溝口健二は本当に世紀の名匠か? [映画]
78投稿者:山椒大夫  投稿日:2009年03月22日(日) 20時46分23秒

現在知られている『さんせう太夫』のもっとも古い刊本は,1639年に大坂で刊行されている.天王寺の生玉神社の境内で芝居として興行され,人気を博していた時期のことである.

だがこの物語を含め,小栗判官,しんとく丸,まつら長者といった説経節は,さらに古い歴史をもっている.中世末期にはすでに,流浪する芸人や巫女たちが道の辻や神社の門前に莚(むしろ)を敷き,簓(ささら)で調子をとりながら,集まってきた民衆を前に物語を聴かせていた.

彼らは「簓乞食」と呼ばれ,寺院で行なわれる節談(ふしだん)説経師からは「土民下臈の類」として差別された.語り手たちはみずからの出自を語るかのように,不断に漂泊を続け,定住者の前に異人として現われる者たちの来歴を好んで語った.主人公たちは美男美女の貴種であり,物語のなかではしばしば賤民の地位に貶められたり,冥界からかろうじて帰還してきたグロテスクな病者であったりする.

近代の日本はこの物語に対して,二度にわたり興味深い改作を行なっている.

 森鴎外が「太夫」を「大夫」として『山椒大夫』を発表したのは,1915年のことであった.この短編小説では,原物語にあった残酷描写のいっさいは削除され,信仰と奇跡からなる仏教的色彩は排除されている.

利発にして行動的な姉に先導されてゆく,無垢な弟.原作と違って父親は配所先で他界しているが,厨子王を前にして,盲目の老母は開眼する.山椒大夫の一門はますます富み栄えることになる.

いかにも統治者の側から見たハッピーエンドが,そこには描かれている.官僚であった鴎外は,厨子王が逃げ込んだ国分寺が中央権力と直結した位置にあり,山椒大夫に敵対しうるアジールであることをみごとに見抜いていた.

この近代主義者による改作ののち,『山椒大夫』は無害な児童文学として,次々と翻案されることになった.親子と姉弟の情愛をみごとに謳いあげる物語として,絵本からアニメまで,多くの子供向きメディアのアイテムとなったのである.

 『山椒太夫』の脚色でもうひとつ忘れがたいのは,溝口健二が1954年に撮った大映映画である.このフィルムがヴェネツィア映画祭で受賞したため,物語は世界でもっとも悲痛な物語のひとつとして,国際的に知られることになった.

溝口は鴎外の改作に多くを仰ぎながらも,随所に思い切った変更を施している.父親は民百姓を思って重税に反対し,勃興しつつある武士階級の横暴によって政治的に追放された,良心的貴族として設定されている.息子の厨子王は父から授かった万人平等の理念のため,奴婢の解放を一途に心がける青年であり,山椒大夫の荘園に働く者たちは,「人間」として解放される瞬間を待ち望んでいる被抑圧者である.

あらゆる登場人物が,戦後民主主義を生きている.溝口には鴎外が洞察してみせた権力者どうしの術策や陰謀は,理解を越えたものであった.彼にとっては中央の天皇制も山椒大夫も,等しく民衆を抑圧する支配階級でしかなかった.

79投稿者:山椒大夫  投稿日:2009年03月22日(日) 20時48分00秒

だがその一面で溝口は悪魔的な洞察力のもとに,彼らに強いられた極限的な宿命を描写してやまない.

彼はまず,それまで母親が売られた先で得た生業を,農家の庭先での鳥追いから賤しい遊女へと変更した.これは重大な変更である.

溝口は母親が淪落のはてに悪所場から脱出しようとして失敗し,見せしめに両足の筋を刀で断ち切られるところを,省略もせず描いた.

安寿と厨子王は年の順を交替し,厨子王の方が兄となる.厨子王は長い奴婢生活のうちに自暴自棄となり,山椒大夫の忠実な配下として同僚の拷問に加担するまでに,人間的に堕落する.

逆に大夫の家の長男は理想主義から出奔して,国分寺の僧侶となる.説経節があれほどまでに執拗に描いた安寿の拷問の場面は,あえて描かれない.彼女は兄の脱走が成功するように時間稼ぎをし,その後に沼のなかにゆっくりと身を沈めてゆく.

 京に出た厨子王は左大臣に直訴をし,父の形見の観音様の仏像が功を奏して,その身分を信じてもらうことに成功する.仏像は原作と違って,けっして非合理的な奇跡には加担しないのだ.

厨子王は新しい領主として丹後に赴くと,ただちに山椒大夫と三郎を逮捕する.だが彼らを殺害せず,丹後から追放するに留める.溝口の関心は復讐になどない.彼が最大限の情熱をこめて描くのは,佐渡島の外れの海岸でなされる母と息子の再会である.もはや襤褸(ぼろ)切れのように惨めな姿となった老婆と,高位の官職を擲(なげう)って駆けつけた息子とが,絶望のはてにかき抱きあう様を,カメラは凝視し続ける
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0242590/js/another01.html
80投稿者:山椒大夫  投稿日:2009年03月22日(日) 21時11分04秒

女であることの受難の物語としての『さんせう太夫』

1. 説経集の『さんせう太夫』と森鴎外の『山椒太夫』

 中世の吟遊詩人が語っていた説経語りとしての『さんせう太夫』1) は、森鴎外の小説『 山椒太夫』2) とは興味深い対比を示している。このことは、『さんせう太夫』を支配者と被支配者の相剋という観点から読み解いた岩崎3) も指摘しているが、『さんせう太夫』は、『山椒太夫』とは異なり、悪夢がそうであるような残忍なエロティシズムと細部において読み解かれるべき謎に満ちている。

 例えば、安寿が、弟、厨子王に寄り添って柴を刈りに行きたいと願い、黒髪を切ることを代償として、一緒に柴を刈りに行くのを許される箇所を、鴎外は、既に安寿が弟を逃がす決意をしていたから、大事な黒髪を切ってまでも実行したのだととれるような構成にしている。しかし、『説経集』においての物語の展開は異なっている。山に入ることは基本的に女には禁じられており、安寿が女のまま厨子王に随行することは、禁忌を侵すことであった。そして、安寿が厨子王に随行する場面は、厨子王が逃亡する件とは、独立して語られており、女である印を捨ててまで厨子王と山に上ったのは、鴎外の小説でそうであるような合理的な理由では説明することができないのである。

 安寿の額に烙印が押される件は、鴎外の小説では、夢の中の出来事となっている。しかし、原本では、安寿と厨子王は実際に烙印を額に押されるのであって、しかもそれは、逃亡の謀議をこらしたからという合理的な理由によってではなく、達成不可能なノルマを与えられ、そのノルマを自力で達成することができなかったという、非常に不合理な理由からなのである。つまり、山椒太夫とその息子三郎は、原本では、悪意から、あるいは、サディズムから、安寿の額に烙印を押しているのであり、安寿の額に烙印を押し、安寿を徹底的にいたぶり、辱めることこそが、山椒太夫と三郎の目的なのであって、理由とされていることは単なる口実としての機能しか果たしていない。山椒太夫が、安寿と厨子王を小屋に閉じ込めて飢えさせるのも、明らかに悪意からなる嗜虐的な行為である。さらに、安寿は、森鴎外が描いているように、入水自殺したのではなくて、厨子王を逃がしたことを咎められ、水責めにされて責め殺された点も、付け加えねばならない。即ち、鴎外は、山椒太夫の側の悪意とサディズムを全て捨象してしまっているのである。

 その結果、三郎は、厨子王が権力者として回帰してくる時に、竹鋸による鋸引きを免れることになる。何故なら、安寿を、動物のように小屋に入れて飢えさせ、その額に恥辱の烙印を押し、ついには水責めにかけて責め殺した人間が、復讐されることなく物語の中で安閑として終を全うする等ということは物語の構造的に不可能なのであって、三郎が、切れない竹鋸で一寸刻みに首を落とされるという残酷極まりない仕打ちを受けずに済むには、彼の悪意からなるサディスティクな安寿に対する迫害を捨象するしか方法がないからである。

 幻想のシナリオとしての『さんせう太夫』にとって、鴎外によるその近代小説化の過程で切り捨てられた安寿に対する執拗なまでに残酷な仕打ちとその反転は不可欠の要素であった。聴衆は実際には、密かに安寿への迫害を、嗜虐的な享楽とともに体験するのである。そして、その後ろめたさを糊塗するために、自らのサディズムを、今度は鋸引きにして、自分から切り離さねばならない。



81投稿者:山椒大夫  投稿日:2009年03月22日(日) 21時16分52秒

この際、実際に、残忍な刑罰を執行するのは、山椒太夫本人ではなくて、三郎というその息子である点は重要である。岩崎の指摘するように、山椒太夫が支配者であるとするなら、支配者そのものと直接的に対峙することは、父殺しと通ずることになり、だからこそ、原本においても、山椒太夫は不可解にも致死的な刑罰から免れることとなるのである。原本においても、最後に父の代理ともいえる山椒太夫を殺さねばならない点は隠蔽されている。

 

2. 安寿の物語としての『さんせう太夫』

 こうして鴎外の小説から抜け落ちた部分を補填していくと、説経集の『さんせう太夫』を、「女」のヴェルデ・ガング"Werde-gang"・として読む可能性が開かれてくる*。つまり、安寿と厨子王の物語は、安寿の受難と、受難によって安寿が女となる物語として読むことができるのである。

 もう一度、この物語をお復習いしてみよう。安寿は、人攫いによって母から引き離され、山椒太夫に引き渡されることによって、物語の主人公となった。売られた先の山椒太夫のために、安寿は、女の印である黒髪を切られ、額に烙印を押され、最後には水責めにされて殺されるといった一連の受難を次々と体験して行くことになる。商品として安寿を買ったはずの山椒太夫は、本来ならば、安寿が商品として利益を生むようにそれなりに衣食を与え、自分の持ち物としての安寿の身体ができるだけ長持ちするように気配りをするべきなのに(実際、鴎外の小説では、ほぼこの路線に従って彼らは行動している)、山椒太夫はひたすら安寿に苦痛を与え、享楽に操られているとしか思えない仕打ちを安寿にし続ける。その意味では、山椒太夫は、奇妙なことに、安寿を金銭で買われた自分の持ち物としては扱っていない。二人の関係は、だから、逆説的に愛の関係としてしか理解することができない。

 この物語の主要な登場人物は、山椒太夫と安寿と厨子王である。山椒太夫が、母と別れた女が出会わねばならない男という災厄であるとするなら、厨子王は、少年であり、厨子王はまた、行李の中に入れられて都へ運ばれたり、行李の中で輝く仏像になったり、また、後には、代官に立身したりする者である。そういう意味では、厨子王は、母の体内を出たり入ったりする父のファルスであると考えることもできる。母と訣別した安寿は、厨子王と会うためには、髪を切らねばならなかった(=女は、ファルスを受け入れるためには、母を捨て、母のペニスを去勢しなくてはならない)。母と分かれ、山椒太夫と出会った安寿の身体は、文字の刻印を受ける(=女の身体は、災厄としての男と出会うことによって、シニフィアンによる刻印を受ける)。最後に、安寿は、厨子王を逃がして水責めにされる(=女は父のファルスを体内に宿しそれを出産によって体外に排出する)。忘れてはならないのは、山椒太夫に引き渡されることによって、安寿は母親の軛から解放されたことである。安寿は母親からの独立と引き換えに、男という災いを抱え込んだのである。物語のエピローグである安寿亡き後の、母親と厨子王の涙の邂逅は、見事に物語の本質を開示しながら隠蔽している。母親が愛していたのは、厨子王であって、安寿ではなかった。だから、苦い思いとともに、安寿は母親の元を離れ、災厄そのものである男へと身を任せたのだ。母親が望んでいたのは、厨子王との再会であって、安寿は死んでしまったからこそ、母親に涙を流してもらえたのである。母親は安寿を愛してはいなかったことの後ろめたさを隠蔽するために、「安寿かわいや、ほうやれほ」と歌うのである。そして、『説経集』では、この女の運命を、安寿が敢然として引き受ける様が描かれている。つまり、安寿は、敢然として彼女の受難を自らの運命として引き受けることによって、彼女の物語を希有な女の英雄譚としたのである。

http://homepage3.nifty.com/tamakis/%8C%93%96%7B%8D_%97S/Knemtoppr12.html
82投稿者:山椒大夫  投稿日:2009年03月22日(日) 21時31分42秒

説教節『さんせう太夫』

佐渡七太夫伝説(寛永十六年) 1656年

丹後由良の山椒太夫屋形、姉の安寿は、厨子王を逃し た咎で、 厳しく折檻される。登梯にからみつけて、湯責め、水責め の拷問、それでも白状しないの で、三つ目錐で膝の皿をからりからりと揉まれて問われつづけ、やがて 死ぬ。  


與七郎正本(明暦二年)1639年

丹後由良の山椒太夫屋形、姉の安寿は、厨子王を逃し た咎で、 厳しく折檻される。登梯にからみつけて、湯責め、水責め の拷問、それでも白状しないの で、三つ目錐で膝の皿をからりからりと揉まれて問われつづけ、やがて 死ぬ。 

http://www2m.biglobe.ne.jp/~momotaro/talk/localstory/compare1.htm
83投稿者:777  投稿日:2009年03月23日(月) 02時46分46秒

映画『山椒大夫』は失敗作ですね.

何故,平安時代に社会主義が出てくるのかな? アホらし.

原作をそのまま映像化すれば大傑作になっていたのにね.

84投稿者:777  投稿日:2009年03月23日(月) 02時50分58秒

雨月物語と羅生門もいいのは京マチ子が出て来る所だけ.

ヒューマニズムなんて下らない.
85投稿者:これが本当のさんせう太夫  投稿日:2009年03月23日(月) 12時59分55秒

さんせう太夫(山椒大夫―安寿と厨子王の物語)

説経「さんせう太夫」は、高貴の身分の者が人買いにたぶらかされて長者に売られ、奴隷として辛酸をなめた後に、出世して迫害者に復讐するという物語である。高貴のものが身を落として試練にあうという構成の上からは、一種の貴種流離譚の体裁をとっているが、物語の比重は、迫害を受けるものの悲哀と苦しみに置かれており、故なき差別や暴力への怨念に満ちたこだわりがある。

中世の日本には、支配する者とされる者との間に、厳然とした溝があり、過酷な対立があった。そして、支配される者の底辺には、譜代下人と呼ばれる階層があり、支配者に身分的に隷属して、奴隷のような境涯に甘んじていた。かれらは、人にはなれぬ製外者(にんがいしゃ)として扱われ、支配者による搾取のほか、苛烈な差別を受けていた。

「さんせう太夫」が語る世界は、こうした下人の境遇なのである。説経を語る者たちも、定住の地を持たぬ漂泊の民であり、「ささら乞食」として差別される身であった。その彼らが語ることによって、故なく貶められていた人々の情念が乗り移り、物語に人間の叫びを伴わせた。聞くものをして身を震わせ、今日の我々にも訴えかけてくるものは、この人間の魂の叫びなのである。

森鴎外は、説経「さんせう太夫」を素材にして、小説「山椒大夫」を書いた。鴎外は、説経のあらすじをおおむねにおいて再現しながら、親子や姉弟の骨肉の愛を描いた。すぐれた文学作品として、今でも人の心を打つ。だが、鴎外は人間の感情の普遍的なあり方に比重を置くあまり、原作の説経が持っていた荒々しい情念の部分を切り捨てた。安寿とつし王が蒙る、悲惨な拷問の場面や、つし王が後に復習する際の凄惨な光景などは、余分なものとして切り捨てたのである。しかし、本来説教者がもっとも力を入れて語ったのは、こうした部分だったに違いないのである。

中世に人買いが横行していたかどうかについては、あまり定かなことはわからない。能には、「隅田川」における梅若丸の物語をはじめ、人買いをテーマにしたものがいくつかあるが、現実をどれだけ反映しているものかは、定かではない。しかし、罪を犯したり、経済的に行き詰ったものが、行き着く先として下人の境遇に身を落とすことはあっただろう。中世の人びとにとっては、下人の境遇は他人事とは感じられないほど、身近で、いつ自分もそうなるかわからないものとして、とらえられていたのかもしれない。

こうした背景が、「さんせう太夫」を説教の代表的な演目として、中世の人々から熱狂的に迎えられる素地になったのだと考えられる。以下、鴎外の小説を時折参照しつつ、説経「さんせう太夫」を読み解いていこう。

物語は、岩城の判官正氏の御台所とその子安寿と厨子王が、帝から安堵の令旨を賜るべく、都へと向かう途中、人買いによって親子離れ離れに売られるところから始まる。

「御台この由聞こしめし、やあやあいかにうわたきよ、さて売られたよ、買はれたとよ、さて情けなの太夫殿や、恨めしの船頭殿や、たとへ売るとも買うたりとも、一つに売りてはくれずして、親と子のその仲を、両方へ売り分けたよな、悲しやな」

これは、そのときの母の嘆きの言葉である。母はその後売られた先で、「蝦夷が島の商人は、能がない職がないとて、足手の筋を断ち切って、日に一合を服して、粟の鳥を追うておはします」境遇になる。しかし、鴎外はこのような、凄惨な挿話は切り捨て、人間の感情の普遍的な部分にスポットライトをあてて、物語を展開していく。

一方説経は、転々と売られた挙句たどり着いたさんせう太夫の下で、安寿とつし王の姉弟が蒙る悲惨な運命について、綿々と語る。

「さてもよい譜代下人を、買ひ取ったることのうれしやな、孫子、曾孫の末までも、譜代下人と呼び使はうことのうれしさよ」というさんせう太夫の言葉どおり、安寿とつし王とは、下人の境遇に陥ったことが強調され、下人として、耐え難い扱いを受けることとなる。

86投稿者:これが本当のさんせう太夫  投稿日:2009年03月23日(月) 13時00分41秒

鴎外は正面からとりあげていないが、三ノ木戸や松の木湯船に閉じ込められる部分は、作品に異様な迫力をもたらしている。

三ノ木戸には象徴的な意味合いがあって、ここに幽閉されるのは、人間としてこの上もない侮辱であることを、安寿の口からいわせている。

「今年の年の取り所、柴の庵で年を取る、我らが国の習ひには、忌みや忌まるる者をこそ、別屋に置くとは聞いてあれ、忌みも忌まれもせぬものを、これは丹後の習ひかや、寒いかよつし王丸、ひもじなるよつし王丸」

安寿は常に、厨子王の庇護者として描かれている。弟をかばい、励まし、最後には弟を遁走せしめて、さんせう太夫の子三郎によって嬲り殺されてしまう。安寿の死の部分は、説経「さんせう太夫」の最大の泣かせ場である。

「邪険なる三郎が、承り候とて、十二格の登り階に絡みつけ、湯攻め水攻めにて問ふ、それにも更に落ちざれば、三つ目錐を取り出だし、膝の皿を、からりからりと揉うで問ふ」 それでも安寿は落ちないので、「邪険なる三郎が、天井よりもからこの炭を取り出だし、大庭にずっぱと移し、大団扇をもってあふぎ立てて、あなたへ引いては、熱くば落ちよ、落ちよ落ちよ、と責めければ、責めては強し、身は弱し、何かはもってこらふべきと、正月十六日日ころ四つの終わりと申すには、十六歳を一期となされ、姉をばそこにて責め殺す」

厨子王が追っ手をのがれて逃げ込んだ国分寺の場面も、象徴的に語られる。寺守は、威厳のある僧とは描かれていないが、追っ手の勢いを煙に巻き、厨子王を窮地から救う。中世の寺院は、弱い人々が迫害を逃れて逃げ込む先であり、アジールとしての機能を持っていた。この場面は、そのような寺院の性格を生き生きと描いている。

鴎外の小説には出てこないが、説経では、皮籠に潜んでいた厨子王は、三郎によって見つけられてしまうのであるが、身に着けていた地蔵菩薩が黄金に光り輝いて、三郎の目をくらまし、なんとか窮地を脱する。このあたりは、神仏の加護により助けられるという、当時の民衆の意識に訴えかけたに違いない。
87投稿者:これが本当のさんせう太夫  投稿日:2009年03月23日(月) 13時01分13秒

厨子王の話を聞いた寺守は、自ら厨子王を背負って都まで送り届けることを申し出る。この都行きの場面は、道行の典型に従っていて、おそらく軽妙な調子で語られたのであろう。

「それがし送り届けて参らせんと、元の皮籠へとうど入れ、縦縄横縄むんずと掛けて、ひじりの背中にとうど負ひ、上には古き衣を引き着せて、町屋関屋関々で、聖の背中なはなんぞと、人が問ふ折は、これは丹後の国国分寺の金焼地蔵でござあるが、あまりに古びたまうたにより、都へ上り、仏師に彩色しに上ると言ふならば、さしてとがむる者はあるまいと、丹後の国を立ち出でて、いばら、ほうみはこれとかや、鎌谷、みじりを打ち過ぎて、くない、桑田はこれとかや、くちこぼれにも聞えたる、花に浮木の亀山や、年は寄らぬと思ひの山、沓掛峠を打ち過ぎて、桂の川を打ち渡り、川勝寺、八丁畷を打ち過ぎて、お急ぎあれば程はなし、都の西に聞えたる、西の七条朱雀、権現堂にもお着きある。

権現堂に着いた厨子王は、足が弱って歩くことを得ず、乞食仲間の施しを受けたり、土車に引かれたりしながら、天王寺にやってくる。土車は、いざりや乞食の乗り物として、落ちるに落ちてしまった厨子王丸の、身の上を象徴するものなのである。

天王寺は、中世日本の大寺院として、民衆の心のよりどころでもあり、また虐げられたもののためのアジールとしてあった。ここで、厨子王丸は、底辺から栄華の頂上へと転身する。そこに、民衆は死と再生に似た、蘇りの瞬間を恍惚たる感情をもって、迎え入れたのに違いない。
88投稿者:これが本当のさんせう太夫  投稿日:2009年03月23日(月) 13時02分06秒

説経は最後に、厨子王による復讐と報償の話を付け加えている。鴎外が切り捨てた部分であるが、やはり、当時の民衆にとっては、悪に対しての相応の復讐は、生きていくための名文や正義に照らして、なくてはならないものだったのである。

鴎外の小説は、復讐ではなく、親子の感動的な再会を中心に描いている。説経もまた、親子の再会を描いているが、それはみごと甦ったづし王丸の、それまでの苦しみに対する償であるかのような文脈において語られる。その部分は次の通りである。

「いたはしや母上は、明くればつし王恋しやな、暮るれば安寿の姫が恋しやと、明け暮れ嘆かせたまふにより、両眼を泣きつぶしておはします、千丈が畑へござありて、粟の鳥を追うておはします」母の姿をみた厨子王は、お守りの地蔵菩薩を取り出し、その霊験によって母の目を開けさせるのである。

これに対して、鴎外の小説のフィナーレは、次のようになっている。

  「安寿恋しや、ほうやれほ
  厨子王恋しや、ほうやれほ
  鳥も生あるものなれば、
  疾う疾う逃げよ、逐はずとも

正道はうっとりとなって、この詞に聞き惚れた、、、厨子王という叫が女の口から出た。二人はぴったり抱き合った」

説経と、鴎外の目指したところが、おのずから違っていることがよくわかる部分である。鴎外は、近代人の一人として、人間の普遍的な感情を描こうとした。それに対して、説経は、同時代を生きる民衆たちの、眼前の不条理や故のない苦しみを描くことによって、その精神の浄化作用ともいうべきものを、果たしていたのだと思うのである。
http://japanese.hix05.com/Performing/sekkyo/sekkyo02.sanseu.html
89投稿者:これが本当のさんせう太夫  投稿日:2009年03月23日(月) 13時21分47秒

「説経」の世界

「説経」という芸能をご存知でしょうか。森鴎外の有名な小説「山椒太夫」は説経「さんせう太夫」を下敷きにして書かれたものです。「説経」と言いますのは、中世末期の民衆に発した語りものです。それは祭りの日などに寺社の境内・辻堂などで、流浪の民によって大道芸的に語られたもので、簓(ささら)を摺りながら語ることから「簓説経(ささらせっきょう)」とも呼ばれました。そのころの絵を見ていますと、往来でムシロを敷いて・そこで男が説経を語っている・まわりに男女が数人、ある者は首をうなだれ、ある者は泣きながら説経に聞き入っているという図を見ることがあります。

「ただ今語り申し御語り、国を申さば丹後の国、銕焼(かなやき)地蔵の御本地を、あらあら説きたて広め申すに、これもひとたびは人間にておはします。人間にての御本地をたずね申すに・・・」(「せつきやうさんせう太夫」佐渡七太夫正本・明暦2年(1656)を分かりやすく漢字混じりに直しました。)

「さんせう太夫」は丹後の国の銕焼地蔵の由来を説き広めるものでした。こうした語り物は江戸時代に入って三味線と結びついた「浄瑠璃説経」が登場してからはそれにとって代わられ、さらには、義太夫節のような・題材も曲節も新しくて変化のある新しい語り物系浄瑠璃に押されてしまいました。

太宰春台(1680-1747)は江戸の儒学者ですが、春台は「独語」のなかで「今の世に淫楽多きなかに、うたひ物のたぐひには浄るりに過ぐる淫声はなし。」と書いています。浄瑠璃を「淫声」と非難しているのは、元禄年代ごろから浄瑠璃の曲節の調子が高くせわしなく、また派手になってきて、またその題材が俗になってこのごろ風紀が乱れてきたのは浄瑠璃のせいだと春台は言います。それだけ当世浄瑠璃が人々にとって魅惑的であったのでしょう。まあ、お堅い儒学者の言うことですから、そこのところは割り引く必要があるかも知れません。当世の流行歌の歌詞や風俗に顔をしかめるお年寄りはいつの時代にもいるわけです。

一方で、春台はひと時代昔の「説経」に触れ、「説経は淫声にあらず」としてこれを評価しています。

「昔より法師の説経に因果物語をするたぐひなり、その物語は俗説にまかせて確かならぬことも多けれども、詞は昔の詞にて賤しき俗語をまじへたるなかに、やさしきことも少なからず、(中略)その声もただ悲しきのみなれば、婦女これを聞きてはそぞろに涙を流して泣くばかりに、浄るりの如く淫声にはあらず、(中略)いはば哀れみていたわるという声なり」(太宰春台:「独語」)

仏教説話的な善悪因果の題材を儒学者が評価している点はそれらしいところですが、「哀れみていたわるという声なり」という指摘などは説経の本質をよく突いた評だと思います。

これは恐山のイタコの口寄せと同じようなものです。先日、作家の五木寛之氏がイタコについて書いているのを読みました。文が手元にないので記憶で引きますが、五木氏は自分の死んだ弟の霊をイタコに呼んで貰ったのだそうです。「九州育ちの弟が津軽弁で話すのには驚いた」が、「体を大事にしなよ」などと言われると素直に泣けたと書いておられました。説経もまた同じような癒しの効果を聞く人に与えるのだと思います。説経を聞きながら人々は主人公の苦難に涙し、その再生に癒されたのです。

「説経」の代表的な演目をあげれば、「さんせう太夫」・「しんとく丸」・「おぐり」・「かるかや」の四つです。これらの題材は説経師によって各地で語られ、民衆の涙を絞り・また語り継がれました。さらに他の芸能への題材にも取り上げられたりして、これらの物語は長く民衆の伝承として親しまれたのです。

90投稿者:これが本当のさんせう太夫  投稿日:2009年03月23日(月) 13時22分24秒

「さんせう太夫」は、歌舞伎ではもはやあまり上演されませんが「由良湊千軒長者」という芝居になっています。「しんとく丸」は謡曲の「弱法師」の題材になっており、さらにこれは歌舞伎の「摂州合邦辻」に引き継がれています。「かるかや(刈萱)」の石童丸の物語は歌舞伎の「刈萱道心」、「おぐり」は歌舞伎の「小栗判官車街道」などの題材になっています。石童丸や小栗判官の物語などは講談などでも取り上げられ、明治頃まで民衆には親しい物語でした。

説経の「さんせう太夫」と、これを近代的視点から捉えなおした森鴎外の「山椒太夫」を比べて見ますと、すぐに分かる大きな違いは、鴎外本では、厨子王が山椒太夫と和解して、山椒太夫は奴隷にしてこき使っていた人々を開放するという結末になっていることです。この部分は説経では、厨子王は山椒太夫の首を竹鋸で息子の三郎に引かせるという刑罰を与えるという非情な場面になっています。しかも、この場面は説経では重要な場面でして、これがなければ説経は完結しないと言ってもいいほどなのです。

「ひと引きひいては千僧供養(せんぞうくよう)、ふた引きひいては万僧供養(まんぞうくよう)、えいさらえいと、引くほどに、百に余りて六つのとき、首は前にぞ引き落とす」

山椒太夫が処刑されるこの場面はたしかに残酷ですが、「ひと引きひいては千僧供養」というようなお囃子のような調子がついていて、なにか開放されるような明るさがここにはあります。国分寺の庭で民衆が見守るなかで行われる処刑は、単なるお上の見せしめや威嚇だけではない、どこか祝祭的なものを感じさせます。山椒太夫はこれにより冥府へ(おそらく地獄へ)送られるわけですが、一方で、この処刑によって山椒太夫によって虐げられ・殺されていった人々の魂は癒されるということでもありましょう。

こうした感覚は近代人にはなかなか理解されにくい所です。鴎外は、説経「さんせう太夫」の支配する者とされる者の間に横たわる隔たりを「人権的な・法的な隔たり」と解釈していますから、どうしてもこの処刑の場面は納得できなかったのでしょう。しかし、説経のなかにある支配者と被支配者の隔たりというのは絶対的なもので、互いに和解することなどないほどのものです。そこに説経を語り・諸国を流浪する芸人たちの(つまり被差別民としての)悲しみが重ね合わされます。

91投稿者:これが本当のさんせう太夫  投稿日:2009年03月23日(月) 13時23分01秒

永遠に女性なるもの

その後、厨子王は追っ手を逃れて苦難の逃避行で足腰も立たないような病人になってしまって天王寺に送られるのですが、そこで奇跡が起こって高貴な身分に生まれ変わります。

ここで再生の場として「天王寺」が登場してくることも重要です。説経「しんとく丸」の舞台も同じく天王寺です。また「小栗判官」では熊野が再生の場として登場します。天王寺も熊野も、体を蝕まれた人々が最後にすがる霊場でありました。このように穢れた厨子王の身が天王寺で癒されて高貴な身に生まれ変わる奇跡が、説経では重要な要素なのです。こうした部分も鴎外本では省かれています。しかし、本稿ではこの部分には深入りしないことにして、安寿にスポットを当ててみたいと思います。

安寿は厨子王が逃亡するのを手助けして、自分は火責め・水責めの刑にあって死んでしまいます。説経「さんせう太夫」を見ると、安寿の死というのは実に大きな意味を持っています。厨子王が逃げることができたのは、安寿の犠牲のおかげでした。しかし、説経ではそれにとどまらず、安寿の死と引き換えに厨子王の再生・復活が行われたと言っていいほどの意味をドラマに与えているのです。このように説経ではつねに「生と死」が隣り合わせに・対照的に配置されて、我々自身の生の意味を問うています。

国司となって戻った厨子王は山椒太夫に「姉を返せ」と迫ります。厨子王にとっては安寿は誰よりも恋しい大事な存在なのです。説経の「さんせう大夫」においては安寿は母親よりはるかに重要な存在です。

「やあ、いかに汝ら、姉のしのぶ(安寿)をば何たる罪のありければ、責め殺してはありけるぞ、われをば誰とが思うらん、汝らが家にありたりし、わすれぐさ(厨子王)とはそれがしなり、姉御を返せ、太夫、三郎よ、さても汝は、死したる姉を返せと言うを無理なることと思うべけれど・・」

だから、山椒太夫の処刑の場面では何よりも、厨子王を助けるために死んでいった姉・安寿の魂が癒されていると思います。しかし、山椒太夫を処刑し、母親と再会した後も、厨子王の気持ちは安寿のことを思って晴れません。

「うれしきにも、かなしきにも、先立つものは涙なり。これにつけても安寿姫、浮世にながらえ有りならば、何しにものを思うべきと、あめやさめとぞ泣き給う。」

こうして厨子王は、安寿の菩提を弔うために丹後の国に銕焼地蔵の御堂を建立するわけです。その由来を語るという体裁をとっているのが説経「さんせう太夫」なのです。

92投稿者:これが本当のさんせう太夫  投稿日:2009年03月23日(月) 13時23分56秒

女性が自らを犠牲にして愛する者を救済し・再生に導くというストーリーは洋の東西を問わず数多いのですが、この「さんせう太夫」での安寿もそうです。そこに慈悲深いお地蔵さま・あるいは観音さまのイメージが重なります。姉・安寿は厨子王にとって自らを守護し・導く 存在なのです。ゲーテの「ファウスト」第2部の有名な言葉を思い出します。「永遠に女性なるもの、われを高みに引き上げん」

説経にはこうした主人公に自己犠牲的な献身をする女性が他にも登場します。 例えば、「おぐり」に登場する照手姫、「しんとく丸」に登場する乙姫もそうです。乙姫はもともとしんとく丸の許婚なのですが、業病に冒されて追放されたしんとく丸にも乙姫は身分を捨てて(つまり、ある意味で「死んだ」ということです)献身します。そのことでしんとく丸は再生していくのです。このことを可能にしたのは、観音を担い、観音とともに歩いた巡礼姿の乙姫(=歩き巫女)でした。

岩崎武夫氏はその著書「さんせう太夫考」において、天王寺の縁の下にいて乙姫の救いを待つしんとく丸の姿と、近松門左衛門の浄瑠璃「曽根崎心中」の天満屋の場において、縁の下にひそんで遊女お初の足を押しいただく徳兵衛の姿との類似性を指摘しておられます。こういう発想は文献的には根拠が薄いかも知れませんが、非常に大事です。

徳兵衛は、お初の言葉に押されるようにして心中を決意します。つまり、新たなる生を獲得するために徳兵衛は動き出すわけですが、そのために も苦界に沈んだ女の献身が必要であったのです。お初はそのためにも遊女でなければならなかったのです。お初を観音と重ね合わせる「曽根崎心中」冒頭の観音廻りも、そうした中世的な呪術宗教的な精神的つながりのなかから発しています。近松の「観音廻り」は「お初観音縁起」というべき体裁をとっているのです。(別稿「曽根崎心中・観音廻りの意味」あるいは「色で導き情けで教え」をご参照ください。)

近松の浄瑠璃を読んでいきますと、意外なほど理性的で・人生を冷静に見つめる目を感じてびっくりすることがありますが、しかし、近松の浄瑠璃の近代人的な・理性的な構造のなかにも、じつは長い間に日本の民衆のなかに培われた精神土壌が脈々と生きていたというわけです。

ということで、歌舞伎・文楽の作品の奥深いものを知ろうとしていけば、先行芸能や説話などを通じて、その奥に潜む日本人の精神の水脈を必然的にたどらねばならないことになります。そうすることで我々はもっと豊かなものを手にすることができるかも知れません。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/geinohsi10.htm
93投稿者:一般大衆向け娯楽大作_七人の侍  投稿日:2009年03月23日(月) 14時25分22秒

七人の侍

監督: 黒澤明
脚本: 黒澤明 橋本忍 小国英雄
撮影: 中井朝一
美術: 松山崇
音楽: 早坂文雄

キャスト 役名)
志村喬 (勘兵衛)
稲葉義男 (五郎兵衛)
宮口精二 (久蔵)
千秋実 (平八)
加東大介 (七郎次)


http://www.youtube.com/watch?v=DuBM7Tu-w7g&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=cfOz9C2_Vjc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=2xyhIP2axGc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=IhQ2-yQPII8&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=zTzu6khatp0&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=Pw7KzZVhfp4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Rg3NOAFk3SU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=jLWM2yj5LU8&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=1rnh1b1vbQg&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=q-hMVEZV4EY&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=K3AFQOHMKtM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=UfvBXavdZRI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=uY3z32OGVBQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=I_mLWfuw2NI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=_l1lJqf1p68&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=okFGy2vD178&feature=related
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http://www.youtube.com/watch?v=syG-4WctVF0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=in8qcaQbdBM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=1Cu9X7ySUzA&feature=related

94投稿者:一般大衆向け娯楽映画_乱  投稿日:2009年03月23日(月) 15時07分29秒

乱 1985年

監督 黒澤明
脚本 黒澤明 小国英雄 井手雅人
撮影 斎藤孝雄 上田正治
音楽 武満徹

キャスト (役名)
仲代達矢 (一文字秀虎)
寺尾聰 (一文字太郎孝虎)
根津甚八 (一文字次郎正虎)
隆大介 (一文字三郎直虎)
油井昌由樹(平山丹後)

http://www.youtube.com/watch?v=W70yqZXf0SY&feature=related
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95投稿者:一般大衆向け娯楽映画_用心棒  投稿日:2009年03月23日(月) 15時22分35秒

用心棒

監督:黒澤 明
脚本:黒澤  明・菊島隆三
撮影:宮川一夫
音楽:佐藤  勝
美術:村木与四郎

配役
桑畑三十郎・・・・・・・・ 三船敏郎
新田の卯之助・・・・・・ 仲代達矢
小平の女房・ぬい・・・  司 葉子
清兵衡の女房・おりん・ 山田五十鈴
新田の亥之吉・・・・・・ 加東大介
馬日の清兵衛・・・・・・ 河津清三郎
造酒屋徳右衛門・・・・ 志村 喬
清兵衛の倅・与一郎・  太刀川寛
百姓の小倅・・・・・・・・ 夏木陽介
居酒屋の権爺・・・・・・ 東野英治郎
名主・多左衝門・・・・・ 藤原釜足
新田の丑寅東・・・・・・ 山茶花究
小平・・・・・・・・・・・・・ 土屋嘉男

http://www.youtube.com/watch?v=jMTm0XlMwPA&feature=related
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http://www.youtube.com/watch?v=lKqSulvDgDc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=wITR-2CwPx4&feature=related
96投稿者:デルス・ウザーラ  投稿日:2009年03月23日(月) 15時43分46秒

監督 黒澤明
原作 Vladimir Arsemjev
脚本 黒澤明, Yuri Nagibin
撮影 中井朝一 Yuri Gantman, Fyodor Dobronravov
音楽 Isaak Shvartz
美術 Yuri Raksha

キャスト (役名)
Yuri Salomin ユーリー・サローミン (Arseniev)
Maxim Munzuk マキシム・ムンズク (Dersu)
Schemeikl Chokmorov シュメイクル・チョクモロフ (Jan Bao)
Vladimir Klemena ウラジミール・クレメナ (Turtwigin)
Svetrana Danielchenka スヴェトラーナ・ダニエルチェンカ (Mrs. Arseniev)


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97投稿者:蜘蛛巣城  投稿日:2009年03月23日(月) 16時32分05秒

原作:シェークスピア
監督:黒澤 明
脚本:小国英雄・橋本 忍 菊島隆三・黒澤 明
撮影:中井朝一
昔楽:佐藤 勝
美術:村木与四郎

キャスト (役名)
佐々木孝丸 (都築国春)
太刀川洋一 (都築国丸)
志村喬 (小田倉則保)
三船敏郎 (鷲津武時)
山田五十鈴 (鷲津浅茅)


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98投稿者:蜘蛛巣城  投稿日:2009年03月23日(月) 16時34分00秒

シェイクスピア原作『マクベス』を日本の戦国時代にあてて翻案し、最も優れた映画化として世界で絶賛された作品。

能楽の演技を応用した演出と、妖気あふれるセット美術が、白黒画面の中に効果的に結実している。ラストの三船が無数の矢にさされるシーンの迫力が凄い。


謀反を起こした敵を破り主家の危機を救った鷲津武時(三船敏郎)は、帰城途中に出会った老婆(浪花千栄子)の予言通り大将に任ぜられた。武時は妻・浅茅(山田五十鈴)にそそのかされて城主を殺害し、自ら城主となったが、妻は再び親友・義明(千秋実)を殺すことを迫る。武時は今また義明を討ち、良心の呵責ゆえ半狂乱に。一方、身ごもっていた浅茅は死産し重体に陥る。義明の子・義照(久保明)は城主の一子を奉じて軍勢を率い、蜘蛛巣城へおし寄せてくる。城内の将兵は不安におののき、浅茅も発狂。武時は首を矢で射抜かれて死ぬ。
                          
黒澤明は青年時代には有望な画家であった。映画界に入ることによって画家を職業とすることは止めたが、映画では、ひとつひとつの画面が見事な美術になっている。こういう、動く絵画としての黒澤作品の性質がもっとも純粋に現れたのはこの作品である。

シェークスピアの「マクベス」にもとづいた日本の戦国時代の物語であるが、黒澤明は全く独自な戦国時代のイメージというものを新たにつくり出したのである。森の中の霧の彼方に忽然と現れる城にしても、現在の日本に残っている高くそびえる天守閣を持った美々しいのんびりした城とは違い、まるで地を這うような低い構えが、近寄る者たちへのむき出しの敵意を感じさせる。その城の中にある、かつて城主がここで殺されたという部屋は、板の壁にどうしても消えない血痕があり、黒と自と灰色だけで描きあげられたその神秘的な形象そのものが、深い怨念を現す。

武者たちの鎧も、美術館で見るような美々しい鎧とは違い、邪悪な闘志の結晶のように見える。
これらの美術にいっそう、不気味な生命感を与えているのは、能の演技を応用した俳優たちの動きである。浅茅(マクベス夫人)を演じる山田五十鈴は、能のお嘲子に合わせてすり足で歩き、やや前かがみの姿勢をとり、能面のような神秘的な表情を固定化させている。じつさいに黒澤明は能面のなかからいくつかのタイプを選び、主な俳優たちには、表情をそれに一致させるように要求した。鷲津武時(マクベス)を演じる三船敏郎も、主人を殺してまるで能舞台のような部屋へもどつてくるとき、槍を水平に構えた後向きのまま、足でドラムを叩くように床板をダダダダ‥・‥・と踏み鳴らしながらもどつてくる。床板をリズム楽器として使うのも能の形式である。

その部屋というのが、殺された城主の血痕が壁にある部屋なのだが、この場の美術と能のスタイルに合わせた演技はぴったりと一致して恐ろしいほどの効果を生じている。あたかも鷲津武時は、死者の怨念に操られてこの愚かな主殺しを行なってしまったかのように見えるのである。このあと、浅茅は、恐怖で肉体が硬直してしまった夫の鷲津武時の腕から槍を奪い、犯人を眠っている侍に見せかけるためにこの部屋から出ていくが、この部分での二人の演技は、大胆な彼女が小心な彼を操っているというよりも、二人とも、もっと巨大な神秘的な力の意のままに動かされているという印象になる。ぞくぞくするほど不気味である。
http://nihon.eigajiten.com/kumonosu.htm
99投稿者:蜘蛛巣城  投稿日:2009年03月23日(月) 16時57分07秒

三船演ずる武時が次々と矢を射かけられるラストシーンは、特撮ではなく、実際に三十三間堂の通し矢の名手が三船めがけて矢を射た。

実際撮影が終了した後、三船は黒澤に「俺を殺す気か!?」と怒鳴ったとのこと。その後も、自宅で酒を飲んでいるとそのシーンのことを思い出し、あまりにも危険な撮影をさせた黒澤に、だんだんと腹が立ってきたようで、酒に酔った勢いで散弾銃を持って黒澤の自宅に押しかけ、自宅前で「こら〜!出て来い!」と叫んだという。石坂浩二の話によると、このエピソードは東宝で伝説として語り継がれている[1]。

そんな三船は頻繁に「黒澤の野郎、あいつバズーカ砲でぶっ殺してやる!」ともらしていたという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9C%98%E8%9B%9B%E5%B7%A3%E5%9F%8E


100投稿者:蜘蛛巣城  投稿日:2009年03月23日(月) 16時57分50秒

シェイクスピアの「マクベス」を日本の戦国時代に翻案した、黒澤明の昭和32年作品。黒澤時代劇としては小粒の印象なんだけど、改めて観るとセットはすごく豪華だし、騎馬やエキストラの数も半端じゃない。

霧に包まれた丘の上に、滲み出すように登場する堂々たる蜘蛛巣城は、江戸時代の城のように権力の象徴として建てられたものではなく、近隣大名との実戦を目的とした軍事要塞だ。背の低い黒構えの城は、外部に対してぴったりと門を閉ざし、その中で繰り広げられている人間たちの欲望を包み込む。この蜘蛛巣城を富士山麓に実物大のセットで作ってしまったのだから、当時の黒澤がいかに大きな予算を与えられていたか、当時の日本映画界にいかに資金があったかがわかる。

 スケールの大きなセットのわりに印象が「小さい映画」になっているのは、原作がシェイクスピアの舞台劇だからでしょう。主要なドラマはすべてステージセットの上で演じられる「室内劇」なのです。ロケーション撮影を駆使したシーンは、室内と室内をつなぐブリッジの役割しかはたしていない。そのロケーション撮影にしても、登場するのは蜘蛛巣城の外観や、魔物の出る蜘蛛手の森ぐらい。映画には隣国の大名の名や、いずれは天下を狙う云々という台詞もあったりしますが、基本的に蜘蛛巣城という小城を巡る攻防戦に終始し、その外側に広がる広い世界を感じさせません。この映画に描かれているのは、内部で閉じたすごく小さな世界なのです。

 こうした小さな世界の中で人間の欲望がぶつかり合うことで、映画は窒息寸前の緊迫感を生み出しています。小さな世界のちっぽけな権力のために、主人公は主君を殺し友を裏切る。自分の器以上の地位を手に入れた主人公は必要以上に懐疑的になり、最後は自滅して行くのです。能の動作や音楽を借りた演出も、濃密な世界を描き出すのに恐ろしいほどの効果を生んでいます。山田五十鈴の冷酷さと狂女ぶりとのコントラスト。亡霊になった千秋実のぼんやりとした表情も、背筋が寒くなります。

 血の匂いと死臭ただよう陰惨な映画ですが、登場する殺人の数はじつに少ない。合戦の場面はありますが、合戦の描写はないし、主君殺しが描かれていますが、死は血塗られた槍で表現されるのみ、盟友の暗殺は、亡霊の登場で済ませている。暗殺の成功を報告に来た使者を殺す場面も、きれいに左右対称にデザインされた画面が血生臭さを消しています。

 こうした「抽象的な死」がずっと続いていたからこそ、主人公の死を直接見せるクライマックスは壮絶なのです。裏切った味方の矢を全身に受け、恐怖のあまり半狂乱になる主人公。逃げようとする目の前に次々と矢が射られる中、板塀に突き刺さった矢を手で折りながら、声にならない悲鳴をあげつつ逃げ惑います。これは黒澤が『酔いどれ天使』や『羅生門』で描いてきた「勇敢な男のみっともない死にざま」の集大成でしょう。それにしてもすごい迫力。矢が空気を切り裂く音がすごく恐いのです。
http://www.eiga-kawaraban.com/97/97042102.html
101投稿者:蜘蛛巣城  投稿日:2009年03月23日(月) 17時22分02秒

全編にわたって能の様式美を生かす、という演出意図に沿って製作された 「蜘蛛巣城」 は、シェイクスピアの「マクベス」を日本の戦国時代に置き換えた物語だが、能のイメージが映画全体を支配しているような作品に仕上がっていることに驚いた。

しかし、この映画が能を取り入れていることは、我々にとっては大変見やすいことでもある。マクベス夫人にあたる山田五十鈴が、すり足で歩いたり片膝を立てて座ったりするところがそうだし、マクベス役の三船敏郎が主君殺しを決行するため別室に去り、残った山田五十鈴が ひとり不安と期待とに部屋を行ったり来たりするときの伴奏は能の囃子だ。

予言をする魔女のいるのが「黒塚」の作りものの中だし、回している糸車もそうである。殺された武将達の扮装は皆、二番目物・修羅能の後シテと同様に、法被 ・半切をつけている。  

戸井田道三 「能 神と乞食の芸術」より
http://white-knight.blog.so-net.ne.jp/2007-02-03
102投稿者:蜘蛛巣城  投稿日:2009年03月23日(月) 17時25分58秒

黒澤明監督は「蜘蛛巣城」までは、大戦後の混沌とした日本社会への思想的メッセージを込めて描いてきましたが、本作品では美学に重点を置いて、技巧を駆使して、流麗な映像で美しい映画を完成させています。

その礎となっているのが、神秘的な雰囲気を醸し出すことの成功要因となった“能”の様式美です。

 「蜘蛛巣城」城内の開かずの間は、先代の城主が暗殺された現場という設定ですが、凄味の中に神秘的な美しさを感じさせる、無垢材の板だけで内装している部屋は、古式蒼然とした“能”の舞台を彷彿とさせるのです。

マクベス夫人にあたる山田五十鈴が絹擦れの音をさせながら歩いたり、うつむき加減で会話するのも“能”の技法ですが、非業の死を遂げた武将たちの衣装までもが、全員、二番目修羅能の後シテと同様に“法被・半切”を身に着けていることにあります。
http://www.eigaseikatu.com/imp/2607/407271/
103投稿者:蜘蛛巣城  投稿日:2009年03月23日(月) 17時27分38秒

黒澤映画のなかで『蜘蛛巣城』は特別な意味を有する作品である。極端ないいかただが、「美」以外はなにものもない作品だからである。

それ以前の16作品はいずれも「思想」を語ろうとして来た。その直情的とも言える語り口は、いまになれば、やや生硬で青臭い。もちろん黒澤自身が若かったのだから当たり前といえば当たり前。

しかし『蜘蛛巣城』ではそれがふっきれてしまったのではあるまいか。あえて思想など語らなくてもよい、映画にしかできない表現がある、そういう地点に到達したのかもしれない。光と影と動き。そこに集約される映画の美。『マクベス』のあの厖大なセリフがこの映画から抜け落ちているということは、重大な意味をもってこよう。

 おそらくそれだからこそであろう。12歳の私を圧倒したのはそのような映画美であった。が、その美が何によってささえられているかについては、何も詰まっていなかった当時の私に分ろうはずはなかった。51年振りに再見して、それが、能をみごとに咀嚼し、さらに静と動との完璧なまでのバランスを与えられた「美」であることを見て取ることができた。私自身が能に対する関心を深め、造詣を深めてきたからこそ、この映画に表現されているものが理解できた、と思った。私にとって51年という年月は必要だったのであろう。

 この作品に引用されている能とは、そのドラマトゥルギーであり、所作であり、囃子(リズム)であり、舞台美術であり、要するに能の技巧のすべてだと言ってよい。

 たとえば、蜘蛛手の森のなかの妖婆は『黒塚』の引用である。その小屋。その糸車。糸車を回す妖婆の居住まい。これらは、もう、直接的な引用である。黒澤は原作の魔女たちという複数(3人)を一人に集約しているが、それだからこそ『黒塚』を引用できたのだし、また日本の民話や伝承において一つの目的をもった複数の魔女(物の怪)が登場するという伝統がない。したがって一人の妖婆に設定したことは正解であろう。

 さらに、物の怪が消え失せたその場所に、二人の武将は、屍の山をみる。いつのものとも知れぬ白骨化した死体が幾つもの山となっている。このカットは意外に見過ごされがちかもしれないので注意しておく必要がある。なぜなら、いましがたの妖婆は『マクベス』の「魔女」とはあきらかに異なり、あるいはこれら死者たちの怨霊となんらかの関係がある物の怪と解することができるからだ。とすれば、この白骨の山が、能のドラマトゥルギーに通じるもっとも肝心な核であると見ることができる。

 あるいは、北の館の主となった鷲津武時と浅路が、主人都築国春の訪問を機会に殺害を謀るシーンから、殺害を経て、その現場である「あかずの間」で二人ながら内心に狂乱をかかえこむシーンまでの長いシークエンスは、能舞台そのものを連想させる。そして、浅路を演じる山田五十鈴のメイキャップは、能面のように真白な厚塗りで表情を削ぎ、終始やや俯きかげん。その歩き方は能の「摺り足」である。さらに武時も共に、立居がまた能のたたずまいである。立っている二人が同時に座る場面がある。その膝のまげ方から、すっと沈むように静かに座る様を見ておこう。

 「あかずの間」の正面、雛壇の背景は能舞台の松羽目そっくりに作られているが、松のかわりに主人都築国春を殺害したときの血しぶきが禍々しい。それも当然で、松が象徴するのは永遠の生命だからである。いわば本歌取りしてさらに負のイメージに逆転している。じつに面白い美術である。三船敏郎(鷲津武時)が座っている背後に、屏風のようにしつらえてあるのは矢立である。鷲津武時は弓の名手なのだ。

 主人都築国春の殺害をそそのかし、警護の不寝番に痺れ薬をいれた酒を差し入れることにした浅路が、酒を用意するために奥にひっこむ場面がある。背を向けて出入口にひっこんだ姿がかき消すように暗黒に消える。すぐに大きな瓶子(へいじ)を抱えて白い顔の無表情で登場するが、いきなり暗黒から出現する。ここの照明は注目に値する。暗黒と光の領域とのあいだに中間領域がないのである。この効果は甚大で、象徴の高みに達している。おそらくカッティング技術によるのであろうが、その繋ぎは自然で、自然であるからこそ不自然な魔界が出現しているのである。
104投稿者:蜘蛛巣城  投稿日:2009年03月23日(月) 17時29分20秒

もうひとつ、録音にも注意を向けなければならない。山田が摺り足で動きまわるたびに「衣擦れ」の音がするのだ。それ以外の音は注意深く除外している。そのため、山田の衣擦れのみが、シューシューとまるで蛇の草むらを這い擦るような音になって効果をあげる。

 「衣擦れ」といえば市川崑監督の『細雪』にも、これは谷崎の原作にも書かれていることだが、長女の岸恵子が外出のための着替えをしながら、「帯が鳴る」と言う場面がある。正絹の帯はキュッキュッとなるのである。着物でも裾捌きによっては衣擦れがし、それは女性のおとなの色気を感じさせるものだ。このきわめて日本的な音が、じつは映画の音として表現されたことがない。すくなくとも私は知らない。

 そのような点においても、『蜘蛛巣城』の山田の衣擦れの音は記憶されなければなるまい。

 山田五十鈴の浅路の歩き方が能の「摺り足」の技法だとすれば、三船敏郎の鷲津武時が主人国春を殺害し、血糊がべったり付着した槍を抱えて浅路のもとへもどってくるその足音は、能の「足拍子」の技法であると言ってもよかろう。

 足拍子には、たとえば『道成寺』の乱拍子のように、気を溜めに溜めて絞り出すように足踏みするがそれはむしろ無音である。が、舞台を踏み抜くかのようにドンドンと音をたてる足拍子もある。いずれも囃子方の演奏、とくに鼓の裂帛の気合いにあわせる。能舞台そのものが建築的にその音を響かせる構造になっている。床下に幾つもの大きな土瓶が埋めてあるのである。

 三船はこの足拍子さながらにドンドンと足を踏みならす。この拍子は、たんに足音高く踏みならすのとは違い、技巧的に非常に難しい。それを三船はやっている。

 ところで物語はこの主殺し以後、武時と浅路の運命は狂乱怒濤のごとく、そして坂を真っ逆様に転げおちるように奈落の底へ転がり出す。それを動とすれば、前述した「静と動」の静の方は、例の妖婆に遭遇するシーンまで戻らなければならない。

 このシーンは異常なほど長い。浪花千栄子が演じる物の怪の老婆は、真直ぐ正面を向いて座り、無表情のまま何やら妖しいことを呟きながら糸車を回しつづける。二人の武将、鷲津武時と三木義明は、気をのまれたように無言のまま老婆を注視する。カメラは時に妖婆を二人の武将の肩ごしにとらえ、また逆方向から妖婆の背中越しに二人をとらえ、あるいは横から妖婆をとらえはするものの、終始この得体の知れない妖婆を中心に据えながら長い長いシークエンスを作り出している。

 なぜこんなに長く撮らなければならなかったのだろう。それは、二人の武将の運命を決定する重要な場面だからにほかならない。この物の怪の予言を信じようと信じまいと、二人はこの物の怪に操られるように運命が回転しだす。そのことを観客に強く印象付けなければならないのである。

 物の怪がこつ然と消えたあとで、暗黒の天空にまるで爪跡のような細い弦月がかかり、鋭い叫びをあげながら鵺が横切る。この月もまた、かつてどの映画作品にも登場したことがない鋭く細い月である。

 二人は予言を背負って蜘蛛手の森を騎馬で駆ける。この騎馬のシーンも見事だ。ジョン・フォードの『駅馬車』を凌駕するような素晴らしさだ。稲妻が閃き、背中の旗指物がはためき、森の木々が飛ぶ。ここも長い長いシーンだ。駆けれども駆けれども運命の網からのがれられないことを暗示するかのように。・・・そして二人の騎馬武者はようやく蜘蛛手の森の迷路から抜け出て、霧が深くたちこめる荒れ野に出る。遥か彼方に蜘蛛巣城が姿をあらわす。
http://plaza.rakuten.co.jp/plexus/diary/200809030000/
105投稿者:蜘蛛巣城  投稿日:2009年03月23日(月) 17時53分21秒

黒澤明版マクベス『蜘蛛巣城』

 テレビでやってた『蜘蛛巣城』、録画しておいたので観てみた。
 これは言わずと知れた黒澤明による映画版「マクベス」です。以前、名画座(たぶん銀座並木座)で観たのだけれど、なぜか印象薄く、記憶があまりなくて、今回観てみてその理由を探求したの。

 もちろん一見に値するし、びっくりするような凄いシーンがある。シェイクスピアファンであるならば、やっぱり一度は観とかないと。ただ、黒澤映画では『用心棒』が一番好きなマダムから言うと、『蜘蛛巣城』はちょっとテンポが緩く、全体的に長いなあという印象だったわ。

 その一番の原因は黒澤監督が「能」の様式を取り入れていることじゃないかとマダムは思う。

 そもそも『マクベス』はシェイクスピアの中では最も無駄のない構造の芝居で、本筋と関係ない人物が全く出てこない。シェイクスピアにしちゃ珍しい芝居だ。だって、シェイクスピアは座付き作家だったから、役者全員に役を与えるために、かなりどうでもいいような役を作っては芝居に出してる。それが逆に芝居にふくらみを持たせて面白い!ってこともあるんだけどね。でも『マクベス』には珍しくそういう遊びがないの。だから『マクベス』は普通にやれば、舞台でも2時間半で終わる。短いのよ。コンパクトなの。

 黒澤明とそのブレーン脚本家たちは、翻案にあたり、その無駄のない『マクベス』からさらに枝葉を切ってしまう。

たとえば、マクベスが狂気の殺戮に走る「マクダフ夫人と赤ん坊殺害」のシーンにあたるところが全くない。

それからマクベス夫人が自殺したことを聞いてマクベスが「あれも、死んだか・・・」ってその死を受けとめ、あの有名な科白をつぶやくところがない。「人生は歩く影法師、あわれな役者に過ぎぬ・・・」

 いえ、切っちゃいけないと言ってるわけじゃないのよ。切った分どこが長くなってるかっていうと、能の様式を使ってるせいで全体に間延びした感じになってるのが、残念なだけ。

マクベスが森で出会う魔女(映画ではもののけ)の科白回しも、能と言っていいのかマダムにはよくわからないけれど、とにかく何を言ってるのかがはっきりしなくてイライラする。もちろんマダムはマクベスは暗記するほど観てるので、ここで何が予言されるのか知ってる。でも知らない人だと、これじゃわからないんじゃないの?と思う。

『用心棒』なんかで見せた、スピーディで観る人を巻き込むように連れて行くあの手腕とは、程遠い。いや、残念よー。だって『マクベス』はシェイクスピア作品の中で最も『用心棒』的な、あれよあれよと話が進んでいく芝居なんだもん。これに能を持ち込んじゃったのは、ミスマッチだったんじゃないかしら。巨匠に遠慮して誰も言ってないかもしれないけど。

106投稿者:蜘蛛巣城  投稿日:2009年03月23日(月) 17時54分53秒

それでもこの『蜘蛛巣城』は、舞台じゃなくて映画ならではのイメージが画面に結実しているところが随所にあって、素晴らしい。

 まず冒頭、マクベスとバンクォーが森を馬で駆け抜けるシーン。三船敏郎が弓を、千秋実が槍をそれぞれ掲げながら、雷鳴轟く森を走っていく。ただそれだけなのに、ああ、今まで観たことのないマクベスとバンクォーだー、って胸が熱くなる。

その後も、ダンカン殺害後のマクベスがダンカンの息子を馬で追いかけるところや、バンクォーを乗せてた白い馬が馬だけで帰ってきちゃってバンクォーに何かあったぞ、って思わせるところとか、ダイナミックで、ぞくぞくする。やっぱり、黒澤映画は、馬よ、馬!

 そして、圧巻はラストシーン。三船敏郎のマクベスは敵に討たれるのではない。部下の信頼を失い、味方の矢を浴びて、死ぬ。今、浴びて、と書いたけど、ホントに「浴びて」っていうのがふさわしいほど、シャワーのように矢が飛んできて、三船敏郎のまわりの壁に突き刺さる。逃げ回る三船敏郎の首に真横から一本の矢が突き刺さった時には、テレビ前のマダムも思わずひっ、と声が出てしまったー。このシーンを観るだけでも映画一本観る価値があるね。今はCGでいくらでも出来そうに思えるのに、絶対出来ない迫力のシーン。そりゃやっぱり、監督の想像(創造)力というか妄想力の凄さなのよね。

 長くなっちゃったけれど、最後にもうひとつだけ。舞台で『マクベス』を観るたびいつもマダムが引っかかるのは、マクベス夫人なの。
 だいたい夫を上回るワルで、夫に主人殺しを焚き付けるような女なのに、後半に出てきた時にはもう狂ってて、手に付いた血が取れないっていう妄想に取り付かれてる。前半の気の強さが一転する理由が、どうもよくわからず、狂っているのがとても唐突に思えるの。だからマクベス夫人をやる女優にはそこのところの説得力を求めて、芝居を見るんだけど。

 ところが『蜘蛛巣城』ではそこにちゃんと理由があった。山田五十鈴のマクベス夫人は、マクベスが下克上で殿様になったあと、妊娠するの!で、お腹の子を世継ぎにしたいばっかりにバンクォー殺害をマクベスに迫る。が、その後、子供を死産してしまい、それをきっかけに狂ってしまうのよ。

 元祖『マクベス』にはマクベス夫人の妊娠なんて、出てこない。でもそれを脚本に盛り込んだことで、マクベス夫人の発狂がすんなり受けとめられる。なるほど、って感心したな、マダムは。黒澤ブレーン脚本家軍団に脱帽、だわ。
http://madam-viola.tea-nifty.com/blog/2008/09/post-5ac4.html
107投稿者:蜘蛛巣城  投稿日:2009年03月23日(月) 18時05分29秒

日本版「マクベス」はどう描かれたか

『蜘蛛巣城』で黒澤が見せる見事な場面は多い。その中から私は次のいくつかを選ぶ。

鷲津武時夫妻(武時=マクベス・三船敏郎、妻浅茅=マクベス夫人・山田五十鈴)は能面のようなメイクアップをしている。屋内での抑制された動きの場面は能舞台を強く意識している。マクベスは最後に貴族マクダフと戦い殺されるが、映画の武時は蜘蛛巣城々内で部下の反逆で死ぬ。曲輪で矢に射られる場面はサイレント映画風の画面の強さを見せる。

「マクベス」の三人の魔女は、『蜘蛛巣城』では一人の老婆(浪花千栄子)となった。
雷鳴轟く「蜘蛛手の森」(バーナムの森)で武時と三木義明(バンクォー・千秋実)は老婆と出会い蜘蛛巣城主の将来に関する予言を聞くのである。老婆は、能「黒塚」の鬼女を模している。幻想と恐怖が入り交じるスリリングな場面だ。戦局が悪化してから武時は再び老婆の許へ行き自分の運命を聞いた。老女は「御安心なされませ・・この蜘蛛手の森が動き出して、蜘蛛巣城へ押し寄せぬ限り、貴方様は戦に敗れる事はありませぬ」と答える。彼は森が動くとは信じないから敗北もないと安堵する。その「蜘蛛手の森」が動いて城に押し寄せるのである。二回ほどの短いショットであるが、霧の中から動く森が現れる場面が素晴らしい(撮影中井朝一)。城内の小窓からそれを見て武時はおのれの敗北を知るのである。撮影に比べて音声が悪いのには本当に参る。セリフは半分も聞き取れない。NHKは日本語スーパーを入れて放映すべしと思うほどである。

《 『蜘蛛巣城』は分岐点か 》
 私はここで考え込む。これらの場面は様式化の面白さ、映像としての面白さを見事に表現している。しかし登場人物の心理の動揺や変化を―総じて内面の変化を―表現する場面ではない。『蜘蛛巣城』は緊張感にあふれた作品ではあるが、鷲津武時の心理は意外に予定調和的であり内面の苦悩といったものが感じられないのである。

しかも意外なのは黒澤自身が「マクベスという人物は、僕にはどうも、そう個性的な人物だとは思えなかった」といっていることだ。これは『映画評論』(57年3月号)に載った映画評論家岩崎昶との往復書簡での言葉である(『全集黒澤明』第四巻)。その文章のなかで岩崎は、モスクワの雑誌「外国文学」に自分が書いた日本映画論において黒澤を次のように評価したと述べている。
108投稿者:蜘蛛巣城  投稿日:2009年03月23日(月) 18時06分17秒

▼日本映画がもしいつか古い殻から脱離していく―そして新しい民族的な映画芸術を作り上げる―べきであるとすれば、黒澤明はその第一列に立つ人だと私は思います。『羅生門』も『七人の侍』も『生きものの記録』も、すべて彼が問題を一度普遍的な観念にまでおしひろげて形成するタイプであることを証明しています。(略)彼の映画はいつでもテーマがまずまっさきにあります。その上にドラマが建設的に組み立てられていくのです。彼の映画は観念的だという非難をうけます。その危険はたしかにあるのですが、じつはこれこそ彼の日本映画にたいする功績なのです。

《 そんな方へは行きたくないと思っています 》
岩崎は同時に次のような心配をしている。

▼『蜘蛛巣城』はあなた(黒澤)のこれからの仕事の分岐点になるのではないかという気がします。この映画であなたが試みた様式化とその成功は疑いないとしても、これがあるいは今後様式化への傾斜というか、現実への強引な加工というか、そんなものとなってあなたの作品に残るか、それとも、『生きる』、『生きものの記録』のような今日の時代の人間の存在の根本に問題を投げかける現実的な切実なテーマを追及していくか。『蜘蛛巣城』はそのどっちへもの可能性を持っていて、だから分岐点となりうるのだと思います。

岩崎は、観念だけに頼るのでなく映画作家による絶えざる現実への回帰、現実との対話が必要だと考えて、黒澤にこういったのであった。先見性に富む鋭い指摘であった。岩崎に対して黒澤は素直にこう答えている。

▼僕としては、貴方のおっしゃる、様式化への傾斜、現実への強引な加工、そんな方へは行きたくないと思っています。『生きる』や『生きものの記録』の方向―また『酔いどれ天使』や『野良犬』への道―と申しても、あれよりもっと落ちついた眼で今日の人間の問題をじっくり描いていきたいと思っています。

《 様式化への道は敷かれていた 》
 『蜘蛛巣城』を観て、私は黒澤のもつ様式化または画面構成重視への傾斜を強く感じた。映画監督が、様式化や画面構成に凝るのは当然ではあろう。しかし黒澤の場合、しばしば一線を越えてそれが自己目的化してしまうのである。
黒澤の作品群は、岩崎の懸念した通り、「様式化」の華々を咲かせることになるだろう。
それは30年後、『影武者』、『乱』において現実となった。

57年10月に黒澤はロンドン映画祭に招待された。開催式で『蜘蛛巣城』が上映された。映画人観客の反応はもっぱら「もの凄く怖かった」というものであった。黒澤はこの異様で一面的な反応に驚いているが、その意味を深く吟味する必要があったと思う。彼は批判とみていないようだが、これらのコメントは「様式化」の強調に対する暗示的な批判であったと私は思うのである。「様式化」への芽は『蜘蛛巣城』においてすでに明確だったのである。
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-455.html
109投稿者:777  投稿日:2009年03月23日(月) 23時03分50秒

蜘蛛巣城は確かに物凄い作品です.

しかし,名作を見終わった後に心に残る筈の哀しさや切なさが全く感じられませんでした.
110投稿者:祇園囃子(1953)  投稿日:2009年03月28日(土) 14時01分46秒

原作:川口松太郎
監督:溝口健二 
脚本:依田義賢 
撮影:宮川一夫
音楽:斉藤一郎
美術:小池一美

キャスト(役名) - 祇園囃子
木暮実千代 (美代春)
若尾文子 (栄子)
河津清三郎 (楠田)
進藤英太郎 (沢本)
菅井一郎 (佐伯)

http://www.youtube.com/watch?v=RV97niIi-_8&feature=PlayList&p=09D3EDEC2C13BA7B&playnext=1&playnext_from=PL&index=11
http://www.youtube.com/watch?v=3Y4UkMDBfN0&feature=PlayList&p=AAEF1FBFD9A3091E&playnext=1&playnext_from=PL&index=9
http://www.youtube.com/watch?v=ARpjGn3g1eA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=BhYY45YtyV8&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=nK2arO5vvdY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=ciCIPLT-P2Q
http://www.youtube.com/watch?v=U44nO5bTRUc
http://www.youtube.com/watch?v=02xRSjhNZqo&feature=related
111投稿者:祗園の姉妹(1938年)  投稿日:2009年03月28日(土) 14時08分56秒

監督・原案:溝口健二
脚本:依田義賢
撮影:三木 稔

キャスト(役名) - 祇園の姉妹
小野道子 (美津ひろ)
木暮実千代(美津次)
中村玉緒 (美津丸)
勝新太郎 (木村保)
進藤英太郎(工藤三五郎)

http://www.youtube.com/watch?v=RV97niIi-_8&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=4WVsmnEDiwI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=V4WJPHJD-y0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=vqAoDjgZDGM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=u6Dv6HTzlVo&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=7hLThDNMcMU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=bIo31t6WiJc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=CooEptQ7wz8&feature=related


112投稿者:777  投稿日:2009年03月28日(土) 22時16分27秒

771 :この子の名無しのお祝いに:2009/02/26(木) 13:40:00 ID:FiamviDl

黒沢さんの映画ってのはね、高校生が見てもおもしろい。
実際、自分は高校1年生のときに「用心棒」を民放テレビで見たけど、とても面白かった。

よく言えば大変わかりやすいといえるけど、ズバリ言えば単純であって、黒沢本人が白状
しているとおり彼は邦画はほとんど見ていない・・・洋画ばかりを見てきた。とくにアメリカ映画
ばかりを見てきた。
アメリカ映画ばかりを見た人間が映画監督になれば、作る映画もアメリカ映画みたいになる
のは当然でね、だから単純明快なんだな。

これが成瀬とか溝口あたりになると、大抵の高校生は「つまんねーよ!」ってなるんだよね。
黒沢みたいに単純な映画じゃないから理解できないんだよね。

つまり黒沢映画ってのはサルでもわかる。はっきり言えばアニメと同じだね。ジプリと同じだね。
ジプリは子供も大人も楽しめるもんね。外人でもわかるから、黒沢は外国の映画賞をいっぱい
もらえるんだよね。

ガキでもわかるから、「糞尿」とかいかにも子供の書き込みですってバレバレの書き込みが
黒沢関係のスレにはいっぱいあるんだよね。こんなバカな書き込みが蔓延するのも映画が
アニメみたいだからで、結局は黒沢本人が「ボクはどですかでんのろくちゃんだね」と言って
いたけど、自覚しているだけいいけど、本当にどですかでんのろくちゃんレベルなんだよね。
113投稿者:777  投稿日:2009年03月28日(土) 22時18分15秒

781 :この子の名無しのお祝いに:2009/02/26(木) 19:16:20 ID:FiamviDl

>彼は邦画はほとんど見ていない・・・洋画ばかりを見てきた。とくにアメリカ映画

これは黒沢本人が書籍「蝦蟇の油」で自白してまーす。表みたいなのに黒沢の記憶に残る
映画が書いてあって、洋画ばかりになってまーす。

あとNHK特集「黒沢明の世界」でも
インタビュー:お父様が厳格な方だったそうで・・では、大変きびしくしつけられましたでしょうか?
黒沢:ええ、きびしかったですね。でも、なぜか映画だけは見ろ見ろと・・そのときは映画
    を見るってのは罪悪みたいな時代だったのにね。しかもなぜか日本映画じゃなくて
    邦画ばかりを見せられてましたね。

と自白してます。そんなことより、釣りバカ日誌の戸川純って最高だよな!
114投稿者:浪華悲歌(1936)  投稿日:2009年04月26日(日) 20時22分03秒

監督: 溝口健二
原作: 溝口健二
脚色: 依田義賢
台詞: 藤原忠
撮影: 三木稔
衣裳: 小笹庄治郎

出演:

山田五十鈴 村井アヤ子
浅香新八郎 アヤ子の兄・村井弘
進藤英太郎 株屋・藤野喜蔵
田村邦男 医師・横尾雄
原健作 麻居店員・西村進
橘光造 会社員・松下文三郎
志村喬 刑事 峰岸五郎

115投稿者:浪華悲歌(1936)  投稿日:2009年04月26日(日) 20時24分26秒

浪華悲歌
http://www.youtube.com/watch?v=6l0kWPAPV28
http://www.youtube.com/watch?v=TWJ64bKB8v0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=x6EOmU8aZTs&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=Tduq0_-1N64&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=SjL-uoMiL1I&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=gPr7Phc-TGQ&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=sdHhfB01V10&feature=related
116投稿者:生きる1952・東宝  投稿日:2009年10月10日(土) 09時31分05秒

製作:本木荘二郎
監督:黒澤 明
脚本:黒澤 明
    橋本 忍
    小国英雄
撮影:中井朝一
音楽:早坂文雄

出演:志村 喬
    小田切みき
    金子信雄
    関 京子
    浦辺粂子
    菅井きん
    丹阿弥谷津子
    田中春男
    千秋 実
    左 ト全
    藤原釜足
    中村伸郎
    渡辺 篤
    木村 功
    加東大介
    宮口精二
    伊藤雄之助
117投稿者:生きる1952・東宝  投稿日:2009年10月10日(土) 09時33分14秒

監督:黒澤 明

http://www.youtube.com/watch?v=_ttm6fiTr_o&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=6KLGylFoKzg&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=qTywODRpReY&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=WcauHI9OFRw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=RWf5NsqdeEo&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=JjUOoUIikBY&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=D6_qSnn5SuI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=XeoU5nLh7wA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=ea0fQbXXFk0&feature=related
118投稿者:生きる1952・東宝  投稿日:2009年10月10日(土) 09時34分37秒

監督:黒澤 明

http://www.youtube.com/watch?v=IxG98IEx4IQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=bzSNQnITEyI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=KyHcca1jbew&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=COxM6S9tt10&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=SgCOGbW_3cs&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=eNBoQe7FvW8&feature=related

119投稿者:生きる1952・東宝  投稿日:2009年10月10日(土) 11時59分06秒

イワン・イリイチの死、トルストイ作

イワン・イリイチ。45才。裁判所判事。彼は一官吏としてもくもくと出世街道を登り詰めてきた。しかし彼にとって家庭生活は決して愉快なものではなかった。家内とはいつも言い争い、疎ましく思っていた。出世し、他人がうらやむ金を稼ぐ、ここにイワン・イリイチの人生の欲望があった。

官界における栄達、私的生活の充実、イワン・イリイチは自ら獲得した生活に充足されたと思い込んだ。そんなある日、脇腹に重苦しさを感じ、何人かの名医に診て貰った。危険か、危険でないのか、知りたいのは結論だった。しかし名医達は患者の前で患者の意向に正しく応えようとはしなかった。病状は確実に悪化していった。イワン・イリイチは自分が死にかかっているのではないかと感じた。それは絶望そのものであった。

彼は「人間は必ず死ぬ」という3談論法を正しいと考えたが、それはあくまで一般の人を対象にした論理であり、自分は生まれてから今日まで自分そのものであり、自分にはこの論理は別物であった。自分が死なねばならぬことなど、あまりにも恐ろしいことであった。


彼はこの考えの代わりに次々と別の考えを持ち出し、これを忘れようと努めた。しかし再びこの考えに戻ると、そこではもう死は覆い隠すことなく、むき出しで彼に迫った。彼は裁判所に出かけ気を紛らわせようとした。しかし痛みは彼にひしひしと迫った。彼は別の覆いを捜したが、痛みは容赦なく彼に死を覆い隠すことなく迫ってくる。


周囲の嘘がイワンを苛立たせた。下男ゲラーシムだけが本当の姿で彼に処してくれた。ゲラーシムと一緒にいる時だけは不思議に痛みが癒えた。ゲラーシムの言葉「人間は誰でも死ぬもので御座います」。イワンはこの言葉は素直に聞けた。しかし一人でいるのは怖かった。周囲の嘘と偽善は彼を苦しませた。健康な家内や娘の身体を見る度に憎悪が走った。自分に同情し、泣いてくれる息子だけが不憫でならない。ゲラーシムと息子だけが自分を憐れんでくれていると思った。

一人になってイワンは泣いた。一人になって内なる魂の声を聞いた。「自分の人生は間違っていたのか。自分は何を求めて生きてきたのだ」。身体は日を追う毎に衰弱していった。

寝ている彼が味わうのは孤独だった。孤独の中で過去を思った。過去の最初には1点の光があった。しかし光は加速度的に暗くなり、墜落、衝突、破壊が待っている。「自分は間違った生き方をしてきたかも知れない」。全てが欺瞞だ、しかし今や回復不能。

のたうち回る。家内の虚偽と欺瞞に満ちた目。憎悪の念と痛みが身体を襲う。「自分は間違っていた。しかし本当のこととは一体何だろう」。息子が近くに来て手を握って泣き出した。落ちていく中でイワン・イリイチは光を見た。「そうだ、わしはこの連中を苦しめている。みんな可哀相だ。しかしわしが死ねばみな楽になるだろう。そんなこと口に出さずともわしが死ねば良いのだ」。この瞬間、全てが楽になった。痛みも消えた。目の前には、死の代わりに光があった。何という喜びだ。「死はおしまいだ」彼はこの言葉を最後に耳にしながら、息を引き取った。
http://www.eva.hi-ho.ne.jp/nishikawasan/ad/iwanno.htm
120投稿者:生きる1952・東宝  投稿日:2009年10月10日(土) 12時05分31秒

トルストイ「イワン・イリイチの死」

原著は1886年3月22日完成。イワン・イリイチが死ぬまでの過程を容赦なく克明につづった小説。個人の死を描写したとして、実存主義哲学の先駆けとされる。ナボコフはドストエフスキーの技法の幼稚さをさんざん罵倒しつつ、トルストイの芸術家としての手腕を絶賛している。ナボコフはトルストイが晩年宗教哲学に傾倒して文学から離れたことを嘆いているが、それでもこの後期を代表する短編「イワン・イリイチの死」は高く評価している。トルストイ後期の他の短編は、どれも宗教的教条臭に満ちているが、この作品は、彼の宗教哲学に共感できない人でも、十分トルストイそのもののすごさを体感できる内容となっている。

 イワン・イリイチは四十五歳で、裁判所の一判事として死ぬ。小説の冒頭は、彼の同僚たちがイワン・イリイチの死を知って、彼の家を訊ねる場面となっている。他人ごとであるイリイチの死によって、官位が一つあいたことを同僚たちは喜ぶ。何の悲しみもない、エゴまみれの葬儀場面の後で、イワン・イリイチの生活史が綴られる。

「法律学校時代すでに彼は、その後の全生涯にあったと同じ彼ーー有能な上に快活で、人がよく、人づきあいもよかったが、自分の義務と考えたことは、厳格に実行するという男であった。ところで、彼が自分の義務と考えたことはすべて、高い地位におかれた人々によって、そう考えられていることであった。彼は少年時代にも、その後成人してからも、人にとり入るような男ではなかったが、しかし彼には、ずっと若い時分から、蠅が光にひかれるように、社会で最高の地位を占めた人のほうへひかれる傾向があり、しぜん、彼らの生活態度、彼らの人生観を身につけて、彼らと親しい関係を結ぶようになるのであった。(…)法律学校時代に彼は、以前にはたいへんけがらわしいことに思われて、それを行なうときには自分自身にたいしてすら嫌悪をおぼえたほどの行為を実行したが、その後、この行為が身分の高い人々によっても行われ、べつにわるいこととも思われていないのを見て、それをいいことと思ったわけではないけれども、いつかすっかり忘れてしまって、それを思いだしてもなやむようなことはなかった。」(p115)

 イワン・イリイチは有能な上に快活で、義務を厳格に実行する、端から見ると立派な人間である。彼が義務と考えることは、社会の最高位の地位に置かれた人々が義務と考えることと等しい。彼は媚びをうることはないが、社会で最高の地位にある人に憧れ続ける。ここまではまっとうな、悪く言えばありきたりの人物描写だが、トルストイの妙技が加わるのは後半部分である。イワン・イリイチは、やましい行為に手を出しても、自分が憧れている、身分の高い人々も同じ行為をしており、彼らがそれを別に悪いことと思っていないことを知ると、自分の感じていた罪の意識さえ忘れるのだった。トルストイは暗黙裏に、社会で身分が高い人もやましいことを当然のように行なっているのだから、彼らを闇雲に崇拝するのはよくないし、みんながやっているからといって、自分の罪を正当化するのはいけないことだと言う、かたくななまでの正義の論理を語っている。
121投稿者:生きる1952・東宝  投稿日:2009年10月10日(土) 12時06分04秒

 イワン・イリイチは貴族の出で、器量よく、財産もある、きれいな女と結婚する。しかしそのうち妻は、何の理由もなく嫉妬したり、彼にご機嫌とりを要求したり、不愉快さを露骨に見せたりする。
「彼は、妻のきげんをつとめて無視することにし、従前どおり、かるく愉快な生活をつづけていたーー自宅や友だちを招いてカルタをやったり、ひとりでクラブや友人のもとへ出かけたりしてみた。しかし、妻はあるとき、たいへんな精力を見せて乱暴な言葉で彼を罵倒しはじめ、彼が彼女の要求を実現しないと、そのたびに、いかにも執拗に罵倒をつづけ、明らかに彼が屈服するまで、つまり彼女と同じように、いつも家に閉じこもって、うつうつと楽しまないようになるまで、決してやめまいと堅く決心したかのように見えたので、イワン・イリイチはおぞけをふるった。」(p119)

いかにもトルストイ的な夫婦生活の崩壊場面である。彼は小説作品の中で何度もこのような情景を描いている。

「こうして、妻がいらだちやすく、要求的になればなるほど、イワン・イリイチもますます自分の生活の重心を、勤務のほうへ移すようになった。彼は前よりいっそう勤務を愛するようになり、いっそう名誉心が強くなった。」(p119)

妻は夫に対して自分と同じように家の中に閉じこもって、暗い生活を送るよう強制しているとイワン・イリイチは感じる。するとイリイチは皮肉にもますます家庭の外に生活の重心を移そうとする。外で働く夫と家庭にい続ける妻のかい離。

 無論仕事先でイリイチは立派な人間としてふるまっているので、仕事仲間や依頼人と人間的な交流を持とうとしない。人間と上品ぶってつきあうのがイリイチの生き方である。こうした人間関係をイリイチは家庭にも当てはめようとする。

「やがてまもなく、結婚後一年とたたないうちに、イワン・イリイチは、夫婦生活というものは、生活にある便宜は与えるけれども、じつはひじょうに複雑な、重苦しい仕事である。したがって、自分の義務をはたすため、つまり社会から是認されるような、作法にかなった生活を送るためには、勤務に対するのと同じような、一定の態度を作り出す必要がある、こうさとった。

「そこでイワン・イリイチは、夫婦生活にたいするこういう態度を自分に作った。彼は、家庭生活からは、ただ家での食事、主婦、寝床、そうした妻の彼にあたえうる便宜と、主としては、世論が決定する外面形式の上品さだけを要求した。その他の点で彼は、陽気な愉快さと上品さを求め、もしそれが見つかると、ひじょうにありがたがった。が、もし抵抗や不平に出くわした場合には、さっそく垣をめぐらした勤務という別世界へ逃避して、そのうちに愉楽を見出すのだった。」(pp119-120)

 生活の便宜性、機能と上品さ、愉快さだけを家庭に要求し、それ以外の不平に出くわせば、すぐまた仕事に逃避する。人間的な深い心の交流などどこにも要求せず、便宜性と上品さと愉快さだけで満たされるイワン・イリイチの生活。

 時が経ち、イワン・イリイチの体を死の病がおそう。イリイチは生き生きとしている周りの人間たち全てに嫉妬し、苛立ち、自分の人生を振り返える。彼が自分の人生の中に生気を見出せたのは、子ども時代だけであった。

「結婚……いかにも思いがけなく、そして幻滅、妻の口臭、肉欲、虚飾! それからこの死んだような勤務、金の苦労、こうして一年、二年、十年、二十年ーーどこまで行っても何もかも同じだ。さきへ行けば行くほど、生気がなくなる。」

「ことによると自分は、生きかたを間違っていたのだろうか? とつぜん、こういう考えが頭にきた。しかし、当然すべきことをしてきたのに、どうして間違うなんてことがあるだろう?」(p151)

「《しかしせめて、なぜこんなことがあるのか、これだけでもわかればいいが。それもだめだ。おれの生きかたが間違っていた、こう言ってしまえば説明もつく。しかし、それももう承認できない》と彼は、自分の生活の合法性、正しさ、作法にかなっていることを思いだしながら、われとわが身に言うのだった。《そんなことは、もうとても承認できない》」(p153)
122投稿者:生きる1952・東宝  投稿日:2009年10月10日(土) 12時06分33秒

「《もしほんとうにおれの生活が、意識的生活すべてが間違っていたとしたら、どうだろう?》

 そのとき彼の頭に浮かんだのは、前にはぜんぜん不可能に思われたこと、つまり彼のそれまで送ってきた生活は間違いだったということーーそれがやはりほうとうだったかもしれぬという考えであった。つづいて彼の頭にうかんだのは、社会で最高の地位にある人々がよしとしていることにたいして闘ってみようという、あるかなきかの秘められた心の動向、彼がいつも起こるとすぐ自分から追いのけ追いのけしていた、あるかなきかの秘められた心の動向ーーそれこそ、ほんとうのものであって、それ以外のものはすべてそうでないかもしれぬ、という考えであった。彼の勤務も、彼の生活設計も、彼の家庭も、社交や勤務上の興味もーーすべてが本物でなかったかもしれない。」(pp154-155)


 人生観の大転換である。彼の生活の全てが「生をも死をもおおいかくしていた恐ろしい巨大な欺瞞」(p155)であったことに彼は気づいた。虚飾で彩られた彼の生活には、生気も、死もなかったのだ。

 社会で最高の地位にある人々がよしとしていることで、間違っていることは数限りなくなる。戦争、裁判、売春、死刑、暴力、嫉妬、独占欲、性的支配、南北格差、性と商品の横溢。それら全てを当然のこととして受け入れるのではなく、間違っていると感じることには、みなと同じように賛同せず、闘うこと。これがトルストイの人生である。

 イワン・イリイチはほんとうの人生を送ろうとしても、死が目の前に迫っている。彼は何もすることができないまま死ぬのだろうか。

「《自分は自分にあたえられたすべてをむだにしてしまい、回復の見込みがないという意識をもってこの世から出て行こうとしているとしたら、そのときはどうだろう?》彼は仰向けに寝たまま、すっかり新しく、自分の全生涯を思いかえしはじめた。」(p155)

無駄にすごしてしまった人生の最後、無駄のまま死を迎えようとしているイワン・イリイチに、光が訪れる。

「ちょうどこの瞬間に、イワン・イリイチは穴に落ちこんで、光をみとめたのである、そしてそのとき、彼には、自分の生活はほんとうではなかった、しかしそれはまだ訂正できるーーこういうことが啓示されたのだった。」(p157)

「彼は、昔から慣れっこになっている死の恐怖をさがしてみたが、見つからなかった。死はどこだ? 死とはなんだ? どんな恐怖もなかった、死がなかったからである。死のかわりに光があった。」(pp157-158)

 小説の最後、死の瞬間、イワン・イリイチは、人生を無駄にするという死から抜け出す。

「「おしまいだ」と誰かが彼の上で言った。

 彼はこの言葉を聞きつけて、それを心の中でくり返した。《死はおしまいだ》と彼は自分に言った。《もう死はないのだ》

 彼は空気を吸いこもうとしたが、深い呼吸は中途でとまり、ひとつ身をのばすと、死んでしまった。」(p158)

 トルストイは死の直前にあってさえも虚飾にまみれた人生から抜け出すことができるという希望を提示した。死とは人生を無駄に、享楽的に過ごすことだとすれば、いつでも復活することは可能である。肉体的に滅びさる直前にも復活できるのだから、今すぐに、社会で最高位にいる人々がよしとする悪と闘うことは可能である。
http://naha.cool.ne.jp/feltmail/reviewtrsiwan.html
123投稿者:羅生門  投稿日:2009年10月24日(土) 10時36分54秒

監督 黒澤明
原作 芥川龍之介
脚本 黒澤明 橋本忍
撮影 宮川一夫
音楽 早坂文雄

キャスト(役名)
三船敏郎 (多襄丸)
森雅之 (金沢武弘)
京マチ子 (金沢の妻・真砂)
志村喬 (杣売)
千秋実 (旅法師)


http://www.youtube.com/watch?v=-K5RCVRDObM&feature=PlayList&p=0182B495522EBCE1&index=1
http://www.youtube.com/watch?v=CHVfccK_cRI&feature=PlayList&p=0182B495522EBCE1&index=2
http://www.youtube.com/watch?v=VH2fr_h-LKo&feature=PlayList&p=0182B495522EBCE1&index=3

124投稿者:羅生門  投稿日:2009年10月24日(土) 10時38分31秒
監督 黒澤明

http://www.youtube.com/watch?v=e83FEdYi4IY&feature=PlayList&p=0182B495522EBCE1&index=4
http://www.youtube.com/watch?v=I54So5Y2OAU&feature=PlayList&p=0182B495522EBCE1&index=5
http://www.youtube.com/watch?v=Rm9MLoifAS4&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=w-NczyX1ilM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=JR5HAHR-X-I&feature=related
125投稿者:赤ひげ  投稿日:2009年11月01日(日) 11時23分28秒

監督 黒澤明
製作 田中友幸
菊島隆三
脚本 井手雅人
小国英雄
菊島隆三
黒澤明
出演者 三船敏郎
加山雄三
山崎努
音楽 佐藤勝
撮影 中井朝一
斎藤孝雄
編集 黒澤明
配給 東宝
公開 1965年4月3日
126投稿者:赤ひげ  投稿日:2009年11月01日(日) 11時29分13秒
監督 黒澤明

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http://www.youtube.com/watch?v=kKXO4nxIudU&feature=PlayList&p=6C6A22593BF769E7&index=1
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127投稿者:赤ひげ  投稿日:2009年11月15日(日) 12時43分55秒

ドストエフスキー『虐げられた人びと』

ワーニャが遭遇したある老人の死。その老人の孫娘、ネリーに与えられた表象は、どうだろうか。ワーニャに悲惨な境遇から助け出されてワーニャの家に移り住んだネリーが、あるときワーニャの家を飛び出す。さんざ探し回った挙句にワーニャが目にした光景は、哀れにもネリーが橋の上で物乞いをしている姿だった。


私が愛し、可愛がり、いつくしんでいた何か貴重なものが、その瞬間、私の目の前で辱められ、唾を吐きかけられたように思われた。そして私の目から涙があふれ出た。
ネリーを恐るべき虐待から救い、目一杯の愛情を注ぎながらともに暮していたワーニャはそのとき、少女の傷がまだ癒されていないことに気づいた″。


こういう苦痛をいっそう掻きむしり、苦痛を愉しむやり方は、私にはよく理解できた。それは運命にさいなまれ虐げられ、しかも運命の不当さを意識している多くの人々の楽しみなのである。・・・(中略)・・・〔だが〕全く自分だけのために、この楽しみに耽っているのだろうか。何のための物乞い、何のための金なのか。
ネリーは施しをもらうと、すぐさま近くの店に入った。なんと、ネリーは、さっき家を出るときに自分が壊してしまった茶碗を買っていたのだ・・・! ワーニャはネリーに赦しを乞う。少女は涙を浮かべ、そんなワーニャの胸に飛びつく。・・・

この小説の最も美しい場面のひとつと云えるだろう。ネリーは自分の不幸を見せ付けるために物乞いをしていたのではなかった。あくまで他人に迷惑をかけまいとする、あまりに純朴な心がさせたことだった。自分を限りなく貶めようとする自虐的な性格は、彼女にとって世間から自分を守るための手段であり、怯えを覆い隠すヴェールである。だから、ワーニャがネリーの傷が癒えていないと思ったのは、けして間違っているわけではない。無償の愛に包まれることをたやすく許さない彼女の心の傷は、こちらから一方的な愛情を注ぐだけでは癒されないのだ。愛することに怯えず、愛されることに後ろめたさを感じないこと――つまり、すべてが赦される愛。いつか、彼女が人を本当に愛することができるようになってはじめて、心の傷は消え去りはじめるだろう。ネリーとは、赦されることの愛の大切さを物語る存在なのである。
http://secular.exblog.jp/950883/
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