溝口健二は本当に世紀の名匠か? [映画]
1投稿者:777  投稿日:2009年03月20日(金) 03時16分49秒

雨月物語

●1953年/日本/大映
●監督● 溝口健二
●脚本● 川口松太郎、依田義賢
●原作● 上田秋成
●音楽● 早坂文雄
●撮影● 宮川一夫

京マチ子(若狭)、森雅之(源十郎)、田中絹代(宮木)、水戸光子(阿浜)、小沢栄(藤兵衛)、毛利菊枝(右近)
http://www.amazon.co.jp/%E9%9B%A8%E6%9C%88%E7%89%A9%E8%AA%9E-DVD-%E6%BA%9D%E5%8F%A3%E5%81%A5%E4%BA%8C/dp/B000VRRD34
2投稿者:777  投稿日:2009年03月20日(金) 03時24分35秒

雨月物語

http://www.youtube.com/watch?v=GbZff17UCg8&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=0
http://www.youtube.com/watch?v=ncCTAuh_voU&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=1
http://www.youtube.com/watch?v=nXzb8tLaNgM&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=2

http://www.youtube.com/watch?v=L8wgawni0mc&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&playnext=1&playnext_from=PL&index=3
http://www.youtube.com/watch?v=Q_49cz25NoY&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=4
http://www.youtube.com/watch?v=97mznXilLHg&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=5

http://www.youtube.com/watch?v=7QP2X7Ozntk&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=6
http://www.youtube.com/watch?v=7NArhv9vHV8&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=7
http://www.youtube.com/watch?v=-f0G6bSF_bE&feature=PlayList&p=4301D7B1533D2C23&index=8

3投稿者:777  投稿日:2009年03月20日(金) 03時25分55秒

'08年2月25日は、日本映画を代表する名キャメラマン宮川一夫の生誕100周年記念日。

歴史に残るそうそうたる名作群を支えた映像の名手だが、最大の代表作といえば

溝口健二監督の 『雨月物語』 ('53大映)に尽きる。

怪奇幻想物語の古典を題材にしたモノクロの映像美は、日本映画のひとつの頂点だ。


戦国の世、それぞれの欲望に翻弄される2組の夫婦の物語…。


とくに主人公(森雅之)が謎の美女(京マチ子)に溺れていく「朽木屋敷」の場は、

どこをとっても幻想美の極み。

ひと部屋ひと部屋 灯かりがくべられていく奥行きのある照明の演出、

どこかモダンな市松模様のふすまや、錦糸の1本1本まで映えようかという きらびやかな衣装、

そしてそして、ふたりが戯れる外庭の超俗とした空気感! (写真)


それは「伝統的な和」の美というより、国内外の最新技術を貪欲に取り入れた映画職人たちの

ほとばしる才気のフィルターを通した「進化する和」の美。

(日本的というなら、もっと俗気たっぷりのチャンバラ劇や人情現代劇のほうがふさわしい)

照明 岡本健一、美術 伊藤熹朔、衣装 甲斐庄楠音、そして撮影 宮川一夫…、

鬼才・名匠たちによる「ほんもの」の技だ。

4投稿者:777  投稿日:2009年03月20日(金) 03時27分13秒

もうひとつの名場面「霧の琵琶湖」での、深い霧の中から小舟が浮き上がるように現れる瞬間は、

えもいわれぬ幽玄の魔術に言葉を失ってしまう。

http://blogs.yahoo.co.jp/nacchann0904/53751468.html
5投稿者:777  投稿日:2009年03月20日(金) 03時29分16秒

『雨月物語』(1953) 
光と影の織り成す死の物語。溝口健二監督の代表作

黒澤監督が『羅生門』によってベネチア映画祭の金獅子賞を取った翌年に、同じ大映から製作された溝口健二監督の3年連続ベネチア映画祭受賞作品となったうちの一本です(1952年の『西鶴一代女』の監督賞、1953年の『雨月物語』、1954年の『山椒大夫』での銀獅子賞)。

 次の『近松物語』も素晴らしい出来栄えですが、出品した時に当時の大映の社長の永田雅一がフランス語をバカにする発言をヨーロッパでしてしまうという失態のために4年連続はありませんでした。

 それはさておき、この作品は『羅生門』との類似性がとても多く見られる作品でもあります。製作責任は永田氏、会社は大映、音楽は早坂文雄さん、撮影は宮川一夫さん、出演は京マチコさん、森雅之さんなどなど。設定を少し変えれば続編としても繋がるのではないかと思うほどです。

 内容はいわゆる怪談物であるためにとても暗く、陰惨としていて身の毛がよだつような描写も多々あるのですが、嫌味が無く大変美しい作品に仕上がっているのです。恐い話なのです。寒くなる話なのです。

 でも圧倒的な美しさが我々見るものを包み込んでくれます。ここでいう美しさとは単純なそれではなく、「構図」と「撮影技術」の卓越からくる美しさです。それは照明であり、音楽であり、演技であり、映画の要素が一体となって生み出すアンサンブルの美しさです。

 真剣に良いもの、より良いもの、そして最高のものを作ろう、世に出そうとする意気込みの素晴らしさ。


6投稿者:777  投稿日:2009年03月20日(金) 03時29分40秒

特に素晴らしいシーンをいくつか。先ずは舞台となる長浜の武家屋敷でのワン・シーン。夜が近づき、屋敷の侍女たちが通路や部屋に明かりを灯していくところ。ホラー映画が陳腐に感じる恐ろしさと妖艶さが一体となっている素晴らしいシーンです。

 画面から「死」の匂いが漂います。ここでの宮川カメラマンは一世一代のカメラを見せてくれています。この作品の7割以上のシーンはクレーン撮影などに代表される移動撮影で撮られています。

 宮川さんと溝口監督の狙いは怪談物なので、この世のものとは思えない不安感を出したいというものだったようですが、見事にそれ以上の不安感と病的な躍動感を生み出しています。撮影の凄みを味わえる貴重な作品です。

 ワン・カット、ワン・カットで一時停止をして「写真」の美しさ、それも構図と色調の美しさを堪能して欲しい。止まった「写真」からでも溝口監督の撮りたかった人間の持つどうしようもない「情念」や「貪欲」、そして「業の深さ」が伝わってきます。

 もうひとつの素晴らしいシーンは屋敷での宴会シーンです。京マチコさんが舞うシーンでは彼女自身の美しさはもとより、音楽が映像を盛りたてていて、映画の基本の「音」、「映像」、「物語」のうちの「音」と「映像」の融合の妙を聴く事ができます。

 最初は美しく妖艶な雅楽の調べだったものが、地響きを思わせる亡き父の地獄からの呼び声に代わる時、緊張感が最高になり、しばらくドキドキしました。早坂さんは黒澤監督作品だけでなく、溝口監督作品でも引っ張り蛸で両巨匠に才能を搾り取られたためか、早世されました。
7投稿者:777  投稿日:2009年03月20日(金) 03時31分08秒

ここでの地獄の歌はこの作品の中の恐ろしいシーンのなかでも一二を争う恐さです。音が映画に占める影響の大きさを感じられます。

 色調の美しさならば、森さんと京さんが裸で湯浴みするシーンの妖しい美しさ。むせ返るような女のにおいが画面から伝わります。エロティシズムとはこういうことです。

 溝口監督の偉大さを日本人全てに味わってほしい。彼の作品はスペクタクルです。一大絵巻なのです。監督本人も映画は最初から最後まで見たときに一巻の「絵巻物」でなければならないと宮川さんに口酸っぱく言われていたそうです。

 味わってはじめて良さが分かるもの、それが溝口作品です。人物を突き放し、冷淡に薄情に、救われることの一切無い厳しい作品を作る溝口監督。しかし根底には人間への悲しみと愛おしさが確かにあります。

 前述した50年代の3本とこの作品、それに『祇園囃子』、『お遊さま』、『折鶴お千』などは見て欲しい作品群です。
http://yojimbonoyoieiga.at.webry.info/200510/article_13.html
8投稿者:777  投稿日:2009年03月20日(金) 03時35分20秒

源十郎と若狭の出会いからお化けの正体となって消えるまでに、京マチ子のメイキャップは3度変わっています。

参考にしたのは、金剛流能面です。今手元に能面の写真集は持っていませんが、最初は孫次郎と呼ばれる少女の能面であったことを覚えています。

 B琵琶湖の芒ヶ原のロケーションの後、オープンセットに繋がるのですが、そのオープンセットは直接セットの入り口へ繋がっているのです。ロケーションの後、朽木屋敷に繋がるのですが、まずセットの前に庭の木戸の入口があってオープンセットの庭関係は直接朽木屋敷のセット内の玄関へと繋がっているのです。

 Cロケーションの配光からオープンセットのやや夕景のライテングそれからセットへ繋がる。そのライテングは非常に難しいものです。照明技師の岡本健一さんと撮影の宮川一夫さんだからこそリアルな映像として撮影出来たのでしょう。

D芒野ロケーションから朽木屋敷の裏木戸がバタン、バタンと揺れています。そのバタン、バタン屋は私が担当していました。

E塀に源十郎と若狭と老婆右近の3人の影が塀に流れてセット荒れ庭の入口に入ります。

Fキャメラ位置は必ず溝口先生が指定されました。その後、ちょっと俯瞰やローとかのキャメラ操作の変化は宮川さんまかせでした。全部宮川さんまかせというのは間違いです。確かに宮川さんの芝居のつかみ方が上手でありましたから、先生からの余計な注文は少なかったというのが真実です。撮影はキャメラマン任せで芝居をつけるだけなら映画監督は要らないでしょう。そんなのは芝居だけの演出なら舞台監督で結構です。映画監督は要りません。

G角川ヘラルド映画制作、「溝口健二没後50年特別ディスク時代を超える溝口健二」の中で田中徳三氏は「溝口監督はカメラを覗かず、芝居だけを見ていた。カメラは、宮川さん任せであった。」と述べていますがそれは間違いです。キャメラの真横についたファインダーの後にはどのスナップスチールを見ても溝口先生の目が光っている姿が映っているはずです。小津安二郎監督のようにカメラマンを押しのけて直接レンズを覗く監督ではなかったのです。カメラマンのように直接レンズから被写体を見ていないのですが、キャメラの横に付いているファインダーから同じ映像を見ておられるのです。

9投稿者:777  投稿日:2009年03月20日(金) 03時38分38秒

 セットの天井には、大型ライトを置く台とそれを運ぶ通路が走っています。それを“ガッショ”(どんな字を書くか解りません)と呼んでいました。祇園囃子の大ラストの撮影の頃溝口先生は“ガッショ”の上まで上られたのです。それは、カメラの位置を視る為です。“ガッショ”の上まであがられた監督を私は他に知りません。キャメラ位置を宮川さんまかせと言うのは間違いです。キャメラ操作は宮川さんの仕事です。
チーフ助監督には、スケジュール主体の制作部的助監督と現場主体の助監督の2種に分かれます。制作部主体も大切なのですが、田中徳三さんは制作部主体で現場へ出られる事は少なかったのでしょう。余談ですが、黒澤監督は、助監督時代制作スケジュールも現場関係も両方に素晴らしい方だったと監督新人協会(助監督の会)で聞きました。


12.<芒の庭の宴> スチール14

@寝室から岩風呂の終わり迄のシーンは観客の想像を期待してのカット割りになっています。直接的な表現を避けて観客の思考に委ねるのは自信と勇気と決断が要ります。観客の知性を信頼するからこそ出来るものです。

A岩風呂から芒が原の宴へのつなぎは、江戸中期の画家、尾形光琳の代表作「紅梅白梅図屏風」の感じです。この屏風は男女の睦み合った姿を秘めています。溝口監督より「その感じで撮って下さい。」と言われ私が美術全集を持って、宮川さんに届けました。紅梅白梅の絵を入れる


10投稿者:777  投稿日:2009年03月20日(金) 03時41分08秒

17.<さまよう想い> スチール 19

@源十郎の身体の魔除けの凡字は甲斐庄楠音先生が書かれました。「もう一つだねー」と言いながら甲斐庄先生は首をかしげられていました。私、宮嶋が「先生…キララは…キララはどうでしょう…」「アッ そうだ!」と甲斐荘先生が言われました。

   “きらら”というのは、浮世絵の大首やらフルサイズの人物の背景に振る雲母粒のことです。この凡字がキラキラと光って神秘的な感じを出しているのは浮世絵版画からの発想です。

A 源十郎が朽木屋敷の縁側から庭へ転げ落ちる場面は、3回テストが行われました。2度のテストで3回目にオッケイとなりました。キャメラ位置は俯瞰です。先生はキャメラの横におられます。私は丁度芝居をしている森さんに近い位置に身を隠していました。3回目の本番の時森さんは縁側から敷石に転げ落ちた時“ごつん”と大きな音がしました。本番が済みOKになると、すぐ森さんの処へ駆け寄りました。

    森さんの頭に手をあて「森さん大きな音がしたし頭にコブができていまっせ」といって擦りました。森さんは「一生懸命になっていると何も自分では感じなかった。この監督さんは大変な大物ですよ。八ちゃんがんばりな」と言ってくれました。

    雨月物語までに吉村公三郎監督の組みで森さんとは2度ばかり一緒の仕事にかかわりましたのでよく知っています。森さんに教わった重大な芝居の事があります。

   「普通映画ではロングとか寄りとかクローズアップとかサイズを変えて観客の思いを引っ張り回すけれども、舞台のように客観ポジションだけでも舞台役者は芝居によってアップの手元足元バストのサイズ目元まで芝居によって観客の視線と意識を集めることが出来る。」と教わりました。溝口先生のロング演出を思い浮かべて下さい。


18.源十郎の帰宅

@源十郎が腑抜けのようになって自宅へ帰って来て、宮木の雰囲気とその見えない影に呼ばれて、家を廻るのです。又入って来た時、食事と夕餉の明かりをつけて鍋をかけ、生活のよそおいを作る仕事は助監督の仕事です。

    小道具係は助監督や美術部からの注文で道具は調えますが、それを設定して動くのは助監督の仕事です。芝居に関係するものですから、よその部は関係しないのです。その設定は友枝金次郎と私宮嶋がしました。

    ここの場面について田中絹代さんが後日語っておられた事を聞いたことがあります。「OKが出て森さんがホッとして近くのスタッフよりタバコを貰って口につけました。溝口先生は『御苦労さまでした。』と大満足な様子で森さんのくわえタバコに自分のライターで火をつけられました。」と絹代さんの話。その時のたばこは私が森さんに差し上げたタバコです。
http://tsune.air-nifty.com/miyajima/2007/06/post_2613.html
11投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 14時37分33秒

外国では溝口作品中もっとも有名で、しばしば、世界映画史上のベストテンといった催しに入選している。“東洋の神秘”を代表する傑作、というわけである。一種の怪談であるが、たしかに、こういう高雅なロマンチシズムの香りをただよわせる怪奇映画は日本の特産と言っていいであろう。

京マチ子の若狭の情熱と、田中絹代の宮木のエレガントな気高さと、二人それぞれの美しい死霊の魅惑はたぐい稀なものである。前者は、朽木屋敷と呼ばれる幽霊屋敷全体のあやしい光線のなかで激しく輝き、後者は、簡素な田舎家の夜の灯の中の、ひっそりとした身のこなしで、見る者を不思議な静けさのなかに引き込んでゆく。伊藤熹朔の美術と早坂文雄の音楽はともに能から多くの要素を取り入れて巧みにこなしており、宮川一夫のカメラがまた神秘的である。日本的幽玄美ここにあり。


黒沢の『生きる』と共に国際的評価の最も高い日本映画の一本。上田秋成の古典怪奇小説集『雨月物語』とモーパッサンの『勲章』をヒントに川口松太郎が翻案したストーリーを基に、溝口健二は日本的情趣に溢れた幽玄の世界を創造した。

そして宮川一夫のカメラワークが素晴らしい。琵琶湖を血だらけの船頭を乗せた小舟が漂っている場面や、死霊若狭の朽木屋敷のシーンでは、深い霧が絶大な効果を上げている。能の動きや表情を取り入れた京マチ子の演技も印象的である。
http://nihon.eigajiten.com/ugetu.htm
12投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 20時46分59秒

日本の一流の古典作品と幽霊は切っても切り離せない深い関係を結んでおり、源氏物語から能、雨月物語に至るまで亡霊は無くてはならない重要なモチーフだからです。これはもう伝統だと言い切るべきで、日本の芸術に亡霊は欠かせない。こうやって開き直ると、日本の夏の「怪談話」という習慣も宗教行事に見えてくるから不思議なものです。まぁこの習慣が「お盆」と関係ないわけがありませんから、実際に宗教行事なのでしょう。

 しかし私が注目するのは、日本の夏が梅雨に始まり、「お盆」という祖霊が現世に戻る時期を頂点している点です。これは「雨月物語」と完全に一致する構成であり、雨=水が異界と現世の橋渡しをする構造を示します。水と異界との関係は非常に緊密なものがあるようです.
13投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 20時47分43秒

かつて宗教は現世と異界を統合していたのであり、その意味では神を否定する仏教といえども例外ではありません。とりわけ密教系の宗派では異形の怪物が仏法の守護として活躍しますし、チベット曼荼羅に描かれている仏神達は正確には「仏」ではないのかもしれません。むしろ「自然神」とでも形容すべき何かのように思われます。そして「自然」こそ、あまりにも使い古され汚れきった言葉ではありますが、東洋における「自然」とは一種の怪物、聖なる怪物だったと思われるのです。そして我々は「極楽」というイデオロギーで構築された彼岸よりもこの怪物を愛し続けてきたのだと思われてなりません。少なくとも芸術の中では、イデオロギーはこの怪物を駆逐できなかったようです。

 古代信仰で「自然」はモノ、すなわちモノノケであったり荒ぶる神と言われたりしましたが、仏教伝来以来モノはヒトの心の奥底に潜む事となったようです。そもそもモノもタマの一種である以上、人魂が物の怪になるのに時間はかからなかったと思われます。したがって祟り神とは恐らく悲劇的魂の奥底に隠されたモノノケの現前であり、モノ=カミとしての真実を宿していると信じられたと思われます。これは正確にはルサンチマン(怨恨)とは異質な次元の問題で、むしろ不当に処分されたカミ、すなわち真理の再来だと言ったほうがいい。ですから聖徳太子や菅原道真・柿本人麻呂といった有名な祟り神は同時に真理の所有者でもあるわけです。

 その意味で、中世日本の最大のモノノケの所有者は女だったと言っていいでしょう。源氏物語以来、日本に於いて女の情念は芸術にまで高められましたが、世阿弥・観阿弥による能楽はそれを美学として定着させました。そして、能だからこそそれが可能だったとも言えます。
何故なら能楽がもともと猿(申)楽と称されたことから推測すれば、猿女=アメノウズメに始まる芸能だと考えられるからです。
14投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 20時50分36秒

したがって、能の舞が円運動を基本としたものであり、正方形の舞台の上を円を描くように動くのは偶然ではありません。それはタマの象徴であり、縄文から古墳時代まで繰り返し描かれてきた「円」のモチーフの継承だったはずです。同じ象徴を我々は相撲にも見つける事ができますが、相撲の起源がアメノタジカラオにあるとするなら、ウズメと同様天の石屋戸神話に関係する儀式と考えていいでしょう。

 天の石屋戸神話とはアマテラスがスサノオによって象徴的に殺され、復活する神話です。いわば海神にして水神スサノオが天に昇ることで高天原に常夜、すなわち常なる夜が訪れたわけです。そしてこの永遠の夜に終止符を打つのが能の始祖たるウズメです。すなわち、女神アマテラスを死の闇から召喚させたことになるわけです。したがって能楽がかつて「翁」+五番立てで上演されていたのは意味の無いことではなかったはずです。それは厳密な宗教儀式だったのであり、初番目の「神」から始まり五番目の「鬼」に至るまで異界の亡者や怪物が象徴的に召喚されるわけです。そして、円運動の舞の魔術はその祟り神達との和解を約束したのかもしれません。
 
つまり、日本における怪異の中心軸は恐怖にあるわけではなく、むしろ隠蔽された真理と不知の悲劇の現前にあると見なくてはならないのかもしれません。その意味で言えば「雨月物語」の雨月は異界の涙だと見なくてはならない。そして、上田秋成の意向とはまさにそこにあったと言っていいでしょう。「邪淫の性」「吉備津の釜」などの女の物の怪は愛欲と執念の化身などではまったくありません。生身の女を物の怪として見ているのは社会の通念の方であり、生の女の魂を徹底的に抑圧した結果、「怪異」という幻想が生み出されるのです。雨月物語のこういった社会批判的側面を育てたのは怪談の伝道者にして江戸文化の中軸たる話芸、「噺家」の反骨精神の影響があったのかもしれませんが、明治以降に展開される文学の方向を考えてみると、秋成は明らかに「自己と社会」という問題に突き当たっていたと考えられるのです。

 尤も、こういった文学論としての「読み」からは、自意識の拡大という主題しか見えてこないということもできます。異界を主題とする以上、やはり問題は常夜たる「闇」に向けられるべきなのかもしれません。とすれば、雨月の時から開示される「闇」の真相に対して、江戸期の日本人でさえ無能をさらす結果となったということになります。まして現代の我々なら輪をかけて無能だろうと考えるのがスジでしょう。実際、我々は「闇」に包まれて存在していることすら認めようとしないぐらいなのですから。
15投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 20時59分24秒

欧米化された現代日本が所有する「闇」とはいったいどういった類のものなのでしょう。個人的な闇から社会の闇まで、かつての時代に優るとも劣らない様々な闇が存在するように思われます。しかし、我々は「闇」の扱いを忘れたらしい。馬鹿の一つ覚えのように「分析」することしか知らない。闇の払拭など、愚かな野望だと知るべきです。何故なら、仏教に随えば人間は「無明」を生きる存在だからです。ここが何処で、自分が誰かを知る事も無く生まれかつ死んでいくのです。だからこそ、異界との接触が必要とされるのです。この世こそが闇であり、彼岸からの視線だけがこの闇を照らすことができるのです。

 ですから、現代日本の頭痛の種になっている少年犯罪や少女売春に対して、少年少女の心の闇を分析することで駆逐できると考えているとしたら大きな間違いだと言っていいでしょう。そこには大人のする愚かな行為ほど子供は簡単にやってのけるという、非常に単純な理由しかない。しかし、真実の「闇」がそこにあるのも事実です。それはつまり現代日本のモノノケの最大の所有者が、女ではなく子供だという意味です。

問題になるのは、したがって年齢ではなく、人間全体の本性です。殺人や売春という最も汚らわしい、しかし同時に最も魅力的な愚行の衝動をいかにすれば除去することができるのでしょうか。あるいは匿名のいやがらせや集団リンチという卑劣な、しかし快楽を伴う犯罪を断固として禁じる手立てがあるのでしょうか。答えは疑いなくNOのはずです。何故ならそれらは人類が歴史的に繰り返してきた悪行だからです。だからこそ被害者は亡者となっても語らねばならないし、我々はその語りを聞かねばならない。

 雨月とは闇の水です。そもそも透明な水が漆黒の闇を吸い込むとき、魔物が現れるのです。しかし、水は同時に鏡でもあることを忘れてはいけません。魔物とは我々の反転像に過ぎないのです。常世では時間が過去へと遡行するごとく、常夜にあっては現世の弱者・被害者が、疎外され捨て去られたモノ達が猛威を振るうのです。全ての世界宗教の悪魔は、もともと古代の自然神だったことを思い起こしましょう。魔界とはいわば老子のいう「道」に最も近いのであり、やはり常夜は常世でもあるわけです。そして実際の蛮行の全ては、我々人類の手になることを忘れてはなりません。

だとすると、本当の魔物とは現世の我々だということになります。これは大いに可能な仮説のように思われるのですが・・・。
http://www.geocities.jp/kenichi_fr/sub3.htmetud19.htm
16投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 21時19分58秒

溝口健二の最高傑作は、西鶴一代女・雨月物語・近松物語という意見が多い。溝口監督は、落ちた人間を描くのが非常に上手で、しかも映像の美しさは見る者をうならせる。私が思うに、落ちた人間を描く点では西鶴一代女がベスト、映像の美しさでは雨月物語がベスト、脚本の見事さでは近松物語がベスト、である。

西鶴は大映作品ではないので、有名な撮影監督の宮川さんとは組んでいないが、他の二つでは組んでいる。だから雨月と近松の映像は特に美しい(宮川カメラマンは羅生門で黒澤監督と組んでいる)。特にゴダールも言うように雨月の映像は美しいのである。

さらに、戦争により名誉欲や金銭欲をかきたてられた人間が、欲望に翻弄されるストーリーも心をうつ。

最後に、この作品はお能のように霊的な世界が重要かつ美しい映像としていくつか出てくるが、ここに日本の精神文化が凝縮されていて、それが海外で評価される所以であろうと思う。

http://www.amazon.co.jp/%E9%9B%A8%E6%9C%88%E7%89%A9%E8%AA%9E-VHS-%E6%BA%9D%E5%8F%A3%E5%81%A5%E4%BA%8C/dp/B00005GEAW
17投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 21時35分47秒

溝口映画「雨月物語」は監督本人も「能ですよ。能のこころ、能のフォルムをやったんだが,まあ見て下さいよ.」

と言うように、能の影響が顕著で、特に若狭役・京マチ子のメーク・アップは能面を模しており、歩く姿勢や動作も能の演技を模倣している。若狭が仕舞を舞うシーンや小鼓を打っシーンも能生の演技を模倣している.

若狭が仕舞を舞うシーンや小鼓を打っシーンもあり、背景音楽として能の克qや謡がしばしば使われている。また、朽木屋倣の長い廊下と端にある部屋が橋がかりと能舞台の形式を連想させる.

http://books.google.co.jp/books?id=lREjla-F-5wC&pg=RA2-PA262&lpg=RA2-PA262&dq=%E8%8B%A5%E7%8B%AD%E5%BD%B9%E3%83%BB%E4%BA%AC%E3%83%9E%E3%83%81%E5%AD%90%E3%81%AE%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%81%AF&source=bl&ots=QePKTAzy_m&sig=QjRrIcO0fRumE59f5ezmQITf81w&hl=ja&ei=B9_ESdiGBcqBkQWLyb3DDA&sa=X&oi=book_result&resnum=1&ct=result
18投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 21時47分12秒

匂い立つ幽玄の美

これは溝口監督が、上田秋成『雨月物語』の中の「浅茅が宿」「蛇性の婬」から題材を得て、映画化した作品である。戦国時代を舞台にした、二組の貧しい夫婦とこの世には亡い一族の姫との、幻想的な物語である。

 ゴダール(フランスの映画監督)は、「好きな監督を3人挙げるとしたら?」と尋ねられ、「ミゾグチ、ミゾグチ、ミゾグチ。」と答えたという。世界のゴダールいわく、「UGETSUなどを観ていると、その映像の美しさに、5分で涙が出てくる」。ヨーロッパの映画ファンには、クロサワよりミゾグチの方が人気が高いだろう。『雨月物語』は、1953年に、ヴェネチア映画祭で銀獅子賞を受賞している。

 ゴダールが言うように、この映画が与える衝撃は、戦慄するほどの映像の美しさである。しかも最後まで映画の糸が切れず、緊張感が張り詰める。白黒映画なのに、白と黒のグラデーションに、絢爛たる色彩が浮かびあがる。陰翳が織りなす、幽玄の世界である。時に画面をつよく斜めに横切る線は、向こう側の世界へ渡っていくようだ。静と動のつりあいも完璧で、激しさと静かさが共存している。

欲望と戦乱に翻弄される愚かな人間を描いているが、説教臭は一切ない。判断も解釈も下さず、ただ見ること・見せることに徹底している。溝口の妥協を許さない姿勢が感じられるが、描き方は淡々として、過剰な部分はない。このような時代物、死霊物の映画が、作り物の印象を与えないのは、王朝時代から中世・近世にかけて培われた美的感性や精神文化が、核にあるからだ。能の影響も大きい。この映画は、日本文化の幹からにじみ出る無常観と様式美を、非現実的、幻想的な空間に溶け込ませており、そこに普遍的な美が匂い立っている。日本古典の文化テクストとして、ぜひ一度観てほしい。
http://www.waseda.jp/student/weekly/contents/2008b/1169/169g.html
19投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 21時57分04秒

映画「雨月物語」が素晴らしい作品でありえたのは、もつぱら、源十郎と二人の女の幽霊の出会いを描いたいくつかの場面が絶品であることによつている。若狭を演じた京マチ子の、たぐい稀れな妖しいエロティシズムと、彼女が出現する朽木屋敷の描写の神秘的な美しさ。宮木を演じた日中絹代の、妻というよりはむしろ母としてのかぎりないやさしさ。この二人の女の幽霊は、満日が生涯に描いた数多くの女たちの中でもとくに魅力的な女性像である。

幽霊は日本の伝統演濠1のもっとも重要な主題のひとつである。とくに能では、その傑作の多くが、幽霊が現世の旅人に出会って、自分の生と死を恨みをこめて物語る、という形式で書かれている。溝日は日本の映画監督たちのなかでは伝統演濠」をもつともよく研究していた人物であったから、幽霊をとりあげるということは、伝統演劇の主題と形式を映画にとり入れるということであつたと思われる。
20投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 21時59分38秒

実際、「雨月物語」の魅力の多くの部分は能の影響によるものである。

若狭が座敷で、仕舞を舞いはじめると、座敷の一方に飾られていた鎧が謡曲を唄いはじめる。あの世から響いてくる死者の声である。これで朽木屋敷は完全に能の舞台を思わせる世界になる。それは、死者が出現することによつて恐怖に充たされた世界であると同時に、なんともいえない優美さと、あわれさとを含んだ世界である。

成仏できずに現世に迷い出てくる死者を、恐ろしい存在と見る以上に、むしろ、あわれと見るところに、西洋や中国の幽霊物語とは違う日本の幽霊物語の特異性があり、それをもつとも良く表現しているのは能である。能の表現についてよくいわれる 「幽玄」というきわめて説明し難い言葉は、おそらくはこうした気分のことをいうのであり、「雨月物語」はいくつかの瞬間でこうした 「幽玄」な気分を表現することに成功している。この映画が、溝口の作品中、西欧でもつとも有名な作品であるのも、おそらくはそこに理由がある。
http://209.85.175.132/search?q=cache:ZnxUH-sJKmoJ:www.kochi-wu.ac.jp/nyushi/problem/gakubu/h21/AO/H21cultur_AOsyoronsiryou.pdf+%E9%9B%A8%E6%9C%88%E7%89%A9%E8%AA%9E+%E8%83%BD&cd=27&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
21投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 22時30分07秒

2006年 6月 17日に東京紀尾井町キャンパスで開催した「雨月物語 溝口健二没後 50周年記念対談」

脇田晴子氏は中世女性史が専門で「「雨月物語」と、中世に生きた女たち」の対談では溝口作品と史実の違いを指摘した。

「土器は女が作り、陶器(須恵器)は男が作る。古代、中世では、女の作った土器を男が売りに出たり、土取り、薪運びなど力仕事をする。場面に設定された北近江では筑摩鍋が有名で、女は筑摩明神の祭りにおいて、大きな鍋に自分と交わった男の数だけ小鍋を作って入れて供えるという風習がある」こと。

また当時の畿内と近辺は、村落や都市の共同体編成が強く、村はやすやすと攻め込まれることはなかった。軍が勝手に村に入り、強奪されない仕組みが作り上げられていた。無力と思われていた村落の百姓や女たちは強かった」と指摘。

また御自身も能舞台で舞う演者であり、「能楽の中の女たち」の著書もある脇田氏は「雨月物語」の能場面を「能楽をはじめとする古典芸能を持ってきたことは、この作品が古典芸能の伝統の上に立ち、その継承を踏まえて作られたもの。姫君は王朝風の雅な姿で、のどかな越天楽今様の節で美しく舞う。そこへ戦国武将の亡霊を声のみで表現する父君の謡を、能の囃子で聞かせるのは凄い。姫君の雅がこの世のものならぬことを能楽の音で表現している」と、伝統を踏まえながら、映画手法に劇化した溝口監督の功績を評価した。

さらに「こうした映画的な手法が秋成の「蛇性の淫」とは違った優美さ、「浅茅が宿」の戦乱の中の庶民生活を描き、その両者を一人の男を媒介として繋いだところに、意外と戦後社会の歴史性を持つ。出世や金儲けに狂奔する男立ち、平和を希求し、生活と子供を守りたい女、「浅茅が宿」にはなかった子供が加わっていることからも、それが伺える」と指摘。また、『雨月物語』で演じられる夢幻能の構成から、また俗謡の意味からも映画の細部に込められた意味を解釈していただいた。
22投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 22時42分22秒

【脇田】 やっぱりこれ、この『雨月物語』というものは、幽霊のお話です。幽霊といえば、最初にそういうのを芸術の中に入れていったというようなのはお能ですから、絶対お能が出てくるんですね

やっぱりお能は、幽霊はお能の専売特許というふうに思います。夢幻能というのがあって、宮木は前シテで後シテは若狭姫。それを源十郎という男でつなぎ合わせた。

複式夢幻能というのは、世阿弥が作ったんですけれど、その夢幻能で幽霊が出てきて過去を語る。または、地獄の責め苦を語るというのが、能の常套手段になっている。これは亡霊供養のためとか、その亡霊に対する鎮魂であるとかいうふうに、今、能楽研究者はおっしゃっていますが。私は、やっぱりそこから出発しても、一遍上人の念仏なんかでも、あそこで供養料を受け付けて踊る。そういうところはあるんですが、世阿弥の能になってきますと、その人の、その亡霊の生きているときの最も凝縮した生の在り方、一生というものを亡霊が出てきて舞台で再現するものであると思ってます。

そういう意味では、俗な言葉で言えば、亡霊出現の劇は、その過去を再現する手段になっているんであると。手段と言うたらちょっと身もふたもないですね。しかし、そのために出てくるんだというふうに、私は思っています。そうすると、やはりそこは図式がありまして、男は『平家物語』に取材した平家の公達の修羅能で、その最期のありさまを美しく演じてみせる。

女は、そういう生命が凝縮した瞬間が、やっぱりこれは恋愛になるんですね。これからは違う人も出てくると思うんですが、中世はもう恋愛。先ほどおっしゃった「井筒」のように、男を恋い慕う、その凝縮したもの。
23投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 22時51分23秒

これは最近、私はすごく感銘を受けたんですが、現在は「小面」とか「若い女」という美しい、京マチ子さんは、その美しい能面をちょうど二重まぶたにぱっちりさせたような顔だなあと思って、今日も見ていたんですが。ああいう美しいものでその昔をしのんで、業平をしのんで、ずっと舞を舞うのです。非常に宮木のように、ただひたすらに男を思い慕う。

そうしたら、篠田先生の解釈は、あれは業平を恨んでいるんだとおっしゃるんですが、確かにそうです。室町時代の演出では狂女の面を、十寸髪という高貴な女性の狂気した面をつける。恋愛の凝縮ま す が みした瞬間が、まさに狂女なんですね。

だから、そういう意味ではそれのほうが正確だと思うんですが、とにかくそういう亡霊が生をよみがえらす再現手段。再現の手段として亡霊になって出てくるという。

まさに「雨月物語」というのはそれを踏まえておりまして、これは2人の亡霊の複式夢幻能とおっしゃったように、そういうことを踏まえて作っておられるというふうに思うんです。そうしますと、そこでその亡霊の夢幻能、現出してくるものとしての効果を高めているのは、これは能とか中世の能の囃しとか、そういうものを全部効果的に使う。私はまずはそれに、「雨月物語」を今日を入れて3回見たんですけれど、その前は 53年前に見たんですよ。思ったんですね。まず最初に、順番挙げにして、朽木の若狭姫のところで、お姫さまのじゃないんですが、その時分に流行した「越天楽今様」という曲を琵琶で老女がこうやっていましてね。あれは、ちょっとあの節は違うかなあ思ったんです。「黒田節」というのは、それの影響下でできた「酒は飲め飲め」って。あれは、大名の大内氏あたりにお公家さんがあの節を流行させたのでしょう。「越天楽今様」。一番ポピュラーなのは、「君が代」です。あれは越天楽いうより何か間延びのした節ですが、あの節なんです。3遍見ても、ちょっとよくは、どの曲なんだろうって、10曲ほどあるんですが、よく分からなかったんですが。お姫さんが琵琶の音に合わせて、その歌で舞われる。ものすごい雰囲気がみやびですね。
http://72.14.235.132/search?q=cache:rZSdYBCtRD4J:www.jiu.ac.jp/books/bulletin/media/02_murakawa.pdf+%E9%9B%A8%E6%9C%88%E7%89%A9%E8%AA%9E+%E6%BA%9D%E5%8F%A3%E5%81%A5%E4%BA%8C+%E8%83%BD&cd=38&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
24投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 23時32分07秒

京マチ子の出だしは鳥肌もの。主人公が見上げたときに入ってくるあの顔はまるで能面。見る角度によって菩薩とも般若ともなるあの面です。

行商の町自体が異様な熱気の中、妖気な世界にさらに一歩踏み込むか否かを表している素晴らしいカットでした。
http://video.akahoshitakuya.com/v/B000VRRD34

なんといっても京マチ子!見事な麻呂眉にはさすがにビックリさせられましたが、その妖しげな雰囲気、能面のような冷たい表情、そして優雅な物腰、彼女の一挙手一投足に目が釘付けでした。妖艶という言葉をそのまま映像にしたら、きっとこんな感じになるんだろうな〜。
http://cinema-review.seesaa.net/article/24246471.html

 京マチ子の凄さは、彼女から発散されるエロティシズム(決してイヤらしくはない)、妖艶さが作品のイメージすらも決定付けてしまうことだ。良くも悪くもその存在感は大きく、主演でなくても彼女の個性が翳むことはない。もし、『雨月物語』の女若狭が京マチ子でなかったら、ただの怪談になっていたかもしれない.
http://johokan.kyoto-seika.ac.jp/index.php?fromkyoto%2F2007-12-14%2Fcinema%2F0
25投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 23時35分24秒

この作品で最も観ていて楽しいのは源十郎が妖しい美姫から求愛され桃源郷の日々をすごした後美姫が怨霊の如き風貌に変わり源十郎を逃がすまいとすると源十郎の体には阿闍梨が記した文言が覆っており魔性の美姫は近づくことができない。

果たして源十郎が美姫と過ごした邸宅は焼け落ちた邸の幻影であった、

魔性の美姫を演じた京マチ子の妖しい美しさは類なきものでほんのわずかな化粧の違いだけで妖艶な美女が怖ろしい悪霊に変化してしまう箇所はぞっとするものがある。
http://feiyuir.seesaa.net/article/112868448.html
26投稿者:雨月物語  投稿日:2009年03月21日(土) 23時37分38秒

その陶工の前に現れるのが京マチ子の若狭の君と老女。
美しさに目がくらむ陶工。


この作品での京マチ子の美しさは、まさに「蛇性の婬」を思わせる。
妻子を忘れ、彼女にのめり込む陶工も、さもあらんという風情。
蝋燭の光から現れる夜の若狭の君の佇まいの壮絶な美しさはどうだろう。


時に嫣然と微笑み、時に流し目を送る。
その姿は、まさに能面の「万媚」。
舞う若狭の君のとろけるような媚態。
寄り添う陶工に微笑む美しさ。


モノクロの映像のはずなのに、縫箔や唐織の色のなんと鮮烈なことか。


長袴の裾捌き、大口から覗く白足袋の鮮烈さ、その全てが美くしく、媚態を含む。


こういうのをまさに官能美というのだろう。

若狭の君の家に居続けるうち、通りがかりの僧に死相を言い当てられる陶工。やがて、若狭の君がこの世のものではないことを知る。

そのときの、京マチ子の容貌の変化といったら。。ちょっとの化粧の変化と演技力で本性を表現してみせた。
http://ameblo.jp/sato99ih/entry-10195973971.html
27投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 01時50分38秒

監督 黒澤明
原作 芥川龍之介
脚本 黒澤明 橋本忍
撮影 宮川一夫
音楽 早坂文雄

キャスト(役名)
三船敏郎 (多襄丸)
森雅之 (金沢武弘)
京マチ子 (金沢の妻・真砂)
志村喬 (杣売)
千秋実 (旅法師)

Rashômon
http://www.youtube.com/watch?v=mxiEvmdNBEI&feature=relate
http://www.youtube.com/watch?v=3iKN2klFN1E
http://www.youtube.com/watch?v=jXnFDs-ai3E&feature=related
28投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 01時57分21秒

A peep into the characters of 'Rashomon'
http://www.youtube.com/watch?v=kHVn2wmcaoc
http://www.youtube.com/watch?v=920xM-RZiRk
http://www.youtube.com/watch?v=J2VZskacgsg
http://www.youtube.com/watch?v=tBf-DY0c6Eo

羅生門
http://www.youtube.com/watch?v=nzQeivu_iV4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=CWhpU3Wk7OE
http://www.youtube.com/watch?v=3YLil2iBIcc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=_AXks8q98ic&feature=related
29投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 01時59分04秒

志村喬が語る三人のシーン

ベルイマンを含め欧米の映画人が驚愕したのは特にこのシーンの台詞による逆転劇の連続とその映像・カットの素晴らしさ。そして美しい美しい三船敏郎・京マチ子・森雅之。  

『羅生門』の名セリフは一杯あるが、一番素晴らしいのは杣(そま)売り役の志村喬が真実として語る第四においての以下の真砂役の京マチコが話すセリフだ。英語ヴァージョンで。 言葉の凄さをこれほど著したセリフは映画史上でも稀ということができる。



(侮辱された夫:森雅之に向かって)

It's you who are weak.

If you are my husband, why don't you kill this man?

Then you can tell me to kill myself.

That's a real man.

You're not a real man either.



(多襄丸:三船敏郎 も向かって)

When I heard you were Tajomaru, I stopped crying.

I was sick of this tiresome daily farce.

I thought, ''Tajomaru might get me out of this.''

''If he'd only save me, I'd do anything for him.''

I thought to myself.

But you were just as petty as my husband.

30投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 02時07分04秒

この言葉によって、二人の男から侮蔑のどん底にまで落されていた京マチ子は蘇り、二人の男は殺し合うことになる。宮川一夫のカメラと三人の演技とこのセリフのシーンは何回観ても唸ってしまう。


以下が夫の辱めの言葉:

Hold it!

(待って)

I refuse to risk my life for such a woman.

(俺はこんな女の為に命を掛けるのは御免だ)

You've been with two men. Why don't you kill yourself?

(二人の男に恥をみせて、何故自害しようとはせぬ)

Hopeless.

(あきれ果てた女だ)

I don't want this shameless whore.

(こんな売女は欲しくない)

You can have her.

(呉れてやる)

At this stage, I'd rather lose her instead of the horse.

(今となっては こんな女よりあのあしげが盗られる方が惜しい)

31投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 02時11分50秒

京マチ子が語るところでは森雅之の蔑んだ冷たい眼差しのところが最高です!:

Even now, when I think of his eyes,
My blood turns cold in my veins.

What I saw in them was neither anger,
nor sorrow,
a cold lgiht, a look of loathing..

Don’t
Don’t look at me like that.
It’s too cruel.
Beat me,
kill me, but don’t look at me like that.
Please stop.
Now, kill me.
Kill me at once.


私はそめ眼を思い出すの、
今でも体中の血が凍るのを思い出します
夫のその眼の中に閃いていたのは怒りでもなく
悲しみでもなく
ただ私を蔑んだ冷たい光だったのです

止めて
そんな眼で私を見るのを止めて
あんまりです
私はは打たれても、
いいえ、殺されても構わない。 でも、でもそんな眼で私を見るのはあんまりです。
さあ 殺してください。 ひとおもいに私を殺してください。
http://d.hatena.ne.jp/tougyou/20070920/p3
32投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 02時22分26秒

検非違使の庭での証言

多襄丸(山賊・・三船敏郎)の証言

俺が森の中で昼寝をしていると、通りかかった男女があった。その時、たまたま吹いた風で笠の垂れ布がひるがえり女の顔が見えた。瞬間的に俺は女を手に入れることを決めた。

後を付けて行き、男を「この先に刀などを沢山隠してある。安く売り渡したい」と騙し、離れた場所へ連れて行って縛り上げた。そして女をそこへ連れて行った。すると女が短刀を抜き、いきなり切りかかってきた。

俺はこんな気性の激しい女は見たことが無い。しかし、力の差は歴然。男の目の前で強姦してやった。・・・

俺が立ち去ろうとした時、しばらく泣いていた女が顔を上げた。「どちらか一人死んで!私は生き残った男に連れ添いたい」

俺は男の縄を解き、戦った。男も立派に戦った(写真1)。そして俺が勝った。しかし、気が付いてみると女の姿はどこにも無かった。
33投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 02時29分04秒

真砂(武士の妻・・京 マチ子)の証言

男は私を手篭めにした後立ち去りました。私はしばらく泣いていました。

そして、夫を見ると・・・・私はその時の夫の目を思い出すと、今でも体中の血が凍るような気がします・・・その目は、私をさげすんだ冷たい光だったのです。

「やめて!そんな目で私を見るのは・・・」
「私を殺してください!」私は短刀を差し出しました(写真2)。

それでも夫は黙って私を見つめるだけで何もしません。「止めて!そんな目で私を見るのは・・・」私は恐怖と絶望のあまり気を失いました。・・・・・・

気がついたとき、夫の胸に刺さった短刀が冷たく光っていたのでございます。私はさまよい、池に身を投げましたが死に切れなかったのです。この愚かな私はいったい、どうすればよろしいのでしょうか。
34投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 02時36分00秒

金沢武弘(武士・・森雅之)の証言:ただし、死人のため巫女の口を借りて

男は妻を手篭めにすると、そこに腰をおろし色々妻を慰めだした。

「自分の妻になる気はないか。俺はお前のためならどんなことでもする」その時、うっとりと顔を上げた妻の顔・・・私はあの時ほど美しい妻の顔を見たことが無い。

その時妻は何と返事をしたか。「どこへでも連れて行ってください・・・」

二人は立ち去ろうとした、その時だ、あ〜・・・これほど呪われた言葉が一度でも人間の口を出たことがあろうか・・

「あの人を殺してください!」妻が私を指差して言ったのだ(写真3)。

「あの人が生きていては、私はあなたと行く訳にはまいりません。あの人を殺してください!」

男はそれを聞くと妻を突き飛ばし、足で踏みつけた。「おい、この女をどうするつもりだ。殺すか?助けるか?」 私はこの言葉で男の罪は許してもいいと思った。

「きゃー!」妻は隙をみて逃げた。男が追ったが、やがて見失ったらしく戻ってきた。そして、刀を奪うと立ち去ってしまった。

私は妻の短刀で自分の胸を刺した・・・・・・静かだ・・・・やがて、そっと誰かが近づき私の胸から静かに短刀を引き抜いた・・・・・・・・
35投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 02時44分25秒

杣売(焚き木売り・・志村 喬)の証言

多襄丸は女の前に手をついて謝っていた(写真4)。「俺の妻になってくれ!妻になると言ってくれ!」多襄丸はしつこく迫った。

やがて、女が言った。「無理です。女の私に何が言えましょう」

「そうか、男同士で決めろというのだな」多襄丸は武士の縄を解いた。

「待て!俺はこんな女のために命を賭けるのはごめんだ。」と武士は妻に言った。

「二人の男に恥じを見せ、何故自害しようとせん!・・・こんな女は欲しけりゃくれてやる!」

多襄丸も急に嫌気が差し、立ち去ろうとした。「待って!」と女。

「来るな!」再び女の号泣。「泣くな!」と武士。

「まあ、そんなに未練がましくいじめるな。女は所詮このように他愛無いものなのだ。」と多襄丸。

泣いていた女の声がいきなり狂ったような嘲笑に変わった。

「ハハハハハハッ・・・他愛無いのはお前達だ!・・・夫だったら何故この男を殺さない!賊を殺してこそ男じゃないか!・・・お前も男じゃない!多襄丸と聞いた時、この立場を助けてくれるのは多襄丸しかないと思った。・・・お前達は小利口なだけだ。・・・男は腰の太刀に賭けて女を自分のものにするものなんだ!」

まったく面目のつぶれた二人は、刀を抜いた。男達は口ほどにも無くだらしない。お互いを怯え、剣を交えるやさっと逃げる体たらくである。

しかし、多襄丸がやっとの思いで武士を刺した時、女は悲鳴を上げて逃げ去った。多襄丸にはもはや、女を追う気力は無かった。
http://homepage2.nifty.com/e-tedukuri/Rasyoumon.htm
36投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 02時50分13秒

大映製作ということもあり、黒澤作品には珍しく女性が重要な役割を果たす。私にはこの作品は黒澤明が自分らしさを殺してとった作品のように見える。

そもそも黒澤作品でこの作品のように女性がクローズアップされることはあまりない。主役級といえるのは『わが青春に悔なし』の原節子くらいで、あとは『蜘蛛巣城』の山田五十鈴、『椿三十郎』の入江たか子がいい味を出しているというくらい。

 これは根本的に黒澤の映画が「男」の映画であるということである。男と男の対決や友情が常に物語の軸になっているということで、そこにあるのは至極単純なドラマトゥルギーであって、精神的なもの、つまり人間の心の葛藤とかそういうものをドラマの柱にすえることはあまりない。

 この映画もそういう意味では決して人間の心を主題にしているわけではないく、基本的には男の話なのだが、何かが違う。それは京マチ子が語るエピソードよりも志村喬が語るエピソードの異常さだ。

そこには男と男の物語は存在せず、男と女の物語があるだけなのだ。それは黒澤らしからぬことだ。

 そしてこの終わり方。三十郎の捨て台詞「あばよっ」が象徴的に示すように黒澤の映画は大体の場合ばっさりと気持ちよく終わるものだ。しかし、この映画の余韻はすごい。他の黒澤作品らしさがシナリオの段階から感じられないようだ。

 しかし、これはこれでひとつの完成形というか、作品として成立しているところが黒澤のすごさなのだろう。
37投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 02時56分06秒

それにしても、この作品の京マチ子はとてもいい。京マチ子この作品は数あれど、今まで見た中では一番いいと思う。京マチ子はこのとき26歳
三船敏郎と京マチ子は相性がよかった.
http://www.cinema-today.net/0211/19p.html


今この映画を観ると、テーマも話の筋立ても単純で、これほどわかりやすい映画はないと思うんだけどね。言わんとしていることはすべて台詞に現れているから、少なくとも物語に関して誤った解釈が発生する余地はない。芥川の原作との相違は、最後の杣売のエピソードの有無で、このエピソードで黒澤は三者三様の証言の実態を、ちゃんと映像として見せている。この最後のエピソードにも嘘があるのではないかと考えるのは、それこそ考えすぎというものでしょう。

 黒澤がこの映画で描きたかったのは、この単純な物語をどう映像化して行くかという1点だけだった。森の中の木漏れ日の美しさ、淡々と流れるボレロのリズム、汗まみれになってぶつかり合う男と女のドロドロとした情念の渦。木立のむこうにチラチラと太陽が直接顔を見せる描写や、大きな鏡をレフ板に使ったコントラストの強い映像など、宮川一夫カメラマンの作り出す艶のあるモノクロ画面は今観ても美しい。

昼寝をする多襄丸の顔にかかる葉の影をゆらゆと動かして森を渡る涼風を感じさせる部分などは、ドキリとするほどでした。

 エピソードの中では最後の「真相」が一番人間の残酷さや醜さを表現していて面白い。ここは黒澤のオリジナルですから力が入ったのでしょう。

男が二人 傍目にはみっともない格闘を演ずる。刀をぶるぶる震わせ、泥を撒き散らし、逃げ腰になりながら無様に殺し合う三船敏郎と森雅之
http://www.eiga-kawaraban.com/97/97042101.html
38投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 03時01分13秒

黒澤の作品群の中で、ただ一つだけ、見終わった後にどうしても釈然としない作品がある。それが皮肉にも彼の名を一躍世界に知らしめるきっかけとなった映画「羅生門」(50)なのである。

いかに黒澤作品といえども、最後まで犯人が分からないストーリー展開に、他の黒澤映画に慣れ切つた僕たちは、映像の美しさなどさしおいて、不遜にも軽いいらだちすら覚えてしまう。こんなことは彼の作品においては極めて稀なことなのだ。

 果たして彼はこの作品で何を表現したかったのだろうか?などと普段しなくてもよいはずの詮索をついしてみたくなる。黒澤の代表作といわれ、世界的にも評価の高い作品であるだけにもっと思う存分楽しみたいと思うのは僕だけではないだろう。そのためには、僕たちはどうしてもその原作に一度立ち返つてみる必要がありそうだ。

 少々長くなるが、黒澤の最高傑作といわれるこの作品をより深く理解するために、ぜひお付き合い願いたい。

 ご存じのように、この映画の題名は芥川龍之介の短篇小説からとったものだが、実際に小説「羅生門」の中の描写があるのは冒頭の1シーンだけで、ストーリーそのものは同じ芥川の短編「薮の中」が原作となっている。

<時は戦乱と天災で荒れ果てた平安時代の乱世。一人の侍が森の中で胸を刺されて死んでいるのが発見される。この事件の犯人をめぐって、検非違使庁の庭において一種の法廷劇が展開される。木樵り、旅法師、放免の状況説明に続いて尋問されるのは悪名高き盗賊の多襄丸、死んだ男の妻、そして巫女の口を借りた男の死霊。この三人によって事件の経緯が次々と説明されるのだが、何故かこれらの供述が微妙な食い違いをみせる。果たして真犯人は誰だったのか。真相は最後まで明らかにされない。>

 この小説に関しては従来から何人もの人たちによって分析が試みられてきた。その結果、<薮の中>という常套句に代表されるように、「犯人を特定すること」がこの作品の主題なのではなく、「あえて作者がそれを明瞭にしないところ」にこの小説の真髄があるという考え方が、現在における定説になっている。

39投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 03時05分26秒

黒澤の「羅生門」は、木樵りにも男を殺した可能性があるとした点を除いてほぼ忠実に原作を再現しているのだが、僕ら観客にとっては、そもそも三人の証人かいずれも"自分が犯人だと言い張つている点"がどうしても賦に落ちない。

 普通、証言台で嘘をつくのは罪を逃れるためなのに、このニ人はそうではない。山賊はいとも簡単に男を殺したことを認め、妻も無意識のうちにせよ夫を殺したと言い、男自身も自分で命を絶つたと頑なに主張している。めいめい自分の有罪を認めており、決して罪のなすりあいはしていない。最後に述懐する短刀を盗んだと思われる心樵りはともかく、他の三人は嘘をついても何の得もないように思われる。それなのに何故彼らは嘘をつくのか。自分の死と引き替えにしてまで・・・・。

 学者らの説によれば、作者は「すべてのモラル、すべての真実に疑問を投げ付けることでアナーキーな自分の心情を吐露したかった」とか、あるいは、「最初から事件の真相などというのはさしたる重大事ではなく、告白の欺瞞性を通して現実社会の裏側を透視したかった」とかいった解釈が主流なのだが、しかし、それではあえて作者が三人に殺人を犯したと告白させている必然性がない。

 芥川といえば志賀直哉とともに、大正期における短篇作家の双璧であり、その作風は理知的で洗練巧緻を極めているにもかかわらず、きわめて大衆的であり、しかも分かりやすい風刺に富んでいる。そんな彼が、何故この作品だけことさら分かりにくくする必要があったのだろうか。なぜこの作品を同じ中世の「今昔物語」から題材をとった他の平易な作品(例えば「鼻」や「芋粥」など)と並列に論じてはいけないのか。

 この小説を難しくしているのは、かえって後世の「不条理劇」に影響された学者たちではないのか。芥川が言おうとしていたことは、実はもっと単純で、誰の心にも思い当たるような、人の心理の"あや"だったのではないのだろうか。

 真相は思いの外、単純なのかもしれない・・・・・。
40投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 03時11分05秒

事件の鍵は、見知らぬ頑強な男に夫の前で「強姦」された女性(真砂)が何を考えるかということだ。 

第一に思いつくことは辱めを受けた我が身を恥じて自殺をはかるということ。次には自分を犯した男を殺害して復讐を遂げるということ。

しかしこの小説の場合、彼ら二人は生きているわけだからいずれも当たっていないことになる。残るはもう一つの可能性、さして愛してもいない夫であれば(中世の男尊社会では、女性の意に反する結婚は十分考えられることだ)唯一の目撃者である夫を殺し、その忌まわしい事実を抹殺するということである。

 彼女は最初、それを多嚢丸に頼んだ。彼女の心には「憎むべき多嚢丸を殺人犯にすれば、同時に彼をも死刑にできる」という考えが一瞬浮かんだかもしれない。 

そこで彼女はそれまでとはうって変わった妖艶さを漂わせながら、多襄丸にささやく。「あの人を殺して下さい!あなたについていきます」。

 ところが彼は世間の噂とは大違い、実は口先だけ巧みな、女好きの盗人にすぎなかった。彼がおじけ付いて逃げだした後、彼女は自分の貞操と引き換えに、止むを得ず自らの手で木に縛り付けられている夫を殺害したのである。

 最初の目論みは見事に外れたものの、「人は行きずりの強盗殺人と思うはず・・・・・」。現場から逃れる道すがら、真砂は冷静にそう考えたに違いない。

 ところが清水寺で心を落ち着けている彼女のもとに、思いがけない情報が入る。多嚢丸が捕らえられたというのだ。彼女はてっきり事の一部始終が彼の口から明らかにされたと思い、半ば観念して懺悔を始める。(原作では彼女の述懐は検非違便庁ではなく、あえて清水寺という別の場所が設定されている)  

しかし実はこの懺悔も真っ赤な嘘。彼女はとっさの機転で架空の心中劇をでっちあげ、多襄丸への殺人依頼のことは伏せた形で供述した。「無理心中を拒んだうえでの殺人なら、よもや死刑にはならないだろう・・・・。」恐るべきしたたかな計算である。
41投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 03時13分55秒

一方、多襄丸の方は別件の殺人で、もはや死刑はまぬがれない身、どうせならこの侍も雄々しい立ち回りの末に自分が殺したことにして、悪名高い極悪人のまま死してなお名を残そうと考えたのではないか。

 それでは死んだ侍はどうか。小説ではこの男の言葉は巫女の口を借りて最後に語られていて、いわば種明かし的な位置を占めている。したがって、ほとんど真相を語つているのだが、この男も死してなお自分の名誉を重んじるあまりただ一点だけ嘘をついた。

「妻を犯された上、その妻に殺されるのではあまりにも男として情けない」。そう思つた彼は武士の面目を守るために、妻の無礼をひとしきり非難した後、妻の犯行は明かさず、最後の瞬間だけは自分で自分の胸を刺したことにしたのである。

 この推理が正しいとすると、この小説の構図は自ずから明らかになってこよう。すなわち、死んでもなお名誉や名声にこだわろうとする男の"哀れさ"や"愚かさ"と、それ対比される女の"したたかさ"である。

芥川は「侏儒の言葉」の中で「女人はまさに人生そのものである。すなわち諸悪の根源である」と書いている。 彼は十才の暗に、実の母親を発狂の末亡くしているのだが、この事件が原体験として彼の心象に深く根ざしていることを思えば、最初の傑作といわれる「羅生門」の中にこのような彼の悲観的な女性観が反映していても不思議ではない。

(先頃出版された大里恭一郎氏の「芥川龍之介・『薮の中』を解く」によれば、芥川は大のミステリーファンだったという。彼はこの中で、芥川の作風や"小説"というものののもつ根源的な問題に触れながら、証言の事実はいく通りあっても真実は一つと断定し、「薮の中」を芥川会心の推理小説であると決め付けている。実は氏の結論も、"真砂"真犯人説なのだが、古い文献や原作の一字一句をつぶさに検証しながらの詳細な分析は大変興味深い。この機会に是非一読をお薦めしたい。)

 さて、以上の原作分析をふまえて、再び映画「羅生門」に戻つてみると、冒頭から極めて修辞的な演出が施されていることに気付かされる。

タイトル画面に続き現われるのは、凄まじい雨に煙る羅生門の遠景。それが次のショットではやや近づいた形で映し出され、さらに次のショットでその細部があらわになる。この一瞬の三ショットの中に、後に展開される三人の証言の信憑性が何気なく暗示されてはいまいか。 

さらに、明らかに演技過剰な三船敏郎扮する多襄丸の勇ましい台詞が、どこか小心者の遠吠えのように聞こえてこないか。

 それまでの殺陣場面の常識を打ち破る、太刀を片手に持ちながら、猛獣のような叫び声をあげてのたうち回る多襄丸と侍の死闘の描写からは、どこかしら滑籍で哀れな男たちの本性が見えてこないか。 そして顔を覆つた両手の指の間からその決闘を垣間見る真砂の表情から、恐怖以上のしたたかな"何か"が感じられないだろうか。

42投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 03時18分39秒

映画化にあたって黒澤らがこの辺のことをどう考えていたのか分からないが、京マチ子扮する真砂に、女のもつ"したたかさ"を見ていたことだけは確かだろう。 

なぜ「羅乍門」が海外でも国内でもこんなに有名になったかときかれて、黒澤は「まぁー強姦の話だからねっー」とだけ答えたというエピソードは有名だが、これを彼一流のジョークとだけ笑い飛ばすわけにはいかない。芥川のこの短篇は強姦、殺人に伴う女作の"性"がテーマになっていることは確かで、これがよく言われる黒沢の悪女趣味にピッタリしたのではないか。

 そういえばマクベスに題材をとった「蜘蛛巣城」にしても、リア王を基調にした「乱」にしても典型的な悪女が登場する。「羅生門」の女性は確かに表面上は聖女か悪女か判然としてはいないか、原作を読んだ時、黒澤はここに登場する妻を"悪女"と断定するにいたり、その時点から映画化に興味を待つたのではなかろうか。

 この映画の終盤で語られる、原作にはない<木樵り>のエピソードは、事件をことさら複雑にするために新たに付け加えられたのではなく、黒澤がこの映画の中で"真砂"の人格をより強烈に描くために"是が非でも必要だったのだ。

原作の中で、母親に「男にも劣らぬくらい勝ち気な娘」と言わせているこの女性のイメージ作りに、演技指導の点でも映像表現の面でも極端な情熱が注がれていることに注目したい。
http://www.asahi-net.or.jp/~ij9s-ucym/rasyoumon.html
43投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 03時21分50秒

黒澤はの土砂降りのシーンを撮影するにあたり、雨に墨汁を混ぜて重い質感を出したという。さらにこの場面に凄まじい迫力を加えるために、消防車三台の出動を求めて消化ホース5本を使用。屋根には放水装置を施して、瓦の壊れから滝のように落下する雨を表現した。さらに、門の周囲に掘つた溝には水槽タンクから大量の水を一気に流し込んで溝に溢れる豪雨の感じを出し、しかも万全を期するためにわざわざ雨の日を選んで撮影を行なうという凝りようだった。このことは"日本映画史上類を見ない大胆な撮影"として、今も語りつがれている。

 この他にも、羅生門の屋根瓦を作るために、新たに焼きあげた瓦の数が4000枚、その一つ一つに「延暦寺十七年」と年号が刻まれていたとか、羅生門のセットが大き過ぎて上部の屋根を作つたら柱がささえきれないから、屋根を半分壊した形にしたとか、黒澤の偏執狂的な映画製作に関するエピソードは尽きない。

 その飽くなきこだわりがことごとく映画に独特の雰囲気を醸し出し、この名作が誕生するに至った。

 なお、カメラ技法における工夫も多く、中でも有名なものは"ギラギラと輝く太陽を望遠レンズで映す"という手法だった。当時は太陽にカメラを向けることはフィルムを焼き切る可能性があったため、一般的にはタブーとされていたのだが、この難題に敢然と挑戦したのが撮影担当の宮沢一男だった。彼のカメラは森の奥深くに入り込み、大きな反射鏡を利用しながら、木々の間から見え隠れするギラついた太陽を延々と追いかけ、それによって照り付ける陽光と乾いた森の雰囲気を遺憾なく描写することに成功した。この技法が映画公開時、世界の批評家から絶賛され、「黒澤は太陽を初めてカメラにおさめた」という有名な賛辞が生まれた。

 当時の映画界の巨匠、溝口健二のキャメラマンとしても名高い宮川一男は、「色を使わずに、白と黒の間にある無数の鼠色の濃淡によってみるものに色を感じさせる」という黒澤の演出に対しても、独特の水墨画感覚で応じた。雨の“黒”と検非違使庁の庭に敷かれた砂の“白”との絶妙な対比、木樵りが森を歩いていくシーンでの木々の微妙なコントラスト、木漏れ陽の輝き、斧の刃にきらめく日光、何とも豊穰な映像表現である。

 他にも、当時としてはまだ新しいテクニックだったパン・フォーカス(近景と遠景と同時にピントを合わす技法)が、随所に使われていることも見逃せない。

 さらにこの作品にはおびただしい数のカットつなぎ(画面と画面の切り返し)が施されている。評論家のドナルド・リチー氏によれば、映画の本体だけで408ショット、これは普通の作品の二倍以上にもなるという。しかし観客はショットの多さで気が散るようなことはない。それどころか、ともすると単調になりがちなストーリーに言い知れぬ躍動感を生みだしている。
http://www.asahi-net.or.jp/~ij9s-ucym/rasyoumon.html
44投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 03時25分17秒

・黒澤明は毎日、京都や奈良の古い門を見て歩き「羅生門」のイメージを膨らませていった。

・羅生門のオープンセットは面積1983平方メートル、幅32メートル、
奥行き21メートル、高さ19メートル、建設にかかった日数は25日間。

・羅生門の側面には長さ35メートル高さ6メートルの土塁を築き、
背景には長さ35メートル高さ4メートルのホリゾントに裏山を浮き上がらせた。

・新たに焼き上げた瓦の数は4000枚、その一つ一つに「延暦寺十七年」と年号が刻まれていた。

・暗い森の中での撮影のために鏡照明という器具を世界で初めて森に運び込む。

・木漏れ日を描写するために光明寺の木を遠慮会釈なく切り倒した。

・多襄丸の顔にかかる木の葉の影を揺らすために木の枝の影をライトで作る。

・カメラが見え隠れするギラついた太陽を延々と追いかけて行く移動ショットは、それまでの映画のタブーに真っ向から挑戦したモノで、三人の登場人物の心理描写とあいまって絶妙な効果をあげた。この技法は「黒澤明の太陽モンタージュ」と呼ばれ、後に続く映画に多大な影響を与えた。

・衣装は軽石でこすりグチャグチャになったものを身につけた。

・三船と森の殺陣は従来の舞いの美しさを追求せず片手で太刀を振り回し、猛獣のような叫び声を挙げて、太刀と太刀を叩き付け合う死闘の描写に徹した。

・雨に大量の墨汁を混ぜ重い質感を狙った。

・羅生門の屋根に放水装置を施して滝津瀬の如く落下する雨を表現。

・羅生門の周囲に掘った溝に水槽タンクから3tの水を一気に流し込んで豪雨の感じを出した。

・消防車3台を出動させ大量の水を使ったために近隣住宅は水不足。
45投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 03時34分14秒

映画祭に顔を出していた フェデリコ・フェリーニという
新人監督は、「羅生門」観賞後 しばらく興奮が収まらなかった。

「ブラーヴォ! すごいものを見たぞ!」 
「クロサワという日本人が作った凄い映画を この目で見たんだ!」
と 辺り構わず大声で話し続け、周囲にたしなめられた。

彼にとって 「羅生門」 の衝撃は大き過ぎたのだ。
この映画祭で見た奇跡について話すとき、この純情な男の眼から
涙があふれ 流れ落ちた。

その後も、イタリーフィルムの ストラミジョリ女史が日本から
帰国するたび 頻繁に彼女のもとを訪れたフェリーニ青年は、
質問攻めにすることがたびたびだった。
「クロサワとはどんな男? どんな顔をしてる?」
その質問は 子供のそれと変わらなかった。
ストラミジョリには、そんなフェリーニが可愛らしくも思えた。
彼女は、クロサワの他作品も観たいと熱望する彼のために、
1本の映画を日本から直送し、“個人上映会” を開いた。
映画のタイトルを 「白痴」といった。

映画鑑賞後のフェリーニの様子は、またしても尋常ではなかった。
泣きはらして充血したその目は、異様な光を帯びていた。
映画は、彼にとって 「羅生門」 以上の衝撃だったのだ。

1954年、フェリーニの最初の傑作 「ラ・ストラーダ」(邦題 「道」)が公開され、世界に大きな衝撃を与えた。
「白痴」のムイシュキンは ジェルソミーナ となって、このイタリアの
地に甦ったのだ。
http://white-knight.blog.so-net.ne.jp/2007-02-01
46投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 03時40分54秒

「道」 から28年が過ぎた1982年9月、ヴェネチア国際映画祭
創立50周年を記念して設けられた 獅子の中の獅子賞
(歴代グランプリ中の最高傑作)として、満場一致で「羅生門」
が選出された。

選定にあたって諮問を受けたフェリーニは こう述べた。

「我々映画人はクロサワから多くのことを学んだ。
クロサワは映画界にとって最大の恩人である。
どれだけ感謝しても足りるものではない。
映画祭50周年にあたり、最も優れた映画を1本
選べというなら、私は迷わず「羅生門」を推挙する。

この偉大な映画を世界で最初に見出したのが、
わがヴェネチアだったという事実は、イタリア人に
とって何よりの名誉である」
47投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 03時56分40秒

黒澤伝説はここから始まった, 2008/7/26

“羅生門”は今では日本文化・芸術を代表する作品の一つになってしまった、と言っても過言ではないと思います。 外国人のほうが日本人より鑑賞眼があるーなどど言う気は毛頭ありませんが、こと“羅生門”に関して言えば、“よく分からない映画”という評論が支配的だったという国内の状況より、国際映画祭の批評家たちの方が慧眼だったーと言えるのではないでしょうか。 世界人類が共通に抱えている問題を画期的な映像表現で描き出し、その世界的価値に日本人自身が気が付かなかったわけですから。

同じ事象でも、見る人によって感じ方、捉え方がまったく違うーという、言ってみれば20世紀後半のポストモダニズムを先取りしているわけですが、そんな小難しいことを言わずとも、人間の本質に切り込む先鋭的な内容をめくるめくような映像美でとらえたエンターテイメントとして現在でも通用すると思います。 

実は私、アメリカの大学で“映画史”の授業を二度取った事があるのですが、いずれの場合も“羅生門”が上映された時の、学生たちの画面に食い入るような反応が忘れられません。 “国民の創生”とか、“戦艦ポチョムキン”や“市民ケーン”といった欧米の歴史的名作が上映された時とは、ディスカッションの場においてもみんなの熱の入りようがまるで違っていました。 

それらの作品が映画史においては、技術的・理論的な革新をもたらしたのに過ぎないのに対して、“羅生門”のもつ、人間の心の闇に肉薄する答えのない問いかけーという内容は時代が変わっても古びることがないのだと思います。 基本的に、古いものーそれも昔の外国映画などにまったく興味の無いアメリカの一般の若者たちに引き起こしたあの反応は、この作品の持つ底知れぬ力を純粋に証明するに足るものではないでしょうか?
http://www.amazon.co.jp/%E7%BE%85%E7%94%9F%E9%96%80-DVD-%E9%BB%92%E6%BE%A4%E6%98%8E/dp/B0014IMRQM
48投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 04時02分51秒

映画評論家の佐藤忠男が「白州の場面のシンプルなイメージはどこから出てくるのでしょう?」 と訊ねたところ、黒澤は 「やはり能ですね」 と明快に答えた。

「白州の場面」とは、検非違使 の庭で行われた“取り調べ場面”
のことである。この場面は、正面に据えられたカメラに向かって、各証言者がカメラ目線で独白するという ユニークな趣向で、画面いっぱいに
白い砂が敷き詰められており、「証言をする人物が前面に位置し
他の人物は右後ろに小さく並ぶ」 という構図になっている。

この構図は、確かに従来の映画にはない奇抜なものではあったが、
何度か「能」を観賞した人なら、シテ方(主役)と その後ろの囃子方
の位置関係が そのままイメージされているのが分かるだろう。

まだこの映画を見たことのない人は、活字で読む限り
「羅生門」に 時代がかった退屈なイメージを持つと思う。
時代は平安時代、能を取り入れた伝統の様式美・・・・これでは
「王朝絵巻のような 時代がかって退屈な映画」 以外の具体的
イメージを持てというほうがムリだ。

封切り当時、多くの観客が、そんな先入観で頭を一杯にして
映画を観、そして裏切られた。
でも、不思議なことに 客の入りは悪くなかった。
ほとんどの映画館が満員だったという記録が残っている。
(不入りだったというのは、後から作られた“伝説”です)
49投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 04時05分59秒

人々の “満足” は別の所にあった。
映画を観た人の口伝えに、三船敏郎と京マチ子の扇情的なキス
シーンやレイプ場面が 密かに話題になっていたのだ。
人々は、まるで “成人映画” を観る感覚で「羅生門」を観に行き
画面にくぎ付けになった。

じつに、「羅生門」は “ケモノの匂い” のする映画だった。
盗賊多襄丸を演じる三船敏郎の、日本人離れしたエネルギッシュで
ギラギラした野性。

人妻・真砂を演じる京マチ子の、西洋人のようなグラマラスな肉体。
盗賊が女を犯す場面やキスシーンの欲望むき出しの刺激的演出。

しかも、全編にわたって流れる音の基調は “ボレロのリズム” だ。
当時の観客からすれば、どこをどう探しても“日本的情緒の片鱗”さえ
見いだせないこの映画に心底面くらい、“真のねらいや価値”について
考える余裕など持てなかったのである。

そう、すべては “タブー”だったのだ。
夏の太陽にカメラを向けることも、
ギラギラした欲望を大胆に解き放つことも。
そんな黒澤の野心的演出に、保守的な批評家たちは
内心面食らったのだろう。
http://white-knight.blog.so-net.ne.jp/2007-02-01
50投稿者:姉妹編_羅生門  投稿日:2009年03月22日(日) 04時15分02秒

日本映画が世界を驚かせた端緒となった作品です。
実際、今見ても非常に見事な作品だと思います。
物語は神話的であり、それ故、普遍性に満ち、黒澤作品の中でもこれから評価が高まるでしょう。

映画は、冒頭の篠付くような豪雨に、半壊した大門、羅生門の描写から、異様な予感をはらみます。これだけで断然たる出来です。

そして最初のセリフが「わからない。さっぱりわからない」と来る。
いきなり映画のテーマ、結論を言ってしまっているんですが、その後の映像が見事なので、まったく退屈しない。

呆然と空を見上げるシーンから登場する三船は、唐突に狂騒的な笑いを発し、森を駆ける様は野生そのものです。
その三船が女の手を引き、森を疾走するだけでスリルが高まります。
京マチ子の体現した、女の性の際どさと、刃の鋭さ、その毒性の濃厚さ。
そう言えば近年、このレベルの高度なエロティシズムは見かけませんね。

その時の感情と共に、幾たびも幾たびも姿を変えては再生される「客観的と主張される記憶」この人として内包する根源的な矛盾を突き、
「羅生門の鬼ですら、人の恐ろしさに逃げ出した」という深遠を問うことに成功したから、この映画は永遠の命を得たのだ、と思うのです。
http://harukun1147.cocolog-nifty.com/firosofianholiday/2008/04/post_4dcf.html
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