釈迦とイエスの本当の教え [宗教]
1投稿者:777  投稿日:2009年03月15日(日) 14時11分23秒

釈迦の本当の教え
http://www.amezor.to/gamb/090211204713.html

イエスの本当の教えとは
http://www.amezor.to/shiso/060412173502.html

イエスの本当の教えとは 2
http://www.amezor.to/gamb/090111114340.html


の続編です.

2投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月11日(土) 23時06分59秒

2909.コウジ様 返信 引用

名前:周 日付:7月8日(水) 15時48分

 大乗仏教については
 中村先生を中心とする大乗非仏論
 いくらかは、仏言が入っているだろうという説 
 変り種として、釈尊滅後のストウーパ、仏塔の崇拝から発生した説
がございますが、当会としては、二番目をとっております。
 たとえば、法華経の中核である久遠実成の仏陀などは、弟子にはいえないでしょうし、創作にしても、あまりに畏れ多いと思います。
 そういう仏言の断片をかけらに、創作されていったものとされております。ただ、まったくの架空というものではなく、維摩居士や常不軽菩薩は、モデルとなった人がいたのだと述べておられます。

 後、高橋先生もそうなのですが、普賢菩薩と文殊菩薩は、実在の人物としておられます。この二人に共通するのは、釈尊のあとをついだ迦葉の、戒律,教学ガチガチ路線に反発し、教団を出て、独自に大衆布教、貧民救済をおこなったということです。ですから、後世の大衆部系が、十大弟子のかわりに、もちあげたのだろうと思います。大体、大乗経典を読むと、十大弟子はぼろかすであります。
http://www2.ezbbs.net/cgi/bbs?id=kofukunokagaku&dd=30&p=1
3投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月11日(土) 23時08分06秒

2910.名前:777 日付:7月8日(水) 21時17分
<法華経の中核である久遠実成の仏陀などは、弟子にはいえないでしょうし、創作にしても、あまりに畏れ多いと思います。>

法華経の成立は、釈尊滅後からほぼ500年以上のちのこととされているので釈迦の口伝が入っている可能性は完全にゼロです。

久遠実成というのは釈迦は35歳で悟りを開いたのではなく永遠の過去から仏となって輪廻転生してきているという考え方ですから,釈迦の思想と完全に反対ですね.

輪廻転生から解脱するというのはバラモン教・ヒンズー教の教義であって,釈迦自身は輪廻転生も死後の世界も完全に否定しています.

大乗仏教というのは本来釈迦の教えとは関係ないヒンズー教の系統の宗教なので,こういう逆転が起きているのです.
4投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月11日(土) 23時08分57秒
2911.名前:777 日付:7月8日(水) 21時53分

「輪廻」というのは、サンスクリット語で「サンサーラ」と言い、元々ウパニシャッド思想(紀元前8世紀から6世紀頃)において、梵我一如(「ブラフマン=梵」と「アートマン=我」は本質的に同一であるという思想)の原型と共に、輪廻の思想も形成されました。

ウパニシャッドの輪廻の考え方では、「太陽の道」と「祖霊の道」というものが考えられ、後者は、「転生」の概念にほぼ近い考えで、死んだ後、魂は、雨水などと一緒になって、天から下りてきて、また女性の胎内に入り、生まれて来るというような考えです。

「太陽の道」は、「祖霊の道」を歩むと、どこまで言っても、転生を繰り返すに対し、死後、ある方法で、太陽の道に進ことができると、もはや、この世には、再び転生して来ない道があるという考えです。

「輪廻」とは、転生のなかで、「業(カルマ=行い=生前にどういう行動・生き方であったか)」によって、次の転生先や転生のあるようが決まり、この決定規則は厳密なもので、機械的に起こり、動物をむやみに殺していると、転生先は、殺していた豚や牛になるとか、ブラフマ階級の者は、儀式を行っている限り、転生してもブラフマ階級であるとか、非常に細かく規則が決まって来ます(それには、長い時間がかかりましたが)。

ヒンドゥー教、ヒンドゥー思想では、この運命決定論的「輪廻思想」が正しいとされています。その一方で、「不二一元論=ブラフマンとアートマンは本質は一つであるという思想」もヒンドゥー思想の中核にあり、輪廻論と、不二一元論は、どう調和するのかは、結局、輪廻もこの世の生も、すべて「幻(マーヤー)」であるということになります。

マーヤーから脱し、個人のアートマンが覚醒して、ブラフマンと一致するとき、輪廻の幻からも脱出するのであり、これを、「独存」とも言います
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa503252.html
5投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月11日(土) 23時10分58秒

2915.777様 返信 引用

名前:周 日付:7月10日(金) 5時25分

 どうも。ロジカルなご意見ありがとうございます。こういうのは歓迎しますよ。では、釈尊は、輪廻転生や死後の世界を否定したとおっしゃいますが、スッパニパータにおいて、釈尊がとかれている四向四果については、いかがお考えですか?
http://www2.ezbbs.net/30/kofukunokagaku/
6投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月11日(土) 23時12分02秒

2924.周さんは対機説法とか方便というのを知らないのかな?

名前:777 日付:7月10日(金) 22時39分

釈迦も王族から金を貰って教団を維持していたのだから,パトロンを怒らせない様に嘘も言うでしょうね. 釈迦が対機説法の達人だったというのはそういう事を言っているんですけどね:


仏教学を学ぶ者にとって、釈迦が、神の存在や霊魂の不滅性の是非を説かなかったことは、初歩中の初歩であるのだろう。

そして、多くの仏教本には、釈迦は、人間にとって知ることのできない形而上学的諸問題については、それを問うても解答の出ないものであり、釈迦は、それらをことごとく捨て去ったと書かれている。(無記説)

ところで、最古の経典『スッタ・ニパータ』に登場する釈迦は、「無執着説」を説きながら、一方では、「輪廻からの解脱」ということを言う。

最初から、霊魂の不死性を肯定も否定もしなかった仏陀が、一体、何故に、再び「輪廻」という言葉を持ち出してくるのだろうか?

これらのことは、『スッタ・ニパータ』を読んだときから、どうしても、私の頭から離れなかった疑問点であった。

そして、もともと、本経典は、別々の時代に書かれた別の経典から編集されたものであり、全く別のものとして仏教を誤解釈した釈迦弟子が、仏陀の言葉として書き記したものであるのだろうか?

あるいは、釈迦は最初から輪廻を信じていて、これらは、何かの点によって繋がっているものであるのだろうか?

それとも、それらはナーガールジュナ(龍樹)が言うような「勝義諦」と「世俗諦」なのだろうか?

実を言うと、先日、由緒ある曹洞宗のお寺に、日本を代表する仏教学者である奈良康明先生の講演会があり(私は以前から先生の一般向けの本はほとんど読んでいた)、話が終わった後に、個人的に、これらの質問をもって行ったところ、お寺の奥にあった小部屋に、先生から直々に案内され、一対一で、先生からの、これらに関する解答を頂いたのでした。

仏教界の大御所である先生は、誰からの紹介もない私の質問に、一つ一つ丁寧に答えられました。先生からのご解答は次のとおりです。

『釈迦は無我説を説き、霊魂の不滅性は説かなかった。

しかし、当時の一般民衆のほとんどが輪廻思想を信じていて、釈迦は霊魂の不滅性を否定はしなかった。霊魂の不滅性を否定したなら、托鉢で飯も食えなくなっただろうし、それを信じる者には、その道で行きなさい、といった感じだった。

だから、スッタ・ニパータのは矛盾はない。』

その日の夜に、仕事が終わった後に、スリランカ出身の友人B氏と、これらについて、さらに深い部分にまで及んで話し合ったところ、まったく別の説が浮かび上がってきた。その彼の説はこうである。

『当時のインドでは、ほとんどの人が輪廻を信じていて、釈迦は輪廻からの解脱に挑んだ。その到達点は梵我一如のそれと同じであり、ニルヴァーナの至った釈迦には輪廻それ自体が無くなってしまった。それゆえに、神(ブラフマン)の領域にまで達した釈迦にとってはアートマンは輪廻することが無くなったために、霊魂は不滅ではなくなった。』

しかし、B氏の説はバラモン教や梵我一如とその到達点ばかりではなく、それに至る道までもが同じではないのか?一体、釈迦の仏教は梵我一如であったのだろうか?

いや、そんなはずはないだろう。

釈迦の仏教が梵我一如の達人であったのなら、仏教は仏教である意味は喪失してしまうことになるのだろう。

私は、仏教のニルヴァーナの境地とバラモン教の境地とは、同一のものであることはB氏の意見と一致するが、釈迦の山頂に登る手法は、梵我一如のそれとは異なっていたのではないのかと思っている。

そして、「釈迦は霊魂の不滅説を説かなかった(否定も肯定もしなかったという意味)。しかし、当時、霊魂の不滅性を信じる多くの一般民衆に対しては、霊魂の不滅性を否定はしなかった。」という奈良先生の説に、私は賛同している。

もしかしたら、修行のレベルに合わせて釈迦は説法をされたのであろう。(対機説法)
http://blogs.yahoo.co.jp/dyhkr486/47870614.html
7投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月11日(土) 23時12分53秒

2928.777様 返信 引用

名前:周 日付:7月11日(土) 6時40分

 実に興味深く、拝読させていただきました。勉強になります。
では、777さんはスッタニパータの次の言葉をどうお考えになりますか?

 出家者は、預流果に入るので、最大七回までしか生まれ変わらない。

http://www2.ezbbs.net/30/kofukunokagaku/
8投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月11日(土) 23時14分36秒

2930.周さんは原理主義者? スッタニパータは釈迦の教えそのものじゃないんだけどね. 返信 引用

名前:777 日付:7月11日(土) 10時2分

スッタニパータ
第二章 小なるもの 第一経 宝

222  ここに集いあつまった精霊たちよ、あるいは、地上にあるものたちも、あるいは、空中にあるものたちも、まさしく、一切の精霊たちよ、意[こころ]楽しく有れ。しかしてまた、〔わたしの〕語るところを、謹んで聞け。

227  正しくある者たちに賞賛された、これら四組の者たち八人(四双八輩:正覚に至る四階梯の各々において学びつつある者と学び終えた者の計八人)が〔世に〕有るなら、彼ら、善き至達者(ブッダ)の弟子たちは、施与されるべきである。これらの者たちにたいする諸々の施しは、大いなる果となる。これもまた、僧団(サンガ)における、妙なる宝である。この真理によって、安穏成れ。

230  深遠なる知慧の者によって見事に示された、〔四つの〕聖なる真理(四聖諦)を分明する者たち――たとえ、何であれ、彼らが多く怠る者たちで有るとして、彼らは、第八の生存(有)を取らない(最高で七回までの輪廻のうちに解脱する)。これもまた、僧団における、妙なる宝である。この真理によって、安穏成れ。
http://www7.ocn.ne.jp/~jkgyk/sho20070317.html

増谷 文雄氏はこう書いている。「ブッダの説いたことのなかには、そのような教え(生天もしくは往生を説く思想)はまったくなかった。」『仏教概論』(『現代の仏教』第12巻所収、筑摩書房、1965、17頁)

スッタニパータには最初から此岸と彼岸,精霊という言葉が出てくるというのは,バラモン教の経典の書き方を踏襲しているという事なんですね.

そして,スッタニパータを書いた目的は

善き至達者(ブッダ)の弟子たちは、施与されるべきである。これらの者たちにたいする諸々の施しは、大いなる果となる。

というのを一般の人に納得させる事なんですね.

要するに,我々僧侶にもっと金を出せ というだけの事です.

輪廻転生や死後の世界を素朴に信じている無知蒙昧な一般人に大金を出させるには,僧侶が特別な選ばれた人間であると思わせなければならないですからね.

坊さんも水を飲んで霞を食べて生きている訳じゃないからね.
ハッタリも方便

9投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月11日(土) 23時15分24秒


2931.スッタニパータは釈迦の教えそのものじゃない

名前:777 日付:7月11日(土) 10時14分

「法(に従って得た)財をもって母と父とを養え。正しい商売を行え。つとめ励んでこのように暮らしている在家者は、死後に『みずから光を放つ』という名の神々のもとに生まれる」(スッタニパータ・ダンミカ品1)

ダンミカ品のような生天話は、何故、いつごろ、だれによって、だれに対して説かれたのであろうか。それは仏教の主調音とどう関係するのだろうか。

  1期経典2では、その対告衆(説教の相手)はすべて出家者となっており、生天話はひとつも存在しない。 2期経典3にはじめて生天話が現れる(二百余経のうち二十二経)が、そのほぼすべてが在家者に向かって説かれている。

2期経典の生天話の半ばは、その告示者をゴータマではなく、諸天子としている。この部分については弟子や民間の伝承である余地は大きい。とはいえ拘薩羅相応品の七経はじめいくつかは、ゴータマを告示者としており、そこになにほどかの歴史的事実の反映を見るのは自然であろう24。

 ではゴータマは何ゆえ天界往生話を説いたのであろうか。

 その一つの理由は、ゴータマが積極的に説くというよりは、相手の関心や質問に応じたためだと思われる。例えば次のようなマーガ婆羅門との問答がある。

 「『・・・光輝ある人よ。どうしたならば梵天界に生まれるのでしょうか?』

 師(ゴータマ)はこたえた、『マーガよ、三種より成る完全な祭祀を実行するそのような人は、施与を受けるべき人々を喜ばしめる。施しの求めに応ずる人がこのように正しく祭祀を行うならば、梵天界にうまれる、とわたくしは説く』と」25。

 この例からもわかるように、天界往生は、もともと当時のバラモン教や他の宗教指導者によって、すでに説かれていたものであり、そもそも天界という概念自体が、その由来を『ヴェーダ』26に持っている。

天界に生まれることのできるものは、バラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャの上位三階級の者に限られ、祭儀(供犠)・布施に励んだものである。とりわけ布施は重視され、後のマヌ法典には次のように明文化されている。

 「人はその能力に応じて、『ヴェーダ』を知り且つ独り住めるバラモンに富を与うべし、(かくて)人は死後天界の福祉を獲得す」31。

 ここで布施を受けるのは、貧しい人々ではなく、バラモンの生活法に則って、家住期を終え、家庭を離れて遍歴修行する遊行者、あるいは祭祀を行うバラモンのことである。  ところで、ゴータマとその弟子たちもまた、住居と生業をもたない遍歴の修行者であった。 かれらも生存していくためにやはり在家から食を乞わねばならない。 そのとき、布施の功徳を問われれば、先のマーガとの問答にあるように、祭祀さえも認めることがあったのだろう32。 後の経典は、動物供犠を除けば邪盛会でさえ、肯定されているのである33。

 このような事情のためか、生天話は多くの場合布施と結び付き、ヒンドゥー教のそれとほどんど同工異曲である。
http://www.eonet.ne.jp/~sansuian/com/comp5.html

要するに僧侶にとって宗教は,職業として生活の為にやっているものなので,釈迦の本当の教えなんかどうでもいいという事かな.

10投稿者:777  投稿日:2009年07月12日(日) 23時08分26秒

2932.これが本当の釈迦の教え
名前:777 日付:7月12日(日) 22時22分

「弟子たちよ、『我』や『我がもの』などは、真実として捉えられるものではないのであるから、このようなものに立脚した教え、つまり、

『我と世界は一つである』とか、
『我は、死後、永遠不変に存続して生き続けるであろう』

というような教えは、まったく愚かな教えであると言えないだろうか。」

「まったくその通りです、師よ。まったく愚かな教えであると言わねばなりませぬ。」
(マッジマニカーヤ、22:25)

ヴァッチャよ、そのような種類の問いに対する見解は、独断に陥っているものであり、見惑の林に迷い込み、見取の結縛にとらわれているのである。それは、苦をともない、悩みをともない、破滅をともない、厭離、離欲、滅尽、寂静、智通、正覚、涅槃に役立たない。
(マッジマニカーヤ72、アングッターラニカーヤ34)

ヴァッチャは、さらに、尋ねて聞いた。

「世尊よ、では、執着を離れて解脱した者は、いずこにおもむいて生れるのであろうか。」

「ヴァッチャよ、おもむいて生まれるというのは、適当ではない。」

「では、どこにもおもむいては生まれぬというのであろうか。」

「ヴァッチャよ、おもむいて生まれぬというのも、適当ではない。」

「世尊よ、それでは、わたしはまったくわからなくなってしまった。以前に世尊と対座問答することによって、わたしの得た深い確信すらも、すっかり消えうせてしまった。」
11投稿者:777  投稿日:2009年07月12日(日) 23時09分00秒

すると世尊は、彼のために、このように説明せられた。

「ヴァッチャよ、なんじがまったく解らなくなったというのは、当然であろう。ヴァッチャよ、この教えは、はなはだ深く、知りがたく、すぐれて微妙であって、智慧あるもののみが知りうるところのものである。他の見解にしたがっている者や、他の行をしている者には、とうてい知られがたいものであろう。だが、ヴァッチャよ、わたしはさらに、なんじのために説こう。いまわたしが、なんじに問うから、思いのままに答えるがよい。

ヴァッチャよ、もしなんじの前に、火が燃えているとしたならば、なんじは、火が燃えている、と知ることができるか。」

「むろんである。」

「では、ヴァッチャよ、この火は何によって燃えるのであるかと問われたならば、なんじは何と答えるか。」

「それは、この火は、薪があるから燃えるのだと、わたしは答える。」

「では、もしなんじの前で、その火が消えたならば、なんじは、火は消えた、と知ることができるか。」

「むろんである。」

「では、ヴァッチャよ、かの火はどこに行ってしまったかと問われたならば、なんじはいかに答えるか。」

「世尊よ、それは問いが適当ではない。かの火は、薪があったから燃えたのであり、薪が尽きたから消えたのである。」

そこで、世尊は、うなずいて、説いていった。

「ヴァッチャよ、まったくその通りである。そしてそれと同じように、かの色をもって人を示す者には、色が捨てられ、その根は断たれる時、その人はすでになく、また生ぜざるものとなるであろう。

その時、ヴァッチャよ、人は色より解脱したのである。・・・

そして、ヴァッチャよ、受についても、想についても、行についても、識についても、また同じである。」
(同上、増谷文雄訳)
http://www.j-world.com/usr/sakura/replies/buddhism/buddhism20.html
12投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月23日(木) 22時52分15秒

2951.777様 返信 引用

名前:周 日付:7月15日(水) 21時46分
これはどうも。いつもありがとうございます。では、随信行から倶解脱まで、どのように理解すればよいのか?項目別にレクチャーをお願いいたします。

13投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月23日(木) 22時54分53秒

2952.仏教に中身の無い事もご存じないのですか?

名前:777 日付:7月15日(水) 22時4分
<随信行から倶解脱まで、どのように理解すればよいのか?項目別にレクチャーをお願いいたします。 >

悟りというのは単純な事です:

脳を分析しても”私”の実体(実態)は出てこない。 出てくるのはせいぜい脳の一部の刺激によって記憶が消えたり(”私”という記憶が消えたり)現われたり、色や音を感じたり、幻想を見たり、怒ったり、泣いたり、不愉快になったり、快楽を感じたり、等、生命の個々の属性が現われたり消えたり
するだけだ。

瞑想や荒行、座禅、護摩、加持祈祷、他力、等で”悟り”といわれるもののほとんどはこの手合いで事前に本や教科書や先輩や師匠などから吹き込まれた段階的な”悟り” と称するイメージを幻想として見て、”私”も悟ったと錯覚しそれをまた後輩に吹き込むということを繰り返して広まってゆく。特にこれらで得られる快感は脳に対する無理で不自然な刺激よるので薬や催眠の中毒と同じように慢性化し (癖になり)、特定の音楽を聴いたり特定の匂いや視覚やしぐさ等で容易にはまり込んでしまうし、その快感を求めて再びはまり込みたくなってしまう (常習化する)。

極端になるとヨガ等の経典に出てくる空中遊泳とか物体の素通りだとか透明になるとかのいわゆる荒唐無稽な”通力”を本当に信じこむようになり極度のトランス状態(脳の痙攣)にまでなって、飛び跳ねたり手足をバタバタさせて、はたから見ると異常だが当人にとっては快感となっている。この快感は極度の運動 (祭りやスポーツ等)などで得られるもの(いわゆる”真っ白になる”)と何ら変らないものだが、極度のトランス状態のもとでは脳に対する無理な作用、不自然な刺激によるものなので薬物と同様、後遺症、精神的副作用(人格、精神異常、意識障害等)などを伴う。

信仰というのは怖いもので、最初正気ではじめたのが信仰がすすむにつれていつしか強信ならず狂信の世界に突入する。やがて拝んでいるうちに祈祷性精神病になる。

教祖が”気違い”の場合その信者は確実に”気違い”になる。”気違い”はウイルスよろしく伝染する。オーム真理経の麻原彰晃、人民寺院のジム・ジョーンズ(1978年11月18日900名以上集団自決)一人一殺の血盟団の井上日召(1886〜1967)いずれも、教祖の狂気が伝染し弟子を殺したのである。

ゲーテの若き「ウエルテルの悩み」という小説が流行した時に多くの若者が主人公よろしく黄色いチョッキを着て自殺したらしいが、是も狂気のあらわれであろう。

真言密教の坊主には頭の狂ったのが圧倒的に多いがその理由は不思議な超能力を身につけるべく行う、求聞持聡明法・日輪観・月輪観・加持祈祷などにある。祈りをかけて祈りを叶えようとすると、祈りが叶えばそれでよいが、もし叶わざる場合には自分が壊れてしまうのだ。

熱心に祈り続けると、あるとき突然にお客様が”おいで”になる、そうすると一人で泣き出す者、飛び跳ねる者、にやにや笑い出す者、もうあっちの世界に飛んでしまったのだ。こっちの世界にそれでも、もどれる者もいるが戻れなくなる者もいる。

禅の修業でも勝手に座禅などやると、現実と空想の区別がつかなくなり、あっちとこっちの世界の間に彷徨うことになる。これを空病という。導師とはこのことを良く知り、現実に引き戻してやるための存在なのだ。現実に戻さないでさらに背中を押してあっちの世界に追いやるのが悪の宗教であり、邪教なのだ


要するに,廃人になる時が最終解脱する時ですね.

廃人になるまでの過程を四向四果と呼んでいるのです.
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/53904826.html
14投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月23日(木) 22時57分16秒

2953.預流とは
名前:777 日付:7月15日(水) 22時12分

預流(よる、サンスクリット:srota-aapanna &#2360;&#2381;&#2352;&#2379;&#2340; &#2310;&#2346;&#2344;&#2381;&#2344;、音写:須陀&#27961;〈しゅだおん〉)とは、無漏(むろ)の聖者の流れに入った者であり、四向四果の最初の段階。

原始仏教では、有身見(うしんけん)・戒禁取見(かいごんじゅけん)・疑の三結を断じた者が得る位であった。のち、『倶舎論』では、見道において見惑の八十八随眠(ずいめん)煩悩を断った者が得るとしている。

この位に達すると退転することなく、最大でも7回人間界と天界を往来するだけで悟りに達する。



要するに,脳に障害が起きて,もう元の状態に戻せなくなった段階ですね.

預流に入る前なら,メジャー・トランキライザーを飲めば一応普通の生活は送れるのですが,預流果を迎えると こちらの世界にはもう永遠に戻れなくなってしまいます.
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/53904826.html
15投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月23日(木) 22時58分12秒

2954.不還
名前:777 日付:7月15日(水) 22時30分

不還 (ふげん、anaagaamin &#2309;&#2344;&#2366;&#2327;&#2366;&#2350;&#2367;&#2344;&#2381;(sanskrit))は、旧訳では音写して「阿那含」(あなごん)という。もはや人間界にもどることなく、天界以上の階位に上って悟りに至る者のこと。四向四果の一つである。

部派仏教では五下分結(下位の世界に結びつける五つの煩悩)を断じた者が得る位であったが、『倶舎論 』では、欲界の修惑(情的煩悩)をすべて断ち切ったため、もはや欲界に戻らずに悟りに至るとする。不還向(ふげんこう)とは,前段の一来果を得た者が、次の不還果を得ようとして残余の修惑三品を断ちつつある位のこと。


要するにこういう状態になる事でしょうか:

晩年、植物人間になられた写真家の土門拳さんを看病された奥さまが、<文芸春秋>に書いておられます。「『植物人間になっているのに、看病しても同じだろう』と、おっしゃる方もありましたが、主人の死後、医者の解剖所見で、主人の脳はちゃんと働いていたことがわかりました。こちらに意思が通じなくとも、主人には、判っていたのです」

「・・・同年(1979)、土門先生は今度は脳血栓を起こした。
以来、十一年間、土門先生は意識不明の植物状態となってしまった。そして平成二(1990)年九月、意識が戻らないまま八十年の生涯を閉じることになる。
日本の写真界をリードした二人の巨匠の死に接して、私はこんなことを思った。
山形県酒田市生まれの土門拳と生粋の東京っ子だった木村伊兵衛。粘り強い東北人と何事にもあきらめの早い東京の下町人。その作風にも感じられる気質の違いが、両人の死にも表れていたように思えてならないのだ。」
(木村先生が一週間ほどで逝ってしまったことを述べたあと)
「それに比べて土門先生は、死の淵にいてなお生への執着を見せ続けていたように思えた。こんなことがあったという」

「土門先生の夫人とは結婚前から知己であったデザイナーの亀倉雄策さんから聞いた話だ。

土門さんの枕元で夫人と亀倉さんが、「みんな困っているんだ.早く死んで呉れよ・・・」と言った。

すると、土門先生の目頭から涙が流れたという。」

「・・・わずかでも土門先生の意識が残っていたとすれば、その無念さはいかばかりのものだっただろう。病床でも土門拳、その人であり続けた晩年であった。」
16投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月23日(木) 22時58分55秒

2955.天界についても解説しておきますね
名前:777 日付:7月15日(水) 23時35分

天界(霊界,向こうの世界)というのは深層心理学で集合的無意識と呼ばれているものです.

悟りを得る = 集合的無意識に到達する

と考えて下さい. 何故悟りを得るのがそんなに難しいかというと:

「無意識」はその名の通り、「意識でないもの」で、意識で到達などできません。

「無意識を知ることができる」というのは、無意識の活動の結果、意識に現れた影響を調べ、確認に、これが無意識の活動の所産であると知るという意味です。

夢には、無意識のメッセージや無意識の活動が含まれ、現れていますが、夢を見ているのは、あくまで「意識自我」です。

>催眠術で、ユングのいう集合的無意識に、意識を保ったまま到達することは可能でしょうか?

だから、これはできないのです。不可能なことです。非常に深い催眠術などで、集合的無意識の影響が非常に濃い、無意識のメッセージを引き出すことはできますが、その時、被験者は無意識状態にあるので、メッセージを聞くのは、術者や立会人ということになります。

催眠術でも、意識がなくなる訳ではなく、前意識状態で半分眠ったように意識していることが多いのですが、無意識からのメッセージは、この半分眠った意識から出てくるのではないのですし、意識がこれで、無意識に達した訳でもないのです。

ユング派では、夢の分析を行うとき、「拡充法(能動的創造法とも言います)」というのを使いますが、これは意識を無意識にするのではなく、無意識のメッセージやイメージ、時に集合的無意識のメッセージなどを、色々な意味の連想などで、意識が解釈できるような形に集めてまとめる作業です。

拡充法で、集合的無意識のメッセージやイメージを再構成できますが、あくまで意識がそれを理解するのであって、拡充法というのは、意識経験として断片的に現れている無意識や集合的無意識のメッセージを、集めて、パターンが理解できるようにする方法です。

こうして、集合的無意識に「アプローチ」はできますが、それは、集合的無意識に意識が到達することとは別のことなのです。LSDとか、精神開示薬物・薬草類などを服用すると、集合的無意識のメッセージやイメージが意識に見えてきますが、これは意識が、ダイレクトに影響や作用を受け止めているのであって、意識が集合的無意識などに達した訳ではありません。

拡充法は、危険性はありませんが、薬物や、またヨーガや瞑想法などで、集合的無意識の影響やメッセージをダイレクトに意識が受け止められるような状態になることは、意識が、場合によっては、精神分裂症などに落ち込む危険性があります。

瞑想の修行などは、経験ある師匠の指導においてすべきだ、というのは、こういう危険を回避するためです。ユング派の臨床心理士などだと、こういうことについて分かっているかも知れませんが、一般の臨床心理士では、こういうことまで詳しく分かっていません。知っていても、頭の知識だけの場合が多いです。

実際に、集合的無意識のメッセージを解読したり、受け止めたりする瞑想などの実地修行を経験した者でないと、こういう場合のアドヴァイスはできません。



要するに,天界(霊界,向こうの世界)に到達するには死ぬか,植物人間になるか,精神分裂病になるか,幻覚剤を飲む位しか方法は無いのですね.いづれにしろ悟ったら人間としてはお終いですね(合掌)
 
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa361485.html
17投稿者:幸福の科学信者との対話  投稿日:2009年07月23日(木) 23時00分31秒

2956.777様 返信 引用

名前:周 日付:7月16日(木) 1時42分
どうも長文のお答えありがとうございます。しかし、777さんは、被害者の会のほうで、釈迦とイエスはまともだが、弟子から劣化が始まっているとされていますが、お説だと初めから中身がないような気がしますが?



2957.Re: 777様
名前:777 日付:7月16日(木) 21時30分

<釈迦とイエスはまともだが、弟子から劣化が始まっているとされていますが、お説だと初めから中身がないような気がしますが?>

釈迦の様に輪廻や死後の世界まですべて深層心理で解釈するという事自体が時代を2000年超えた奇跡なんですね.それゆえに弟子は一人も釈迦の言葉を理解できなかったのです.
18投稿者:777  投稿日:2009年10月24日(土) 05時55分03秒

キリスト教は他宗教に対してきわめて攻撃的だった反面、権力には
従順そのものだった。布教のためには権力を肯定し、これに接近した。



「選ばれた民」の戦い

 アウグストゥスがローマの初代元首となってから100年目の紀元73年、泰平が続く帝国に衝撃を与えた属州ユダヤ(現在のパレスティナ)の反乱は8年目をむかえ、最終局面にさしかかっていた。

 反乱軍の中心だったエルサレムは3年前に数十万の犠牲者を出して陥落し、この時点で蜂起の失敗は決定的であった。それでも、死海西岸の岩山に築かれたマサダ要塞には女子供を含む967人がたてこもり、絶望的な抵抗を続けていた。ローマ軍は包囲陣を築いて要塞を封鎖し、攻城塔から雨のように石と矢を浴びせかけた。ついに城壁が破れると、籠城者はほぼ全員が自殺して果てた。

 この反乱は、パレスティナの地で多数を占めていたユダヤ教徒たちがローマからの独立をめざしておこしたものだったが、玉砕も辞さないという過激さは当時の常識からすればかなり異様であった。しかも、ローマはユダヤ教徒を過酷に扱ったわけでもなければ、ユダヤ教を禁止したわけでもない。

 前章でみたように、帝国という広域支配システムではふつう、無用の摩擦を避けるために様々な信仰が認められる。帝国がもたらす平和の中で人やモノが活発に動くようになれば、一般庶民の間でも宗教の違いはあまり問題にならなくなる。多くの神々を崇めることは人々にとってあたりまえのことだったから、その中に他の土地の神がまぎれこむことも珍しくない。たとえば、エジプトの女神イシスや、ゾロアスター教の太陽神ミトラはローマ領内で爆発的に流行している。

 ようするに、ローマの支配者にとって、帝国の一角にユダヤ教徒が存在することはべつに異存がなかった。悲劇の原因はむしろ、「帝国の臣民」に甘んじることをよしとしないユダヤ教の特異性にあったといえよう。

 ユダヤ教は、「ヤハウェ」を唯一絶対の神とし、それ以外の神を認めない「一神教」という形態をとっている。しかも、ユダヤ教徒は自分たちこそがヤハウェから繁栄を約束された「選ばれた民」だと自負していた。もともと、他の宗教に対しては非妥協的な態度を示す傾向にある。

 「選ばれた民」であるにもかかわらず、現実にはユダヤ教徒は大国に翻弄される苦難の歴史を歩んできたのだが、それは過去に神の命令に従わなかった「罪」のためであると考えられた。「罪」をつぐなうことさえできれば、「救世主」があらわれて自由と繁栄をもたらしてくれるはずであった。そのためには、エルサレムのヤハウェ神殿における祭祀を絶やしてはならないとされたから、ユダヤ教徒はどこに住んでいても毎年かならず神殿に税を送り続けていた。

 つまり、ユダヤ教徒にとって、神殿を中心とする自治を守ることはたんなる政治の問題ではなく、救われるか否かを左右する重大事だったわけである。実際、ローマ当局が他の属州なみに納税を要求し、滞納者の分を神殿から取り立てたことが大反乱の引き金となったのであった。蜂起の鎮圧後にエルサレム神殿は跡形もなく破壊されたが、過激派の残党は60年後にふたたび立ち上がり、最終的に壊滅した。

 もっとも、これによってユダヤ教徒が消え去ったわけではなかった。ローマが台頭するはるか前から、数百万におよぶ信者が地中海や西アジアの諸都市に住んでいたからである。

 神殿を失った彼らが「罪」をつぐなう手段としてもっとも重視したのが、「律法」にのっとった生活であった。

 律法とは、前5世紀頃に成立し、絶対的権威を持つとされた戒律である。分量は膨大で、死語となっていたヘブライ語で書かれ、物語の体裁をとっているため、誰でもすぐに理解できるというものではない。そこで、学者(ラビ)に師事して学習することが信者のつとめとなる。会堂(シナゴーグ)に集まって教えを学び、義務を守って暮らしていくことで、ユダヤ教徒は独自性を維持し続けたのである。

 ただし、彼らはどの地でも「少数派」であり、「救世主」があらわれるまで地上の権力者による支配を堪え忍ぶしかなかった。支配者側も、同化を拒み続けるユダヤ教徒に不快感を抱きつつも、反乱をおこさない限りにおいて独自の信仰生活を認めた。

 結局、ユダヤ教徒は律法をよすがとしつつ、多数派住民との共存への道を模索することになった。

19投稿者:777  投稿日:2009年10月24日(土) 05時55分32秒

不寛容の時代

 ユダヤ教の主流派がマイノリティとしての生き残りを余儀なくされた一方で、東地中海全域に急速に拡大しつつあるユダヤ教の分派が存在した。彼らは、後30年頃にパレスティナ活躍したイエスという宗教家こそ待望の「救世主」(ギリシア語でクリストス)であると考えており、その教えはやがて「キリスト教」とよばれることになる。

 イエスはユダヤ教の祭司集団に危険視され、ローマ総督によって処刑されたのだが、それによって人類が背負っていた「罪」は消え、あらゆる人々に「救い」への道が開かれたとキリスト教徒は考える。しかも、この事実はあらゆる人々に伝え知らせなければならないとされたから、布教は広範囲に及び、しかもきわめて熱心なものとなった。

 このような態度はしばしば他宗教からの嫌悪と迫害をまねいたが、キリスト教側は信者の組織化と理論武装でこれに立ち向かった。信者は難解な経典を読んだり面倒な義務を守ったりすることを求められないかわりに、「教会」という団体に属し、「聖職者」(司教、司祭など)の指導に従わねばならないとされた。そして、聖職者は教義を一本化し、思弁の限りをつくして論敵に挑んでいった。

 キリスト教は他宗教に対してきわめて攻撃的だった反面、権力には従順そのものだった。戒律の遵守などの「行為」ではなく神を信じる「心」こそが重要であり、「救い」はこの世ではなく、死後にもたらされるとされたので、体制を変革するような意図を持たなかったのである。むしろ、布教のためには権力を肯定し、これに接近することが効果的だと見抜いていたらしい。

 とくに、ローマ帝国が危機にみまわれ(第9章参照)、従来の諸宗教が動揺した3世紀頃から、キリスト教は権力機構の内部に改宗者を増やしつつ、「帝国の精神」の乗っ取りをめざすようになる。曲折を経ながらも、この戦略は功を奏した。392年、キリスト教は帝国唯一の公認宗教の座をえるにいたった。

 その背景には、ローマの支配者側が「権力の正当化」を求めていたという事情もある。宗教的寛容が帝国統治の原則ではあるが、帝国のサイズにあわせて広範囲に信者を持つ宗教があらわれれば、それに権力を支えてもらったほうが得策だと考えてもおかしくない。こうして、帝国政府がキリスト教に便宜をはかる一方、教会は皇帝を「神の代理人」とみなして統治に協力するという、相互依存関係ができあがったのである。

 様々な宗教や思想が共存していたローマの精神風土は一変した。キリスト教会は権力を笠に着て多くの宗教を迫害しただけでなく、内部の対立者を「異端」として弾圧することもいとわなかった。

 このような特定宗教の「国教」化は、ローマの東隣に位置する強敵ササン朝で一足先に進行していた現象であり、ローマはそれにならったのだとも考えられる。ササン朝は3世紀にはゾロアスター教の祭司集団と結びつき、権力を強化しつつキリスト教など他宗教を攻撃していたのである。

20投稿者:777  投稿日:2009年10月24日(土) 05時57分02秒

ビザンツ=ローマがキリスト教を、ササン朝がゾロアスター教を奉じて覇を競う中においては、権力の後ろ盾を持たない他の宗教は衰退への道をたどるしかなかった。「マニ教」は、そのような宗教のひとつであった。

 マニ教は、3世紀中頃ササン朝治下のバビロニアで活動した思想家マニの教えであり、ゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教、仏教などの要素が取り込まれている。これらの信者にとってはとっつきやすかったために大いに広がったが、まもなくササン朝とローマ双方で弾圧された。

 マニ教が最後に生き残ったのは、中央アジアと中国であった。7〜8世紀にこの地域を支配した唐(とう)王朝は「諸宗教の楽園」であり、仏教、ゾロアスター教、キリスト教などとともにマニ教が流行した。また、モンゴル高原の遊牧帝国ウイグルではマニ教が国教とされるほどだった。

 しかし、最後の楽園にも不寛容の波が押し寄せた。9世紀中頃にウイグル帝国が瓦解し、唐でも民間信仰を基盤とした「道教」を奉じる皇帝によって迫害がはじまった。13世紀頃には、マニ教は地球上からほぼ姿を消した。

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/200.html
21投稿者:神道と仏教を融合した日本人  投稿日:2009年11月11日(水) 21時28分09秒

いったいなぜ日本人は古代から森を大切にするなど、自然との共生を重視してきたのか。

うっそう欝蒼とした森、見上げるような大木、あるいは山の奥から湧き出る泉、さらには巨岩ーこれらの自然物を日本人は古来聖なるものとして崇め、大切に扱ってきたからである。こうした聖なる場所にはかならずといっていいほど神社が造られ、山や森をご神体として信仰してきた。

といっても、こうしたアニミズム的な自然信仰ならば、日本に限らず古代世界のあちこちにあったものだから、特に珍しいというわけではない。だが、日本の場合、そうした素朴な自然崇拝に基づく神道が外来宗教である仏教と融合し、いわば「日本的神学」ともいうべき思想を産み出したところが異色なのである。

この神道と仏教の融合を理論的に正当化した考えを「本地垂迩説」と言う。

本来、インドから中国を経て日本に渡来してきた仏教には自然崇拝の要素はない。元来、仏教は人間に苦をもたらす原因となる「煩悩の炎」を滅して、悟りの境地に至ることを目的としているのであるから、あくまでも努力する主体は自分自身であって、自然の神聖さや霊性に頼るという思考は存在しない。もちろん、仏教の修行者の中には森の中、山の奥に籠もる人たちもいるが、それは自然の厳しさの中に身を置くことで自分自身を鍛え、物事に対する認識を変えようということであって、自然から「悟りをいただく」ということを目的としているわけではない。

したがって、キリスト教のように自然を積極的に征服せよと命じたりはしないものの、仏教においては自然崇拝の入る余地は本来、ほとんどないのである。

ところが、その仏教が日本に入ってきたとき、日本人は古代から伝わる神道と、仏教の思想を見事に融合してしまった。「本地垂迩説」とは、後で詳しく説明するが、分かりやすく言ってしまえぱ、「目の前の崇めるべき神がどんな姿形をしていようとも、それは本地仏の化身であるから、それを崇め、拝んでも何ら問題はない」という考え方である。

たとえば、伊勢神宮はアマテラス(天照大神)という太陽神を祀っているが、アマテラスの本地仏は大日如来である。あるいは、熊野本宮はスサノオを祀っているが、その本地仏は阿弥陀如来という仏である。つまり、神様を拝むことはそのまま仏様を拝むことにもなるというのが、本地垂迩の思想なのである。

よく言われることだが、日本人は正月には神社に参拝して初詣でをし、彼岸やお盆になればお寺に行って、先祖供養をする。そして冬になるとクリスマスを祝うーこのような日本人には本当の意味での信仰は存在しないのではないか、日本人は無宗教の民族なのではないかと昔からしばしば批判されてきたが、それはあくまでも表面的なものの見方であって、少なくとも仏教と神道の両立については、古来日本人はきちんと両立させる神学を持ってきたのである。

日本人には天上の神を唯一の神として崇める宗教はない。しかし、日本人は道端に生える草木一本一本にも神や仏の存在を感じ、人間は自然によって生かされているという独特の宗教観がある。「ありがたい」「もったいない」「いただきます」といった日常使う言葉はもとはすべて仏教で使われていた。日本人は特定の神を信じているかどうかという点では「無宗教」だが、全般的な宗教心があるかどうかという点になると、依然として世界で最も宗教心のある国民なのではないだろうか。

私が尊敬してやまなかった心理学者の故河合隼雄先生は、「カトリックはパートタイム宗教、日本の宗教はフルタイム宗教だ」とよく冗談を言っておられたが、その意味するところは、「カトリック教徒は月曜から土曜までは好きなことをして、日曜日になると教会に行って俄悔をすれば許してもらえる。だから、彼らが敬慶な気持ちに浸るのは日曜だけ」「しかし、日本人は四六時中、ごちそうさま、ありがとうと言い、道端に小さな神社やお地蔵さんがあるととっさにお祈りをしている。日本人にはそういった日常化した宗教観があるLということであった。

考えてみれば、二一世紀にもなって、何百万、何千万人という人が正月になると初詣でに出向くということ自体、先進国では異常なことである。日本人に宗教心がないというのはとんでもない間違いなのである。
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu203.htm
22投稿者:777  投稿日:2010年03月26日(金) 11時06分28秒

(カースト否定というのは本当ですか?という私の質問に答えて)
カースト否定は建前ですよ。RSSは上層ヒンドゥーや中層ヒンドゥーに支持が多
いです。下層ヒンドゥーはさほど支持していません。ヒンドゥーはカーストなど
によって分断されていなくて一体感があるということを強調したいのでしょう。

(ヒンディー語とヒンドゥー教の区別をすることは必要です。)ヒンディーは北
インドを中心に話されている言語でインドで最も話者人口が多いです。しかし、
中国における北京語のような圧倒的な地位はなく、各地方には、ベンガル語、タ
ミル語などのように有力言語があります。
ヒンドゥー教は、インドの約8割の人が信じています。北インドだけではなく、
インド全域にわたって満遍なく信じられています。

以上

とくまる
==============================
皆様、小川さん、

「ヒンドゥー・ナショナリズム」、ややけなしすぎたかと反省して
います。後半の分析的なところ、文明論的なところは、かなり駆け
足で読み飛ばしていたのですが、今朝あらためて読んでみて第4章
、第5章は結構おもしろいと思いました。

イギリスによる植民地支配下で、ヒンドゥー教が分断統治のための
記号として使われたり、いろいろな改革運動がすべて失敗したりと
いうあたり、最初は、「宗教にとっては負の歴史だ」、「改革運動
の意味はないではないか」と思って軽く受け流していたのです、実
は。

しかし、もともとアーリア人が持ち込んだ宗教自体が、侵略民族の
階級差別を正当化するためのものであったということを思い出して
、インドはアーリア人とイギリス人との二重の植民地支配のもとで
苦しむようになったのかと、ちょっと考えてみました。

ムスリム支配であったムガール帝国の時代に、ヒンドゥー(教徒?
)あるいは庶民はどのように暮らしていたのだろうか。イスラム教
徒の間には、階級の問題はまったくないのだろうか。カーストめい
たものがあるのでしょうか、疑問がわいてきました。小川さん、何
か聞いておられますか。

23投稿者:777  投稿日:2010年03月26日(金) 11時06分47秒

それからさらに、カーストによる階級差別や、植民地支配の分断統
治の戦略のもとでも、それでもインド的な生き方というものが綿々
と続いてきたこと、むしろそのことに意味があるのではないかと思
い始めました。第5章でビジネスマンが、引退して、サドゥーにな
る話が出てきます。これはその一例です。インドの本覚というので
しょうか。聖地インドの生き方というのでしょうか。誰がどのよう
に支配をしても、変わらない部分として、インドの霊力をもつ土地
(ゴンドワナランドの一部)に根差した、地霊が生む思想が脈々と続
いているのでしょうか。

お釈迦様が悟りを開いてから45年間、転々と場所を移動しながら
托鉢を続けて活動したこと、ガンディーの姿や言動、要するに貧し
く生きるのが人間の生き方として正しい、動物に近づいて無一物で
暮らすことが正しい、そういう人生観が21世紀のインドにも続い
ているのでしょうね。
http://www.asahi-net.or.jp/~VB7Y-TD/220325.htm
24投稿者:777  投稿日:2010年03月26日(金) 11時08分08秒

第3章:インド人のアイデンティティ

インド人のアイデンティティは「カースト」「出身地」「国」とい
う3つを持っているという指摘がある。カーストはインドに侵入し
てきたアーリア人によって作られた身分制度で紀元前10世紀ごろ
から現在まで続いている。ヒンディ語でアーリアは「高貴な、色の
白い」という意味がある。進入してきたアーリア人は自分たちの持
っていた信仰とインド古来に存在したアミニズムを軸とした宗教を
融合してヒンズー教を確立したといわれる。アーリア人は自分たち
が高貴な人種であるとの誇りから、色の白い階級を最上に置く、い
わゆるカースト制度を確立させた。最高神の一つであるクリシュナ
やシバ神を青い肌の神としたのは、色黒の肌の持つ先住民族に対す
る懐柔策であったとも言われている。しかし、白では「白が尊い色
」でその対極にある「黒が卑なる色」と定着したようである。結婚
式で新郎が乗る馬は必ず白馬で、動物園ではホワイトタイガーが珍
重される。インドにとっては美白が理想であり男性も美白剤を塗っ
ている。この流れが日本まで漂流して白虎が珍重され、「色の白い
が七難隠す」とされるようになったらしい。アジア人の白人崇拝に
つながっているようだ。

カーストは、ジャーティともいわれ血縁や職業などによって再分化
された身分であり、300以上の区分がある。世襲制であり、自分
の意志で職業を変えるように他の身分に変えることはできない。伝
統的なジャーティに所属していることはそのコミュニティの中での
社会保障がなされているという一面がある。カースト制度の短所は
、差別、虐待、搾取など多いが社会を維持するための長所もあった
ようだ。そのカーストに属していれば最低の生存権が保証されるシ
ステムでもあった。コミュニティの内部では一つの法が支配的であ
り、その集団の長老がすべてを裁き、村八分にされないために法は
絶対的に尊重された。しかしこの社会保障システムは従来の村落や
農村部では有効であったが、急激に発達した都市部においてはスム
ーズに機能していなくなっているようだ。伝統的な職業については
、それを世襲するカーストがあってそれが階級的に社会を形成した
が、近代的な新しい職業が続々と生まれてきた現在、新しい職種は
カーストの規制対象外である。近代工場のいろいろな職種や、事務
所の仕事、IT関係の仕事は、出自に関係なく出来る人に与えられる。
会社運営にあたって新しいカーストをつくることはできないが、カ
ースト的な考えはインド人にとって理解しやすい。8時から5時ま
での工場勤務時間は、その勤務している会社というカーストに属し
ているという考え方が分かりやすい。

インド人は、出身地のお国自慢と他州の悪口が得意である。「自分
の国のマンゴーが一番上手い」「ベンガルはおしゃべりばかりで、
仕事をしない」「シークは単純である。」「ケララには実業家がい
ない」など
25投稿者:777  投稿日:2010年03月26日(金) 11時08分31秒

インド人には、言論の自由があり外国人に国や政府の悪口をいって
も逮捕されることはない。しかし、最近は、ヒンズー・ナショナリ
ズムのような愛国心が強くなっているようである。道路に出るとト
ラックの後ろには「偉大なるわがインド」「国を愛す」「愛国心」
と英語やヒンディ語で書かれたものが見かけられる。“インド国”
という概念意識が生まれている。特にパキスタンとの軋轢は深まっ
ている。

インド人は実に良くしゃべる。むかし、国連では「インド人を黙ら
せて日本人にしゃべらせろ」という意見があったようであるが、ビ
ジネスの場でも議論は覚悟しなければならない。巻き舌の訛りの強
い英語でまくし立てる。時代劇をみるように、腹を探り合う日本の
会議とはずいぶん違ってわかりやすい。しかし、多民族・多言語の
この国はある意味で日本より民主的であり、いろいろな会議の場の
発言も上から下まで個人が自由に主張する。立場とか場の雰囲気で
言いたいことが封じられる社会ではない。たくさんの宗教や神が混
在していながら、個人が自由に好きな神を信仰する自由がある。
自分自身が信じている原理原則に思考し、判断し、行動する自由が
ある。長所としてみれば、他人との議論を好み、知的好奇心が強く
、その議論の中から弁証法的に思考を発展させて新しい提案をする。
内省的であり、かつ外には発言し、禁欲的ではあっても享楽的では
ない。向上心は強く、実に勤勉である。心の問題も深く理解してい
る。理想的な人種なのだ。
26投稿者:777  投稿日:2010年03月26日(金) 11時11分29秒

第3章:インドの言語

鈴木先生の本に触発されて、言語と文化の問題に関心が深まり、イ
ンドの言語について調べてみました。インドには3000種の言語があ
り、国語が存在しない。一口に10億といわれるインドは、19言語が
公用語であるが一般の人は、自分たちの住む地域の言葉しか知らな
い。多民族であるため、国は、それぞれの地域、あるいは民族にそ
の言語を公認している。法律の正文や全国規模での公用語はヒンデ
ィー語と英語である。各州での公用語は一種類とは限らず数種を採
用している国もある。現在インドには28の州とデリー首都圏と6つの
連邦直轄領があるがその中で西ベンガル州は、ベンガル語とネパー
ル語、デリーでは、ヒンディー語とウルドウ語とパンジャブ語、ア
ッサム州は、アッサム語とベンガル語とホド語をそれぞれ公用語と
している。連邦直轄州のポンディチェリでは、フランス語、タミル
語、英語、テグル語、マラヤラム語が公用語となっている。人それ
ぞれの立場によって必要に応じていくつかの言語を操っている。

1947年独立したインドは、15年をかけてヒンディ語を国語にしよう
とした。政府をはじめ各国営企業は統一を目指して努力したが、試
みは捨てられた。ヒンディ語のように使用人口の多い言語もあれば
少ないがサンスクリット語のように複数の州にまたがって流通して
いる言葉もある。ヒンディ語は、デリーを中心に北インド6州で幅
広く使われている。ドラヴィダ系言語の南インドでは、ヒンディ語
への反発もありあまり適用していない。各州言語の文化を無視でき
ないことや、官吏登用試験で、ヒンディー語と英語を適用するとヒ
ンディー語ネイティブが有利になってしまうなどの議論で統一案は
潰れたらしい。現在は、インドの官吏登用試験では、憲法でリスト
アップした26種に英語を加えた言語を使っても良いとされている。

複雑な多言語の国でお互いが使う言葉が通じないことをインド人は
理解している。実際の使用の場では、身振り手振りのボディ・ラン
ゲッジで交渉している。首を横に傾けたり降ったりするのはイエス
の意味であり、小指を立てることが小便の意味であったりする。

一方、インドの上流家庭では、子供のころから英語教育を主流にす
る学校に入り、家庭内でも英語で会話がなさたれたりする。英語が
話せないのは軽蔑の対象となる。特に科学者、技術者、知識人は英
語ができることが必須条件である。高校や大学の教育はすべて英語
を通じて行われている。インド人の資質の一つとして音を聞き分け
る聴覚力が挙げられる。それと記憶力の良さとあいまって、耳から
の言語学習が苦手な日本人と比べると、驚くほど優れているようで
ある。バイリンガルどころか3種や4種の言語を駆使する人たちが
ざらにいる。必要に迫られると、自然に必要な言葉が覚えらえるの
だ。
27投稿者:777  投稿日:2010年03月26日(金) 11時12分55秒

インド英語の特徴として、独特の発音、インド式イディオム、ヒン
ディ語の混入、平板なイントネーション、書き言葉の小難しいボキ
ャブラリーなどが挙げられる。話し言葉として耳から身に付けた英
語は、非常にインド的であるが、高貴なインド人が目指す英語は、
クイーンズインリッシュのような少し古いイギリス英語である。
一流の英語新聞には、この種の英語を使っているが普通の日本人ビ
ジネスマンには、凝り過ぎて辞書なしでは読みにくい。また、独特
のインド英語では、Lakh(10万)Crore(1000万)のような数値
を平気で使ってくるので戸惑うことがあった。

インド人の英語の発音は、訛りが強くて日本人には分かりにくい。
国際会議でも苦労しているようだ。今回の目的の一つで出席したイ
ンド・日本の新エネルギーと環境の国際会議でも欧米の国際会議に
なれた英語に堪能なパネリストたちも、訛りが強い英語でまくし立
てるインド人の質問者の聞き取りには相当苦労していた。

日本側主催者が気を利かせて日本から派遣して準備した同時通訳の
女性たちの活躍もさることながら、最後は、日本語の流暢な現地の
インド人の助けを得て回答している場面もあった。
例を挙げると
1)THの音が「タ」の音に近い。(Thanksがタンクスである。)
2)ローマ字読みしたりする。(Wednesdayがウエドネスデイである。
               Parkがパルク)
3)「s」の発音がイスになる場合がある(Specialがイスペシャル)
さらに英語らしいアクセントが少なく、抑揚がない。反舌音(舌を
口蓋に叩いて出すような音)が強い。スピードが速い。などの分か
りにくくしている特徴がある。

インドの地勢は亜大陸であり、アジア大陸とは異なる地球の南半球
にかつて存在したとされるコンドワナ大陸から流れついた大陸プレ
ートである。アジア人とは言いながら我々とは全く違った系統の遺
伝子をもつ人たちかもしれない。ちなみにゴンドワナとは、サンス
クリット語で「神の森」を意味している。
http://www.asahi-net.or.jp/~VB7Y-TD/220222.htm
28投稿者:777  投稿日:2010年03月27日(土) 14時42分27秒

僕にとってのインド:食人禁忌の実践のための菜食主義

僕は1997年に、インドの観光地ばかり旅して、興味を失ってい
たのですが、仏教塾のご縁で、3年前に南インドのティフパティと
、佐々井上人のおられるナグプールに行きましたが、このときは、
非常に面白い国だと感じました。

そのときに思ったことを、ひとつだけ。

南インドでは、三日間、三食すべて野菜カレーでした。ナグプール
でも、三日間、ずっと菜食でした。

すると、ニューデリーに戻ったとき、ランチで、なんでもいいから
肉を食べたいという思いがこみ上げてきて、食堂のランチで鶏肉と
羊肉を食べました。こんなに肉を食べたいと思ったことは、生まれ
てから一度もないというくらい、テーブルについたときに、肉を食
べたいと思ったのでした。

おそらくその思いは、南インドの人たちにも、いくぶんか共有され
ているのではないかと思います。というのは、菜食主義であります
が、とにかくたくさん食べるのです。

サリーという民族衣装はウェストを気にしないでよいせいか、明ら
かに太りすぎな体系なのです。これは肉食しない欲求不満を、大食
でごまかしているのではないでしょうか。(インド人に確認したわ
けではないですが)

すべての肉食は、人肉食の代償行為であるとみなされると、たしか
レヴィ=ストロースも書いていました。
インド人は、食人のタブーをなんとかして避けるために菜食主義を
実践しているのかもしれません。
29投稿者:777  投稿日:2010年03月27日(土) 14時44分43秒

インドに詳しい友人に、RSSのカースト否定とこの本についてのコメ
ントをもらいました。

以下、インド研究者のコメント:

この本は、(当然でもありますが)日本人の視点、また、日本人に受ける視点で書かれていますね。存在論的意義とか。日本の若者とインドの若者が共通に感じるであろう悩みとか。そういう面は確かにあるとは思いますが、インドの文脈は少し違うところもあると思います。

ヒンドゥー・ナショナリズムをやや好意的に描いていますね。もう少し問題点も強調したほうがよいと思います。

コンパクトにまとめているのは、評価できます。


(カースト否定というのは本当ですか?という私の質問に答えて)

カースト否定は建前ですよ。RSSは上層ヒンドゥーや中層ヒンドゥーに支持が多いです。下層ヒンドゥーはさほど支持していません。ヒンドゥーはカーストなどによって分断されていなくて一体感があるということを強調したいのでしょう。

(ヒンディー語とヒンドゥー教の区別をすることは必要です。)

ヒンディーは北インドを中心に話されている言語でインドで最も話者人口が多いです。しかし、中国における北京語のような圧倒的な地位はなく、各地方には、ベンガル語、タミル語などのように有力言語があります。

ヒンドゥー教は、インドの約8割の人が信じています。北インドだけではなく、インド全域にわたって満遍なく信じられています。
30投稿者:777  投稿日:2010年03月27日(土) 14時45分57秒

イギリスによる植民地支配下で、ヒンドゥー教が分断統治のための
記号として使われたり、いろいろな改革運動がすべて失敗したりと
いうあたり、最初は、「宗教にとっては負の歴史だ」、「改革運動
の意味はないではないか」と思って軽く受け流していたのです、実
は。

しかし、もともとアーリア人が持ち込んだ宗教自体が、侵略民族の
階級差別を正当化するためのものであったということを思い出して
、インドはアーリア人とイギリス人との二重の植民地支配のもとで
苦しむようになったのかと、ちょっと考えてみました。

ムスリム支配であったムガール帝国の時代に、ヒンドゥー(教徒?
)あるいは庶民はどのように暮らしていたのだろうか。イスラム教
徒の間には、階級の問題はまったくないのだろうか。カーストめい
たものがあるのでしょうか、疑問がわいてきました。小川さん、何
か聞いておられますか。


それからさらに、カーストによる階級差別や、植民地支配の分断統
治の戦略のもとでも、それでもインド的な生き方というものが綿々
と続いてきたこと、むしろそのことに意味があるのではないかと思
い始めました。第5章でビジネスマンが、引退して、サドゥーにな
る話が出てきます。これはその一例です。インドの本覚というので
しょうか。聖地インドの生き方というのでしょうか。誰がどのよう
に支配をしても、変わらない部分として、インドの霊力をもつ土地
(ゴンドワナランドの一部)に根差した、地霊が生む思想が脈々と続
いているのでしょうか。

お釈迦様が悟りを開いてから45年間、転々と場所を移動しながら
托鉢を続けて活動したこと、ガンディーの姿や言動、要するに貧し
く生きるのが人間の生き方として正しい、動物に近づいて無一物で
暮らすことが正しい、そういう人生観が21世紀のインドにも続い
ているのでしょうね。

環境破壊で世界経済が奈落の底に落ちようとしている今、もしかす
ると、それはもっとも進んだ生き方かもしれません。

そのあたりのところ、小川さんがご覧になってどう思われたかを、
ぜひとも聞かせてください。いろいろと思いつきを発信して失礼し
ました。
31投稿者:777  投稿日:2010年03月27日(土) 14時47分56秒

1.”イスラムに階級のようなものがあるか”: 

イスラムではアッラー全知全能で天地万物の創造者、支配者であり超越者です。

「アッラー以外に神なし」と信じます。アッラーの前では万人平等
です。 キリスト教の「神の子」のような存在も認められません。

マホメットも神の使徒です。 すべてが、コーランにおける神の啓
示によって決まり法律=規範からはじまって、何から何まで、社会
のすみずみにいたるまで行動を規制しています。現実の社会で貧富
の差はあっても神の前では皆平等です。従って富める者が貧しい人
に喜捨を与える社会(原理主義のもとめるとこる)となっているの
です。

2.私が知ったインドのヒンドゥー人たちの考えが、根本的に私と
違うと感じられたのは、いつも「ダルマ」を果たすという日常生活
があるからだと思いました。この本のP12に”「ダルマ」とは社会秩
序を保つ規範、宇宙の秩序を保つ真理、全宇宙の根底にあるものを
意味し、さらには宗教、宗教的義務・行為、人倫を保つ善、徳など
の意味をも包みこんだ概念である。”と説明しています。

この当りは植民支配したイギリス人にも手に負えない部分なのでいわゆる「ウチ」の概念として干渉しなかった部分ではないかと思います。

3.サドゥー:私は、未だ出会っていませんが、インドの国内線で
サドゥーらしき聖者がファーストクラスに乗っているのを見かけた
ことがあります。インドでは特別扱いされているのだと思います。

32投稿者:777  投稿日:2010年03月27日(土) 14時50分24秒

宗教について、いくつか、思いついたことを書きます。

−1−
橋本治の「宗教なんてこわくない」という本には、「宗教はイズムである」、つまり、自分でものを考えて生きていくことができない人たちのために、生き方を提供するのが宗教であるといったことが書かれていました。

しかし、すべての人類にとって、生まれながらにして、自分だけで考えて生きていくことは難しいというか、不可能ですから、家族や共同体の価値観、生き方を宗教の形で、自己の行動規準として取り込んで生きていくしかない。

宗教は、「タブラロサ」(白紙)状態で生まれる人間にとって、過ちを犯さないで生きていくための、基本ソフトウエアのようなものかもしれません。

とくに近代までは、どこの国においても、宗教は国家的な制度の一部だった、今よりもずっと重要な役割を果たしていたのかなと思います。

−2−
ヒンドゥー教をウィキペディアでみると、仏教より後になって生まれたことになっていますね。バラモン教が、土着的な考えを取り込んで、仏教に支配されたインドを宗教的に失地回復するために、ヒンドゥー教に生まれ変わったということでしょうか。

仏教とヒンドゥー教の違いは、カーストの有無くらいなのかな?
 ヒンドゥー教の歴史と実態は興味深いですね。

−3−
一方のイスラム教ですが、一神教であり、教義がある。

イスラム教は偶像を否定する。インドの彫刻には、顔を削がれたものがいくつもありますが、ムスリムが破壊したのだということを聞いたことがあります。

たとえ自分の宗教が偶像を否定しているからといって、他の宗教の像を壊すというのは、どういう心境だったのでしょう。もっと鷹揚にかまえてもよいようなものを。 教義をたてにとった集団ヒステリーみたいなものだったのでしょうか。

タテマエとホンネのような使い分けは、イスラム教にもあるのでしょうか? あるいは、キリスト教の懺悔のようなものは、あるのでしょうか。
33投稿者:777  投稿日:2010年03月27日(土) 14時52分03秒

仏教はヒンドゥー教の一部という扱いになっているのですね。

「ブッダは、ヒンドゥー教で世界を維持する神様ヴィシュヌ神の9
番目の化身として、ヒンドゥー教に取り込まれています。」
ということを教えてもらいました。

しかし、カースト制度を否定する部分は、認めてないのでしょう。

後からできた宗教の強みですね。

得丸
==============================
・イスラムの偶像破壊について:

イスラム教の特徴の一つに偶像崇拝の徹底的な否定というのがある。
ユダヤ教でもキリスト教でも偶像崇拝は否定しているが、イスラム
教はもっとも徹底して否定する。唯一の神以外の神像は、当然破壊
するし、唯一神は偉大なものだからそれを人間が描くことは、もっ
てのほかです。しかも、神像を拝むと言うことは神そのもの以外の
ものを拝むことになるため、一神教の教義に反するのです。

ムハメッドがメッカ征服のおり、カーバ神殿に祭られていたアラブ
の多神教の神像を全て破壊した。ムスレム達は空っぽになったカー
バ神殿に向って唯一神アッラーに礼拝していることになるのです。

http://www.geocities.jp/timeway/kougi-44.html
34投稿者:777  投稿日:2010年03月27日(土) 14時53分29秒

現実にはスフィンクスの鼻も兵士たちのヒステリーで破壊されてい
るようですが、自責の念は全くなく、どこかの国のようにすぐ謝罪
することもないようです。

・イスラムに懺悔はあるか?:

懺悔はタウバといってスーフィーの聖者の六信五業のお勤めの一つ
になっています。
聖者は神に近い人間であり,神と人間の仲介者として,ウラマーの
なし得なかった罪の赦(ゆる)し,救い,現世的利益などを神にとり
なす。
聖者は神から特別の恩寵を与えられるが,それがスーフィーの行う
カラーマート(奇蹟)である。
聖者にとっては他人の心の痛みや喜びが自己の痛みや喜びであり,
彼らの活動は利他的,すなわち悩める民衆の精神的物質的救済に対
する無償の奉仕となる。
聖者は人々の苦しみや悩みを取り除き,願いごとをかなえてやるた
めに最善をつくし,そのためにさまざまな奇蹟を行う人
人々は神を知る聖者は奇蹟によって自分たちの願いをかなえてくれ
ると信じた。

スーフィー志願者は、まず神に対して従来の世俗的欲望に満ちた生
活習慣や今まで犯した罪に対する全面的な悔い改め(改俊)を行わ
なければならない。と同時に、今後スーフィーとしての禁欲的な生
活を送り続けることを誓う。いわばスーフィーとしての新生のスタ
ートである。自らの意志でスーフィーを志願する場合もあるが、今
までまったくスーフィーと関係のなかった者が、霊夢やある種のヴ
ィジョンを体験することによって回心し、入門することもあるとい
う。また、入門後、もし誓いを守れなかった場合は神に許しを請い
、再度スーフィーとして生きるべく決意表明する。有名なスーフィ
ーの中には70回悔い改めたのち、やっと永続的な回心を遂げた者も
いるという。

http://www2.dokidoki.ne.jp/racket/sufi_kaitei.html

昔、イランプロジェクトをやっているときにイランのミッションが
20名ほど東京に滞在して歓迎パーティをしたことがありましたが、
建前上オレンジ・ジュースで乾杯しました。その後ホテルへ送ると
、自分たち同士で部屋に集まりリーダーがウィスキーを飲み始める
と皆安心して飲み始めたとのことです。
外国でのできごとと懺悔したのでしょうか?どうやって神に説明し
たのか分りません。

http://www.asahi-net.or.jp/~VB7Y-TD/220325.htm
35投稿者:777  投稿日:2010年05月06日(木) 21時02分46秒

82 :天之御名無主:2006/04/24(月) 06:34:37
グノーシス神話における造物主の原型が時代背景にあるのはなんとなくわかるけど
ソフィアの原型って一体何なのかしら?

と本も読まずにここに書き込んでみますよ


83 :天之御名無主:2006/04/26(水) 09:36:31
母性


84 :天之御名無主:2006/04/26(水) 16:42:54
そりゃマリアだろう


85 :天之御名無主:2006/04/26(水) 17:35:25
宇宙の叡智みたいな。


86 :天之御名無主:2006/04/27(木) 00:11:58
父子相姦のシンボルだとほんとに知らんのかい?


36投稿者:777  投稿日:2010年05月06日(木) 21時05分09秒

90 :天之御名無主:2006/05/02(火) 23:14:19
ソフィアの目的は不完全な楽園(物質界)に迷い込んだ魂(この世界の生き物の魂)
を等しく本当の楽園(ソフィアの生まれ故郷)に返すことでしょうか。
ヤルダバオト(デミウルゴス)やその配下のアイオーン(天使)の邪魔が入るようですが。

なにか思いついたり ひらめいたり するあの心地よい感覚がソフィアだといわれています。
自分たちの魂が何者にも束縛されず真に自由だと自覚してもらうのがソフィアの願いかと・・・
そして共に真の楽園に帰ろうとゆうのがグノーシス主義かと。

個人的に仏教でいう所の如来になることじゃないかなと思いますね。人々が
如来は輪廻転生の枠組みを離れて涅槃(ねはん)という悠久の世界に座する。
これ解脱。

グノーシス主義も仏教も目指すところは解脱かと。
 


91 :天之御名無主:2006/05/02(火) 23:54:52
解脱ってあれかね。

ハムスターが大車輪を一心不乱にグルグル回していて、
あるとき「あれ?」と気付いて、大車輪から脱する、
みたいなものか。


92 :天之御名無主:2006/05/03(水) 00:29:52
解脱ではあるけどね。
グノーシス主義の場合、抜け出した先は、本来の自己が存在するべきところ。
仏教はそうなのか?

宇宙創成論の重要性が違う。


93 :天之御名無主:2006/05/03(水) 06:38:45
魂の救済と云う点では共通かと。


94 :天之御名無主:2006/05/03(水) 14:46:19
魂の救済なんてあちこちの宗教にあるかと。w


95 :天之御名無主:2006/05/03(水) 16:01:00
マトリックス?


96 :天之御名無主:2006/05/03(水) 16:25:31
本来の涅槃ってのは梵我一如とか輪廻からの解脱とは違って、
宇宙の原理、完全な知慧、全知のブラフマンに至る為に邪魔な煩悩を滅ぼし去った状態なんだそうだ。
37投稿者:777  投稿日:2010年05月06日(木) 21時07分01秒

98 :天之御名無主:2006/05/05(金) 10:55:16
「涅槃」とか「解脱」とか「梵=ブラフマン」と「我=アートマン」とか「輪廻」とかって
インドの哲学宗教に共通して出てくるけど、それぞれ意味が違ったり
同じ集団のなかでも時代によって定義付けが変わったりするからややこしいよな。

ちなみにウパニシャッド哲学では
「輪廻」の円環を構成するのは[行為=カルマン]であり、行為は[無知]に起因するとか。つまり、
[無知]は永遠に創造していく[行為]であり、
「知」はその無限地獄から「解脱」するために必要なものである。
「解脱」した「知者」たる「アートマン=自己」は、宇宙原理の全知である「ブラフマン」へ回帰してしまうそうだ。

コレに対して初期仏教では
「輪廻」の円環を構成するのは、[永遠でないもの=苦]に起因する永遠への欲求などあらゆる欲望=[乾き]であるらしい。
そして「涅槃」とはすなわち[乾き]の消滅を意味しており、明白で現実的で現世で体験する事柄である。
[乾き]を滅ぼし[苦]を停止することによって、生きたまま「ブラフマン」と一体化し永遠を得るとかなんとか。

ついでにジャイナ教では
有機物・無機物を問わずすべてに魂が存在しており[業=カルマ]によって支配されている。
徹底した禁欲と不殺生の戒律があり、[業体]である人間の生命以外のあらゆる生命は尊重され、餓死による自殺がもっとも尊いらしい。
ジャイナ教の世界は巨人の体で表現される多層宇宙で、「解脱」とは宇宙に存在する階段を登りつめていくことを意味しており、
「解脱した魂」は他の解脱した魂と混じり合って最高層の「完成者の世界」で永遠の幸福に包まれるとかいわれている。

ジャイナ教がマニ教っぽい気がするんだが…
世界は神やデミウルゴスや邪悪な霊によって創造されたものではなく、
人間の行為によって創造され続けていくというあたりは仏教やウパニシャッドに共通した考え方になるのか。


99 :天之御名無主:2006/05/05(金) 12:43:06
キリスト教では、まず原罪という概念が全ての出発点となる。
人は生を受けた瞬間から罪人であり、これを償わなくてはならない。
キリスト教グノーシス主義は、この原罪を否定する。


100 :天之御名無主:2006/05/06(土) 23:31:54
ありがとう。>98 99

グノーシスでは魂は穢れてなくてただ神と同質の存在であり、物質である人間の肉体という檻に閉じ込められている。
でいんですかな?智慧があればそこから離脱できると。

バガバットギーターにも似たようなこといってた。
プラクリティー<原物質、魂の中核>はグナ(成分サッヴァ、ラジャス、タマス)に影響されないと。
38投稿者:777  投稿日:2010年05月06日(木) 21時10分13秒
101 :天之御名無主:2006/05/07(日) 17:52:22
インド思想はなんでもありだから・・・

>>100のような考えはディオニュソスの密儀、オルフェウス教、それらに
影響を受けたピュタゴラス派、プラトン、新プラトン主義などギリシアにも伝統の思想。


102 :天之御名無主:2006/05/07(日) 18:53:18
日本にもあったの思い出した。

分霊(わけみたま)人々の霊(たましい)は尊い神々の霊を分かたれて生まれてくると。

どうおもいます?
私はそうあって欲しいですね。そっちのほうが夢がある。
逆境に立たされたとき、自分に秘められた古の神の力が覚醒する。なかなかロマンチックじゃないですか。
この覚醒も智慧の一種だとおもいますが。


103 :天之御名無主:2006/05/08(月) 00:19:21
>>101
「>>100のような考えはディオニュソスの密儀、オルフェウス教、
それらに 影響を受けたピュタゴラス派、プラトン、新プラトン主義
などギリシアにも伝統の思想。」
このへんの話、ふつうに読める本でなんかないですか?
マンリー・ホールなんかけっこう面白かったですが。






104 :天之御名無主:2006/05/08(月) 15:30:00
カバラ数秘術で姓名判断すると自分の性格とか当たってるんだよね
ピタゴラス数秘術だとどうだろうか・・マトリクスが13だってさ。
カバラだとマトリクス9です。
今度ピタゴラス数秘術やってみよっと。




105 :天之御名無主:2006/05/08(月) 17:28:57
グノーシス大好き。


106 :天之御名無主:2006/05/08(月) 19:00:15
>>103
エリアーデの世界宗教史とその文献解題を出発点に。
39投稿者:777  投稿日:2010年05月06日(木) 21時16分45秒

181 :天之御名無主:2006/05/25(木) 21:18:16
「知恵の実」なんていうのがオタの特徴ではあるがな。

正しくは「知恵の木の実」だ。
大した違いはないと思うだろうが、大違いだ。
重要なのは樹本体であり、象徴としての果実ではない。
古今東西、大樹は地上と天界を結ぶ存在であり、その頭上には知識、
財宝が隠されていると考えられた。
北欧神話の世界樹ユグドラシルはその典型であり、わが国でも「御神木」の
概念が仏教伝来以前からあるのは周知の通り。



186 :天之御名無主:2006/06/14(水) 09:55:50
非ユダヤ・キリスト教のグノーシス主義というと、
どんな思想・宗派があるのでしょうか?
マーニー教やマンダ教があるという程度のことは知っていますが
何分まったくの門外漢なものですから、分かり易く教えて下さい。
一素人より


187 :天之御名無主:2006/06/19(月) 22:59:34
それは議論の余地が大きく、学者による相違も激しい。
しかし、ナグ・ハマディ文書を初め、コプト語の史料からエジプト周辺に
魔術発祥の起源を見る向きは多い。いわゆるヘルメス思想だ。グノーシスの
源流のひとつであることは間違いない。
あとはデーミウルゴースの引用から新プラトン主義、ピュタゴラス教団などの
ギリシャ、ヘレニズム文化の中にもグノーシスは存在している。
しかし、日本で最も知られていないグノーシスはイスラーム教神秘主義、
スーフィズムではないだろうか。
また、キリスト教により徹底排除されたケルト・ゲルマン文明にグノーシスの
萌芽を見る向きもある。
40投稿者:777  投稿日:2010年05月06日(木) 21時19分11秒
205 :天之御名無主:2007/05/09(水) 01:21:32
グノーシス 古代キリスト教の〈異端思想〉
とか?


206 :天之御名無主:2007/05/19(土) 23:05:22
要はこの世界の創造神と真の至高神は別の存在とする思想、宗教運動。
アニミズムとは無関係。

図書館という括りならこれまでも挙げられている以下の書籍が定番。
岩波『ナグハマディ文書』 全四巻
クルト・ルドルフ『グノーシス』
ハンス・ヨナス『グノーシスの宗教』
マドレヌ・スコペロ『グノーシスとはなにか』 


207 :天之御名無主:2007/05/21(月) 03:31:00
「グノーシスと古代宇宙論」がおもしろかった


208 :天之御名無主:2007/05/24(木) 01:43:44
>>204
グノーシスの特徴は

・現世否定(この世界は汚れた偽りのものであるとする考え)
・知恵によるそこからの解脱(知恵無き者は救われないとする一種の選民思想)

だと俺は思ってる
はっきり言ってこの思想はあまり好きじゃないなw

キリスト教とは

・現世否定(キリスト教では現世を日々良くしていく義務が信徒にある)
・知恵によるそこからの解脱(キリスト教では救いをもたらすのは神である)

といった点でまったく相容れない思想
よって徹底的に弾圧を食らった歴史がある
ただしキリスト教の普及には、グノーシスの弾圧はプラスに働いた
知恵を重視するグノーシスでは、無学な一般庶民は救われないことになるからね
もっとも今でもしぶとく生き残ってるけど
41投稿者:777  投稿日:2010年05月06日(木) 21時20分36秒

210 :天之御名無主:2007/05/25(金) 01:06:51
>>208
グノーシスには選民思想の側面があったのかー
キリスト教は底辺の人達をうまく取り込んで拡大していったが
知識を重要視するグノーシスは、底辺の人達には縁のないものだったのね

俺は「無知の知」という言葉が凄い好きなのだが
このソクラテスの思想はグノーシスとは関係あるの?
もっとグノーシスを知りたいが、予備知識が乏しすぎてちときつい・・・



211 :天之御名無主:2007/05/25(金) 02:40:31
>>209
たしかに仏教と良くにているんだけど
仏教と違う点をあげると、知恵無き者への蔑視みたいなのが
グノーシスにはあるように俺には思える
ヤハウェ(デミウルゴス)とその信者への態度とかね
俺の個人的感想でしかないが

>>210
あくまで私個人の考えなんであまり真に受けないでw
でもエリート層にグノーシス信者が多かったのはよく言われてることらすぃ

ソクラテスにはあまり詳しくないので、何も言えないスマソ
ただギリシャ哲学がグノーシスに多大な影響を与えたんだろうなとは思う
ギリシャ哲学は神を排除する立場から倫理を確立していくものだったので
あくまで知識による自力救済を目指すグノーシスとは親和性があるんではないかと


212 :天之御名無主:2007/05/25(金) 11:44:52
グノーシス主義が仏教に影響を受けているかどうかについては論争が昔からある。
ひところは「ギリシャ思想内部だけでもグノーシス思想は成立する」説が主流になったが、
中村元などはインド起源の要素もあるのではないかとしている。


213 :天之御名無主:2007/05/25(金) 23:11:35
マニ教くらい学んどけ


214 :天之御名無主:2007/05/25(金) 23:26:24
>>212へのレス?

>>212で話題にしてるのはウァレンティノスなど紀元前後の最初期グノーシスのこと。
マニ教はずいぶん時代が下るし、影響は自明のことだろう。
42投稿者:777  投稿日:2010年05月06日(木) 23時22分26秒

2009年12月31日 (木)
ナザレのイエス時代の住居跡を発掘
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 イスラエル考古庁は21日までに、イスラエル北部の都市ナザレで、イエス・キリストの生誕前後の時代の住居跡を発掘したと発表した。

 この時代の住居跡がナザレで見つかったのは初めてとのこと。
 
 当時のナザレを知る大きな手がかりになると期待されている。

 考古庁によると、この時代の墳墓は数多く見つかっているが、住居などは見つかっていなかった。

 発掘場所はナザレの新市街地にある受胎告知教会のすぐ近くで、現在建設が進められている。

 イエス・キリストの母マリアの生涯を紹介するナザレ国際マリア・センター建設予定地だった。

 建設に先立つ発掘調査で見つかった住居には部屋が2つあり、中庭と雨水を貯める貯水池跡があった。

 また、紀元1─2世紀頃の陶器片なども見つかった。

 受胎告知教会は、マリアがイエス・キリストを身ごもったことを天使から知らされた場所に建てられており、かつてはマリアが夫ヨセフと暮らしていたとされている。

 マリア・センター建設を進めるナザレ当局は、この住居跡を保存し、同センターで展示することを計画しているとのこと。(CNN) 

43投稿者:777  投稿日:2010年05月06日(木) 23時24分32秒

◇「ナザレのイエス」時代の住居跡を発掘、イスラエル

エルサレム(CNN) イスラエル考古庁は21日までに、イスラエル北部の
都市ナザレで、イエス・キリストの生誕前後の時代の住居跡を発掘したと
発表した。この時代の住居跡がナザレで見つかったのは初めて。
当時のナザレを知る大きな手がかりになると期待されている。

考古庁によると、この時代の墳墓は数多く見つかっているが、住居などは
見つかっていなかった。発掘場所はナザレの新市街地にある受胎告知教会の
すぐ近くで、現在建設が進められている、イエス・キリストの母マリアの
生涯を紹介するナザレ国際マリア・センター建設予定地だった。

建設に先立つ発掘調査で見つかった住居には部屋が2つあり、
中庭と雨水を貯める貯水池跡があった。また、紀元1─2世紀頃の
陶器片なども見つかった。

受胎告知教会は、マリアがイエス・キリストを身ごもったことを天使から
知らされた場所に建てられており、かつてはマリアが夫ヨセフと
暮らしていたとされている。

マリア・センター建設を進めるナザレ当局は、この住居跡を保存し、
同センターで展示することを計画している。

ソース(CNN)http://www.cnn.co.jp/science/CNN200912220022.html

▽発掘された「ナザレのイエス」時代の住居跡
http://www.cnn.co.jp/science/images/CNN200912220026.jpg

44投稿者:777  投稿日:2010年05月06日(木) 23時29分46秒
『ナザレでイエスの時代の住居が発掘される』



『ハアレツ(Haaretz)』HPより(2009/12/22)
http://www.haaretz.com/hasen/spages/1136599.html



イスラエルの考古学者たちは、イエスの時代にさかのぼる可能性のある初めての住居跡をナザレ北部の町で発掘した、と月曜日に発表した。

イエスの時代のナザレの姿に新しい光を投げかける発見だと考古学者は語り、貧しいユダヤ人たちが住む50戸ほどの家屋からなる小さな集落であったことを示唆した。

ナザレの古い女子修道院の中庭を建築者が掘削していると、壁や隠れ家、貯水池の跡が見つかったとイスラエル考古学部門の考古学者、ヤルデナ・アレキサンダーは語る。

アレキサンダーは加えて、当時のガラリヤのユダヤ人が使っていた粘土や石灰の器も発見されたと記者に告げた――それはこの住居が質素なユダヤ人家族の所有物であったことを示している。

「イエスと彼の子ども時代の友達はこの家を知っていた可能性がある」とアレキサンダーは語る。

「私たちが得られるわずかの文書証拠から、紀元1世紀のナザレは谷に位置する小さなユダヤ人の村落であったことが分かっている」とアレキサンダーは語り、「今までイエスの時代の墓がわずかに発見されたことはあったが、この時代の住居跡が発掘されたことは一度も無かった」と加えた。

岩の中に掘られた大きな穴も見つかり、その入り口は隠されていたようで、その中でこの時代の粘土細工も見つかっている。この穴は紀元67年のローマ人に対する大蜂起に先立ってなされたユダヤ人の対策ではないかと、アレキサンダーは推測する。


(訳:だいすけ)


情報源:http://www.haaretz.com/hasen/spages/1136599.html

45投稿者:777  投稿日:2010年05月06日(木) 23時32分28秒
ナザレの考古学的発掘

私が学生時代・・・つまり約40年前では、パレスティナ地方のキリスト教の遺物と言えば、4世紀のコンスタンティヌス帝時代の遺跡や神殿跡であり、後のビザンチンや十字軍時代の建物の下に埋もれていた。福音書に記された証拠などはあるかもしれないという夢物語だった。しかし、その後の発掘では、1世紀つまり福音書に書かれた時代にまで遡れる遺跡、カペルナウム・エルサレム・ナザレなどのユダヤ人キリスト教徒の住居や墓が掘り出され、歴史的な検討が可能になったと言える。

大規模な発掘調査は1955〜1970年、フランシスコ会のB.ガバッティ神父を中心に行われた。受胎告知教会の下からは、地下洞、穀物サイロ、貯水槽、陶器の飼い葉桶、オリーブしぼり器、象徴的な絵や図柄の落書きが見つかった。発掘された遺跡の中で重要なものに、ナザレの2家族の伝承を裏付けるものもあった。つまり、マリアの家とヨセフの家だ。

マリアの家は、今は残されていない家、地下洞、トンネル、井戸、岩に刻まれた階段と外のテラスという構成で、付近の様子も同じような様式である。マリアの家は、後にユダヤ人キリスト教徒の集会所となり、シナゴグ(会堂)となり、更にはビザンチン様式のバシリカ(教会堂)になった・・・これに関する遺物『顔料を塗った石(古代ガリラヤにあったシナゴグに酷似)、彩色された壁に書かれたキリストとマリアを指す文字、マリア万歳の文字、更にはマリア像やらマリアの聖なる場所という文字まで・・・すでに歴史的マリア崇拝よりも遥かに古いマリア崇拝が存在した事が分かる』が見つかっている。

マリアの家の近くには、現在の地下聖堂(イエス傳育の杜)と呼ばれる建物群があるが、その地下の地層からは、沐浴場、地下洞、水槽、少し離れた場所にモザイクの敷石が発見されている。構造と様式から、イエスが幼少〜青年時代に過ごしたとされるヨセフの家の伝承に良く合致する。マリアの家と同様に粗末な家は、地下洞に隣接していた。

ナザレは2つの渓谷に挟まれた、岩肌のゴツゴツする小さな山村と言えるだろう。住民はほとんどが職人か農夫で、オリーブ園やぶどう畑を営農し牧畜を営む農村地帯であり、ガリラヤ湖畔の喧騒とは無縁の土地でもあった。しかし、2世紀にはいると事情が一変してしまう。主イエスの出身地という事で、ユダヤ人キリスト教徒には広く良く知られた聖地となってしまう。ユリウス・アフリカヌスの『年代記』には、主の親族が住んでいると記されているし、2世紀の著述家でユダヤ人キリスト教徒のヘゲシップスも主の親族ユデ(ユダ)の子孫について記述している。ユデおよびその子孫は、ナザレで農夫として過ごし、ユダヤ人キリスト教徒とも暮らしていた。子孫の一人・コノンは249年に主の一族と言う理由で拘引されたが、実際彼は自分がナザレ出身でキリストの一族に属することを認め、今でも主の親族がナザレで住んでいることを証言した・・・その後、彼は小アジアのパンフィリアで殉教した。

なお、当時のナザレの女性は、当然ながらナザレで出産していた。出産間近にベツレヘムまで行くことは、当時としてはあまりに過酷であっただろうし、ましてや赤子を抱えて、夫婦でエジプトまで行くことは、死を意味するほどの事であっただろう。イエスはナザレで生まれた、マリアとヨセフの子と考えるのが最も自然な考えと思われる。


最近に出た別の本があるかもしれないが、以上のような考古学から見た歴史の中のイエスに関する話について、詳細は以下の書籍にて。

『歴史の中のイエス』 ガーリア・コーンフェルト著 山本書店(1988年)
http://www.geocities.jp/todo_1091/bible/jesus/appendix-07.htm

46投稿者:777  投稿日:2010年07月11日(日) 15時29分26秒

2008/10/2 21:04 -

イエス・キリストに関して直接言及した記述が残されたものとしては
世界最古の壷がアレキサンドリアの海中遺跡で発見されていたことが1日までに、
この壷の発見に成功した発掘調査グループの発表によって明らかとなった。
この壷の発見に成功したの水中考古学の分野では世界的権威となるフランス人
考古学者のフランク・ゴディオ氏を中心とする発掘調査グループ。

発掘調査グループはアレキサンドリアの海底遺跡の発掘の過程でこの壷を発見。
その後の調査によりこの壷は紀元前2世紀から紀元1世紀のものであること、
更に、壷の表面には古代ギリシャ語で「DIA CHRSTOU O GOISTAIS
(魔術師たるキリストによるもの」という意味)」という文字が刻み込まれていることを突き止めた。
発掘調査グループではこの壷はキリストについて直接言及した史料としては
世界最古のものとした上で、この壷によってキリストが実在した人物であること、
更に、キリストの同時代にはキリストは「魔術師(magician)」的存在として見なされていた貴重な史料だと述べている。

新約聖書「マタイによる福音書」には「東方のマギ(magi=magusの複数形、英語のmagicの語源)」
と呼ばれる賢者達が壷を使って儀式を行ったという記述が残されており、
発掘調査グループでは今回、発見された壷に刻まれた「GOISTAIS(magician)」という表現も
このマタイ伝にあるマギの由来する可能性を指摘、その上で当時のマギは壷にキリストの
名前を刻み込むことで彼らの神秘的能力を正当化していたのではないかと見ている。
47投稿者:777  投稿日:2010年07月11日(日) 15時38分49秒

334 :神も仏も名無しさん:2009/04/07(火) 13:06:08 ID:Iwgw2a/G
トマス福音書のイエス語録は本物っぽい

物質界には救いがないとしたグノーシス派の人たちが、ヨガマスターの真我意識、ニルヴィカルパ・サマーディなんて
知ってるわけないから、語録で似たような境地を表現しているので本物ではないのかと思っている。
48投稿者:777  投稿日:2010年07月11日(日) 15時40分40秒

■ グノーシスの神話
 http://gnosticthinking.nobody.jp/gnosismythtop.html
叡智の光_グノーシス主義用語語彙集
 http://www.joy.hi-ho.ne.jp/sophia7/preterm.html
トマス格言集(114節)
 http://www.mars.dti.ne.jp/~fenot/jesus/cr_tomas.html
マグダラのマリア
 http://www.geocities.jp/johannes_schiffberg/Maria_Magdalena.html

天使(Angels&Devil-Deamon) あ行
 http://www5e.biglobe.ne.jp/~saikidou/tensi-agyou.html

バシリデース派・セツ派・バルベロ派・バレンチノス派・バレンチノス派・
マルキオン派(ギンザー・マンダ教)・マニ教(トマス福音書)→ボゴミル教
 http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1147765258/182n

ヘルメス文書/キリストが出て来ないグノーシス原典
新プラトン主義の創始者プロティノス/オリゲネス
 http://doratomo.jp/~unib/cgi-bin/readres.cgi?bo=mog&vi=1228729714&rs=17&re=23&fi=no

マリヤによる福音書
フィリポによる福音書
ヘルマスの牧者
ニコデモ福音書=ピラト行伝
 http://doratomo.jp/~unib/cgi-bin/readres.cgi?bo=mog&vi=1227956419&rs=111&re=127&fi=no
49投稿者:777  投稿日:2010年07月11日(日) 15時41分31秒

イエスはどんな人
 http://www.mars.dti.ne.jp/~fenot/jesus/
 トマス福音書
  http://www.mars.dti.ne.jp/~fenot/jesus/cr_tomas.html
Q資料...バートン・L・マックによる
  http://www.mars.dti.ne.jp/~fenot/jesus/cr_qtxt.html

トマス福音書と共観福音書との間
  http://www1.ocn.ne.jp/~koinonia/gnosis/gospelthomas.htm
ナグ・ハマディ文書より「フィリポによる福音書」「トマスによる福音書」
  http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Sakura/8452/hiriponiyoruhukuinnsyo.htm
イエス様の比較年譜
  http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Sakura/8452/iesunennpu.htm
マグマダのマリア  
  http://www.geocities.jp/johannes_schiffberg/Maria_Magdalena.html

50投稿者:777  投稿日:2010年07月11日(日) 15時43分09秒

334 :神も仏も名無しさん:2009/04/07(火) 13:06:08 ID:Iwgw2a/G
トマス福音書のイエス語録は本物っぽい

物質界には救いがないとしたグノーシス派の人たちが、ヨガマスターの真我意識、ニルヴィカルパ・サマーディなんて
知ってるわけないから、語録で似たような境地を表現しているので本物ではないのかと思っている。


337 :神も仏も名無しさん:2009/04/08(水) 17:53:53 ID:7k58Tugo
ユダヤ教主流の地に、イエス降臨後なぜグノーシスのような禁欲的な仏教みたいなのが
不自然に一大勢力になるほどに現れたのか

共観福音書とトマス福音書どちらが客観的にみて脚色のない創作要素のない文書に見えるのか
実際、あたらしい世も安息の日も御国も何千年も経て訪れたかどうか

人工衛星で太陽系の端まで行って天の国などあったかどうか

トマス福音書はクリスチャンが思っている以上に外典どころか、貴重なイエスを知る一級資料だと思うけどね。
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1147765258/


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