに出走し、初戦の2月2日のクイーンカップで重賞初制覇を飾る。その後は牡馬クラシックのトライアル弥生賞にも出走したが6着。この後桜花賞では2番人気に推されるが7着。この頃と前後して、億単位の身売り話が出て来たと言われる。田原成貴との新コンビで臨んだ優駿牝馬ではアドラーブルの2着に敗れたが、直線で一旦は先頭に立つなど見せ場を作った。その後、夏期を休養にあてることなく相次いで重賞に出走。7月5日の札幌記念に出走し、古馬を相手に勝利を収める。その後函館記念で8着、サファイヤステークスで優勝、ローズステークス2着、GIエリザベス女王杯5着。加藤和宏騎乗で出走した有馬記念でのレース中(最後の直線)に右トウ骨手根骨複骨折のため競走中止した。

有馬記念におけるサンエイサンキューの骨折は通常であれば予後不良で安楽死させられるほどの重傷であったが、馬主である岩崎喜好の要望により、レース後患部にギプス固定を施す手術を実施し、延命措置が試みられた。一命は取り留めたもののその後競走馬にとって致命的な蹄葉炎(蹄が腐る病気)を発症。4度の手術を施したが結局心臓麻痺のため1994年10月に死亡した。一連の手術に対しては「かえってサンエイサンキューを苦しめた」、「あれだけ過酷な使い方をしておいて今更助けたいなんてオーナーの偽善行為だ」との批判が根強くある。
117投稿者:サンエイサンキュー  投稿日:2010年07月21日(水) 10時03分15秒

過酷なローテーションと故障発症

競走馬としての実績だけでなく、過酷なローテーションで次々と重賞競走に出走した挙句、故障を発症したことでも知られる。佐藤勝美厩舎の調教助手だった菅野年美は、出走が相次いだ原因として馬主の岩崎喜好が資金難に陥っていた可能性、さらにサンエイサンキューのライバルであったニシノフラワーの馬主・西山正行への対抗心から積極的レースに出走させることでサンエイサンキューの名前を売ろうとした思惑を挙げている。

岩崎はエリザベス女王杯に至る過程でサファイアステークスとローズステークスという2つのトライアル競走に出走させる方針だったが、主戦騎手の田原成貴は「ローズステークスは使うべきではない」と反発した。菅野によると彼自身も出走に反対したが、ローズステークスで2着と好走したことが岩崎に「自分の言うことが正しい」と思わせることになったという。

菅野によるとエリザベス女王杯の直前は疲労の蓄積によって体調に変調をきたし、トウ骨に痛みを訴えるようになったという(ちなみにそのことは田原も察知しており、サンエイサンキューの体調に関して歯に衣着せぬ言動をとっていた。そうした発言は田原と馬主および厩舎スタッフとの対立、さらにはいわゆるサンエイサンキュー事件(後述)を引き起こすこととなった)。エリザベス女王杯の後、厩舎は休養を取らせるつもりだったが、岩崎は有馬記念への出走を決断。当時のサンエイサンキューに騎乗するとトウ骨が軋む音が聞こえ、菅野と担当厩務員が「あまりにむごいことをする」と涙するほどであったという。菅野は有馬記念を「何とか無事に回ってきて欲しい」と願ったものの、サンエイサンキューはレース中にトウ骨を骨折。ちなみに岩崎は現在もなお、「競走馬はビジネス」と馬に愛護のない発言を続けている。

サンエイサンキュー事件 [編集]
主戦騎手、田原成貴の発言をめぐって、同騎手とサンケイスポーツとの間で起こったトラブルである。

事件の概要 [編集]
オークス出走後、休養を取ることなく出走を続けていたサンエイサンキューの体調について不満を抱いていた田原はローズステークス出走前から、同馬の体調が思わしくないというコメントを繰り返していた。エリザベス女王杯の調教後もテレビのインタビューで体調は思わしくないとコメントしたが、録画が終了した際に「こんなに悪く言っちゃって、これで勝ったら頭を丸めなきゃなんないな」と発言した。

サンケイスポーツの水戸正晴記者は録画に立ち会っていたテレビディレクターから田原の発言内容を伝え聞き、翌日の同紙1面で「田原2着以上なら坊主頭になる」という見出しでスクープした。見出しからは田原が故意に2着以上になることを放棄するという競馬法に抵触する発言をしたという疑惑が読み取れるため、田原は「八百長の誤解を招く書き方は勘弁して欲しい」と釈明した。同紙はそれを「田原謝罪」という見出しで報道した。

一連のサンケイスポーツの報道姿勢に田原は不信感を抱き、同年の有馬記念では有力馬の一頭、トウカイテイオーに騎乗する予定だった田原はサンケイスポーツの取材を拒否。その理由について「又聞きで書かれ、その上事実を歪められたら、どうしようもない。そういう状況なので取材を受け付られない」と日刊スポーツに手記を掲載した。これについてサンケイスポーツが日刊スポーツ編集部に抗議した。

水戸記者の行動について [編集]
田原が知人の記者に「これで勝ったら…」と発言した時、水戸正晴はその場に居合わせなかった。水戸は田原が公式に行なったマスコミ記者会見に寝坊で遅刻したため、個別にサンエイサンキューの状態を尋ねたところ「見れば分かるだろう」と田原にコメントを拒否された。そこでテレビディレクターから又聞きした発言を「田原2着以上なら坊主頭になる」という見出しで記事にした。

片山記者退社事件 [編集]
当時、サンケイスポーツの競馬記者だった片山良三は文藝春秋の雑誌「Number」でサンエイサンキュー事件に触れ、「赤面するほど恥ずかしい」などと自社批判を展開。それが原因となって片山はサンケイスポーツを解雇された。さらに片山に追随して同社を退職するレース部社員も数人現れ、一連の騒動はフジサンケイグループの体質を焦点にした特集記事が組まれるほどの騒動となった。

「ありゃ馬こりゃ馬」における描写 [編集]
田原は後年、自らが原作を手がけた漫画「競馬狂走伝ありゃ馬こりゃ馬」で、サンエイサンキュー事件を連想させる描写をしている。まず、スクープ記事を作るために主人公の騎手の発言を曲解し、悪意をもって報道する新聞記者(「サンオウスポーツ」の記者で、その名も「水田」)が、さらに事件の伏線となったサンエイサンキューの酷使に関して、賞金を稼がんがために負担の大きなローテーションで競走馬を出走させようとする馬主と厩務員の姿が描かれている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC
118投稿者:サンエイサンキュー  投稿日:2010年07月21日(水) 10時10分38秒

サンエイサンキュー事件

1992年のエリザベス女王杯競走前、田原が自身の騎乗馬サンエイサンキューの状態を危惧した発言を曲解され、サンケイスポーツと対立した事件。この件に関しては田原の発言よりもサンケイスポーツ側の取材姿勢が非難の対象となり、同社の記者であった片山良三が文藝春秋の雑誌「Number」にて自社批判を行い解雇、これに反発したレース部記者数名が一斉退職するなど、フジサンケイグループ全体を巻き込んだ騒動となった。
渦中の馬となったサンエイサンキューは同年の有馬記念で骨折、治療が試みられたが最終的に死亡した。田原は「私の発言よりも、調子の落ちている馬に過酷なローテーションを強いたことにスポットを当てて欲しかった」とサンケイスポーツを批判し[30]、また一部ライターや評論家に対して「無理なローテーションで走らされてるときは何も言えないで、亡くなったらいきなり、愛するサンキューちゃんだの、ガンバリ屋のサンキューだの、あんたらにそんな事言って欲しくないって、きっとサンキューも言ってるよ」と批判した[31]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E5%8E%9F%E6%88%90%E8%B2%B4
119投稿者:サンエイサンキュー  投稿日:2010年07月21日(水) 10時14分03秒

サンエイサンキュー

1989年4月7日北海道に生まれ、1994年10月21日北海道で死す

生涯成績 17戦5勝
獲得賞金 2億5895万5000円
父はダイナサンキュー、母はグロリーサクラ(母の父はシーホーク)の芦毛の牝馬。

こんな殺風景な表現で彼女を表現する人を私は許さない。

彼女以上に頑張りやの馬を私は見たことがないからだ。

出走日   レース名     人気   着順   騎手

1991/7/13 3歳新馬      4    2   徳吉孝士
1991/7/20 3歳新馬      4    1   徳吉孝士
1991/7/28 札幌3歳(G3)    10   13  徳吉孝士
デビューから三連闘!何故、勝利の翌週にG3レースに出す必要があるのか?

1991/8/25 クローバー賞    7    7   徳吉孝士
1991/9/22 函館3歳S      12   2   東信二
1991/10/27 いちょうS     4    1   東信二
1991/12/1  阪神3歳牝馬(G1)  3    2   東信二
1992/2/2 クイーンC(G3)    1    1   東信二
1992/3/8  報知杯弥生賞(G2)  5    6   東信二
1992/4/12 桜花賞(G1)     2    7   東信二
1992/5/24 優駿牝馬(G1)    6    2   田原成貴
1992/7/5  札幌記念(G3)    4    1   田原成貴
1992/8/23 函館記念(G3)    1    8   田原成貴
1992/10/4 サファイヤS(G3)   1    1   田原成貴

この後、体調不良で、田原騎手は、ローズステークスエントリーを反対!

1992/10/25 ローズS(G2)    3    2   田原成貴

馬に負担をかけずに直線だけで2着になったことで、馬主が「まだまだ使える」と判断してしまったといわれる。

しかしこの後、サンキューは、さかんにトウ骨の痛みを訴え、田原は、サンキューの不調をところかまわずアピール。休ませろ、と。

1992/11/15 エリザベス女王杯(G1) 4   5   田原成貴
120投稿者:サンエイサンキュー  投稿日:2010年07月21日(水) 10時14分35秒

ここで休ませるはずだった。
当時は、サンキューにまたがると、トウ骨が軋む音が聞こえたほどであったにもかかわらず、最終的には有馬記念に向かうことに。
田原は我慢の限界を超え、「こんな状態でG1に出して勝とうなんてことがあれば坊主になる。」と宣言。馬主の怒りをかい、乗り代わりに。。。

1992/12/27 有馬記念(G1)    13   競走中止  加藤和宏

映像を見ると、直線でスタンドから響く悲鳴はサンキューの競走中止によるもの。

右トウ骨手根骨複骨折

そう、乗り運動の時に、ジョッキーや調教助手が聞いていた軋む音がしたトウ骨が砕けたのだ。


これだけで終わらなかった彼女の頑張り。
彼女は、この後、1994年10月まで、実に二年近く、生きた。

その姿を皆さんの記憶にしっかりととどめてほしい。
121投稿者:サンエイサンキュー  投稿日:2010年07月21日(水) 10時16分04秒

「あらぁ、お見舞いに来てくれたの〜。サンキュー、嬉しいよ!」

予後不良の骨折を、馬主の売名行為からギブスによる延命措置がとられた。
無邪気に笑顔を見せるサンキューの足の曲がり具合を見てほしい。


その後、故郷の牧場に戻って横たわるサンキュー。
この頃、もちろん自力では寝返りも打てないため、パートのおばさんたちが、よっこらしょー、と向きを変えてあげていたそうだ。



骨折すると、馬は、健康な足3本で負重をうけることなる。
前足二本で体重の55%以上を支えていると言われるため、前足の骨折は、とりわけ深刻だ。

仮に体重が500キロ、前足過重が60%とすると、
健康な前足一本に常に300kgの過重を受けることになる。
実際には、ギブスをつけた脚でも支えることになると、両前足とも危険にさらされるのが、蹄葉炎。

これを克服する?つもりがあったかどうかは不明だが、馬主は、4度も手術を繰り返した。


最後の手術の理由は、「来シーズンから繁殖に使う」であったと私は記憶している。

「足が曲がっていると、男馬が乗れない、繁殖に支障をきたす。足をまっすぐにしたい。」


そういう記事を読んだ記憶があるし、実際に、この頃、サンキューを追って、牧場取材をしていた方は、「故郷の牧場に<サンキューグッズ販売店>を作ろうとしていた」と憤慨していた。

そのような馬主にあいそをつかしたサンキューは、度重なる手術からくる負担に耐えられなくなり、自らの心臓を破裂させることで、決別をしたのだろう。


サンキューの瞳を見て欲しい。
誰かを恨んでいる瞳だろうか?

サンキューの後ろ姿を見て欲しい。
何かをのろっているだろうか?

122投稿者:サンエイサンキュー  投稿日:2010年07月21日(水) 10時16分25秒

彼女は、最後まで人を信じ、人のために頑張り続けた。


きっと彼女の最後の言葉は、「もういいよ。終わりにしよう。」だったのだろうと思う。


私が、スピをひきとって生かそう、と思った背景には、多くの馬達の死がある。
サンキューのように、公衆に知られる死もあれば、人知れず闇に流された初代愛馬のような死もある。
彼らの屍の上に立つ、一握りのエリートの馬達が競馬界を支えている。

屍となった馬達にもっと敬意を払うべきだし、
さらに言えば、今後もサンキューのようなケースがあったならば、
トウ骨がきしむような馬をレースに出すべきではないし、
そういった体調不良の馬を出走させてしまう、いい加減な馬体検査を見直すべきだ。

死なずにすむ命が多数あったはずなのに、と悔しくてならない。
http://blogs.yahoo.co.jp/meiner_supremo/40130942.html
123投稿者:777  投稿日:2010年10月04日(月) 09時47分36秒

2010 凱旋門賞
http://www.youtube.com/watch?v=U3ORpeIGk3k
124投稿者:777  投稿日:2010年10月10日(日) 13時27分24秒


凱旋門賞 2010 【良質完全版】ナカヤマフェスタ ヴィクトワールピサ
http://www.youtube.com/watch?v=pigYRdsNnT4&feature=related
125投稿者:削除跡 投稿日:時空の歪
126投稿者:777  投稿日:2011年04月02日(土) 09時56分04秒

831 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2011/03/26(土) 12:42:02.31 ID:0Tehecw1O
内臓疾患で早世という馬は薬物使用馬だろ
実働3年で供用3年目に死亡とか…
99%くらいじゃねえの?
127投稿者:5  投稿日:2011年06月21日(火) 00時34分13秒


41 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2011/06/21(火) 00:13:42.30 ID:JqIxIXQ60

サイレンススズカの走りは芸術だからね。

他の馬と同じ尺度で評価する事自体が間違いなんだ。


42 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2011/06/21(火) 00:15:48.16 ID:w3pCCU5sO
>>20
いや、追ってない追ってない(汗)
まあ追ってても交わされてたと思うけど


43 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2011/06/21(火) 00:16:19.00 ID:JqIxIXQ60

サイレンススズカ 1頭だけ他の馬と次元が違うんだ:

逃げ馬たち
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=WDRhe4yKBlw&feature=related



44 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2011/06/21(火) 00:31:30.13 ID:JqIxIXQ60


サイレンススズカの評価はフィギュア・スケートの評価と同じ様にするのが正しいかな:

irina slutskaya March 2006, Moscow, Evgeny Pluschenko & Edvin Marton Ice Show
http://www.youtube.com/watch?v=FCCHS5oABus

128投稿者:4  投稿日:2011年06月21日(火) 20時54分38秒


107:名無しさん@実況で競馬板アウト:2011/06/17(金) 14:02:14.23 ID:3s/5lTfM0
ブルボンが逃げていたのは、逃げを選択することにより、当時サークルを揺るがしていた
エージェント問題に一石を投じる意味を持っていたからな

戸山はエージェントを危険とみなしていたから、馬群の中でレースを進めることを
著しい不利としていたため、ブルボン以外の馬にも基本的に逃げか追い込みを指示した

サイレンススズカの逃げは、航空ショーとかの「芸」「舞」の部類であり
芸術品であって武器ではない

ブルボンの逃げは「来るか?ならば貴様ら徒党を組んでるとバレるぞ」という特攻の逃げ

エージェントは「逃げないのもヤオと言われるし・・・」というボーガンを用意せざるをえなかった
http://2chnull.info/r/keiba/1308125546/101-200
129投稿者:削除跡 投稿日:時空の歪
130投稿者:6  投稿日:2011年06月26日(日) 23時38分30秒

75 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2005/09/12(月) 13:00:19 ID:ld40YXDh0
エルコンドルパサー関係者談

Q,凱旋門賞は惜しくも2着でした。
A、「モンジュー?あの馬よりはるかに強い馬を知っていますよ。
   サイレンススズカです。あの馬にはいくら追いかけても追いつかないんですよ。

   圧倒的でしたね。存在そのものが。おそらく世界最強馬でしょうね。ええ。」
http://mimizun.com/log/2ch/keiba/1126412243
131投稿者:削除跡 投稿日:時空の歪
132投稿者:2  投稿日:2011年10月01日(土) 23時40分47秒
9 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2011/09/30(金) 20:05:35.99 ID:fOYcFii70
デムーロはイタリアの方がギャンブル色が強いって言ってたけど
日本みたいに個々の馬のファンはあんまりいないって


10 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2011/09/30(金) 20:10:27.95 ID:h1BdBoxNO
>>9
騎手から見たらそうだろうな
ペリエなんかも日本は街歩いてるだけで顔指してチヤホヤされる、海外ではあり得ないって言ってたし
133投稿者:名無しのリーク  投稿日:2016年11月19日(土) 17時19分27秒
香川県ルー餃子のフジフーヅはバイトにパワハラの末指切断の重傷を負わせた犯罪企業
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